アメリカでトレーサビリティの追加ルールが導入されるとニュースで読んだけど、どんなルールなのかな。
アメリカでトレーサビリティの追加ルールが2026年1月から導入されると、大きな話題になっています。
そして、もしかすると日本でも今後同じようなルールが導入されるかもしれません。
HACCPを見ても分かるように、アメリカやEUで「新しい仕組み」が導入されてから、数十年ほど遅れて日本にも、その仕組みが導入される傾向があります。
そこでこの記事では、アメリカFDAが導入するトレーサビリティの追加ルールを紹介します。
新しい概念が多く、複雑な制度のため、全てを理解しようとすると混乱してしまうかもしれません。そのため、分かりやすさを優先して説明したいと思います。
追加ルールの目的
新しいルールが作られた背景は何ですか?
従来のFDAのトレーサビリティのルールは、「one-up, one-back」と言われるものでした。
例えば、下の図で「食品工場」の場合、その食品がどこから来て(生産地)、どこに行ったのか(流通センター)に関する記録の保存が義務付けられていました。
流通段階の「一つ手前」と「一つ後」の保存が義務でした。
それぞれの流通段階で同じように記録を保存しておけば、サプライチェーンすべてをカバーできるため、一見すると問題がなさそうです。
しかし、従来のトレーサビリティには、課題がありました。
従来のトレーサビリティの課題
- 上の図は非常にシンプルですが、実際は流通は複雑で、途中にいくつもの業者を挟んだり、多くの分岐を含みます。
- 輸入品の場合は、さらに複雑さが増します。
- 流通の各段階で、異なる方式で記録が取られているため、記録の互換性がありません。
- 記録の大部分が紙ベースであるため、流通の前後を確認するのにも時間がかかります。
- 農家と飲食店は対象外でした。
このような課題により、食中毒が発生した際の調査では、原因食品の特定に非常に多くの時間を要していました。
結果として、より多くの患者が発生し、経済的な損失が増加します。
このような課題を解決するため、「New Era of Smarter Food Safety」と「FSMA」に基づき、FDAは今回追加のトレーサビリティのルールを作りました。
追加ルールにより、汚染された食品を迅速に特定でき、市場からの除去が可能になり、食中毒や死亡者の減少につながると期待されています。
追加ルールの対象者
追加ルールは誰が対象になるのですか?
FDAが作成した「リスト」に掲載された食品を製造、加工、包装、または保持する者に対し、追加のルールが適用されます。
農家や飲食店も対象となっており、サプライチェーン全体が含まれます。
また、米国内だけでなく、米国外の企業にも適用されます。
ただし、免除される場合もあります。例えば、年間平均売上が25万ドル以下の小規模な飲食店や小売店は、追加ルールが適用されません。
対象食品リスト(Food Traceability List)
上に出てきた「リスト」とは 「Food Traceability List」のことです。
下の表がリストに掲載されている食品です。
・ハードチーズ以外のチーズ | ・殻付き卵 |
・ナッツバター(ピーナッツバターを含む) | ・キュウリ(生鮮) |
・ハーブ(生鮮) | ・葉物野菜(生鮮) |
・メロン(生鮮) | ・ペッパー(生鮮)※1 |
・スプラウト(生鮮) | ・トマト(生鮮) |
・トロピカルフルーツ(生鮮) | ・果物(カットフルーツ) |
・葉物野菜以外の野菜(カットしたもの) | ・魚 |
・燻製魚 | ・甲殻類 |
・軟体動物、二枚貝 | ・RTE※2のデリ・サラダ(冷蔵) |
※2RTEはReady To Eatの頭文字をとったもので、加熱や調理をせずにそのまま食べられる食品を意味します。
このリストに掲載された食品を製造、加工、包装、または保持する者に対し、追加のトレーサビリティのルールが適用されます。
これは、「①リストに書かれている食品そのもの」と「②リストにある食品を原材料として含む食品」場合があります。ただし、②の原材料として使用する場合は、リストに掲載されているのと同じ形態の場合だけ追加ルールが適用されます。
例えば、加工食品にキュウリを「生鮮」として使用すれば対象ですが、加熱したキュウリを使用した場合は対象外です。
リストにある食品はどうやって選ばれたのですか?
以前の食中毒の記事で見たことがある食品が多く含まれている気がします。
過去の食中毒の発生状況、病原体の汚染や増殖の可能性、食品の消費量、病気になった時の重症度や社会的コストなどに基づき選ばれています。
対象者がやらなければいけないこと
①記録の保持
対象者は具体的には何をやらなければいけないのですか?
対象者は、「重要な追跡行為」(Critical Tracking Events:CTE)に関する「主要なデータ要素」(Key Data Elements:KDEs)を含む記録を保持しなければいけません。
「記録を保持する」のはわかるのですが、他は難しい言葉が多くてよくわからないです…
少し難しいので、キュウリの包装業者(農家からキュウリを仕入れて、加工業者に出荷する場合)を例に考えて見てみましょう。
できるだけ分かりやすく説明しますので、頑張ってついてきてください。
キュウリの「包装業者」が保存しておかなければならない情報
(包装に関する情報:Initial Packing KDEs)
- 受け取った農産物の名称及び品種
- 受け取った日付
- 受け取った農産物の量と単位
- 収穫された農場の場所の説明
- 収穫された場所の名称
- 収穫者の名前と電話番号
- 収穫日
- 農産物を冷却した場所の説明(該当する場合)
- 冷却された日付(該当する場合)
- 割り振ったトレーサビリティ・ロット・コード(TLC)
- 包装した農産物の製品説明
- 包装した農産物の量と単位
- 食品を最初に包装した場所の記述
- 最初に包装した日付
- 参照文書の種類および参照文書番号
(出荷に関する情報:Shipping KDEs)
- トレーサビリティ・ロット・コード(TLC)
- 出荷する食品の量と単位
- 出荷する食品の製品説明
- 出荷する食品の直後の受取人(運送業者を除く)の場所の説明
- 食品を出荷した場所の説明
- 食品を出荷した日付
- トレーサビリティ・ロット・コードの出所
- 参照文書の種類および参照文書番号(保持のみ)
すごい量の情報を記録しておく必要がありますね。
下の図は生産者から、スーパーまでの、キュウリの流通の流れです。
農産物の「包装業者」は、赤点線で囲った「Initial packing (RAC)」です。RACは「Raw Agricultural Commodities」の略で、「未加工の農産物」のことです。
「包装業者」のすぐ下に「Initial Packing KDEs」と「Shipping KDEs」があると思います。
これは、上の「キュウリの包装業者が保存しておかなければならない情報」で示した「包装に関する情報:Initial Packing KDEs」と「出荷に関する情報:Shipping KDEs」のことです。
ここから分かるように、そのぞれの流通段階で、下に書かれている「KDEs」(Key Data Elements:主要なデータ要素)を記録しておかなければいけないということです。
図を見ると、それぞれの流通段階の下に「〇〇 KDEs」とあります。「〇〇」の部分を抜き出してみると「Harvesting」、「Cooling」、「Initial Packing」、「Shipping」、「Receiving」、「Transformation」があります。これらのことを「重要な追跡行為」(Critical Tracking Events:CTE)と言います。
「Critical」という言葉からわかるように、「Harvesting(収穫)」、「Cooling(冷却)」、「Initial Packing(一次包装)」、「Shipping(出荷)」、「Receiving(受領)」、「Transformation(製造・加工)」は流通段階の重要なポイントです。
重要なポイントであるため、それに関わる「主要なデータ要素(KDEs)」を、それぞれの流通段階で記録しておかなければならない、ということです。
②Traceability Lot Code(トレーサビリティ・ロット・コード)
もう一度「包装業者」を見てください。左上に「TLC source」とあります。
「TLC」は「Traceability Lot Code(トレーサビリティ・ロット・コード)」のことです。
TLCは食品業界でよく使われている「ロット番号」に近いもので、ロットを一意に識別するために使用される英数字などです。
TLCの例は下の図のようなものです。
よく使われている英数字のロット番号みたいですね
事業者が割り振ることができるため、今まで使用していた「ロット番号」をそのままTLCとすることも可能です。
TLCを割り当てなければばならないのは、未加工の農産物の場合は「包装する人(Initial Packing)」と「製造・加工する人(Produce Processor)」です。先ほどの「キュウリの包装業者が保存しておかなければならない情報」の中にもTLCが含まれているので確認してみてください。
包装業者は、前の流通段階から情報を受け取り、自分のところで記録を保存します。さらに食品にTLCを割り当てます。そして、またTLCを含んだ情報を、次の流通段階である製造・加工業者に渡します。
このTLCがサプライチェーンの末端(小売店や飲食店)まで伝わることで、何か問題があった際に、FDAが迅速にTLCを割り当てた事業者まで遡ることができるようになります。
③Traceability Plan(トレーサビリティプラン)
記録の保持に加え、対象者は下の情報を含む「トレーサビリティプラン」を作成し、保持しなければいけません。
Traceability Plan(トレーサビリティプラン)の内容
- 保存が義務付けられた記録を維持するための手順
- 製造、加工、包装、または保管する「リストの食品」を特定するための手順
- (該当する場合)リストの食品にTLCを割り当てる方法
- トレーサビリティプラン及び記録に関する問い合わせ先
- (リストに掲載されている食品を栽培している場合)栽培地域を示す農場地図。農場地図には、リストに掲載されている食品を栽培する地域の位置(地理的座標)と名称を含めて記載する。
プランは必要に応じて見直しを行い、変更前のプランは2年間保存する必要があります。
④FDAへの提出
保持している記録やトレーサビリティプランはFDAから要求された際、24時間以内(またはFDAが同意した合理的な時間内)にFDAに提供しなければいけません。
おわりに
以上が、FDAの追加のトレーサビリティのルールです。
新しい概念や言葉が多く難しく感じたのではないでしょうか。
隣に座った人が「うちが包装しているキュウリはFTLだから、CTEに関するKDEsを保持しなければいけなくて、TLCをつけなくちゃいけないんだよ。」という会話をしているのを聞いたときに、トレーサビリティのことを話しているんだとピーンとくれば、最初の一歩としては十分です。
もしかするとトレーサビリティは自分の施設には関係がないと思っている人が大勢いるかもしれません。
しかし、アメリカの追加ルールのような強固な互換性の高いトレーサビリティシステムを構築できれば、問題のある食品の特定を迅速に行うことができます。
これは行政だけでなく、食品事業者にとってもメリットは大きいです。
そのため、近い将来日本でもトレーサビリティのルールが強化された際に対応できるよう、アメリカの事例を参考にしてもらえればと思います。
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