

「食品安全文化」が国際的な食品安全の基準に取り入れられたと聞いたけど、食品安全文化って何なのですか?
食品安全文化(Food Safety Culture)をご存じでしょうか。最近、食品関係の記事やニュースでよく見る言葉です。
食品安全文化は、さまざまな団体、組織が定義しています。最も影響力がある食品業界団体であるGFSIの定義は「組織内、組織横断的、組織全体において、食品安全に対する考え方や行動に影響を与える共有された価値観、信念、規範のことである。」となっています。
定義を読んでも「あいまいでよくわからない」、「具体的に何をやればよいのかわからない」というような疑問を持つのではないでしょうか。



今回はそのような疑問に答えていきます。
欧州の食品・飲料メーカーを代表する業界団体である「FoodDrinkEurope」が、食品安全文化に取り組むためのガイドラインを発表しました。
今回はこのガイドラインを通じて、具体的にどのようなことをしなければいけないのかを考えていきたいと思います。
それではさっそく見ていきましょう。
この記事を読んでわかること
- なぜ今「食品安全文化」なのか。
- 組織の食品安全文化の状態を検証するためのツールがある。
- ガイドラインには多くの実施例が示されている。
ガイドラインが出された背景
FoodDrinkEuropeが食品安全文化のガイドラインを出した背景として、次のように書かれています。
2020年9月、コーデックス委員会※は、「食品衛生の一般原則」を改正し、「食品安全文化」の概念を導入しました。「食品衛生の一般原則」とは、世界における食品衛生の原則となるもので、日本の食品衛生法の基準にも取り入れられています。
※コーデックス委員会:食品の安全性や品質に関する国際的な基準を策定している機関。これらの基準は、世界的な食のルールの基礎となっています。
コーデックスの改正を受けて、2021年3月に欧州委員会も「食品衛生に関する規則」を改正し、「食品安全文化」に関する新しい章を追加しました。
これにより、EUでは一次生産者以外の食品事業者は、この食品安全文化の新しい基準を守る必要があります。
さらに、2022年9月には「欧州委員会通知」も改正し、「食品安全文化」の内容を盛り込みました。



「欧州委員会通知」とは、食品事業者が「食品衛生に関する規則」に取り組むにあたり、具体的な内容を示した文書のことです。
このような背景のもと、2023年5月にヨーロッパの製造業を代表する業界団体「FoodDrinkEurope」が、食品安全文化に関するガイドラインを発表しました。
改正されたEU規則でやらなければならないことは?
それではまず、改正された欧州委員会の「食品衛生に関する規則」について見ていきます。規則では食品安全文化について、次の3点が追加されました。
- 食品事業者は、以下の要件を満たすことにより、適切な食品安全文化を確立し、維持し、その証拠を示さなければならない。
- コミットメント
経営層だけでなく、現場の従業員を含む全員が、安全な食品を製造し、提供することに責任と自覚を持って取り組むこと。 - リーダーシップ
経営層や監督者が、安全な食品づくりに向けて方向性を示し、従業員を食品安全の取り組みに巻き込むこと。 - リスクの認識
すべての従業員が、食品安全上の危害要因(ハザード)を理解し、食品安全や衛生管理の重要性を認識していること。 - コミュニケーション
同じ部署や作業内だけでなく、前後の工程も含めて、必要な情報がオープンかつ明確に共有されていること。特に、逸脱やトラブル、守るべき基準や期待される行動が、現場で適切に伝わっていること。 - 十分な資源
食品を安全かつ衛生的に取り扱うために、必要な人員、時間、設備、教育・訓練、手順書などの資源が確保されていること。
- コミットメント
- 上記の1の「経営陣のコミットメント」には以下を含む。
- 役割と責任の明確化
食品事業のそれぞれの業務において、誰がどんな役割と責任を持つのかを明確に伝えること。 - 変更時のシステム維持
製造工程やルールの変更を計画・実施する際にも、食品衛生システム全体の信頼性や仕組みが崩れないように維持すること。 - 確実なチェックと記録の更新
管理措置が遅れなく効果的に行われているかを検証し、記録書類が常に最新の状態に保たれているかを確認すること。 - 教育訓練と監督の徹底
従業員に対して、適切な教育訓練と現場での監督が行き届く環境を整えること。 - 法令遵守(コンプライアンス)
関連する法律や規制の要件を確実に守らせること。 - 継続的な改善の推進
科学、技術、業界のベストプラクティス(最良の事例)の進歩を踏まえつつ、自社の食品安全マネジメントシステムを必要に応じて常にアップデート(継続的改善)していくよう後押しすること。
- 役割と責任の明確化
- 食品安全文化の実施にあたっては、食品事業者の業態や事業規模を考慮しなければならない。
追加された1,2については、コーデックスの「食品衛生の一般原則」の改正内容とほぼ同じです。3は欧州委員会のオリジナルな部分です。



追加された内容は、とても当たり前のことが書かれています。なぜ当たり前のことをわざわざ基準にするのでしょうか。



それを理解するためには、食品安全の歴史を振り返る必要があります。
1990年頃からHACCPが多くの国で食品安全の基準に取り入れられるようになりました。それと同時に、HACCPの前提条件となる一般衛生管理(prerequisite programs)も重視されるようになりました。
このHACCPシステムを適切に行えば、理論上、食中毒は起きないはずです。しかし、実際は現在までも数多くの食中毒が発生しています。これは、実際にHACCPを行うのは「人」だからです。
人がきちんとシステムを理解し、そのとおり行動すれば、HACCPシステムが適切に運用され、食中毒を予防できます。
しかし、人が想定したとおり行動しないことで、食中毒が発生しています。
そこで、HACCPシステムに足りない部分を補完するために、社会行動科学の考えに基づく食品安全文化が取り入れられるようになりました。



アメリカのFDAは、「強力な食品安全文化は、効果的な食品安全管理の前提条件となる。」と言っています。食品安全文化はHACCPシステムの土台になるというイメージですね。


食品安全文化を測定するツール
食品安全文化の要素は主観的ですが、客観的に測定するためのツールがいくつか開発されています。
例えば、欧州委員会通知の付録3には、従業員に対する食品安全文化のアンケートがあります。アンケートは、5段階のリッカート尺度が用いられています。
このアンケートを従業員に回答してもらい、結果を比較することで、食品安全文化の全体的な評価や弱点の特定に活用することができます。
特定された弱点に応じて、追加で教育訓練の実施、コミュニケーションの改善といった是正措置を行うことができます。


また、GFSIも食品安全文化の取り組む際の参考となる自己質問(guiding questions)を多く示しています。
例えば「食品の安全性に関する懸念事項について、あなたのチームの誰かが最後に報告したのはいつですか?」などです。


食品安全文化の実施例



HACCPの7原則12手順のように、食品安全文化もやらなければいけないことが決まっているのですか?
FoodDrinkEurope のガイドラインでは、以下のように書かれています。
食品安全文化を築くためには、組織全体を見据えた計画的な仕組みづくりに加え、継続的な教育やコミュニケーションが欠かせません。また、食品安全文化の構築には「どの会社にも当てはまる万能な方法」は存在しないことを理解することも重要です。



強固な食品安全文化を確立するために「これをやればよい」というわかりやすい解決策がない点も、「何をやればよいかわからない」と思ってしまう一因かもしれません。
また、ガイドラインでは、「強力な食品安全文化の確立には、トップダウンとボトムアップの両方のアプローチが必要」とも書かれています。
- トップダウンでは、経営層が食品安全を最優先とする姿勢を明確に示し、自ら模範を示して組織を導きます。
- ボトムアップでは、従業員一人ひとりが主体的に取り組み、食品安全文化の形成に積極的に参加することが求められます。
そのためには、
- 適切かつ十分な教育・訓練の実施
- 必要な人員・設備・時間などの資源の確保
- 従業員や監督者への継続的な支援
が重要です。



こうした取り組みによって、すべての従業員が食品安全の重要性を十分に理解し、安全に業務を遂行するために必要な知識や能力を身につけることができます。
ガイドラインでは、「経営層のコミットメント」、「従業員の関与と適切な教育訓練」、「継続的な改善」、「是正処置」の4つについて、具体的な実施例を示していますので、それぞれ見ていきましょう。
1.経営層のコミットメント
経営陣は自らがお手本となり、食品安全に対して強い決意(コミットメント)を示します。
これには、食品安全の重要性を定期的に発信すること、従業員の教育訓練に必要な予算や人員を提供すること、そして食品安全の方針やルールがきちんと守られているかを確認することが含まれます。
(実施例)
- 食品安全マネージャーや推進責任者を任命し、組織全体の食品安全活動を推進する。
- 経営陣がやるべきこと:
- 食品安全の重要性と、それを維持するために各従業員が果たすべき役割を定期的に伝える。
- 食品安全の研修や設備のために、十分な予算を確保する。
- 自ら食品安全のルールを守り、その姿勢を社内に示すことで、従業員にも実践を促す。
- 信頼の文化を築き、絶え間ない改善を後押しするために、誰もが安心して発言・行動できる環境(心理的安全性)を確保する。
- 組織内に目指すべき「食品安全文化」を定着させるためのワークショップを計画する。
- 工場長がやるべきこと:
定期的なメッセージ発信を通じて、食品安全の重要性を伝える(これによりトップの姿勢が現場に伝わり、組織内に食品安全文化を根付かせることができます)。 - 現場で活用しやすい食品安全文化アンケートを作成する。
アンケートは分かりやすい内容とし、各事業所の実情に合わせて設計します。また、現場従業員だけでなく、管理職や経営層も対象に実施しても効果的です。 - 従業員が理解しやすく、現場に沿ったアンケートを実施する。アンケートは、管理職や経営者にもむけることができる。


2.従業員の関与と適切な教育訓練
食品安全文化を醸成・定着させるためには、すべての従業員に対して、それぞれの業務に応じた定期的な教育訓練を実施することが不可欠です。
これには、入社時の初期研修だけでなく、新しい規制や技術に対応するための継続的な研修も含まれます。
さらに、食品安全委員会を立ち上げるなどして、従業員を食品安全の取り組みに巻き込むことは、高い食品安全基準を維持するための「責任感」や「当事者意識」を全員で共有することにつながります。
(実施例)
- すべての従業員に対し、定期的な食品安全教育を実施する。
教育内容には、衛生管理の基本、食品安全関連法規、食品安全上の問題を発見した際の報告手順などを含めます。 - 「ナッジ手法」を取り入れる。
これは行動変容を促す強力なツールであることが実証されています。例えば、受付、ロビー、エレベーター、社員食堂などの共有スペースに、シンプルで印象に残りやすいメッセージを掲示することなどが挙げられます。 - 従業員が食品安全文化の構築に主体的に参加できる仕組みを設ける。
意見募集や食品安全委員会への参加などを通じて、現場の声を反映できる環境を整えます。 - 管理者が定期的に従業員とのミーティングを開催する。
食品安全文化について意見交換を行うとともに、新たな取り組みや改善活動を共有します。 - 「食品安全文化週間(Food Safety Culture Week)」を開催する。
クイズやチャレンジ企画、体験型研修などを通じて、楽しみながら食品安全について学ぶ機会を提供します。 - 改善提案制度を設ける。
各部署から食品安全に関する改善提案を募集し、提案箱や専用アプリなどを活用して意見を集めることで、従業員の主体性を引き出します。 - ワークショップやOJT(現場教育)を実施する。
一方的な講義ではなく、参加型の学習を取り入れることで、理解と実践を深めます。 - すべての従業員が、食品安全文化からの逸脱や問題を発見した場合には、担当者へ報告する責任を持つ。
- 必要な力量を身につけるための取り組みを行い、その効果を評価する。
教育を実施するだけでなく、その結果として必要な知識や技能が身についたかを確認することが重要です。 - 食品安全文化を毎年実施する「行動規範(コンプライアンス)研修」に組み込む。
研修では、想定される危害や事故発生時の報告手順だけでなく、食品安全が消費者を守るために不可欠であり、組織の使命の一部であることを伝えます。食品安全を「特別な活動」としてではなく、日常業務の中で自然に実践すべきものとして定着させることを目指します。 - 食品安全研修には、消費者の視点に焦点を当てた事例を含める。
例えば、法令違反や食品事故が実際に消費者へ与えた影響を紹介するケーススタディを活用します。これにより、従業員は食品安全の重要性をより実感し、自分たちの仕事が消費者の信頼と企業ブランドを支えていることを理解できます。


3.継続的な改善
強固な食品安全文化を築くためには、現状に満足することなく、継続的に改善を続ける姿勢が欠かせません。
そのためには、食品安全に関する社内の方針や手順を定期的に見直し、新しい技術や優れた実践事例(ベストプラクティス)を積極的に取り入れることが重要です。
また、従業員からの意見や改善提案を積極的に受け入れ、それらを改善活動に反映させることも求められます。
(実施例)
- 食品安全文化に関する方針や手順を定期的に見直し、最新の知見やベストプラクティスを反映させる。
- 食品安全への貢献を行った従業員を積極的に評価・表彰する。
適切な評価や報奨制度は、食品安全への積極的な取り組みを促進します。 - 食品事故だけでなく、「ヒヤリ・ハット」も積極的に報告する仕組みを整える。
実際の事故だけでなく、一歩間違えれば事故につながっていた事例も共有することで、改善の機会を見つけやすくなります。 - トップダウンだけでなく、ボトムアップによる改善活動も推進する。
例えば、各部署が食品安全に関する改善提案を提出する仕組みを設け、メールや提案箱などを活用して現場の意見を集めます。 - 経営層が食品安全文化に関する指標を定期的に確認し、改善状況を評価する。
データを活用して課題を把握し、改善の進捗を継続的に確認します。 - ギャップ分析(Gap Analysis)を実施する。
現状の食品安全文化のパフォーマンスと目標との差を分析し、重要な指標を比較・評価します。例えば、 第三者認証監査(予告監査・抜き打ち監査)の結果、顧客からの苦情、社内で発生した逸脱事例などを比較することで、改善すべき点を明確にします。 - 食品安全文化に焦点を当てた監査や模擬訓練を実施する。
例えば、「個人用保護具を正しく着用していない人に対して、現場の作業者が適切に声をかけられるか」といった行動を確認します。このような訓練は、食品安全文化が実際の行動として根付いているかを評価するうえで有効です。 - 従業員が安心して意見や問題を伝えられる職場環境を整える。
心理的安全性を確保し、率直なコミュニケーションを促進します。 - 従業員と適切なコミュニケーションが取れるよう、誰もが安心して発言できる環境(心理的安全性)をつくる。
- 食品安全の重要業績評価指標(KPI)を「見える化」する。
デジタル画面や掲示板などで食品安全KPIを表示します。 表示する指標の例としては、前回のリコールからの経過日数、ヒヤリ・ハット件数、食品事故件数、苦情件数、その他の食品安全指標、などが挙げられます。
このように食品安全の実績を可視化することで、従業員の意識向上につながるだけでなく、目標達成や改善成果を組織全体で共有・称え合うきっかけを作ることができます。


4.是正処置
食品安全上の問題が発見された場合には、明確かつ効果的な是正措置の仕組みを整えておくことが重要です。
是正措置では、問題が発生した際に迅速な調査を行い、その内容を適切に記録するとともに、原因を取り除くための対策を実施し、同様の問題が再発しないようにすることが求められます。
(実施例)
- 不適合を徹底的に分析し、根本原因を解決する仕組みを整備する。
組織は、不適合が発生した際に、
– 根本原因を特定すること
– 原因を除去すること
– 再発を防止すること
– 業務を正常な状態へ回復させること」
を実施するための手順を文書化し、適切に運用する必要があります。
また、事故や不適合から得られた教訓は組織内で共有し、関係するチームが改善策を検討する機会を設けることも重要です。 - 問題の報告を積極的に促す。
すべての従業員が食品安全上の問題を発見した際に、安心して報告できる環境を整えます。
また、報告方法を全員が理解していることも重要です。
「ミスを報告しても責められない」「問題を報告することが評価される」という文化を育てることで、早期発見・早期対応につながります。 - 問題が報告されたら、徹底した原因調査を行う。
報告された問題については、表面的な原因だけでなく、根本原因まで掘り下げて調査し、必要な対策を講じます。
また、調査結果や実施した改善策については、
– 報告した本人
– 同じ部署の従業員
– 必要に応じて他部署や組織全体
にフィードバックを行うことが重要です。
このような情報共有により、組織全体が同じ失敗から学ぶことができます。 - 是正措置の仕組みそのものを継続的に見直し、改善する。
是正措置の手順が現在の業務やリスクに適しているかを定期的に確認し、必要に応じて改訂します。
そのためには、
– 定期的な手順の見直し
– 従業員への教育・訓練
– パフォーマンス指標(KPI)の継続的な監視
などを通じて、是正措置の有効性を評価し、改善し続けることが重要です。


おわりに
ガイドラインは最後に以下のように述べています。
食品安全文化はすべての食品事業者の「中心」にあるべきものです。
強固な食品安全文化を築くためには、経営層だけでなく、現場で働く従業員を含む組織のすべてのメンバーが主体的に取り組むことが欠かせません。また、一度構築すれば終わりではなく、継続的に改善し続けることが求められます。
食品安全文化を組織の最優先事項として位置付けることで、食中毒の発生リスクや交差汚染、食物アレルギー事故のリスクを低減できるだけでなく、消費者からの信頼とブランドへの支持を高めることにもつながります。
そのため、安全で高品質な製品を継続して提供し、長期的に成長・発展していくためにも、食品安全文化を経営の重要な柱として位置付けることが重要です。



文化の醸成に近道はなく、日々の小さな積み重ねと改善が大切なのですね。



ガイドラインの紹介は以上になります。
食品安全文化のイメージはつかめましたか。
SNSの普及により、小さな問題であっても、あっという間に社会問題にまで発展し、企業の存続を脅かす恐れがあります。
そのような時代だからこそ、強固な食品安全文化を自社に根付かせる必要があると思います。









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