食品安全文化は大企業がお金をかけて行うイメージがあるけど、中小企業が参考にできるツールはないのかな。
このブログでも、過去に何度か「食品安全文化」を取りあげ、考え方やツールを紹介してきました。
しかし、大企業に比べて経営資源に限りがある中小企業が取り組むには、ハードルが高いと感じているのではないでしょうか。
そこでこの記事では、中小企業でも食品安全文化に取り組めるように開発された「食品安全文化ツールキット」を紹介します。
中小規模の組織でも「食品安全文化」に取り組めるようにするため、最新の技術は必要なく、コストもかからず、複雑でないツールになるよう設計されています。
だれがツールを作ったの
今回紹介する「食品安全文化ツールキット」は「STOP Foodborne Illness」という団体が、食品企業と一緒に作成しました。
「STOP Foodborne Illness」はどのような団体なの?
食中毒被害者の家族たちが主体となって、食中毒の被害をなくすために設立された団体です。
アメリカでは、1993年にジャック・イン・ザ・ボックス(ハンバーガーチェーン店)での食事を原因とする腸管出血性大腸菌O157の食中毒が発生しました。
この食中毒は700人以上が感染し、4人の子供が死亡するという悲惨なものでした。
「STOP Foodborne Illness」は、この食中毒の被害を受けた人々の家族や友人らによって結成された非営利団体です。
設立以来、食品安全に関する情報を発信し、食中毒の被害者を支援し、政府の規制強化を推進する活動を行っています。
米国の「食品安全近代化法」(2011年)の設立においても、重要な役割を果たしたと言われています。
このような消費者目線を持った「STOP Foodborne Illness」が、食品企業が一緒に取り組み完成したのが、「食品安全文化ツールキット」です。
ちなみにこのツールは、2024年にIAFP(International Association for Food Protection)の食品安全イノベーション・アワードを受賞しました。
日本にも食品安全に関する団体は多くあります。しかし、被害者家族が中心となり、多角的に食品安全を推進する団体はありません。
ツールキットの中身
ここからはツールキットの中身を見ていきたいと思いますが、ボリュームがかなりあるため、すべての内容をこの記事で紹介することはできません。
そこで、私が読んで参考になると感じた箇所を厳選して紹介したいと思います。
ツールキット≠チェックリストではない
このツールキットの構成は、下のように食品文化の醸成を旅になぞらえており、それぞれの段階でのツールや考え方を紹介しています。
- 食品安全文化とは
- バリューとビジョンについて
- コミュニケーション
- 現在の状況を評価する
少し読んでいくと、平易な文ですが文字が多いことに気が付きます。
そして、「ツール」と聞くと想像する「チェックリスト」のようなものは出てきません。
分かりやすくて便利だと思うのですが、どうして「チェックリスト」が出てこないのですか?
実はこのツールの冒頭で以下のように述べています。
It is imperative to note: this toolkit is not a checklist.
注意点として、このツールキットはチェックリストではないということです。
Food Safety Culture Toolkit (Stop Foodborne Illness)
どこにも同じ会社、同じ組織は存在しません。つまり、同じ文化の組織はないということです。
これは、ある会社では効果的だったツールがあったとしても、別の会社でも同じように効果があるとは限らないということです。
そのため、自分の組織の状態をきちんと評価し、それに適したツール選択する必要があります。
分かりやすいので、ついつい「チェックリスト」のようなツールを探しがちになります。しかし、文化は一律のチェックリストで簡単にチェックできるものではないということです。
「食品安全文化」の概念を理解する
「食品安全文化」という抽象的なものを理解する上で、画像による視覚化は重要です。
ツールキットの中では、下のような概念図が示されており、食品安全文化のイメージを理解するのに役立ちます。
文化はこのように3層から成っています。
文化の表層(Artifacts)は見ることができ、変化しやすいです。一方、深い層になればなるほど見えにくく、変化しにくくなります。
3つの層のうち、1つの層だけで「文化」になるわけではありません。強固な食品安全文化を醸成するためには、これら3つの層がすべて連携する必要があります。
Artifacts(人工物):見えるもの
最も表面的な文化は「人工物」で、食品安全の目に見える部分です。
例えば、食品安全についての会社の方針、ポスター、服装のルール、マニュアル、様々なデータなどです。
Espoused values(重視される価値観):話す・聞くこと
文化をもう少し掘り下げると、「重視される価値観」があります。
これには、食品安全の重要性を明言することや、リーダーによるプレゼンテーション、通常のコミュニケーションなどが含まれます。
Underlying beliefs(根本にある信念):感じること
そして、文化の最も深い層にあるのが「従業員の根底にある信念」です。
従業員が「食品安全についてどう考えているか」を理解することは難しいです。しかし、組織の食品安全文化を理解するためには必要不可欠なものです。
この「根本にある信念」を最も適切に表しているのが、次の言葉です。
In a strong, positive food safety culture, everyone does the right thing for food safety, even when no one is watching.
強力で、ポジティブな食品安全文化では、たとえ誰も見ていなくても、誰もが食品安全のために正しいことをする。
Food Safety Culture Toolkit (Stop Foodborne Illness)
以前、食品工場にテレビ局が潜入取材し、隠しカメラで撮った内部の映像が公開され話題になりました。
この工場では、日常的に「期限切れ食品の使用」や「床に落ちた肉をそのまま使う」などルールを無視した行動をとっており、監査があるときだけ適切に対応していたそうです。
このように、上司がいない時、誰も見ていない時に、食品安全のことを第一に考えず、不適切な行動をとる組織は、強固な食品安全文化があるとは言えません。
一方、誰が見ていなくても、従業員が食品安全のことを考え、適切な行動をとることができる組織は、強力な食品安全文化が根付いていると言えます。
自分の組織でも、上司がいない場面で従業員が食品安全を考え、適切な行動をとれるかどうか考えてみて下さい。
自分たちはどの段階にいるのか
食品安全文化のバリュー(価値観)やビジョン(目指すべき姿)を設定する上で、自分たちが今どのような状況にいるのかを知ることは重要です。
スタート地点が分かれば、「どこに向かうか」の計画を立てることができますね。
ツールの中にはいくつかの評価方法が示されていますが、評価する際に下のような「成熟度モデル」を使うと、自分たちの現在の食品安全文化の段階を特定する参考になります。
- Doubt(疑い)
- 食品安全に関する行動のほとんどは、外部からの圧力(保健所など)によって行われる。
- 従業員は悪い結果を恐れて食品安全業務を行う。
- React to(受け身)
- 食品安全の課題は品質管理部門が解決し、そのほとんどは問題を取り除くなど最低限のことである。
- 食品安全の問題を解決した個人は、たまに表彰される。
- Know of(知っている)
- 食品安全に関する知識が組織全体に浸透し、全員が食品安全向上のために行動する。
- リーダーは、良い結果と悪い結果を文書化したシステムに従って、チームと個人を評価する。
- Predict(予見する)
- 食品安全対策は、主に予測分析の結果に基づいて実施される。
- リーダーは、食品安全プロセスや手順を一体となって改善したチームを評価する。
- Internalize(内在化する、自分のものにする)
- 食品安全は、リスク管理に基づき行われ、全員によって推進される。
- クロスファンクショナルチームが、食品安全に関して率先して、戦略的に考えているチームを評価する。
このような成熟度モデルを見ると、食品安全文化はA地点からB地点へと直線的に移動しているように見えるかもしれません。
しかし、組織は絶えず変化するビジネスの性質に影響されながら、このモデルの中を行ったり来たりします。
そのため、食品安全文化の醸成には、PDCAサイクルを回しながら、常に改善していく必要があります。
終わりに
この記事では「食品安全文化ツールキット」の主に計画段階(食品安全文化とは何なのか、自分の組織の状態を理解する)を紹介しました。
そして準備段階の後には、実践段階があり、ツールキットには豊富な情報が含まれています。
中小企業で食品安全文化は何をやればよいのか分からない、と思っている方は、英語になりますが、ぜひ読んで参考にしていただければと思います。
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