

アメリカで「トマトがサルモネラに汚染されているため回収している」というニュースを見たよ。トマトが原因の食中毒なんて聞いたことないけど…
日本では、「食中毒予防のため、トマトはへたを取って、水洗いしてからお弁当に入れましょう。」といった記事はよく見ます。
それでは、トマトが原因でいったいどのような食中毒が起きるのでしょうか。
実際日本では、「トマトで〇〇菌の食中毒が発生した」や「トマトが〇〇菌に汚染されている恐れがあるため回収している」といった記事は見ません。





一方で海外では「トマト」が原因で大規模な食中毒が度々起きています。
そこでこの記事では、トマトが原因の食中毒事例を「Multistate foodborne disease outbreaks associated with raw tomatoes, United States, 1990–2010: a recurring public health problem」※を参考に紹介します。
※Epidemiol Infect. 2014 Aug 28;143(7):1352–1359.
この記事を読めば「なぜトマトで食中毒が起きるのか」や「どのような点に気を付ければいいのか」、「なぜトマトの食中毒は調査が難しいのか」などが分かります。
アメリカで発生した1990-2010年のトマトの食中毒
まずアメリカでトマトが原因の食中毒がどれくらい報告されているのか紹介します。



下の表は、アメリカで1990年から2010年までに報告された「トマト」を原因とする広域食中毒(複数の州にまたがる食中毒)の一覧です。
年 | サルモネラの種類 | 患者数 | 患者の居所 | トマトの種類 | 汚染場所 |
---|---|---|---|---|---|
1990 | Javiana | 176 | 4州 | 赤くて丸いトマト | 包装施設 |
1993 | Montevideo | 100 | 4州 | 赤くて丸いトマト | 包装施設 |
1998 | Baildon | 86 | 8州 | 赤くて丸いトマト | 農場 or 包装施設 |
2000 | Thompson | 43 | 10州 | 不明 | 農場 or 包装施設 |
2002 | Newport | 8 | 2州 | ミニトマト | 農場 or 包装施設 |
2002 | Newport | 333 | 24州 | 赤くて丸いトマト | 農場 |
2004 | Braenderup | 125 | 16州 | ローマトマト | 農場 or 包装施設 |
2004 | Javiana, Typhimurium, Anatum, その他 | 429 | 5州 | ローマトマト | 農場 or 包装施設 or 加工施設 |
2005 | Newport | 72 | 16州 | 赤くて丸いトマト | 農場 |
2005 | Enteritidis | 77 | 8州 | 不明 | 農場 or 包装施設 |
2005 | Braenderup | 82 | 8州 | ローマトマト | 農場 |
2006 | Newport | 115 | 19州 | 赤くて丸いトマト | 農場 or 包装施設 |
2006 | Typhimurium | 190 | 21州 | 赤くて丸いトマト | 農場 or 包装施設 |
2007 | Newport | 65 | 18州 | 赤くて丸いトマト | 農場 or 包装施設 |
2010 | Newport | 51 | 9州 | 赤くて丸いトマト | 農場 |
参考までに、別の論文ではアメリカで1997年から2017年までに「トマト」に関連したサルモネラ食中毒が93件報告され、患者数は6,573人となっています。



トマトを原因とする食中毒は、すべて「サルモネラ」が原因だったのですね。トマトを扱う際には、サルモネラに気を付けようと思います。
なぜトマトが汚染されるのか



どうしてトマトでこれほど多くの食中毒が起きているのでしょうか。トマトは汚染されやすいのですか?
トマトは、農場から食卓に届くまでの様々な段階で汚染される可能性があります。
食中毒事例を踏まえ、具体的な汚染経路を見てみましょう。


農場での汚染
農場では、以下のものと接触することで、トマトが汚染される恐れがあります。
- 野生動物や家畜のフン
- 作物の残骸や灌漑用水で汚染された土壌
- 雨水の跳ね返り
- 植物に直接散布される化学物質(例:農薬)を混ぜるために使用される水
また、サルモネラはトマトの根、花、葉、茎の傷跡、果皮の小さなひび割れ、または植物の傷口から侵入し、トマトの内部を汚染します。


包装・加工施設での汚染
包装施設や加工施設では、トマトの洗浄システムが「サルモネラのトマト内部への侵入」や「交差汚染」を引き起こす可能性があります。
トマトを、トマトの品温よりもかなり低い温度の水に入れると、トマトは水とともに菌を内部に取り込みます。すると、サルモネラはその後の洗浄・殺菌工程から保護されることになります。
また、サルモネラは包装・加工施設で使われる木材、ステンレス、コンベヤーベルトなどの器具表面で長期間生存することが可能です。


調理中の取り扱いによる汚染
調理過程でのトマトの取り扱い方法(例えば保存、洗浄、スライスといった作業)も、交差汚染やサルモネラの増殖を引き起こす可能性があります。
トマトの表面がサルモネラに汚染されており、そのトマトをスライスすることで、菌がトマトの内部に移動する恐れがあります。
その後、スライス済みのトマトを冷蔵庫で保管したとしてもサルモネラは生き残り、室温で放置されると増殖することになります。


実際、飲食店・小売店向けのガイドラインであるFDAの「Food Code」では、カットされたトマトは「リスクが高い食品」と見なされており、病原菌の生存と増殖を防ぐために、時間と温度の管理が義務付けられています。
具体的には、カットされたトマトは「5℃以下に保存」するか、「室温に置く場合は4時間以内に使い切らなければならない」となっています。



日本ではこのような基準は聞いたことがありません。アメリカでは食中毒が頻発したため、このように基準が厳しくされたのですね。


トマトの食中毒調査は難しい



日本ではどうしてトマトが原因の食中毒は報告されていないのでしょうか?
日本で「トマト」が原因と特定されたサルモネラ食中毒は、近年では岐阜県で令和2年に発生したミニトマトの事例を除いて見当たりません。
この事例では、給食施設で検食として保存されていた「ミニトマト」から、患者から検出されたサルモネラと同じ血清型のサルモネラを検出したことから、原因食品と断定されています。
しかし、飲食店や家庭の場合、1週間以上前のトマトが検食として保存されていることは、まずありません。
そのため、飲食店や家庭でサルモネラ食中毒が発生し、その原因が「トマト」だったとしても、原因食品の特定までには至っていない可能性があります。



厚生労働省の食中毒統計のサルモネラの事例を見ても、原因食品は「●月●日に提供された食事」のようにざっくりとしたものになっており、特定の原材料まで判明している事例はほとんどありません。
また、アメリカの事例を見ても分かるように、農産物はさまざまな場所に流通します。
岐阜県の事例では一つの施設で発生した食中毒と結論付けられていますが、実は他にもトマトが流通し、感染者がいたかもしれません。
しかし、日本はまだ広域的なサルモネラ食中毒を探知する仕組みが十分ではないため、食中毒が起きていることに気が付いていないだけかもしれません。



そして、トマトの食中毒調査には多くの困難が伴います。
ここでは アメリカで2008年に発生したサルモネラ食中毒を例に、トマトが原因の食中毒調査の難しさを紹介します。
患者数 | 1,500人 |
入院率 | 21% |
死亡者数 | 2人 |
患者の発症日 | 2008年4月16日~8月26日 |
患者の居所 | 43州+ワシントンD.C.+カナダ |
原因菌 | Salmonella Saintpaul |
原因食品 | ??? |
調査の初期段階で19名の患者に対して、食べた物の聞き取り調査が行われました。
その回答で最も多かったのは「生のトマト」で、16名(84%)の患者が食べたと回答しました。
一方「唐辛子」を食べたと回答した患者は5名(26%)でした。



「84%がトマトを食べた。」というのは、以前の記事で紹介した「FoodNet Population Sruvey」で調べても、一般的なアメリカ人より高い割合であることが分かりますね。
また、テキサス州でも患者75名に対し聞き取り調査が行われました。
その結果、85%が生のトマト、39%がハラペーニョ(唐辛子)、8%がセラーノ(唐辛子)、52%がサルサ、35%がピコ・デ・ガロ、36%がワカモレを食べたと回答しました。
上記の結果から、FDAは調査の初期段階で「トマト」を原因食品と疑い、トマトの遡り調査などを行いました。
そして2008年6月7日、FDAは特定の「トマト」が原因で食中毒が発生しているため、汚染の可能性があるトマトの喫食を避けるよう注意喚起を行いました(下図の「National tomato alert」)。


この注意喚起の直後に、新規感染者数が減少したことからも「トマトが感染源である。」という見方が裏付けられることになりました。



しかし、調査が進むにつれ「トマト」と病気を結びつける証拠は否定されました。
ここでは調査の過程は省略しますが、最終的にはメキシコ産の汚染されたハラペーニョ(唐辛子)とセラーノ(唐辛子)が原因だった可能性が高いという結論になりました。
そして、誤った注意喚起により、トマトの産地であったフロリダ州だけで1億ドル以上の損害が出たと推定されています。



患者への聞き取り調査では「唐辛子」を食べたという人は、「トマト」に比べるとずいぶん少なかったはずですが…
「トマトが食中毒の原因」という誤った結論に至った原因は複数あります。
唐辛子は他の料理の材料として少量消費されるため意識しないで食べていたり、数週間後に食べたことを思い出しすことが難しかった可能性があります。
また、サルサやワカモレのようにトマトと唐辛子が同時に摂取されることも多いため、疑似相関が見られた可能性があります。
トマトに関する注意喚起が出された直後に感染者数が減少したのも、トマトを避けることで「汚染された唐辛子」を食べる機会が間接的に減ったため、と説明することができます。


また、先ほどFDAのFood Codeで紹介したように、「カットされたトマト」や「さいの目状のトマト」は、サルモネラが増殖できる食品のため、冷蔵で保管するか、または速やかに消費する必要があります。
しかし、2008年当時の飲食店では、サルサやワカモレが室温で何時間も置かれているという実態がありました。
そのため、唐辛子に付着していたサルモネラが、サルサやワカモレ中で増殖した可能性もあります。



最初に表で紹介したように、2008年以前にトマトを原因とするサルモネラ食中毒が何度も発生していました。そして、この食中毒でも患者の高い割合がトマトを食べたと回答しました。そのため、当時のFDAの判断はしょうがないと思います。
おわりに
以上がトマトに関連した食中毒の紹介です。



トマトがサルモネラに汚染されている恐れがあること、そして「カットしたトマト」は特に注意が必要なことが分かりました。
日本ではあまり知られていない「サルモネラ」×「トマト」ですが、この記事で紹介した食中毒事例やFood Codeを意識して対策を行えば、リスクは管理できると思います。



みなさんの施設の衛生管理計画や教育訓練にも、ぜひ役立ててください。
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