GFSIの最新「食品安全文化」のポジションペーパーを解説 ~現場はどう対応すべきか~

GFSIの最新「食品安全文化」のポジションペーパーを解説~現場はどう対応すべきか~

「食品安全文化」の最新の見解が発表されたというニュースを見たよ。現場には何か影響があるのかな?

GFSIは2018年に初めて「食品安全文化に関するポジションペーパー」(Version 1.0)を公表しました。

そして、その後の新たな知見を踏まえた最新版(Version 2.0)を2026年3月に公表しました。

「ポジションペーパー」と聞くと、単なる考え方の整理のように思えます。しかし実際には 食品安全のルール(規格)や監査の方向性に影響する重要な指針です。

つまり、現場のやり方にもこれから少しずつ影響する可能性があるということです。

A CULTURE OF FOOD SAFETY A POSITION PAPER FROM THE GLOBAL FOOD SAFETY INITIATIVE
食品安全文化に関するポジションペーパー(左:Version 1.0、右:Version 2.0
GFSI(Global Food Safety Initiative)とは

GFSIを一言でいうと、「世界中の食品安全ルールをそろえるための共通の“ものさし”づくり」を進める国際的なネットワークです。

かつては、食品メーカーが製品を販売するたびに、取引先ごとに異なる監査を求められていました。

  • Aスーパー:「うちの基準で監査して」
  • Bレストラン:「いや、こっちの基準で」

この状態では、同じような監査を何度も受けることになり、企業側の負担は非常に大きくなります。

そこで、「みんなが納得できる共通の“ものさし”を作ろう」として立ち上がったのがGFSIです。

GFSI自体が「監査」をするわけではなく、世の中にたくさんある食品安全のルール(規格)を評価し、「このルールなら合格!」とお墨付きを与える役割を担っています。

この「お墨付き」を得たルールに基づいて製造していれば、「国際的に通用する食品安全レベル」として扱われ、異なる監査を何度も受ける必要がなくなります。

GFSIの食品安全文化の考え方は、食品安全のルール(規格)、監査などに影響を与えます。つまり、「今すぐ義務ではないが、確実に未来の標準になる」内容です。

そこでこの記事では、最新版のポジションペーパーをもとに、「2018年版から何が変わったのか」を、現場の視点で分かりやすく解説します。

また、原文(英語)を読む際に理解しやすくなるよう、重要なポイントに絞って整理しています。

目次

見直しが行われた背景

2018年版のポジションペーパーは、「食品安全において“文化”がどれだけ重要か」を世界中に広める大きなきっかけとなりました。

この文書によって、食品企業、行政、認証機関が 同じ言葉で食品安全文化について話せるようになり、「ルールだけでなく、人の意識や行動も重要である」という考え方が広く浸透しました。

そしてこの2018年版をベースに、

  • 最新の文献をもとに、世界で共通に使える考え方をまとめる
  • ただし、各事業者が自分たちに合ったやり方を選べるようにする

ということを目指して最新版は作られました。

1つ目は分かりますが、2つ目の「各事業者が自分たちに合ったやり方を選べるようにする」はどういうことですか?

最新版でGFSIは自身の立場を以下のように明確にしています。

  • GFSIがやること → 「何が大事か(what)」を示す
  • GFSIがやらないこと → 「どうやるか(how)」は各事業者に任せる

つまり、GFSIの役割(共通の“ものさし”を作る)を踏まえて「何が大事かは示すけど、やり方はそれぞれの組織で工夫してね」という立場を明確にしました。

一見すると「不親切」にも見えますが、これはむしろ現実的な設計です。

なぜなら、食品事業者はそれぞれ

  • 業種(製造、小売、外食)
  • 規模(中小企業〜グローバル企業)
  • リスク(生鮮、RTE、常温品など)
  • 組織文化(トップダウン/現場主導)

が大きく異なるからです。

例えば従業員の教育訓練を行う場合であっても、

  • 大企業 → eラーニング+評価テスト
  • 中小企業 → 朝礼やOJT中心
  • 多国籍企業 → 多言語教育・文化適応

と、最適な方法は全く異なります。

GFSIが「どうやるか(how)」を細かく決めてしまうと、現場に合わない“形だけの運用”が増える 恐れがあるのですね。

そのため、最新版は「これを見れば全部できる」というマニュアルではなく、それぞれの事業者が「考えるための共通の土台」として使うためのものとなっています。

ポイント①:定義が変わった

最新版では、食品安全文化の「定義」そのものが見直されました。

まず2018年版では、次のように定義されていました。

“shared values, beliefs and norms that affect mindset and behaviour toward food safety in, across and throughout an organization.”

(筆者訳)

食品安全に対する考え方や行動に影響を与える、組織内および組織全体にわたって共有される価値観・信念・規範

GFSI (2018)

2018年版の定義はシンプルである一方、「時間をかけて根付くもの」という視点が十分に表現されていない、組織の成果(パフォーマンス)との関係が不明確、「規範」という言葉が曖昧、といった課題がありました。

これに対して最新版では、次のように再定義されています。

“a concept existing in all food businesses relating to the deeply rooted beliefs, behaviours, values and assumptions that are learned and shared by all employees, and which integrate to impact the food safety performance of the organisation.”

(筆者訳)

すべての食品事業者に存在する概念であり、従業員全員によって学習され共有される、深く根付いた信念・行動・価値観・前提の集合であり、それらが統合されて組織の食品安全パフォーマンスに影響を与えるもの

GFSI (2026)

私は、最新版では定義が「より抽象的になった」ように感じます。

新しい定義は学術的には食品安全文化をより的確に表現していそうです。

しかし、食品事業者にとっては、具体的に何をすればよいのかが「より分かりにくくなった」ように感じるかもしれません。

ポイント②:進化した「5つの要素モデル」

2018年版では、 食品安全文化を構成する要素を整理した「5つの要素モデル」が示されていました。

Figure 1: The Five Dimensions and Critical Components of Food Safety Culture
2018年版の「5つの要素モデル」
GFSI (2018)の図1)

このモデル自体は最新版にも引き継がれていますが、 “見せ方”と“捉え方”が大きく進化しています。

2018年版では、5つの要素はそれぞれ独立しているように描かれていました。

しかし実際には、「トップの考え方が変われば、現場の行動が変わり、リスク認識や改善の質も変わる」というように、すべての要素は相互に影響し合っています。

この実態を反映するため、最新版では要素同士がつながった「車輪(ホイール)」型のモデルに変更されました。

Figure 1. Dimensions of Food Safety Culture
最新版の車輪型のモデル(GFSI (2026)の図1)

これは単なるデザイン変更ではなく、「部分ではなく、全体として機能しているかを見る」という考え方への転換です。

もう一つの大きな変化は、食品安全文化を2つの層で捉えるようになったことです。

  1. 組織文化(Organisational Culture Foundations):土台となる組織の考え方・雰囲気
    • 価値観・ビジョン・ミッション→ 組織が何を大事にしているか
    • 人(コミットメント・権限・責任)→ 従業員が主体的に動ける状態か
  2. 実際の行動(Manifested Cultural Essentials for Food Safety):現場で実際に起きていること
    • リスクへの気づき→ 危険を認識し、理解しているか
    • 一貫した行動→ 誰がやっても同じことが行われるか
    • 変化への対応と改善→ 問題から学び、改善できるか

食品安全文化が“機能する”には、「いい考え方を持っている」だけではダメで「実際に行動できているか」も重要です。そのため、このような2層構造になっています。

さらにそれぞれの層について、どのような構成要素があり、どのようにつながっているかも解説されています。

Figure 2 a and b
それぞれの層における構成要素の概念図(GFSI (2026)の図2)

2018年版は要素の「一覧」を示したのが、最新版では「要素がどう連動して成果につながるか」が示されたのですね。

ポイント③:削除された内容

2018年版には、「成熟度モデル(Maturity Model)」が含まれていました。

これは、食品安全文化の状態を5段階で可視化し、「自分たちは今どのレベルにいるのか」「次に何をすべきか」を示す実務的なツールでした。

ここでは例として「現場従業員の教育訓練」の成熟度を紹介します。成熟度は1が低く、5が最も高い状態です。

成熟度現場従業員の状態成熟度向上のための提案
1
教育はない、またはコンプライアンス対応のみ
新人教育も限定的で、継続雇用を前提にしていない
再教育はない、または一貫性がなく、内容も新人教育の繰り返し
教材は古く、文化・言語・年齢・学習スタイルなど現場の実態に合っていない
講師は専門性がなく、教育の質にばらつきがある
教育の必要性は認識されているが、リソースが確保されていない
教育効果の測定は行われていない
教材は主に個人衛生に偏っている
作業前にごく一般的なルールのみ説明される
従業員は衛生ルールを重要だと感じていない
教育内容を、最新の業務・規制・顧客要求に合わせて更新し、従業員の関心を引くものにする
教材の難易度を適切に設定する
離職率に関係なく、全従業員に基礎教育を実施してから現場に入る仕組みを確立する
定期的な再教育を全員に実施する
画像中心・多言語対応など、理解しやすい形式で教育を提供する(チームの教育レベルに応じて調整)
内容は個人衛生だけでなく、実際の食品安全リスクに重点を置く
2食品安全への対応は依然として「問題発生後」に限定される
正式な教育制度はなく、場当たり的な研修が実施されるのみ
全員参加ではなく、記録も不十分
理解度や能力の評価は行われない
従業員はニュースで食中毒やリコールについて話題にすることがある
教材は個人衛生を超えるが、「ルール中心」で「リスク理解」には至っていない
GMPは監督者が近くにいるときだけ守られる
教材を「ルール中心」から「リスクとその結果」に焦点を当てた内容へ転換する
GMPは常に守るべきものとして徹底する
3新人教育および定期教育として、正式な教育制度が存在する
従業員は「ルールは守るべきもの」と理解している
しかし、実際には必ずしも遵守されていない
部門ごとに特化した教育プログラムを開発・実施する
理解度や自信度を評価する仕組みを導入する
ルール遵守を認識・評価する仕組み(称賛やフィードバック)を整備する
教育内容を継続的に改善する
4多くの従業員が管理手段の内容と実施方法を理解している
問題を見つけた際に行動する自信がある
教育制度は整備され、定期的に見直されている
現場チームは予防的な考え方を示す
教材はリスク回避のための予防行動としてルールを説明している
GMPは高い意識のもとで日常的に守られている
理解度・自信度を評価する強固な仕組みを確立する
理解不足や自信が低い従業員への支援体制を整備する
学習スタイルに応じた多様な教育手法を用意する
食品安全を「絶対に妥協できないもの」として全員が認識する
問題があれば「ラインを止める」行動を積極的に奨励する
特に新入社員への支援と評価を強化する
5教育制度は継続的に進化し、監査結果や現場認識に基づき深化している
現場チームは強い予防志向を持ち、自発的に行動する
ベテラン従業員が模範となり、新人の育成を支援する
問題があれば互いに指摘し合う文化がある
教材は参加型で理解しやすく、リスクベースで構成されている
GMPは常に遵守され、従業員は自分たちの実践に誇りを持っている
継続的改善を実践する
従業員同士が互いに観察・フィードバック・コーチングを行う文化を醸成する
現場に応じた食品安全意識向上活動を維持する(例:ポスター、朝礼、デジタルサイネージなど)
組織全体で食品安全の成果を称える
Appendix 4: Education and Training Maturity Modelを筆者が訳 (GFSI 2018)

かなり具体的な内容が書かれているので、自分が今どの段階にいて、何をすればよいかが分かりやすいですね。

この成熟度モデルは、食品事業者の自己評価ツールとしてとても有用でした。

しかし、最新版では文化の成熟度を把握することの重要性は認めつつも、その評価方法(成熟度モデル)は削除されました。


さらに、2018年版にあった次のような実務的な内容も削除されています。

  • 具体的な取り組み例
  • 自己評価のための質問(guiding questions)
  • 確認すべきポイント(Things to look for)

実用的なツールだったのに、どうして削除されたのですか?

理由はシンプルで、冒頭でも紹介したように GFSIが自らの役割をはっきりさせたためです。

  • GFSIがやること→「何が重要か(what)」を示す
  • GFSIがやらないこと→「どうやるか(how)」は示さない

成熟度モデルや具体策は、まさに「How」にあたります。

GFSIはルール(規格)を“作る”団体ではなく、あくまでルールを評価する立場であるため、「具体策は各規格や各事業者に委ねる」という整理になりました。


この変更を現場の視点で見ると、以下のようになります。

  • これまで
    • 「今どこにいるか」が分かる
    • 「次に何をすべきか」のヒントがある
  • これから
    • 「重要な要素」は分かる
    • しかし「どう進めるか」は自分で設計する必要がある

一見すると不便に感じますが、必ずしも後退ではありません。

むしろ意図としては、「万能な正解は存在しない」ことを前提にした設計です。

業種・規模・リスク・文化が異なる中で、単一の成熟度モデルを当てはめると、形だけ整えて中身が伴わないという問題が起きてしまいます。

与えられたとおりにやればよいのではなく、自身の施設に合わせて「自分たちで設計する」必要があるのですね。

とはいえ、現実的にこのポジションペーパーを読んで「来週の月曜日からこれをやろう」と即座に言える人は多くありません。

ここが今回の改訂の難しいところであり、同時に重要なポイントです。

ポイント④:足りない要素

最新版のポジションペーパーは、 180以上の文献をもとに整理されたものです。

しかし、読み進めると一つの違和感に気づきます。それは「なぜ(why)食品安全文化に取り組むべきなのか」が語られていないという点です。

ポジションペーパーでは食品安全文化について、

  • 測定可能であるべき
  • 実行可能であるべき
  • 継続的に改善されるべき
  • 織文化の中に根付くべき

といった形で、「何が重要か(what)」は非常に明確に示されています。

一方で、次のような問いへの明確な答えは示されていません。

  • なぜ企業は、文化に投資すべきなのか?
  • 文化を強化すると、どんな成果が得られるのか?
  • 事故・リコール・不良コストとの関係はあるのか?

これらは現場や経営層が「自発的」に動くために不可欠な問いです。

たしかに、「食品安全がコストと見られている」、「人材や時間が限られている」といった組織では、「なぜやるのか」を説明できなければ、取り組みは続かないですよね。

本来、食品安全文化は、「ルール(規格)で求められたからやる」「監査で指摘されたからやる」のではなく、「重要だと理解して自発的に取り組む」ことで初めて根付くものです。

現場だけでなく経営層も、「理解と納得」があれば行動として定着します。しかし、「ルール主導」だと形だけになるリスクがあります。


「どうやるか(how)」と同様に、GFSIの役割を考えれば、「なぜ(why)」まで踏み込まないことは、ある程度理解できます。

また、「食品安全文化が良い企業ほど事故が少ない」という明確な因果関係の根拠は、現時点では限定的です。

しかし、現場の担当者レベルで見ると、組織に食品安全文化を根付かせるために「なぜ(why)」は非常に重要な要素になります。

特に、「食品安全文化がまだ浸透していない組織」「中小企業などリソースが限られている環境」では、経営層を動かすための“説明材料”が必要になります。

しかし、今回のポジションペーパーは、「考え方の整理」には優れているが、「説得のツール」としてはやや弱いという側面があります。

現場の責任者が経営層を説得するためのツールとして、このポジションペーパーを使うのは難しいのですね。

おわりに

以上が、GFSIの最新版ポジションペーパーのポイントの紹介でした。

このポジションペーパーは、文献を体系的に整理し、概念や用語を洗練させた完成度の高い学術的文書と言えます。

ルール(規格)を作る人や教育プログラムの開発者にとっては、重要な参照資料になりそうですね。

一方で、現場の実務者、特に中小企業の責任者が「ツール」として使うには難しい側面もあります。

しかし、これは欠点ではなく、むしろGFSIが意図した設計のように思います。

食品安全は「チェックリストを満たす活動」から、「組織の状態を継続的に改善する営み」へ、つまり「誰も見ていないときに正しい行動ができる組織」をどう作るかという問いに、自分自身で考え、取り組む必要があるということです。

このポジションペーパーを「答え」ではなく、何を考えるべきかを示す「出発点」として利用して頂ければと思います。

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