「毎月の検便、本当に意味ある?」― 従業員検便をめぐる日米の考え方の違い

「毎月の検便、本当に意味ある?」― 従業員検便をめぐる日米の考え方の違い

毎月検便を提出しているけど、これって意味あるのかな?

日本の食品業界で働く多くの人にとって、検便はとても身近なものです。

毎月実施している施設もあれば、年に1回だけという施設もあるのではないでしょうか。

それでは、検便で「陰性」であれば、食中毒の心配はないのでしょうか。また、海外でも日本と同じように、従業員に対して定期的な検便が行われているのでしょうか。

実は、この「従業員検便」に対する考え方は、日本とアメリカで大きく異なります。

そこでこの記事では、日本とアメリカの従業員検便に対する考え方の違いを、わかりやすく解説します。

この記事を読んで、「自分の施設で本当に検便が必要なのか?」そんなことを考えるきっかけにしていただければと思います。

目次

日本における検便の位置づけ

まずは、日本における「従業員検便」の位置づけを見てみましょう。

意外に思われるかもしれませんが、食品衛生法では、すべての食品事業者に対して「定期的な検便」を義務づけているわけではありません。

食品衛生法には、次のように記載されています。

都道府県知事等から食品等取扱者について検便を受けるべき旨の指示があつたときには、食品等取扱者に検便を受けるよう指示すること。

食品衛生法施行規則 別表17

つまり、保健所から指示があった場合には、従業員に検便を受けさせる必要があります。

一方で、「毎月必ず実施しなければならない」といった具体的な頻度までは、食品衛生法そのものには明記されていません。

それでは、なぜ日本では多くの施設で定期検便が行われているのでしょうか?

その大きな理由のひとつが、厚生労働省が示しているガイドラインです。


たとえば、給食施設などの大量調理施設(1回300食以上または1日750食以上を提供する施設)を対象とした「大量調理施設衛生管理マニュアル」では、次のようなことが書かれています。

責任者は、調理従事者等に定期的な健康診断及び月に1回以上の検便を受けさせること。

大量調理施設衛生管理マニュアル (平成29年6月16日付け生食発0616第1号)

大量調理施設では、一度食中毒が発生すると被害が大規模になりやすいため、特に厳しい衛生管理が求められています。

さらに、大量調理施設以外でも【旅館・ホテル】【仕出し弁当】【すし店】【パン屋】【食肉販売】【スーパーマーケット】【総菜製造】など、さまざまな業界向けのガイドラインの中で、検便の実施が推奨されています。

学校給食

特に学校給食では、さらに厳しい基準が設けられています。文部科学省の「学校給食衛生管理基準」では、次のように定められています。

  • 検便は、赤痢菌、サルモネラ属菌、腸管出血性大腸菌血清型O157その他必要な細菌等について、毎月2回以上実施すること。
学校給食衛生管理基準(文部科学省)

学校給食は、子どもという感受性の高い集団を対象としているため、より慎重な管理が求められているのかもしれません。


日本では従業員検便が多くの施設で行われていることが分かりました。どういった目的で行われているのですか?

日本で検便が重視されている背景には、「健康保菌者(無症状病原体保有者)」を見つけるという考え方があります。

たとえば、新潟市のウェブサイトでは次のように説明されています。

腸管出血性大腸菌O157やサルモネラ属菌等の食中毒菌に感染しても症状が現れず、そのまま保菌することがあります。(健康保菌者といいます)。

症状はなくても、食中毒菌は数日から数週間、便といっしょに排出されるので、食中毒予防の観点から、保菌の有無を早期に発見することがとても重要です。

新潟市

整理すると、次のようになります。

症状がなくても、食中毒菌を保有している人がいる

その人が食品を汚染する可能性がある

だから、定期検便で早期発見する

発見できれば、食中毒を未然に防げる

この「健康保菌者対策」が、日本の従業員検便を支える大きな背景になっています。

アメリカにおける検便の位置づけ

次にアメリカにおける「従業員検便」の考え方を見てみましょう。

実は、アメリカでは日本のような「定期検便」は一般的ではありません。

アメリカの飲食店や小売業では、FDA(米国食品医薬品局)が公表している「Food Code」という衛生基準が広く参考にされています。

そのFood Codeには、健康な従業員への定期検便について、次のように書かれています。

Periodic testing of food employees for the presence of diseases transmissible through food is not cost effective or reliable.

Therefore, restriction and exclusion provisions are triggered by the active gastrointestinal symptoms, followed by diagnosis and history of exposure.

(筆者訳)

食品従業員に対して、食品を介して感染する病気の有無を定期検査することは、費用対効果が低く、信頼性も十分ではありません

そのため、就業制限や就業禁止の措置を取るかは、実際に胃腸炎症状があるかどうかを基準にし、その後の「診断結果」や「感染者との接触歴」をもとに判断します。

Annex 3. Public Health Reasons/Administrative Guidelines. 2-201.12 (FDA Food Code 2022 )

つまり、アメリカでは「症状のない人を定期的に検査する」よりも、「症状がある人を確実に働かせない」ことを重視しています。

stomach pain

もちろん、アメリカで検便がまったく行われないわけではありません。

たとえば「下痢や嘔吐などの症状がある場合」「感染者との接触があった場合」など、リスクが高い状況では検便が実施されます。

しかし、日本のように「定期検便によって健康保菌者を事前に見つける」という考え方は、あまり一般的ではありません。

検便の限界について知る

Food Codeには「費用対効果が低く、信頼性も十分でない」とありましたが、具体的にはどういう意味なのでしょうか?

実は、「健康保菌者を見つけるための検便」には、いくつか大きな限界があります。

残念ながら、「検便が陰性だった」=「その人は現在、安全である」とは必ずしも言えないのです。

ここでは、特に重要な3つの限界を紹介します。

  1. 検便を提出した翌日に感染する
  2. 菌は「断続的」に排出される
  3. 検査には感度の限界がある

①検便を提出した翌日に感染する

当然ですが、検便で分かるのは「提出した時点」の状態だけです。

たとえば、今日検便を提出して陰性だったとしても、翌日に食中毒菌へ感染する可能性はあります。

つまり、月1回や月2回の検便を行っていても、その“検査と検査の間”に感染することは普通に起こり得るのです。

もし次回の検便が1か月後なら、その間は菌を排菌しつづけることになります。

②菌は「断続的」に排出される

食中毒菌は、常に同じ量が便中へ排出されているわけではありません。実際には、菌の排出が“断続的”になることが知られています。

つまり、

  • 今日は菌が多く出ている
  • 明日はほとんど出ていない
  • 数日後にまた少量出る

ということが起こります。

そのため、たまたま「菌が出ていない日」や「菌量が少ない日」に採便すると、感染していても「陰性」になる可能性があります。

実際、医学的に「排菌が終了した」と判断する際には、複数回の陰性確認が必要になることがあります。

1回の「陰性」だけでは、完全には判断できないのですね。

③検査には感度の限界がある

どんな検査にも、「偽陽性」(本当は陰性なのに陽性になる)、「偽陰性」(本当は陽性なのに陰性になる)があります。

特に検便では、次のような理由で「偽陰性」が起こることがあります

  • 菌数が少ない
  • 菌が弱っている
  • 保存状態が悪い
  • 他の細菌に負けてしまう
  • 採便から検査まで時間が空いている

などがあります。

たしかに、私の施設でも提出期限に間に合わせるために数日前に採便している人がいます。

採便から検査まで時間が空くと、その間に菌が減少したり弱ったりして、検出されないことがあります。


さらに、通常の検便では「調べている菌種が限られている」という問題もあります。

日本の一般的な検便では、

  • 赤痢菌
  • サルモネラ属菌
  • チフス菌
  • パラチフス菌
  • 腸管出血性大腸菌(O157、O26、O111など)

が対象になることが多いですが、それ以外の病原菌は、便中に存在していても検出されません。

つまり、「検査対象に入っていない菌は、そもそも見つけられない」ということです。

費用対効果の例

以上の「検便の限界」を踏まえ、ここで費用対効果を簡単に考えてみます。

費用対効果のイメージ
  • 腸管出血性大腸菌の健康保菌者の割合が0.001%
  • 検査感度:70%(正確な値は分からないため、断続的排菌や採便条件などの影響を踏まえた仮定の数値です)

この条件で、従業員100万人を検査したとすると、本当の陽性者は10人です。

しかし、感度70%なら、実際に検出できるのは7人で、残り3人は見逃される可能性があります。

つまり、

  • 100万人分の検査コスト(仮に1人あたり1,320円とした場合、合計13億2,000万円)
  • 100万人分の事務作業
  • 100万人分の時間

をかけても、7人しか検出されず、そして3人は偽陰性として残る可能性があるわけです。

もちろん、「7人を見つけること」に大きな意味がある場面もあります。

一方で、 「低い有病率の集団を、定期的にスクリーニングすることは、費用対効果の面で本当に意味があるのか?」 という議論も存在します。

これが、FDAのFood Codeで、「費用対効果が低く、信頼性も十分ではない」 とされる背景のひとつです。

検便よりも重視すべきこと

検便に限界があることは分かりました。それでは、アメリカでは、検便を重視しない代わりに、どのように食中毒予防を行っているのですか?

アメリカでは「検査で健康保菌者を見つける」よりも、「感染者がいても、食品を汚染させないこと」を重視しています。

そのため、

  • 従業員の体調確認
  • 下痢・嘔吐時の就業制限
  • 適切な手洗い
  • 素手でRTE(Ready-to-Eat:そのまま食べる食品)を扱わない
  • 衛生教育の徹底

といった「そもそも食品を汚染させない行動を徹底すること」が重要視されています。

そして、検便を実施すると、「陰性だったから安心」「検便している施設だから安全」という心理が生まれやすい側面があります。

しかし、実際には「陰性」という結果は、その瞬間の一部情報にすぎません。

もし、「自分は検便しているから大丈夫」という意識によって、手洗いや体調管理がおろそかになってしまえば、本末転倒です。

そのためアメリカでは、検便に使うコスト・時間・人的リソースを、日常的な衛生管理や従業員教育へ振り向けた方が、より効果的だと考えられているのです。

食中毒事例:検便をやっていたら防ぐことができた?

最後に、従業員検便について考えさせられる、アメリカ・ミシガン州で実際に起きたサルモネラ食中毒事例を紹介します。

この事例では、2008年から2019年にかけて、長期間にわたり患者が断続的に発生し、最終的に36人の患者が確認されました。

グラフを見ると、数か月から数年の間隔を空けながら、少人数の患者が“散発的”に発生していたのですね。

FIGURE. Cases of Salmonella Mbandaka outbreak subtype (N = 35), by month and year of illness onset and restaurant A exposure
患者の発症年月のグラフ(文献の図1を筆者が訳及び一部改変)

一般的な食中毒では、同じ日に同じ食品を食べた人が、ほぼ同じタイミングで発症します。そのため、「どこで食べたか」「何を食べたか」を比較しやすく、原因施設や原因食品を特定しやすい特徴があります。

しかし、この事例のように、「数年にわたり、少人数の患者が断続的に発生する」ケースでは、そもそも“ひとつの食中毒”として認識すること自体が難しくなります。実際、この事例でも原因特定には長い年月がかかりました。

長年の疫学調査や遺伝子解析の結果、最終的に「レストランA」が感染源である可能性が高いことが分かりました。

そこで、レストランAの従業員約100名に対して検便を実施したところ、4名の健康保菌者が確認されました。

さらに、その従業員の便から検出されたサルモネラは、患者から分離された菌と遺伝的に一致していました。

加えて、施設内のふき取り検査も実施されました。

厨房、食器洗浄エリア、保管庫、従業員トイレなど、80か所を調査したところ、約半数にあたる39か所から同じサルモネラが検出されたのです。

つまり、この事例で問題となっていたのは 「特定の汚染原材料」や「一時的な調理ミス」ではなく、「施設環境」と「無症状従業員」の間で、サルモネラが長期間循環していたことが問題でした。


保健所は、レストランAに対して、従業員の就業制限、健康監視、厨房設備の大規模改修、床・壁の改装、強力な消毒作業など、非常に厳しい対策を求めました。

しかし、それでもサルモネラを施設から完全に排除することはできませんでした。

最終的にレストランは2018年末に自主的に永久閉店となりました。

さらに、調理器具、食器、什器などはすべて廃棄され、建物も食品営業に再利用できない措置が取られました。

それほどまでに、環境中へ定着したサルモネラは強固だったのです。

閉店
イメージ

もし定期的に従業員検便をしていれば、この食中毒はもっと早く発見できていたのではないでしょうか?

たしかに、食中毒の全体像がすべて明らかになった“今”から振り返れば、そのように考えることもできます。

しかし興味深いことに、この論文の著者たちは、「だから無症状従業員への定期検便を行うべきだ」とは結論づけていません。

その理由として、前章で紹介したような「検便そのものの限界」があります。

むしろ、著者たちは、

「長期間にわたる原因不明のサルモネラ食中毒では、WGS解析(全ゲノム解析)、従業員検便、環境サンプリングを組み合わせることで、感染源特定能力が向上する」

と結論づけています。

つまり、「平時から全員に定期検便を行う」のではなく、「長期間続く原因不明の食中毒では、従業員検便や環境検査を積極的に活用する」という考え方です。

おわりに

この記事では、日本とアメリカにおける「従業員検便」の考え方の違いを紹介ました。

従業員検便の重要性を語る際、よく引き合いに出されるのが、1900年代初頭のアメリカで問題となった「腸チフスのメアリー」です。

家事使用人だったメアリーは、自身に症状がないまま腸チフス菌を保有し、多くの感染を引き起こしたことで知られています。

Mary Mallon as “Typhoid Mary” in the local newspaper of the era
当時の新聞記事(写真はAnn Gastroenterol. 2013;26(2):132–134.の図1)

この事例は、「無症状でも病原体を広げる人がいる」ことを社会に強く印象づけました。

しかし興味深いことに、その“発信地”とも言えるアメリカでは、1930年代頃から、健康な従業員への定期検便は次第に推奨されなくなっていきます。

その背景には、この記事で紹介した「検便の限界」があります。

今回の記事で伝えたかったのは、「検便そのものが無意味」ということではなく、「科学的根拠や費用対効果を考えたとき、定期的な全数検査の優先順位は必ずしも高くない」という点です。

日本では、「ゼロリスク志向」や「安全だけでなく安心を求める文化」が強い傾向があります。

そして、検便結果は分かりやすく、「見える安心」を与えてくれます。しかし、「陰性だから安全」とは必ずしも言えません。

食品安全には、必ずコストがかかります。だからこそ、「その対策は本当に効果があるのか」「安心感だけを生み出していないか」「限られた資源を最も重要な対策に使えているか」を、常に考え続ける必要があります。

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