また同じミスが起きてしまった。毎回きちんと対策を立てているつもりなのに、どうして同じような問題が起きるのだろう?
どの施設でも、何かミスが起きると、きちんとその対策を取っていると思います。
しかし、対策を取っているのに、同じような問題が繰り返し起きていませんか。
もしかすると、対策を取っているつもりでも、それは表面上の対策でしかなく、「根本的な原因」の解決には至っていないのかもしれません。
そこでこの記事では、The Pew Charitable TrustsとCDCの記事を参考に、多くの業界で活用されている「根本原因分析」(Root Cause Analysis)を紹介します。
この記事では根本原因分析(Root Cause Analysis)を、頭文字をとって「RCA」と略します。
根本原因分析(RCA)とは?
RCAは問題解決の手法です。
ある出来事(例:食中毒の発生、化学物質の汚染、異物混入、不適切な製造工程)が「なぜ発生したのか」という根本的な原因を明らかにするために用いられます。
根本的な原因を特定できれば、問題を除去し、再発を防止することができます。
RCAはよく下のようなイメージで表されます。
このイメージのように、問題(Problem)の症状(Symptom)は見えやすいですが、根本原因(Root cause)は問題の奥深くにあり見えにくいです。
病気(高血圧)を例にRCAを見てみましょう。
胸痛、動悸といった症状(Symptom)があって医療機関を受診しました。
医師が診察を行い、高血圧が問題でそれらの症状があることが分かりました。
医師が治療や薬を処方することで、当面の症状(Symptom)はなくなります。
しかし、根本的な原因(Root cause)が解決していないため、放っておくと再発や、悪化する恐れがあります。
そこで、医師は診察の際に患者から話を聞き、「なぜその症状が起きたのか」の原因を理解しようとします。
そして、生活習慣の乱れ(不適切な食習慣、運動不足、喫煙)が「根本原因」であることを把握し、その解決策を実行するよう患者に提案します。
この例のように、RCAを行うことで問題(Problem)を掘り下げていき、見えにくい場所にある根本原因(root cause)を見つけることができます。
そして、その対策を取ることで、問題の根本を除去し、再発を防止することができます。
Contributing factorとRoot causeの違い
ここでRCAを行う際に混同されがちな2つの言葉、「Contributing factor(要因)」と「Root cause(根本原因)」の違いを明確にしておきましょう。
ここでは食中毒が起こった場合を例に、これら2つの言葉の違いを見てみます。
どのような問題があり、その出来事が起こったのか(What went wrong?)
例えば、食中毒が発生した場合、体調不良の従業員が食品を汚染した、しっかり中心部まで加熱しなかった、などが「Contributing factor」に当たります。
なぜその問題が起こったのか(Why it went wrong?)
例えば、体調不良の従業員が出勤した理由は、「従業員の教育が十分ではなく、下痢があったときに責任者に報告しなければならないというルールを知らなかった」ためで、これがRoot causeに当たります。
RCAを行う際にこの2つの言葉を混同してしまい、「Contributing factor(要因)」への対策だけを行ってしまうことがよくあります。すると、根本原因が解決されず、問題が再発してしまうため注意が必要です。
HACCPとRCAはどう違うのか
HACCPをすでに行っているけど、RCAとは何が違うのかな?
「HACCP」も「RCA」も問題が起こらないようにするための手法という点では同じです。
しかし、この2つは行うタイミングが違います。
HACCPは事故が起こる要因を分析し、それが起こらないように事前に対策を立てます。
一方RCAは、事故が起こった後(又は事故になりそうな出来事が起こった後)に事故が起こった原因を分析します。そして、なぜ管理方法が失敗したのか、なぜリスクが特定されなかったのか、などを調査することで、再発を防止します。
両方とも事故を予防するという点では同じです。そして、問題があった際にRCAをしっかりと行うことで、HACCPを強化することができます。
RCAはどのように行うのか
実はRCAは歴史が長く、1950年代に日本のトヨタ自動車が行った「5回のなぜ(Five whys)」から始まったと言われています。
そして、現在では製造業だけでなく、航空、石油採掘、医療など、幅広い業界で用いられる手法になりました。
RCAを行う際に使われるツールとしては「ブレインストーミング」、「5回のなぜ」、「特性要因図」、「故障の木解析」などがあります。
これらのツールの使い方については、日本語でも多くの文献があるため、この記事での説明は省略します。
ここでは例として「5回のなぜ」を使って、食品安全の課題の解決策を考えてみます。
このスーパーではバックヤードでお弁当を作り、それに表示を貼り、店頭に並べて販売している。
ある日、「えび天弁当」に誤って「とり天弁当」の表示を貼ってしまい、特定原材料の「えび」の表示が抜けてしまうという事故があった。
表示内容を確認し、貼る作業をAさん1人で行っていたためミスが起こった。今後はAさんだけでなく、Bさんもチェックを行い、表示の貼り間違いがないよう徹底する。
このように特定の人を「原因」にすることは容易です。しかし、それでは真の問題解決にならないことがあります。
根本原因が「特定の人」という固定観念を一度捨てて、組織の仕組みやシステムに原因がないか考えてみることが重要です。
- なぜAさんは「えび天弁当」に誤って「とり天弁当」の表示を貼ってしまったのか?
- ラベラーの設定が前日の最後に作った「とり天弁当」の表示がそのままになっていた。朝の忙しさもあり、それを「えび天弁当」と見間違えてしまった。
- なぜ前日の最後に作った「とり天弁当」の表示がそのままになっていたのか?
- 社内マニュアルでは、その日の営業の最後にラベラーの表示設定をクリアにするとなっていたが、それが行われていなかった。
- なぜ営業の最後にラベラーの表示設定がクリアにされていなかったのか?
- マニュアルに書いてあることが実施されていなかった。
- なぜマニュアルに書いてあることが実施されていなかったのか?
- 現場の作業効率を優先し、マニュアル通りに行っていなかった。
- なぜ現場の作業効率を優先し、マニュアル通りに行っていなかったのか?
- マニュアル通りに行っていたのでは、忙しい時間帯に作業を終えることができないと多くの従業員が感じていた。そのため、マニュアル通りに行わないことが慣習になっていた。
このように「なぜ」を5回繰り返すことで、根本原因が見えてきます。
この例では、マニュアルが現場の実情に合っておらず、それが少しずつ守られなくなり、事故が起こったとが推察されます。
そのため解決策としては、「マニュアルの見直しを現場の意見を踏まえて行う」、そして「見直したマニュアルについて定期的に教育を行う」などが考えられます。
悪い解決策のように、表面上の解決だけを行った場合、マニュアルが守られないことによる事故の再発や同じ根本原因に起因する別の症状が今後出てくるかもしれないのですね。
また、この例では1つの根本原因だけを見ました。しかし、根本原因が複数あることは珍しくありません。
この例でも、RCAを行っていくと、「同じタイミングで同じような名前の商品を作るという作業手順が悪かった」、「朝の多忙時の出勤体制に問題があった」や「ラベラーの機械の設定が悪かった」といった根本原因も見つかるかもしれません。
行政機関でも食中毒予防にはRCAは必須
食中毒が起こると、保健所は「手をよく洗わなかった」、「中心までしっかり加熱しなかった」、「常温で長期間放置していた」など、食中毒が起こった要因を発表しています。
しかし、そのような要因が「なぜ起こったのか?」(例:なぜ手を洗わなかったのか?なぜ加熱しなかったのか?なぜ放置したのか?)については、教えてくれません。
一方、アメリカでは保健所からCDCに食中毒の報告を行う際に、根本要因についても報告を行っています。
次にアメリカの行政機関のRCAの取り組みについて見てみましょう。
CDCは根本原因をどのように分類しているか
CDCは食中毒の根本原因を「人」、「設備や施設のレイアウト」、「資金」、「工程」、「食品」の5つに分類しています。
・食品安全文化の欠如 ・管理監督の欠如 ・言葉の壁、
・離職率の高さ ・特定の作業工程に関する従業員訓練の欠如 ・人員不足
・設備の能力不足、不適切な使用、メンテナンス不足
・施設のレイアウト不良
・営業に必要な備品の不足
・疾病休暇がない。病気の際に休むことに関して金銭的インセンティブがない
・ハザードを低減するための工程が不十分
・従業員や管理者が決められた工程に従わない
・時間/温度管理がされていない
インディアナ州健康局のウェブページにCDCへの報告様式が掲載されていますので、参考にご覧ください。
根本原因に「食品安全文化の欠如」が含まれているのですね。
根本原因を収集することでどのようなメリットがあるのか
報告された根本原因のデータを分析し、傾向を理解することで、行政機関は「施策への反映」といった対策を取ることができます。
例えば、飲食店で多くの食中毒の根本原因として、【人】の「管理監督の欠如」があったとします。この場合、「飲食店は食品安全管理者の資格を持つ人を営業中必ず1人以上施設に在中させなければならない」という基準を作ることが有効です。
また、ノロウイルス食中毒の多くの根本原因が、有給休暇制度がない飲食店で発生し、病気の従業員が休むことができない状況があったために起こっていたとします(【資金】が根本原因)。この場合、有給休暇を義務化する法律を作ることが有効です。
このように、根本原因をシステマチックに収集し、施策に活用することは、日本にはない仕組みです。
また、分析した根本原因を公表することで、食品業界においても再発防止に活用できる有益な情報となります。
おわりに
以上が食品安全分野へのRCAの活用例の紹介でした。
この記事でも紹介したように、アメリカでは食中毒調査においてRCAが活用されています。
実は食中毒調査における「RCAの活用」は、FDAの重要施策の一つとなっています。
そのため、今後アメリカではRCA結果の公表や活用が、さらに進んでいくと思います。
しかし、残念ながら日本では同じような仕組みはまだありません。
今後、日本においても、根本原因の把握と公表が進むと、行政機関だけでなく食品業界にとっても、食中毒予防に有益な情報になると思います。
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