CDCが最新の食中毒患者数を公表~なぜ日本の食中毒患者数が少ないのかを解説~

CDCが最新の食中毒患者数を公表~なぜ日本の食中毒患者数が少ないのかを解説~

アメリカでは年間990万人が食中毒になっているというニュースを見たよ。日本の年間1~2万人と比較すると、多すぎると思うのですが…

日本では食品安全の傾向を見る際に、「保健所の調査で食中毒と断定された食中毒患者数」がよく用いられます。

一方、アメリカでは日本のような「保健所の調査で食中毒と断定された食中毒患者数」はほとんど用いられません。

その代わりに用いられるのが潜在的な食中毒患者数、つまり「食中毒患者数の推定値」です。

これらの値の違いについては下の記事で解説していますので、まだ読んでいない方はぜひ読んで下さい。

2025年4月にアメリカCDCが「食中毒患者数の推定値」について最新の値を公表しました。

そこでこの記事では、CDCのウェブサイトを参考に、アメリカでの最新の食中毒患者数の推定値について紹介します。

この記事を読めば、日本の食中毒患者数がなぜ少ないのか、そして日本で使われる食中毒患者数の問題点が理解できます。

目次

CDCが食中毒患者数の推定を行う背景

CDCはどうして食中毒患者数の推定を行っているのですか?

私たちが普段目にする患者数は、食中毒の実態をきちんと表していないためです。

例えば、下の新聞記事にある2024年の食中毒患者数「1万4229人」は、保健所の調査で食中毒と断定された数になります。

2024年の食中毒発生件数が前年比16件増の1037件となり、3年連続で増えたことが26日、厚生労働省のまとめで分かった。原因物質では寄生虫のアニサキスが330件と最多で、ノロウイルスの276件が続いた。患者数は2426人増の1万4229人。死者は3人だった。

日経新聞(2025年3月28日)

しかし、保健所の調査で食中毒と断定されるのはごく一部であり、実際に汚染された食品を食べて病気になった人の数は、その何倍~何千倍いると推定されています。

なぜこのような違いが生じるのかというと、病気になった人が医療機関を受診しなかったり、医療機関で必要な検査が行われなかったり、保健所に届出されなかったりなど、最終的に食中毒と断定されるまでに多くの段階があるためです。

下の図では、①が実際の患者数で、⑦が保健所の調査で断定される統計上の患者数です。①から⑦に行く間には多くの障壁があります。

foodborne illness burden pyramid

つまり、氷山の一角である「統計上の食中毒患者数」は「実際の食中毒患者数」を正確には表していません

そのため、「統計上の食中毒患者数」を使ってその国の食品安全対策を考えていくと、本当にリスクが高いことに対して適切に資源が配分されなかったり、リスクに応じた優先順位付けがされない恐れがあります。

このような背景があり、CDCは定期的に「実際の食中毒患者数」の推定を行っています。

最新の推定結果

CDCは、今まで1999年2011年と定期的に患者数の推定を行い、結果を公表してきました。

今回(2025年)公表された結果は、新たなデータ、推定手法を用いて、「2019年」の患者数の推定を行いました。

今回の推定では、対策の優先順位が高い「カンピロバクター」、「リステリア」、「サルモネラ」、「腸管出血性大腸菌」、「ノロウイルス」、「ウエルシュ菌」、「トキソプラズマ」が対象とされています。

これら7つの病原微生物について、食中毒の「患者数」、「入院者数」、「死亡者数」の推定が行われました。

※トキソプラズマについては、感染者に症状がないことが多く、症状がある人がどれくらいいるのかが不明のため「患者数」の推定は対象外となっています。


以下の表が、アメリカで2019年に7つの病原微生物による食中毒の「患者数」、「入院者数」、「死亡者数」の推定値になります。

原因菌患者数入院者数死亡者数
カンピロバクター1,870,00013,000197
ウエルシュ菌889,00033841
リステリア1,2501,070172
ノロウイルス5,540,00022,400174
サルモネラ1,280,00012,500238
腸管出血性大腸菌357,0003,15066
トキソプラズマ84844
合計9,940,00053,300931
アメリカの2019年における食中毒患者数、入院者数、死亡者数の推定値
Emerging Infectious Diseases, 31(4), 669-677

6病原微生物(カンピロバクター、ウエルシュ菌、リステリア、ノロウイルス、サルモネラ、腸管出血性大腸菌)により、994万人が食中毒となったと推定されています。

これらにトキソプラズマを加えた「入院者数」は53,300人、「死亡者数」は931人となっています。

年間900人程度が食中毒で亡くなっているのですね。日本の年平均5人と比べると、はるかに多いです。

ノロウイルス、カンピロバクター、サルモネラが「患者数」、「入院者数」、「死亡者数」のトップ3を占めています。

一方、リステリアは患者数こそ少ないですが、死亡者数が 172人とノロウイルスと同程度であり、死亡率の高さが際立ちます。

リステリアがトップ3の病原菌と同様に公衆衛生上重要な菌であることが分かります。

以前と比べ患者数が増えている?

以前の推定値と比較してどのように変化したのですか?

そもそも推定方法が異なるため過去の推定値と単純な比較はできませんが、実は多くの菌が増加傾向にあります。下に「患者数」を比較した結果を示しました。

原因菌2011年推定値2019年推定値増加率
カンピロバクター845,0241,870,000+121%
サルモネラ1,027,5611,280,000+25%
腸管出血性大腸菌O15763,15386,200+36%
腸管出血性大腸菌O157以外112,752271,000+140%
2011年と2019年の患者数の推定値の比較

ただし、これらの増加は単純に「食中毒が増えた」という話ではありません。

増加の要因は様々ありますが、ここではその一つを紹介します。

2013年にFDAが承認した「Syndromic panel」というCIDTがあります。

CIDTは「Culture-Independent Diagnostic Tests」の略で、日本語に直訳すると「培養非依存性診断検査」となります。
一言でいうと、病原菌やウイルスを培養しないで検出する検査法のことです。

「Syndromic panel」を使えば、ある症状に関連した病原菌を一度の検査でまとめて検査をすることがきるため、2013年以降医療機関での利用が急速に増加しました。

CIDTの詳細については、以下の記事をご覧ください。

2013年以降のCIDTの増加により、今まで見過ごされていた病原菌がより多く検出されるようになりました。その結果、患者数が増加したかのように見えます。

つまり最新の推定値は食中毒の実態をより正確に表すようになったのですね。

おわりに

以上がCDCの最新の食中毒患者数の推定結果の紹介です。

アメリカではこのように定期的に患者数の推定が行われており、推定方法、推定に用いられるデータがその都度改善されています。

そして、この推定値は行政機関の施策の判断材料、食中毒の社会への影響の分析、消費者への注意喚起、ニュースなど幅広く活用されています。

例えば、USDAはCDCの推定値を使って「食中毒の社会への負担」を試算しており、その経済的な負担は「年間 750億ドルに上る」と報告しています。

残念ながら日本においてはこのような推定はほとんど行われておらず、依然として「保健所の調査で食中毒と断定された食中毒患者数」が用いられています。

患者数だけ見ていると、食中毒のリスクが過小評価されたり、リスクに基づいた優先順位付けがされずに施策が実行される恐れがあるのですね。

そのため、日本においても定期的に食中毒患者数の推定を行っていかなければならないと思います。

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