

今話題の「ドバイチョコレート」がサルモネラに汚染されている恐れがあるため自主回収しているというニュースを見たよ。チョコレートでも食中毒が起きるのかな?
バレンタインデー、付加価値チョコレート、高級チョコレート、チョコレート専門店など、チョコレート市場は拡大しています。
そんな「チョコレート」について、日本で問題になるのは「カビ」、「虫」、「異物」がほとんどで、「チョコレートが原因で食中毒が発生した」という話は聞いたことがありません。



日本では「安全な食品」と考えられているチョコレートですが、海外では大規模な食中毒が定期的に発生しています。


そこでこの記事では、「チョコレートが原因でどれくらい食中毒が起きているのか」、「なぜチョコレートで食中毒が起きるのか」を紹介します。
この記事を読めば、チョコレート×食中毒 の組み合わせが「なぜ」危険なのか、日本では「なぜ」食中毒が発生していないのかが分かります。
チョコレート製品が原因となった食中毒
水分活性が低いチョコレートと乾燥に強いサルモネラは食中毒を起こす相性の良い組み合わせです。
そこで、過去50年間に発生したチョコレート製品を原因とする主なサルモネラ食中毒を紹介します。
年 | 地域 | 原因食品 | サルモネラの 血清型 | 患者数 | 年齢(中央値) |
---|---|---|---|---|---|
1970–1971 | スウェーデン | チョコレートボール | Durham | 110 | 15 |
1973–1974 | 米国、カナダ | チョコレートボール | Eastbourne | 119 | 3 |
1982 | 英国、イタリア | チョコレートバー | Napoli | 272 | 15 |
1985–1986 | カナダ、ベルギー、英国、米国 | チョコレートコイン | Nima | 29 | 4 |
1987–1988 | ノルウェー、フィンランド | チョコレート製品 | Typhimurium | 361 | 6 |
1998 | 英国 | チョコレートムース | Enteritidis | 54 | 8 |
2001–2002 | ドイツ、オーストリア、ベルギーなど | チョコレート製品 | Oranienburg | 538 | 15 |
2006 | 英国 | チョコレート製品 | Montevideo | 42 | 不明 |
2007 | 英国 | チョコレートコーティングナッツ | Schwarzengrund | 90 | 不明 |
2018 | 韓国 | チョコレートケーキ | Thompson | 1,111 | 不明 |
2018–2019 | カナダ | チョコレートフランス菓子 | Enteritidis | 85 | 不明 |
2021–2022 | EU12か国、カナダ、スイスなど | チョコレート製品 | Monophasic Typhimurium | 455 | 10 |



100人を超える食中毒が何回も起こっているのですね。
チョコレートは子供がよく食べるイメージがあるので、患者の年齢が低いのも特徴でしょうか。
チョコレートで食中毒が起きる4つの要因



チョコレートは賞味期限が長くて菌が増えなさそうなのにどうして食中毒が起きるのでしょうか?
次の4つの要因によりチョコレートが原因でサルモネラ食中毒が起きると考えられます。
①チョコレートの低水分と高脂肪
ここではD値を使ってサルモネラの耐熱性を説明します。



D値とは何ですか?



ある加熱温度において生菌数を1/10にする時間です。
例えば、「ハム」(脂肪分:3%未満、水分活性:0.97)のサルモネラの71℃でのD値は0.02です。
これは、「ハム」を71℃で0.02分(=1.2秒)加熱すると、サルモネラの菌数が1/10になるということです。
次にチョコレートの場合を見てみましょう。
「ダークチョコレート」(脂肪分:74%、水分活性:0.23)のサルモネラの80℃でのD値は47分です。
これは、ダークチョコレート中のサルモネラ菌数を1/10にするのに、80℃で47分加熱しなければならないということです。



脂肪分が多く、水分が少ないチョコレートでは、サルモネラの殺菌にはより高い温度、より多くの時間が必要になるのですね。
②チョコレート製造工程
チョコレートの製造過程で「コンチング」という品質に影響を与えるだけでなく、菌を殺菌するのに重要な工程があります。
厚生労働省のHACCPガイドラインによると、コンチングは一般的に40℃以上、12~72 時間とあります。
先ほど紹介したサルモネラの耐熱性からも分かるように、コンチングの条件によっては、サルモネラを殺菌するのに十分でない可能性があります。
また、コンチング以降の工程(テンパリング、重点、冷却、型抜、包装)でサルモネラの汚染が起きると、最終製品にサルモネラが残存することになります。



食品安全をきちんと理解していない人が作ったチョコレートは、想像以上にリスクが高いのですね。
③チョコレート中で長期間生存できる
チョコレートは水分活性が低い食品のため、サルモネラはその中で長期間にわたって生存することができます。
例えば、ホワイトチョコレート(脂肪分:53%、水分活性:0.25)では、12か月後経った後でも、サルモネラは2 log CFU/gしか減少しませんでした。
※「log CFU/g」は見慣れない表記かもしれません。log は「常用対数」で、CFUは「colony forming units」です。「2 log CFU/gの菌がいた」は「1g中に102 個の菌がいた」や「1g中に100個の菌がいた」ということです。「2 log CFU/gの減少があった」は「1g中の菌数が1/100になった」や「1g中に100,000個いた菌が1,000個になった」ということです。
④少ない菌量で発症する
チョコレート中のサルモネラは、通常より菌数が少なくても、人に病気を起こす可能性があります。
これは、チョコレート中の脂肪によりサルモネラが胃の中の酸性条件から保護され、生きたまま腸にまで到達し、そこで感染を引き起こすためです。
上の表にもある1985–1986年にかけてカナダなどで発生した「Salmonella nima」による食中毒では、チョコレート100g中に4個程度しかサルモネラがいなかったにもかかわらず、食中毒が発生しました。



多くの食中毒菌が体に10万~100万以上の菌を取り込まないと発症しないことを考えると、極めて少量の菌で発症することが分かります。
最近発生した大規模な食中毒
次にチョコレートが原因で発生した最近の食中毒事例を紹介します。



世界第3位の売上高を誇るチョコレートメーカーが起こした食中毒として話題となりました。
患者数 | 456人 |
入院率 | 38% |
年齢 | 87%が10歳未満 |
患者の発症日 | 2021年12月~2022年6月 |
患者の居所 | 17か国 |
原因食品 | チョコレート製品 |
原因菌 | サルモネラ(Salmonella Typhimurium) |
(最初の表と上の表の患者数などの数が異なるのは、引用している文献が異なるためです。)


(Laisnez et al. BMC Infectious Diseases (2025) 25:242の図1を筆者が訳)
ベルギーの工場で製造されたこの製品は、主に3歳から10歳の子供向けに販売されていました。


探知
2022年2月、イギリスで複数の患者から同じタイプのサルモネラが検出されました。
そこで、イギリスは2022年2月17日に「EpiPulse」(EUのサーベイランスの情報交換プラットフォーム)を通じて、EUに情報提供を行いました。
その後、EUの複数の国々から、イギリスで検出されたものと同じタイプのサルモネラの検出が相次いで報告されました。


さかのぼり調査
患者への聞き取り調査を行ったところ、多くの患者が食べていた特定のブランドのチョコレート製品が原因と疑われました。
そこで、EUは3月25日に特定ブランドのチョコレート製品に関連して発生しているサルモネラ食中毒について注意喚起を行いました。
当該ブランドのチョコレートがベルギーの工場で作られていたことから、4月1日にはベルギーの食品安全当局(Federal Agency for the Safety of the Food Chain:FASFC)に通知がされました。


ベルギーFASFCは4月1日に当該工場に立ち入り、4月8日には製品の安全性を保証できないとして工場の営業を一時的に停止させました。
その同日、ベルギー工場で製造された当該ブランドの製品は、製造日やロットに関係なくすべて自主回収が開始されました。
工場への立ち入り
ベルギーFASFCが工場の自主検査の結果を確認したところ、2021年12月3日から2022年1月25日の間に採取した81検体からサルモネラを検出していました。
自主検査で陽性となったサンプルは、原材料(3)、最終製品(8)、半製品(39)、中間製品(21)、環境ふき取りスワブ(7)、洗浄オイル(3)でした。
特に、患者から分離されたサルモネラと同じタイプのサルモネラが、無水乳脂肪を扱う製造ライン(フィルター、機器内の残留物、注ぎ口)から検出されていたことから、この「無水乳脂肪のライン」が汚染源である可能性が高いと考えらました。


ベルギー工場で使われた無水乳脂肪は、イタリアの原料会社から仕入れたものだったため、イタリア食品局がこの原料会社に立ち入り、サンプルを採取しましたが、サルモネラは検出されませんでした。
ベルギーFASFCが工場で採取したサンプル229検体を検査したところ、7検体(すべて同工場で保管されていた完成品)から、患者から分離されたサルモネラと同じタイプのサルモネラを検出しました。
工場における対策
同工場では、2021年12月に自主検査で初めてサルモネラが検出された後、汚染の恐れのあるロットを廃棄するだけでなく、関係する製造ラインを洗浄してから製造を再開していました。
しかし、その後もサルモネラが陽性となったため、製造ラインの徹底的な洗浄、陰性結果の確認、そして陽性となった無水乳脂肪を扱う製造ラインを迂回する方法を取り、製造を再開しました。


再開して数週間経った頃、自主検査で再度環境、中間製品、半製品がサルモネラ陽性となったため、同工場は徹底した洗浄を継続しながら、製造を継続していました。
最終的には、2022年4月8日にベルギーFASFCにより工場の営業は停止させられました。



洗浄後は陰性になっても、またしばらくすると検出したことから、サルモネラが施設に定着していたのですね。



4月8日に製造を停止させたことで患者数が大きく減少しています。行政による介入が功を奏したと言えますね。
その後、徹底的な洗浄、新しい設備の導入、HACCPシステムの見直しを経て、同工場は約2か月後の6月17日から営業を一部再開しました。
さらに、6月17日から3ヶ月間はベルギーFASFCによる抜き打ちの立ち入り検査が行われ、最終的に9月17日から全面稼働になりました。
日本のバレンタインデーでも同様のことは起こりえる



14か国で500人近い患者が発生しています。どうしてこれほど大規模な食中毒になったのでしょうか?
先ほど説明したチョコレートの特性に加え、以下の要因により、この食中毒はこれほど大規模なものになったと考えられています。
- 製品が地理的に広範囲に流通する。
- 当該製品は113か国に流通していました。
- チョコレートの賞味期限が長い。
- 問題となった製品の賞味期限は225〜270日でした。賞味期限が長いと、長期間流通、保管されるため、患者も長期に渡って発生します。
- 2022年4月17日がイースターであった。
- イースターの時期はチョコレート製品の購入が特に増える時期で、子どもがチョコレートを食べる機会が増えます。今回問題となったチョコレート製品も、感染のピークはイースターの前でした。



これらの要因は日本のバレンタインデーでも同じことが言えるのではないでしょうか。そのため、日本で同様の食中毒が起きてもおかしくありません。
日本のチョコレートの購入は2月、特に2月14日の1~2週間前が最も多くなります。
チョコレート菓子の製造者はバレンタインの需要に応えるため、その少し前から普段の能力以上にチョコレート菓子の製造を行います。
忙しくなると、通常時は注意して行えていたことが、その通りにできなくなることがあります。
また、少しの異常があっても、製造をストップすることは難しくなります。



忙しくなると、事故が起きやすいのですね。


EUの取組



最後に、このような事件を受けてのEUの最新の取組を紹介します。
この食中毒の患者数は456人となっていますが、実際はもっと大勢いると考えられています。
なぜかというと、この「患者数」は検便の検査でサルモネラが検出され、そのサルモネラについてさらに詳細な遺伝子検査(全ゲノムシーケンシング:WGS)が行われ、今回のタイプに一致する場合だけがこの「患者数」に含まれたためです。


そのため、検便検査が行われなかったり、サルモネラが検出されても詳細な遺伝子検査(WGS)が行われなかった場合は、「患者数」に含められていません。
この事件が起こった当時、EUではサルモネラの詳細な検査としてWGSをルーチン的に実施している国もあれば、そうでない国もありました。
しかし、サルモネラに対し、ルーチン的にWGSを行うことで、食中毒に関連のある患者をより正確に特定できることが分かっています。
今回の事例でも、患者から分離されたサルモネラと、工場から分離されたサルモネラが、WGSにより遺伝的に近いという事実が、ベルギーの工場が汚染の最も可能性の高い発生源であるという仮説を裏付けました。
このような背景もあり、EUでは2026年8月から加盟国に対し、食品、動物、環境サンプルからサルモネラ、リステリア、大腸菌、カンピロバクターを検出し、食中毒が疑われる場合にはWGSを行い、そのデータを共有することが義務になりました。



患者から検出されたものと食品、動物、環境から検出されたものを比較することで、迅速に食中毒の原因特定につながります。アメリカの「GenomeTrakr」と同じ考えですね。
残念ながら日本において、患者からサルモネラを検出しても医療機関は届出義務がありませんし、行政機関においてWGSをルーチン的にも行っていません。
そのため、日本において同様の食中毒が発生したとしても、食中毒が起きていることに気が付かないまま終わる可能性が高いです。
おわりに
以上が、「チョコレートでなぜ食中毒が起きるのか」の紹介です。
今回紹介した食中毒は、売上高が184億ユーロを誇る世界第3位のチョコレートメーカーの製品が原因でした。
さらに、世界的に見ても厳しい基準があるEU内に工場があり、世界中に製品を販売していたことから、この工場の食品安全管理のレベルは世界でもトップクラスだったことが容易に想像できます。



しかし、そのようなが企業であっても、サルモネラの管理は難しいのです。
日本でも大企業であれば、HACCPにより環境中、原材料中のサルモネラをきちんと管理しているかもしれません。
しかし、食品業界の大多数を占める中小企業にとって、サルモネラの管理までは、手が行き届いていない気がします。
そのため、まずは日本の行政機関が欧米のような食中毒を探知し、究明できる仕組みを整える必要があると思います。
そして、きちんと食中毒を特定し、その結果を食品事業者にフィードバックしていくことで、日本の食品安全レベルが向上していくのではないでしょうか。
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