アメリカと日本の食中毒の発生状況を比較してみる

アメリカと日本の食中毒の発生状況を比較してみる

日本ではアニサキスという寄生虫の食中毒が増えているとニュースで言っていたよ。アメリカでも日本と同じようにアニサキス食中毒が増えているのかな?

日本の食中毒のニュースは時々見る機会があります。でも、海外の食中毒のニュースはほとんど見ることがないと思います。

「日本と同じような食中毒が起きているの?」「食中毒の数は日本と同じくらいなの?」というような疑問を持っていませんか?

そんな疑問にお答えできるよう、今回の記事では日本とアメリカの食中毒の発生状況を比較してみます。

食中毒の発生状況は、食文化の違いもあり、似ている点もあれば、異なる点もあります。しかし、他の国と比較することで、日本の食中毒を減らす何かヒントが見えてくるかもしれません。

この記事でわかること

  • 日本とアメリカの食中毒の発生状況
  • 食中毒の統計情報を扱う上での注意点
目次

日本の方が4倍多く食中毒が起こっている!

アメリカと日本の両方のデータがそろっている2021年の食中毒統計資料を使って、比較をしていきます。

データの出典

アメリカ:CDC「National Outbreak Reporting System

日本:厚生労働省「食中毒統計資料

まずは食中毒の事件数、患者の数、死亡者数です。

スクロールできます
アメリカ日本
食中毒事件の数479件717件
患者の数7,518人11,080人
死亡者数25人2人
2021年のデータをもとに作成

日本の方が多く食中毒が多く発生しているように見えます。しかし、2つの国の人口が異なるため、数を単純比較することができません。

そのため、人口10万人あたりの数を計算してみましょう(人口 アメリカ:約3億3,200万人、日本:約1億2,547万人)。

スクロールできます
アメリカ(10万人あたり)日本(10万人あたり)
食中毒事件の数1.4件5.7件
患者の数2.3人8.8人
死亡者数0.0075人0.0016人
2021年のデータをもとに作成

人口10万人あたりで比較すると、事件の数と患者の数は日本の方が4倍多いです。死亡者数はアメリカの方が4.7倍多いです。日本の方が「事件の数」と「患者の数」が多いということは、日本の食品の方が危険ということなのでしょうか?この点については、記事の最後で解説します。

日本の食中毒の多くは、日本の生食文化に由来する

つぎに食中毒の原因となった物質トップ5を見てみます。

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順位アメリカ日本
1位ノロウイルス(125件)アニサキス(344件)
2位サルモネラ(94件)カンピロバクター(154件)
3位ウエルシュ菌(27件)ノロウイルス(72件)
4位腸管出血性大腸菌(26件)ウエルシュ菌(30件)
5位カンピロバクター(25件)植物性自然毒(27件)
2021年のデータをもとに作成

日本は、半数近い食中毒がアニサキス(寄生虫)によって起きています。一方アメリカでは、10年間(2012~2021年)さかのぼっても、アニサキス食中毒は一件も報告されていません。

アニサキスの食中毒は、魚を冷凍など適切な処理せずに、生で食べる(例えば刺身)ことで起こります。

アメリカの食品安全規制の教科書であるFDAのFood Codeでは、生で食べる魚は冷凍処理をしなければならないとなっています。

一方日本では、食品衛生法を見ても、生で食べる魚を冷凍しなければならない、とはなっていません。また、消費者は冷凍されていない鮮魚を好む傾向があります。このような理由により、日本ではアニサキス食中毒が多いのだと思います。

次に、日本で2番目に多いカンピロバクター食中毒もアメリカに比べ、日本で多く発生しているようです。

カンピロバクター食中毒の多くは、鶏の刺身やタタキ、鶏レバーなど鶏肉を生や加熱不十分で食べることが原因です。そのため、日本でカンピロバクター食中毒が多いのは、魚と同様、日本人の生食を好む文化が影響しているのかもしれません。

chicken sashimi
鳥刺し、鳥のたたき

なぜアメリカは死亡者数が多い?

食中毒事件の数と患者数は日本の方が多いですが、死亡者数はアメリカの方が多いです。なぜアメリカでは死亡者数が多いのでしょうか。それぞれの国の死亡者数の詳細を見てみると以下のようになっています。

アメリカの食中毒による死亡者数(25名)の内訳(2021年のデータ)

  • リステリア菌14人
  • サルモネラ5人
  • A型肝炎ウイルス3人
  • ボツリヌス菌1人
  • 腸管出血性大腸菌1人
  • 不明1人

日本の食中毒による死亡者数(2名)の内訳(2021年のデータ)

  • サルモネラ1人
  • イヌサフラン(有毒植物)1人

アメリカの死亡者数は半数以上がリステリア菌による食中毒でした。あまり聞いたことがない菌ですね。

厚生労働省によると日本ではリステリア菌による食中毒は一度も報告がないとのことです。そのため、リステリア菌を聞いたことがないかもしれません。しかし、アメリカでは非常に重要な食中毒の原因菌となっています。

今回用いたCDCのデータを見てみると、アメリカではリステリア菌による食中毒が毎年発生しています。この10年間(2012~2021年)の年平均は患者数64人、死亡者数11人でした。患者数に対し死亡者数がとても高いようです。

リステリア菌による食中毒の特徴を以下にまとめました。

リステリア菌による食中毒の特徴

  • 重症化すると5人に1人が死亡する(高い致死率
  • リステリア菌に汚染された食品を食べてから、一般的に1~4週間後に発症する。中には70日後に発症した人もいる。比較として、サルモネラの場合、汚染された食品を食べてから通常12~48 時間後に発症します。(リステリア菌の食中毒は、食べてから発症までにものすごく時間がかかる)

アメリカと比べ食中毒による死亡者数が少ないのは、日本ではリステリア菌による食中毒が報告されていないためなのかもしれません。

ちなみに、リステリア菌による食中毒の原因食品は下のようなものです。

どれも日本でも食べるものですし、輸入品も多くあります。アメリカと同じようなものを食べているのに、なぜ日本ではリステリア菌による食中毒が発生していないのでしょうか。本当に厚生労働省が言うように、日本でリステリア菌による食中毒はないのでしょうか?

実はそうではありません。

日本においてリステリア菌感染症の患者は年間200人いると推測されています。200人も患者がいるのに、食中毒が報告されていないとはどういうことなのでしょうか?

データを比較するときには注意が必要

今回2つの国の食中毒統計データを比較しましたが、本来これらは比較可能ではありません。理由は2つあります。

理由① 国によって食中毒の報告方法、データの集計方法などが異なる

一つ目は、国によって食中毒の届出方法、データの集計方法などが異なるためです。異なる方法で集められたデータを比較しても、意味がありません。

Communicable Disease Reporting Requirements in NYS

例えばニューヨーク州の場合、上の表にある病気を診断した医師は健康局まで届出しなければなりません。表には「Foodborne Illness」(食中毒)のほかに、「Listeriosis」(リステリア症)もあります。リステリア食中毒は、発症まで数週間かかるため、医師が患者を診断した時点で食中毒と結びつけることは難しいです。しかし、リステリア症は報告対象なので、リステリア菌が患者から検出されれば、医師は健康局に届出をします。届出があると、健康局が調査を行います。

一方、日本の場合はどうかというと、医師は患者が食中毒であると診断した場合、保健所への届出義務があります(食品衛生法第63条)。これは、ニューヨーク州と同じです。しかし、リステリア症は届出義務はありません。そのため、日本においてリステリア食中毒は、保健所に届出されにくいと言えます。届出がないとなると、そもそも調査も行われません。

(※日本の感染症法で、リステリア菌に感染することで起こる「細菌性髄膜炎」は定点医療機関での届出義務があります。)

このように、届出方法、データの集計方法が異なる場合、データを比較することはできません。

理由② 行政に食中毒として最終的に認定される数と実際の数が大きく離れている

二つ目は、行政に食中毒として最終的に認定される数と実際の数が大きく離れているためです。

下の図は、食中毒になった人が、最終的に保健所の調査で食中毒と断定される過程をピラミッドで表したものです。ピラミッドの一番下の①が食中毒になった人の数で、一番上の⑦が食中毒と断定された人の数になります。①から⑦に向かう過程で、人数が徐々に減っていくことが分かります。

今回比較に使用したデータは、下の図の一番上の「⑦保健所の調査で食中毒と断定される」の数です。

しかし、実際にはピラミッドの一番下のところの「①汚染された食品を食べた人が病気になる」が、本当の食中毒患者の数です。

foodborne illness burden pyramid

ピラミッドを見ればわかるように、この①と⑦の数は大きく異なります。これはどうしてかというと、病気になっても病院に行かない人がいる(②で脱落)、病院に行っても検便を行わなかった(③で脱落)、便の検査を行ったが、問題となっている菌の検査を行わなかった(④で脱落)などと、各段階で患者数が減っていくためです。

また、病原菌や国によって、このピラミッドの角度は変わります。例えばアメリカではリステリア食中毒の年間の患者数(図の①)は1,600人ほどと推測されています。一方で、年平均の患者数は64人(図の⑦)でした。つまり、全体の4%の患者しか、行政に食中毒として認定されなかったということです。

日本の場合はどうかというと、日本では年間約200人の患者がいると推測されています。この数は⑤のことです。そして、厚生労働省の言う「食中毒の報告が0件」というのは、⑦のことです。そのため、①のだれも⑦までたどり着けていないということになります。

アメリカが⑦の数を把握できているのに、なぜ日本は把握ができないのでしょうか。これはアメリカでは、健康局に届出がくるシステム最新の検査体制といった、優れたサーベイランスが構築されているためです。

このように、⑦の数は本当の食中毒の発生状況を表していないことから、比較すべきではありません。


今回は、本来比較すべきでない2か国のデータをあえて比較してみました。

なぜかというと、違う国の食中毒の状況をみることで、今まで気づかなかった自分の国の食品安全の課題に気づけるのではないかと思ったからです。

例えば、「日本は生食文化に由来する食中毒が多い」、「リステリア菌食中毒は届出されていないだけで、本当は数多く発生しているのかもしれない」、「そうであるならば、リステリア菌食中毒を探知するために、〇〇を強化しなければならない」といったことです。課題を認識することで、はじめて適切な対策をとることができます。

あまり他国の食中毒の状況を見ることがないと思います。参考にしていただければと思います。

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