「私はこうして食中毒になりました」クラウドソーシングで食中毒を探知する!

「私はこうして食中毒になりました」クラウドソーシングで食中毒を探知する!

SNSで投稿された情報を元に食中毒が探知されたという記事を見たよ。このような方法で食中毒が探知されることはよくあるのですか。

日本でも最近では、Googleの口コミや X への投稿が炎上したことで、保健所が事件を探知し、調査が行われることがあります。

ただし、日本の場合はあくまでも受け身であり、行政機関が積極的にSNSの情報を収集しているわけではありません。

一方アメリカでは、口コミやSNSに投稿された情報を行政機関が積極的に収集、分析し、食中毒の探知に役立てています。

Social media icons fly over city downtown showing people engagement connection

そして、最近アメリカの行政機関が特に注目しているのが、「クラウドソーシング型の食中毒探知システム」です。

そこでこの記事では、クラウドソーシング型の食中毒探知システムの先駆けである「iwaspoisoned.com」を紹介します。

iwaspoisoned.com は消費者が食中毒の症状を匿名で投稿できるウェブサイトとして2009年に始まりました。

この記事を読めば、クラウドソーシング型の食中毒探知システムとは何なのか、その強みと課題、そして今後の活用方法が分かります。

下の記事を事前に読んでいただけると、アメリカの食中毒探知システムについての理解がより深まります。

目次

iwaspoisoned.comはクラウドソーシング型の食中毒探知システム

「クラウドソーシング」とはどういう意味ですか?

「クラウドソーシング」と聞くと、「クラウドワークス」や「ランサーズ」といった仕事のマッチングサービスが真っ先に頭に浮かぶと思います。

実際に「クラウドソーシング」の意味は、「企業や個人が、仕事を不特定多数の群衆(crowd)に、インターネットを介して外部委託(outsourcing)する業務形態」となっています。

そして、この考え方を食中毒探知に応用したのが「iwaspoisoned.com」です。不特定多数の人々から体調不良に関する情報を自主的に投稿してもらうことで、食中毒の探知を行います


保健所が食中毒を探知する活動は「サーベイランス」と呼ばれます。まずは従来のサーベイランスを紹介します。

通常、食中毒の情報は以下の2つの方法で保健所に届出されます。

  1. 食中毒の症状がある人が医療機関を受診する。検査で食中毒を起こす菌が検出され、医療機関が保健所に届出をする。
  2. 食中毒のような症状がある消費者が保健所に届出をする。

①では、「食中毒になっても受診しない人がいると探知されない」や「届出までに時間がかかる」といった課題があります。

②も従来からある方法ですが、クラウドソーシング型の食中毒探知システムは②をさらに強化したものになります。

このような「不特定多数の人が参加するサーベイランス」は以前からありました(例:インフルエンザデング熱)。この考えを食中毒に応用したのが画期的と言えます。

実際の投稿を見てみる

それでは「iwaspoisoned.com」に消費者が投稿した実際のポストを見てみましょう。

Little Caesars Pizza, North Division Street, Spokane, WA, USA -

(筆者訳)スポケーンのノース・ディビジョン通りにあるリトル・シーザーズ・ピザ店

バッファローウィングと、クレイジーブレッド、あとピザ(具はハムとブラックオリーブ、パイナップル)を食べました。買ったのは夜の9時45分から10時くらいです。
いつもと比べると少し味が落ちる感じはしましたが、別に食べられないほどではなかったので、全部食べました。そうしたら、朝6時半頃に気持ち悪さと嘔吐で目が覚めてしまいました。

症状:吐き気、嘔吐

recipt

注文伝票の画像が添付されており、具体的な店名、注文したもの、注文した時間、発症時間がかかれていることから、信用できる投稿のように思えます。

また、食べてから約8時間経過してから症状が現れたことから、微生物による食中毒の可能性は十分にあります。


別の投稿を見てみましょう。

Dollar General, Pennsylvania 435, Clifton Township, PA, USA - コピー

ペンシルベニア州クリフトン・タウンシップにあるダラー・ジェネラル

昼食にディジョルノのペパロニピザを食べたのですが、今、腹痛、吐き気、下痢、寒気に襲われています。とてもつらいです。

症状:吐き気、下痢、腹痛、寒気、けいれん

「ダラー・ジェネラル」は低価格の小売チェーン店で、そこで購入した冷凍ピザを食べて体調不良になったようです。

具体的な商品、ロット、レシートの画像を投稿しているのは良いポイントですが、昼頃に食べて、「いつから症状が始まったのか」が書かれていないため、あまり有益な情報とは言えません。

過去に冷凍ピザが原因で食中毒は起きたことはありますが、細菌性食中毒のため、食べた直後に発症することはありえません。


Whataburger, Rufe Snow Drive, North Richland Hills, TX, USA

アテキサス州ノース・リッチランド・ヒルズのルーフ・スノー・ドライブ沿いのワタバーガー

車を運転中、ライトを消してチキンテンダーを食べていたら、それが生の鶏肉だと気づき、今お腹が痛くて、激しい痛みがします。

症状:腹痛、悪寒

undercooked chicken tenders

食べている最中の腹痛であれば、少なくとも微生物による食中毒ではありません。

しかし、生焼けのフライドチキンを提供したのは大問題のため、保健所がお店にフォローアップの立ち入り検査を行う意味はありそうです。


このように様々な投稿があり、その中には有益なものもあれば、そうでないものもあります。

クラウドソースの情報を利用する人は、投稿者の主観を加味した情報の見極めが重要になります。

iwaspoisoned.comで実際に探知された食中毒がある

どのような情報が投稿されているのかが分かりました。
これらの情報が、実際に食中毒探知に役立ったことはあるのですか?

実は保健所に先駆けて、食中毒を探知した事例がいくつかあります。ここでは、その中でも特に注目すべき2つの事例を紹介します。


事例1:バージニア州でのノロウイルス食中毒

2017年7月にバージニア州のチポトレ・メキシカン・グリル(Chipotle Mexican Grill:メキシコ料理のレストランチェーン )の店舗で食中毒が発生しました。

原因は「ノロウイルス」で、患者数は最終的に157人にも上りました。

しかし、この事件が公になるきっかけを作ったのは、保健所ではありません。

実は、iwaspoisoned.comに「チポトレで食事をした後、体調が悪くなった」という投稿が8件寄せられました

iwaspoisoned.comはこれらの投稿を受け、ニュースメディアの「Business Insider」に情報を提供。Business Insiderがこの件を報じたことをきっかけに、地元の保健所が調査に乗り出しました。

大きな食中毒のため、いずれは保健所に連絡が入っていたかもしれませんが、それよりも早く探知できたのはすごいことです。保健所がより早く動くことができれば、より早く事件解決に繋がります。


事例2:朝食用シリアルの食中毒疑い

2022年4月1日に New York Post が、ゼネラル・ミルズの朝食用シリアル「ラッキーチャームズ」を食べた後に、吐き気や下痢を訴えた人が全米で少なくとも139人にのぼると報じました。

breakfast cereal in bowl

この報道は、iwaspoisoned.com に投稿された情報を基にしたものであり、その後、他のメディアでも大きく取り上げられました。

この事態を受け、FDAは問題のシリアルを製造していた2つの工場とサプライヤー1社に立ち入り検査を行いました。さらに、ミシガン州当局も、別のサプライヤーを調査しました。

しかし、これらの徹底した調査の結果、どの施設からも重大な問題は発見されませんでした。また、製品そのものや環境サンプルからも、体調不良の原因となるような物質や微生物は検出されませんでした。

最終的に、この一連の体調不良は、「シリアルに関連する食中毒ではなかった」と結論づけられました

結局原因は分からずに終わったのですね。もしシリアルが無実だった場合、メーカーにとってはとんだ災難です。

iwaspoisoned.com にはこの件に関し最終的に6,272件もの体調不良が投稿されたようです。過去にシリアルが原因となった食中毒が起きたことからFDAは徹底的に調査したのですね。

クラウドソーシングの強みと課題

実際の投稿や過去の事例を見るとクラウドソーシングの情報にはいろいろと問題がありそうです。どのような強みと課題があるのですか?

クラウドソーシング型の食中毒探知システムの「強み」と「課題」を理解することで、その有用性をさらに高めることができます。

クラウドソーシングの強み

クラウドソーシングは、従来のサーベイランスでは把握しきれない情報を集めることができます。

  • 医療機関を受診しない人からの情報も集められる。
  • 食中毒の初期段階で、そのシグナルを早期に探知することができる。
  • 消費者が従来の方法よりも気軽に、短時間で情報を投稿できる。
  • 原因物質(食中毒菌など)を検出していなくても体調不良があれば届出できるため、未知の危害に対しても対応できる。
  • 行政機関が動く前に、事業者自身が自主的な対応を始めるきっかけとなる。

2024年の紅麹サプリメントのような、未知の物質で大勢が体調不良となる事件に対して、より効果を発揮しそうですね。

クラウドソーシングの課題

一方、クラウドソーシングには、データの質などに関するいくつかの課題があります。

  • データの質が低い。
    • 消費者は体調不良になる直前の食事を疑う傾向が強い。
    • 調査に必要な情報(例:連絡先、食べた日時、発症日時、具体的な症状、製品ロットを特定する情報)が含まれていないことが多い。
    • 自由記述のため、大量のデータを手作業で確認・分析する必要があり、労力がかかる。
    • 同一人物による複数回の投稿があると、正確な件数を把握することが困難になる。
    • 元従業員や特定の個人からの虚偽や悪質な投稿の可能性がある。
  • メディアで報道されると、信頼性の低い情報や虚偽の報告が増える傾向にある。
  • クラウドソーシングに情報が集まることで、従来のサーベイランスへの届出が減り、結果として行政の対応が遅れる可能性がある。

これらの課題を管理しないと、行政機関や食品事業者は不正確な情報に振り回されることになるのですね。

クラウドソーシングにはこれらの課題がありますが、食中毒の迅速な探知に関する有用性は広く認められています。

そのため、アメリカの州健康局の90%が iwaspoisoned.com に登録し、管轄地域の投稿情報を迅速に受け取れるようにしています。

monitoring displays

おわりに

以上がクラウドソーシング型の食中毒探知システムの紹介でした。

行政機関が同じようにデータを集めようとすると、莫大な費用と時間がかかります。それを一般市民の自主的な参加により行うというのは、大変面白い取組です。

Woman feeling headache

ただし、この記事で紹介したようにクラウドソーシングの情報には多くの課題もあります。

そのため、現在はさらに一歩進んだ取組として、クラウドソーシングの情報とそのほかの情報(例えば「検索キーワード」、「口コミ」、「SNS」、「環境(気温、湿度…)」、「薬局の処方箋」、「下水道の微生物モニタリング」など)とを組み合わせて、AIで分析すれば、有用なサーベイランスとなるのではないか研究されています。

日本でも「クラウドソーシング型の食中毒探知ウェブサイト」の登場やSNSの積極的な分析が行われることで、より迅速に食中毒を探知できるようになるかもしれません。

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