食品安全文化の視点から見る「従業員の行動を変える教育訓練」のコツ

食品安全文化の視点から見る「従業員の行動を変える教育訓練」のコツ

従業員教育をしているけど、なかなか教えた通りにやってくれないよ。どうすればいいのかな。

食品安全の課題を聞かれた時に、多くの人が「従業員の教育が不十分」と答えるのではないでしょうか。

日本における食中毒の発生件数はここ10年以上変わっていません。また、アメリカでの調査になりますが、食中毒の約6割が従業員が食品を汚染したことで起きています。

つまり、食中毒を減らすためには、「従業員が適切な行動をとる」必要があります。

しかし、本当に「従業員の教育が不十分」なのでしょうか。

飲食店、給食施設、コンビニ、スーパー、工場など、多くの食品事業者が毎日従業員教育を行っています。しかし、食中毒の件数は減っていません。

つまり、従業員教育は行っているが、そのやり方が間違っているのかもしれません。

例えば手洗いについて、十分に教育した従業員であっても、教えた通りに手洗いを行わないことが多々あります。

「知っていること」=「実際に行動すること」ではないということです。

「人の行動」を変えるには、ただ教育するだけでは不十分です。

もし教育しただけで人の行動を変えられるのであれば、人はタバコを吸わない、もっといっぱい野菜を食べる、そして安全運転をします。

そこで、この記事では「食品安全文化」の提唱者であるフランク・ヤーナス氏(元FDA副長官)の著書「Food Safety Culture : Creating a Behavior-Based Food Safety Management System」(2009年)の「第5章 行動に影響を与える教育と訓練」の内容を紹介したいと思います。

この本では食品安全文化の構築の一部として、「従業員の行動を変える」という視点に立った教育訓練の重要性を説明しています。

目次

「教育」と「訓練」の違いをきちんと理解する

本筋に入る前に、みなさんは「教育」と「訓練」の言葉の違いを意識して使っていますか。

「似たような言葉だし、何となくわかるから、そんなこと気にしなくてもいいのでは。」と思われるかもしれません。

しかし、フランク・ヤーナス氏は著書の中で以下のように言っています。

The words we choose and how we use them are important. They’re more important than we sometimes realize.

私たちが選ぶ言葉とその使い方は、私たちが思っている以上に重要なことです。

Frank Yiannas, Food Safety Culture : Creating a Behavior-Based Food Safety Management System

人の行動を変える上で、どのような言葉を使うかは重要ということです。


それではまず、日本の食品衛生法の基準の中での使用例を見てみましょう。

13 教育訓練

イ 食品等取扱者に対して、衛生管理に必要な教育を実施すること。

ロ 化学物質を取り扱う者に対して、使用する化学物質を安全に取り扱うことができるよう教育訓練を実施すること。

ハ イ及びロの教育訓練の効果について定期的に検証を行い、必要に応じて教育内容の見直しを行うこと。

食品衛生法施行規則 別表第17

この基準では、食品取扱者に対しては「教育」を行いますが、「訓練」は行わなくてもよいと読めます。一方、化学物質を取り扱う者に対しては「教育訓練」を行わなければいけません。

また、「教育」の内容は見直さなければならないですが、「訓練」の内容を見直す必要はなさそうです。

この基準を読んで、「教育」と「訓練」の違いは何なのか説明できますか?

食品衛生法ではこれらの言葉の意味は説明はされていません。しかし、今までの経験から、なんとなく「教育」と「訓練」のニュアンスの違いは分かる気がします。

フランク・ヤーナス氏は著書の中で2つの言葉の違い以下のように説明しています。

教育(Education)

  • 教育は一般的に食中毒の危険性、基準、会社の方針など、食品安全に関連する情報を、個人または従業員のグループに伝達すること。
  • 一般的には、教室などで講師が行う。最近ではコンピューターを用いたEラーニングも多い。
  • 一般的に教育では、「どのするか」よりも、「なぜ」食品安全が大事なのかを学ぶことが多い。

訓練(Training)

  • 「なぜ」よりも、食品安全のために「どうするのか」に重点が置かれる。
  • 一般的に、マンツーマンで、実践的で、具体的で、OJTで行われる。
  • 例えば、責任者が新入社員に対し、食品安全の考え方を踏まえたオーブンの使い方を教える。訓練後、新入社員が技術を習得したことを確認するために、責任者が見ている前で新入社員に作業を行わせるかもしれない。

私たちがなんとなく理解しているニュアンスと一致するのではないでしょうか。

今後はこの2つの言葉の違いに意識するようにしてください。

それではなぜ「教育訓練」を行うのでしょうか。

一般的には、教育訓練によって正しい知識や技術を身につけた従業員は、正しく食品を取り扱うことができるようになると考えます。

しかし、教育訓練を行う最も重要な理由は「従業員の行動」に影響を与えるためです。

「従業員の行動」を変えるという視点が重要

教育訓練を行う際には、「従業員の行動」を変えるという視点で行うことが重要です。

どうやって「行動を変える教育訓練」を行えばいいのかな。

本の中では次の2点がヒントとして挙げられています。

現実の結果を伴うリスクがあることを従業員に理解してもらう。

例えば、手洗いの重要性についていくら「微生物の汚染」を説明しても、従業員の習慣を変えることは難しいです。

しかし、適切な習慣を守らないことの重大さと、その潜在的な結果について強調して教育訓練を行うことで、不適切な習慣がもたらす結果に気がつかせることができるかもしれません。

ただし、声高に危険性だけを伝えるだけでは逆効果になりかねません。

②集団の統計よりも、個人の証言や個々の事例の方が説得力がある。

多くの専門家は、食中毒の統計資料を使って食品安全の重要性を説明しようとします。

しかし「行動を変える」という視点では、個別の事例や個人の体験談の方が、相手の立場に立って考えることができるため、説得力があります。

さらに、個人の証言が「文字」ではなくビデオで語られる場合、その説得力はさらに増します。

たとえば、こちらの資料こちらの記事を読んで、「行動を変える」ことができるのはどちらだと思いますか。

リスクベースの教育訓練を行う

次に「行動を変える」視点のポイントとして、食中毒のリスクが高い、又は食中毒に関連する頻度が高いトピック、作業、行動に重点を置くことです。

例えば、食品安全の教科書を見ると、法令、HACCP、PRP、GHP、7S、食中毒予防の3原則、施設基準など、多くのことが同一のレベルで説明されます。

どれも重要なことですが、これだけ多くのことを一度に説明されても、何を行えばいいのか混乱してしまいます。

そこで、ある内容を含む教育訓練を行うことで、実際に行う作業の安全性がより強化される場合は、その内容の優先順位を高くするべきです。

このようにリスクに基づき優先順位をつけて教育訓練することを「リスクベース(Risk-Based)の教育訓練」と言います。
イメージとしてはCCPの優先順位を高くする感じです。

当たり前のように感じるかもしれません。

しかし、実践するとなると、自分の施設で取り扱っている食品にどのようなリスクがあるのか、どのような行動がリスクが高いのか、施設の状況などのニーズアセスメントをしっかりと行い、教育訓練のプログラムを作る必要があり、なかなか大変です。

シンプルで分かりやすく

教育訓練のプログラムや作業手順を作る際には、複雑で難しいことを、シンプルで短くする必要があります。

複雑な考え方や作業手順では、従業員が真に理解するのを妨げ、手順をショートカットしたり、従わなくなったりします。

また、ついつい教育訓練の時間を長くしたいという誘惑に駆られますが、長くしすぎることは逆効果です。

効果的に行えれば、少ない方がより多くのことを学べます

特に、大人の学習者の注意力には限りがあります。そのため、時間を増やすのではなく、内容、シンプルさ、効率性を重視しましょう。

そのためには、写真、アイコン、図面を通して考え方や作業を可視化することが効果的です。

「新しい生活様式」の実践例
文字をメインにした場合(画像:農林水産省
Coronavirus prevention icons
イラストをメインにした場合

さらに、視覚だけでなく、聴覚、嗅覚、味覚、触覚など、他の感覚に訴える方法も有効です。2つ以上の感覚を刺激する方法と組み合わせることで、教育訓練がより効果的になることが分かっています。

最後に、教育訓練を参加型・実践型にするようにしましょう。「百聞は一見に如かず」のとおり、従業員が学習プロセスに参加した方が、理解や記憶の定着が促進されます。


以上が「従業員の行動を変える」という視点に立った教育訓練の紹介です。

ここで一つ注意点があります。それは「従業員の行動を変えるのは複雑」ということを認識する必要があることです。

この記事で書かれた「従業員の行動を変える」という視点に立った教育訓練は重要ですが、それはシステムの一部であり、他の要素(例えばコミュニケーションやリーダーシップ)との相互作用により、従業員が食品安全のことを考え、適切に行動する「食品安全文化」ができるということです。

本の中でも以下のように述べています。

But education and training alone will not necessarily change the behavior of employees. Remember, education and training is only one of a series of interactive components of a behavior-based food safety management system.

しかし、教育訓練だけでは、必ずしも従業員の行動を変えることはできない。教育訓練は、行動ベースの食品安全マネジメントシステムの一連の要素のひとつにすぎないことを忘れないでください。

Frank Yiannas, Food Safety Culture : Creating a Behavior-Based Food Safety Management System

今回は一つの章だけの紹介ですが、他の章と併せて読むことで、この本の本質である食品安全文化を構築するための「Systems-Based Approach(システム・ベースのアプローチ)」を理解することができます。

他の章については、また別の機会に紹介したいと思います。


最後にこの本を読んだ私の感想です。

この本は2009年と今ほど食品安全文化が知られていない状況で出版されました。

そのため、いわゆる「How to」本ではなく、食品安全文化という新しい考え方を解説するために書かれた本です。

そうであっても、読んでいると新たな発見が多くあり、自分の施設でも参考にできる考え方、取り組みが多く紹介されています。

また、多くの食品安全の専門家は、微生物学、食品化学といった「ハード科学」については詳しいです。しかし、人の行動や心理の「ソフト科学」について、教育を受けていないことがほとんどだと思います。

そして、食品安全文化はまさに「ソフト科学」の考え方がポイントになります。

私自身、この本を10年前に読んでいれば、「ハード科学」だけで解決できない多くのモヤモヤについて、もっと早く答えを得られたのではないかと思っています。

そのため、現在食品安全の仕事を行っている人だけでなく、将来食品安全の仕事に就きたいと思っている学生の方にもおすすめしたい本です。

平易な英語で100ページと短い本です。そのため、食品安全文化の重要性が高まっている今、食品安全を教えている大学では、この本を授業で活用してはいかがでしょうか。

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