

エノキが病原菌に汚染されていたので自主回収するというニュースを見たよ。エノキが食中毒の原因になることがあるの?
日本でキノコが原因の食中毒というと、「毒キノコ」くらいしか思い付かないかもしれません。
しかし、海外ではキノコ、特にエノキが原因でリステリア食中毒が発生しており、最近では毎月のようにエノキの自主回収が行われています。


(右)2025年3月に自主回収されたエノキ(画像:FDA)
そこでこの記事では、「エノキ」のリステリア食中毒の事例、そして「なぜエノキが食中毒の原因になるのか」について、「Multinational Outbreak of Listeria monocytogenes Infections Linked to Enoki Mushrooms Imported from the Republic of Korea 2016-2020」を参考に紹介します。



この記事を読めば、日本において何を気を付けるべきなのかが分かります。
リステリアについて知らない方は、まずは下の記事を先にご覧ください。




エノキが原因となった食中毒事例
はじめに「エノキ」が原因となったリステリア食中毒の事例を紹介します。
この食中毒は、韓国から輸入されたエノキが原因で、アメリカ、カナダ、オーストラリアで患者が確認されたリステリア食中毒です。



この事件は、アメリカで初めて「エノキ」が原因で発生した食中毒と言われています。
患者数 | 36人 |
入院率 | 94% |
死亡者数 | 4人 |
妊婦関連 | 6人(胎児が2人死亡) |
患者の年齢 | 0歳~96歳(中央値:67歳) |
患者の発症日 | 2016年11月~2019年12月 |
患者の居所 | 17州 |
患者の人種 | 61%がアジア系 |
原因菌 | リステリア(Listeria monocytogenes) |



3年にも渡る長い食中毒だったのですね。
この食中毒は、原因食品の特定までに何度も調査の中断・再開が行われました。順を追って紹介します。


調査①:2017年10月~12月
2017年10月に、アメリカに住む3人の患者(2人はカリフォルニア、1人はハワイ在住)から分離された「リステリア」が遺伝的に近いことが判明しました。



遺伝的に近い菌に感染したということは、何か共通の要因(食品)があったことが推測されます。
患者が発症前に食べた物の聞き取り調査を行いましたが、患者が3人と少なく、原因食品を特定するには十分な情報を得ることができませんでした。
そのため、この調査は2017年12月に打ち切りとなりました。
調査②:2018年2月~12月
2018年2月に追加で3人の患者が見つかり、患者が合計6人になったことから、調査が再開されました。
この段階での患者の聞き取りから「疑わしい食品」として挙がったのは、「ナッツ類」と「ナッツバター」だけでした。


そこで、患者の自宅に残っていた「ナッツバター」を回収し、検査を行いましたが、リステリアは検出されませんでした。
2018年5月には、患者がさらに8人増え、合計14人になっていました。
人種に関する情報は13人の患者から入手でき、9人(69%)がアジア系と通常よりも高い割合であることが分かりました。
そのため、患者に対し「アジア系の食品」について追加で食べた物の聞き取り調査を行いましたが、疑わしい食品は特定されませんでした。
調査は2018年12月に終了しましたが、この時点で13州から合計26人の患者が報告されていました。



リステリアに感染した場合、発症の4週間前の食事までさかのぼって調査を行います。そのため、今まで食中毒の事例がなく、メイン食材でない「エノキ」を食べたことを正確に思い出すことができる人はまずいません。


調査③:2020年2月~6月
2020年1月、カナダ食品検査庁が前年に検査した輸入エノキから検出したリステリアの遺伝子情報をデータベースにアップロードしました。
アメリカCDCが、この輸入エノキから検出したリステリアを患者から分離されたリステリアと比較したところ、遺伝的に非常に近いことが判明しました。



ここで初めて「エノキ」が疑わしい食品として挙がったのですね。
これを受け、2020年2月に3度目となる調査が、アメリカとカナダ合同で開始されました。
患者調査の結果、ミシガン州在住の患者は地元のアジア系の小売店でエノキを含む複数のキノコを購入したと回答しており、その時のレシートがまだ手元にありました。


ミシガン州政府はそのレシートから小売店と購入したキノコを割り出し、当該小売店を含むいくつかの地元の店舗から、複数種類のきのこをサンプリングし検査を行いました。
すると、サンプリングした2つのエノキからリステリアを検出しました(菌数はそれぞれ 8.0×105 CFU/g と 9.0×103 CFU/g)。
また、患者の食べた物のさかのぼり調査の際に、食品の流通業者としてある韓国企業の名前が挙がっていました。
そこで、FDAがその韓国企業からアメリカに輸入されるキノコのサンプリング検査を強化したところ、複数のエノキからリステリアを検出しました。
最終的に、FDAと州政府により56個のエノキ製品がサンプリング検査され、そのうち8個から、患者から分離されたリステリアと遺伝的に近いリステリアが検出されました。
そして、これらのリステリア陽性となったエノキは、韓国の「製造業者B」の製品であることが分かりました(下の図のForeign Manufacturer B)。


韓国の製造業者Bが製造したエノキは、2020年3月から4月にかけ複数事業者により自主回収が行われました。


製造業者Bが製造した全てのエノキが米国市場から撤去されたことから、2020年6月にCDCとFDAはこの食中毒の終息を宣言しました。



証拠が足りず何度も調査を中断しながらも、最終的に原因食品を特定したのは本当にすごいですね。
なぜエノキで食中毒が起きるのか?
製造・流通過程でリステリアが増殖・生存できる



どうしてエノキがリステリアに汚染されるのですか?



きのこの栽培には、特定の温度と湿度の条件が必要で、これはリステリアが生育できる環境でもあります。
エノキの具体的な栽培方法は製造者によって異なりますが、一般的に、最初の生育環境は比較的湿度が高く、温度が約22~25℃に保たれます。
次の段階では、温度が約7~13℃に下げられ、引き続き湿度が高い環境下で生育されます。
その後収穫され、包装されます。



こちらの動画で分かりやすく工程が解説されているので、見ていただくとイメージがしやすいと思います。(今回の食中毒事件とは一切関係のない日本の施設です。)
リステリアは多様な環境で生育できるため、自然界に広く存在しています。
そして、リステリアの特徴としては、低温でも増殖できること、湿度が高い環境を好むこと、そしてバイオフィルムを形成することがあります。



リステリアが生育できる環境は、エノキの栽培環境とほぼ一致するのですね。
ある研究では、キノコの製造施設で一般的に使われる機械・器具の材質の表面にリステリアがバイオフィルムを形成できることが示されています。
そのため、リステリアが従業員や原材料を介してエノキの栽培施設に持ち込まれた場合、施設内で長期間にわたって生存・増殖し、また不衛生な作業によって交差汚染が生じ、施設内で拡がっていく恐れがあります。
そして、保管、流通、小売段階でも、リステリアは生存することが可能です。



今回のサンプリング検査では、エノキから最大8.0×105 CFU/g のリステリアを検出しており、かなり高濃度の汚染があったことが分かります。
食べ方、交差汚染の問題



エノキがリステリアに汚染されていても、そもそも加熱して食べるから、食中毒にはならないのでは?
日本ではエノキは加熱して食べることが常識です。
しかし、英語でエノキのレシピを検索すると、生でエノキを使うサラダのレシピなどを簡単に見つけることができます。



北米では、エノキをサラダやサンドイッチに入れたり、料理の付け合わせとして、十分に加熱せずに使われることがあるようです。


一方、この食中毒の患者調査では、「加熱していないエノキを一切食べなかった。」という人の感染も報告されています。
これは、飲食店などで汚染されたエノキから別の食材や調理器具への交差汚染が起きた可能性があると考えられています。
そのため、エノキを扱う際には、十分に加熱するだけでなく、交差汚染にも注意する必要があります。
例えば、カナダ政府は「エノキの取り扱い」について以下のように注意喚起を行っています。
- エノキは、必ずスーパーマーケットの冷蔵コーナーから購入してください。
- 購入後はすぐに、エノキを4℃以下で冷蔵保存してください。
- エノキは、交差汚染を防ぐため、加熱調理せずに食べる食品とは分けて保管してください。
- エノキを取り扱う前後には、温水と石鹸で20秒以上、手を洗いましょう。また、エノキを取り扱う前後には、調理器具、作業台、まな板も洗いましょう。
- エノキを生や加熱不十分な状態で食べると、病気になるリスクが高まります。エノキを70℃で2分以上十分に加熱しましょう。
- 妊娠中の方、60歳以上の方、免疫機能が低下している方は、十分に加熱調理したエノキのみを食べるようにしてください。
- エノキを選ぶ場合は、できるだけ新鮮なものを選ぶようにしてください。製品によっては、収穫日などの日付表示があり、判断の参考になります。エノキは、流通期間が長くても新鮮に見えることがあるため注意してください。
同じような注意喚起はアメリカ、英国、オーストラリア・ニュージーランドなどでも行われています。



エノキを「生肉」と同じように扱う必要があるのですね。日本ではエノキを「生」で食べることはないけど、交差汚染まで注意している人はほとんどいないと思います。


この食中毒から学べること



この食中毒を通じて、日本に住む私たちがどのようなことを学べるのか考えてみましょう。
エノキはリステリア感染に繋がるリスクがある食品と考えるべき
今回の食中毒は、リステリアの食中毒事例が多いアメリカでも初めてとなる「エノキ」が原因の食中毒です。
この食中毒から、場合によってはかなりの高濃度でエノキがリステリアに汚染されていることが分かりました。
そのため、消費者、そして食品事業者はエノキを扱う際には「生肉」を扱うのと同じように加熱不十分で食べない、交差汚染に注意する、という点に気を付ける必要があります。


グローバル化による食品の広域流通
日本はかなりの割合を輸入食品に頼っており、私たちが食べる食品は世界中からやってきます。
実は、今回食中毒の原因となったエノキは韓国からアメリカ、カナダだけでなく、オーストラリア、フランスなどへも流通していました。



そして病原菌に国境は関係ありません。
そのため、「日本では海外で発生しているようなリステリア食中毒は起きない」と楽観的に考えることは危険です。
海外から汚染された食品が輸入されてくるかもしれませんし、日本国内で作られた食品が汚染されているかもしれません。
海外で起きる食中毒はいずれ日本でも起きる(又はすでに起きている)ものとして、対策を取っていく必要があります。
WGSのデータをリアルタイムに共有する
広域に流通する食品による食中毒を迅速に特定するには、患者、食品、環境サンプルから分離された菌の「全ゲノムシーケンシング」(Whole-genome sequencing:WGS)のデータをリアルタイムに共有することが必要不可欠です。
今回紹介した食中毒においても、カナダとアメリカがWGSのデータを共有し、連携したことで解決に繋がりました。
そのため、日本の行政機関においても、患者、食品、環境サンプルから分離される食中毒菌に対してWGSを実施し、そのデータを海外の行政機関と共有する仕組みづくりを行わなければなりません。
おわりに
以上がエノキを原因とする食中毒の紹介です。
ちなみに、今回紹介した2016-2020年の食中毒の後の、2022年にも中国から輸入されたエノキを原因とするリステリア食中毒がアメリカとカナダ発生しました。
その際には、2016-2020年の食中毒の経験があったことから、エノキと患者から分離されたリステリアを素早く結びつけることができ、結果として患者は6人と少なく抑えることができました。



もし、2016-2020年の食中毒で原因特定がされていなければ、2022年の食中毒は原因が分からないままもっと拡大していたかもしれません。
このように、行政機関が食中毒を探知し、原因を究明することで、将来起こる食中毒の拡大を防いだり、未然に防止したりできたりします。



食中毒が起き原因究明を行うことで、その国や業界全体の食品安全レベルが向上するのですね。日本の行政機関も海外の事例を参考にレベルアップに取り組んでいく必要がありますね。
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