

FDAの「環境ふき取り検査」で病原菌を検出したのがきっかけで、食中毒の調査が始まったというニュースを見たよ。FDAは立ち入った施設で「環境ふき取り検査」を行っているの?
今回ニュースになった食中毒の概要は下のようになっています。
食中毒の概要(2025年5月10日時点)
- 患者の発生期間:2023年12月3日~2024年9月9日
- 患者数:10人(入院率100%)
- 患者の居所:2州
- 原因菌: Listeria monocytogenes
- 原因食品(疑い):「Fresh & Ready Foods」が製造したRTE※食品(サンドイッチなど)
※「RTE」はReady-to-Eatの頭文字をとったもので、加熱や調理をせずにそのまま食べられる食品を意味します。食べる前に加熱工程がないため、一度リステリアに汚染されると、食中毒を防ぐことが難しい食品です。


この食中毒自体は、10人が遺伝的に同一なリステリアに感染していたことから、2024年に一度調査が行われました。
しかし、当時は原因食品を特定できるだけの十分な証拠がなく、調査がいったん打ち切りになりました。
その後、2025年3月31日に FDA がカリフォルニア州にある「Fresh & Ready Foods」の工場に、定期の立ち入り(食中毒の調査ではない)を行いました。
立ち入った際に FDAが「環境ふき取り検査」を行ったところ、製造機器の一部からリステリアを検出しました。


そして、そのリステリアが患者から分離されたリステリアと遺伝子的に同じリステリアであったことから、この施設で作られた食品が「原因食品」として浮上し、調査が再開されました。
また、この結果を受け「Fresh & Ready Foods」は、同工場で作られた80を超える製品のリコールを発表しました。
このように、FDAは立ち入った施設で製品のサンプリングだけでなく、スライサーといった食品と直接接触する機器、床といった食品と直接接触しない箇所のふき取り検査(いわゆる「環境ふき取り検査」)を行っています。



この「環境ふき取り検査」がきっかけで、食中毒が探知され、食中毒の調査が行われるというのも珍しくありません。
それでは、FDAはどのような「考え方」に基づき、環境ふき取り検査を行っているのでしょうか。
実はFDAの「調査業務マニュアル(Investigations Operations Manual)」が公表されており、そこにFDAの担当者が行う「環境ふき取り検査」の方法が書かれています。
そこで、この記事では「調査業務マニュアル」の「4.3.6.6.1 – 環境サンプリング」を参考に、FDAが行う「環境ふき取り検査」の考え方について紹介します。



私はFDAの職員ではないため、「FDAの実際」については分かりません。しかし、FDAがどのような考え方に基づき「環境ふき取り検査」を行っているのかを知れば、自分の施設での食中毒対策にきっと役立つと思います。
ふき取り検査を行う前に
まず「環境ふき取り検査」を行う前段階で注意する点です。



FDAの職員になったつもりで読んでください。
- 事業者との話し合いの際には、環境ふきとり検査を行う予定であることを、ふき取り検査の開始直前まで伝えない方がよいでしょう。
- もし「環境ふき取り検査」を行うことを事前に知らせてしまうと、事業者に予定外の洗浄・消毒を行う機会を与えてしまいます。事業者がそのような行動をとった後にサンプルを採取しても、実際の汚染状況が正確に反映されない恐れがあります。
- FDA担当者はまず、工場や施設の中を実際に歩いて見て回ります。これは「ウォークスルー」と呼ばれ、現場の状況を自分の目で確かめることが目的です。その際、以下の点に注目します。
- 機器の配置
- 製品の流れ
- 従業員の動線
- フォークリフトや搬送用具がどのように行き来しているか
- 原料と最終製品がきちんと分けられているか
- サンプリングする場所(特に、加熱処理や殺菌後に食品が露出している場所はサンプリングの対象として考慮すべき)


「ゾーン」とは?
次は「環境ふき取り検査」を行う箇所を考える上で、重要なポイントとなる「ゾーン」についてです。
- 汚染のリスクに応じて優先順位をつけます。
- 製品に最も近く、汚染のリスクが最も高いエリア(ゾーン1)から、製品から最も遠く、リスクが最も低いエリア(ゾーン4)に分類します。
- この際に、対象とする病原菌(例:サルモネラ、リステリア)が潜みやすい場所(微生物が繁殖しやすい隙間や隠れた場所)を見つけ出します。
- 一般的に環境サンプルの大半は、ゾーン1とゾーン2から採取すべきです。ゾーン3からの採取はそれよりも少なくします。ゾーン4から環境サンプルを採取することは、ほとんど、あるいは全くありません。


ゾーン1:食品と直接接触する表面
- ゾーン1は、食品が直接触れるあらゆる表面を指します。具体的には、スライサー、ミキサー、コンベア、調理器具、ラック、作業台などが含まれます。
- サルモネラを目的とした検査(例:ピーナッツ製品や乾燥した環境で製造を行う工場)では、食品接触面は通常、サンプリングの対象外となります。
- 一方、リステリアを目的とした検査(例:ウェットエリアで魚介類やチーズ製品を製造する工場)では、食品接触面のサンプリングが不可欠です。


ゾーン2:食品接触面に隣接するエリア
- ゾーン2は、食品と直接接触する表面(ゾーン1)に直接隣接するエリアを指します。
- サルモネラを目的とする場合、このゾーンの汚染が製品の安全性に直接影響を与える可能性が最も高いエリアとなります。
- 小規模な製造室では、ゾーン2は室内の食品と接触しないすべての表面を含みます。具体的には、設備の外面、骨組み、食品運搬用具、機器の保管設備、換気設備、空調設備、床などが該当します。
- 一方、例えば20,000平方フィートのような広い部屋では、ゾーン2は食品接触面のすぐ近くのエリアを指します。これは、食品が露出している場所の周囲など、人や機械の動きを通して製品汚染が考えられる場所です。


ゾーン3:ゾーン2のすぐ外側のエリア
- ゾーン3は、ゾーン2のすぐ外側にあるエリアを指します。
- ゾーン3が病原菌に汚染された場合、人や機械の動きによってゾーン2が汚染される可能性があります。
- ゾーン3の例としては、食品製造エリアに通じる廊下や出入り口などです。また、大規模な製造室ではゾーン2よりも食品を扱う設備から離れた場所が該当します。
- 壁、電話、フォークリフトなどは、たとえ物理的にゾーン2内にあったとしても、交差汚染の可能性が低いことから、ゾーン3の一部とみなすべきです。
ゾーン4:ゾーン3のさらに外側のエリア
- ゾーン4は、ゾーン3のすぐ外側にあるエリアで、一般的に遠隔エリアと考えられます。
- このゾーンが病原菌に汚染された場合、人や機械の動きによってゾーン3が汚染される可能性があります。
- ゾーン4の例としては、従業員の更衣室(食品製造エリアに直接隣接していない場合)、休憩室、乾燥品の保管庫、完成品の保管庫、食堂、廊下、積み込みドックエリアなどが挙げられます。
リステリアを対象とする場合の注意点
- リステリアのサンプリングは、工場が少なくとも4時間稼働した後で、かつウェットクリーニングを行う前に実施するよう最大限の努力を払う必要があります。
- 生産時間が短い小規模な企業の場合、拭き取り検査は生産スケジュールの半ばから終わりにかけて行うべきです。
- リステリアを目的とする場合、主にゾーン1とゾーン2からサンプルを採取します。サンプリングする場所は、食品と接触する機器の内部、表面、およびその周辺で、食品が露出している場所や加工場所で特に殺菌処理後のエリアに焦点を当てて行ってください。
- サンプル数は、最低50個、理想的には100個以上の拭き取り検体を採取します。


サルモネラを対象とする場合の注意点
- サルモネラのサンプリングは、施設のウェットクリーニングの前に実施するのが望ましいとされています。
- サルモネラを目的とする場合、ゾーン2からゾーン4でほとんどのサンプルを採取し、特にゾーン2に重点を置きます。
- サンプルは、機器そのもの、特に機器の取り付け部分や支持構造から採取してください。
- サンプル数は、最低100個、理想的には300個以上の拭き取り検体を採取します。



目的とする菌によって、ふき取りする場所やタイミング、数が異なるのですね。
もし陽性となったら



もしふき取り検査で陽性となったらどうなるのでしょうか?
環境ふき取り検査で陽性となった場合のFDAの対応は、その検体を採取した場所が加工ラインにどれだけ近いか、そして、ふき取った表面から食品や食品が直接触れる面に交差汚染が発生する可能性がどれくらいあるかによって決まります。
以下の環境ふき取り検査の結果は、FDAが規制上のフォローアップを検討する可能性のあるパターンの例です。
- 殺菌工程後の食品接触面から病原菌が検出された場合。 このような場合は、食品が汚染されている、または汚染されていた可能性があり、食品のリコールが必要となる重大なリスクを示しています。
- 食品に接触しない表面から病原菌が検出され、かつ不衛生な状態やGMPを順守していないことが判明した場合。
- 全ゲノムシーケンス(WGS)によって、環境サンプルから検出された菌と患者から検出された菌が遺伝子的に一致した場合。これが、患者の喫食調査や製品のさかのぼり調査によって証拠が裏付けされると、食品のリコールが必要となる可能性があります。



今回ニュースになっていて、食品事業者がリコールしたのは、まさこのパターンに当てはまりますね。
- 同じ施設で採取された環境サンプルで、採取のタイミングが異なる2つから検出した菌が、全ゲノムシーケンスによって遺伝子的に一致した場合。 これは、施設に病原菌が定着している可能性、または施設が環境中の病原菌を適切に管理できていない可能性を示しています。
- 全ゲノムシーケンスによって、環境ふき取り検査から検出された菌と食品から検出された菌が遺伝子的に一致した場合。 この場合も、食品のリコールが必要となる可能性があります。


おわりに
以上がFDAの環境ふき取り検査のマニュアルの紹介です。



FDAがどのように考え「環境ふき取り検査」を行っているのか、そして採取する際のポイントがよく分かりました。
このようにFDAは立ち入った施設で、最終製品のサンプリングだけでなく、環境ふき取り検査を積極的に行っています。
これは、事業者に施設の衛生面の問題に気が付かせ、対策を取らせるという「食中毒予防」という観点だけでなく、より効果的・効率的な「食中毒調査」を行うためという目的もあります。



食中毒調査は、①患者を起点とするものと、②製品や環境ふき取り検査の結果を起点とするものの2つの方向性があります。


①は複数の患者から同一の菌が検出された場合に行う従来の食中毒調査です。患者の食べた物の聞き取りや疑わしい食品のさかのぼり調査などを行い、「原因食品」の追求を行います。
①が一般的な食中毒調査ですが、冒頭で紹介した食中毒のように、広域で患者数が少なく、一般的な食品が原因の場合、この方法では「原因食品」の特定は非常に困難になります。
一方 ②の場合、すでに「疑わしい食品」が分かっており、そこから患者を繋げていくため、より効率的に調査を行えます。
そして、FDAは②の食中毒調査を推進するため「環境ふき取り検査」を行うとともに、その結果を共有するためのプラットフォームである「GenomeTrakr」という取り組みを行っています。



FDAが積極的に「環境ふき取り検査」を行うことで、今後はますます②の食中毒調査が増えそうですね。
コメント
コメント一覧 (1件)
食品工場勤務の品管です。
うちの工場にも保健所の人が、年に一回くらいきますが、拭き取り検査をしたことは一度もありません。アメリカでリステリア食中毒が多く発生していて、日本で発生していない理由がわかった気がします。
記事を参考に自分の施設でも、環境拭き取り検査をやってみようと思います。
参考になる記事、いつもありがとうございます。