「食品安全文化」が国際的な食品安全の基準に取り入れられたと聞いたけど、食品安全文化って何なの?
食品安全文化(Food Safety Culture)をご存じでしょうか。最近、食品関係の記事やニュースでよく見る言葉です。
食品安全文化は、さまざまな団体、組織が定義しています。最も影響力がある食品業界団体であるGFSIの定義は「組織内、組織横断的、組織全体において、食品安全に対する考え方や行動に影響を与える共有された価値観、信念、規範のことである。」となっています(Version 2020 of the GFSI Benchmarking Requirements)。
定義を読んでも「あいまいでよくわからない」、「具体的に何をやればよいのかわからない」というような疑問を持つのではないでしょうか。
今回はそのような疑問に答えていきたいと思います。
欧州の食品・飲料メーカーを代表する業界団体であるFoodDrinkEuropeが、食品安全文化に取り組むためのガイドラインを発表しました。今回はこのガイドラインを通じて、具体的にどのようなことをしなければいけないのかを考えていきたいと思います。
それではさっそく見ていきましょう。
この記事を読んでわかること
- なぜ今「食品安全文化」なのか!
- 組織の食品安全文化の状態を検証するためのツールがある。
- ガイドラインには多くの実施例が示されている。
ガイドラインが出された背景
FoodDrinkEuropeが食品安全文化のガイドラインを出した背景として、次のように書かれています。
2020年9月、コーデックス委員会は、「食品衛生の一般原則」を改正し、「食品安全文化」の概念を導入しました。「食品衛生の一般原則」とは、世界における食品衛生の原則となるもので、日本の食品衛生法の基準にも取り入れられています。
コーデックスの改正を受けて、2021年3月に欧州委員会も「食品衛生に関する規則」を改正し、「食品安全文化」に関する新しい章を追加しました。
これにより、EUでは一次生産者以外の食品事業者は、この食品安全文化の新しい基準を守る必要があります。
さらに、2022年9月には「欧州委員会通知」も改正し、「食品安全文化」の内容を盛り込みました。「欧州委員会通知」とは、食品営業者が「食品衛生に関する規則」に取り組むにあたり、具体的な内容を示した文書のことです。
このような背景のもと、2023年5月にヨーロッパの製造業を代表する業界団体であるFoodDrinkEuropeが、食品安全文化に関するガイドラインを発表しました。
改正された規則の要求事項
それではまず、改正された欧州委員会の「食品衛生に関する規則」について見ていきます。規則では食品安全文化について、次の3点が追加されました。
- 食品事業者は、以下の要件を満たすことにより、適切な食品安全文化を確立し、維持し、その証拠を示さなければならない。
- 食品の安全な製造と流通について、経営者及び全従業員が、責任を持って関与している。
- 食品の安全な製造に向けたリーダーシップがあり、全従業員に対し安全な食品の取り扱いに従事させている。
- 事業に関わる全員が、食品安全にかかわるハザードと、そして食品安全の重要性を理解している。
- 従業員間のコミュニケーション(逸脱事項や期待についての内容を含む)はオープンかつ明確である。
- 食品を安全に、衛生的に取り扱うための十分な資源がある。
2. 上記の一つ目にある「経営者の関与」は以下を含む。
- 各活動の役割と責任について明確に伝えること
- 食品衛生システムに変更がある際には、食品衛生システムの完全性を維持すること
- 対策が適時かつ効率的に行われていること及び文書が最新であることを検証すること
- 従業員に対して適切な訓練及び監督が行われていることを確認すること
- 関連する法的要求事項を遵守すること
- 必要に応じて、科学、技術、ベストプラクティスの発展を考慮し、食品安全マネジメントシステムの継続的な改善を促すこと
3. 食品安全文化の実施にあたっては、食品事業の性質と規模を考慮しなければならない。
追加された1,2については、コーデックス委員会の「食品衛生の一般原則」の改正内容とほぼ同じです。3は欧州委員会のオリジナルな部分です。
追加された内容は、とても当たり前のことが書かれています。なぜ当たり前のことをわざわざ基準にするのでしょうか。それを理解するためには、食品安全の歴史を振り返る必要があります。
1990年頃からHACCPが多くの国で食品安全の基準に取り入れられるようになりました。それと同時に、HACCPの前提条件となる一般衛生管理(prerequisite programs)も重視されるようになりました。
このHACCPシステムを適切に行えば、理論上、食中毒は起きないはずです。しかし、実際は現在までも数多くの食中毒が発生しています。これは、実際にHACCPを行うのは「人」だからです。
人がきちんとシステムを理解し、そのとおり行動すれば、HACCPシステムが適切に回り、食中毒を予防できます。しかし、人が想定したとおり行動しないことで、食中毒が発生しています。
そこで、HACCPシステムに足りない部分を補完するために、社会行動科学の考えに基づく食品安全文化が取り入れられるようになりました。
FDAは、「強力な食品安全文化は、効果的な食品安全管理の前提条件となる。」と言っています。食品安全文化はHACCPシステムの土台になるというイメージですね。
食品安全文化を測定するツール
食品安全文化の要素は主観的ですが、客観的に測定するためのツールが開発されています。
例えば、欧州委員会通知の付録3(Appendix 3)には、食品安全文化に関する質問票があります。質問票は、5段階のリッカート尺度が用いられています。
この質問票を組織内の従業員に回答してもらい、結果を比較することで、食品安全文化の全体的な評価や弱点の特定に活用することができます。
特定された弱点に応じて、追加でトレーニングの実施、コミュニケーション方法の改善といった是正措置を行うことができます。
その他のツールとして、欧州委員会通知の付属文書3(ANNEX III)には、監査時に監査員が確認するべき内容が示されています。食品事業者にあっては、食品安全文化の状況を内部で検証するための資料として参考にすることができます。
また、GFSIも食品安全文化の取り組む際の参考となる自己質問(guiding questions)を多く示しています。例えば「食品の安全性に関する懸念事項について、あなたのチームの誰かが最後に報告したのはいつですか?」などです。
食品安全文化の実施例
FoodDrinkEuropeのガイドラインでは、「食品安全文化の構築には、慎重な組織としての計画と、継続的な訓練とコミュニケーションが必要です。食品安全文化の実現には、それ一つでどんな場合にも通用する解決策はないことを認識することが重要です。」とあります。
食品安全文化を確立するために「これをやればよい」というわかりやすい解決策がない点も、「何をやればよいかわからない」と思ってしまう一因かもしれません。
また、ガイドラインでは、「強力な食品安全文化の確立には、トップダウンとボトムアップの両方のアプローチが必要」とも言っています。これには、経営者が企業内で食品安全に対する気運を作り、模範を示すと同時に、従業員は食品安全への取組に積極的に関与する。さらに、従業員全員が食品安全の重要性を理解し、確実に職務を行えるよう、適切かつ十分なトレーニング、資源の利用、サポートを提供することが含まれます。
ガイドラインでは、「経営者のコミットメント」「従業員の参加とそれぞれに適したトレーニングの実施」「継続的な改善」「是正処置」の4つについて、具体的な実施例を示しています。それぞれ見ていきましょう。
1.経営者のコミットメント
経営者は、食品安全に全力で取り組み、模範を示すべきです。これには、食品安全の重要性を定期的に伝えること、従業員トレーニングのための資源を提供すること、食品安全の方針と手順が遵守されていることを確認することが含まれます。
(実施例)
- 食品安全への取り組みを監督するために、食品安全責任者または推進者を任命する。
- 経営者は以下のことを行う。
- 食品安全の重要性と食品安全を維持する上での各従業員の役割を定期的に伝える。
- 食品安全に関するトレーニングや設備に十分な予算を確保する
- 自らが食品安全の手順を守り、食品安全に全力で取り組むことで、他の従業員にも同じことをするよう促す。
- 信頼しあえる組織環境を築き、継続的な改善を促進する。
- 望ましい食品安全文化の形を共有するためのワークショップを行う。
- 工場長が、定期的なメッセージを通じて食品安全の重要性を伝えることで、トップの姿勢を示し、組織内の食品安全文化を促進する
- 従業員が理解しやすく、現場に沿ったアンケートを実施する。アンケートは、管理職や経営者も行う。
2.従業員の参加とそれぞれに適したトレーニングの実施
食品安全文化を推進するためには、全従業員に対して食品安全に関する定期的かつ個別のトレーニングを提供することが不可欠です。トレーニングには、入社初期のトレーニングだけでなく、新しい規制や技術に対応するための継続的なトレーニングも含まれます。
さらに、食品安全の取り組みに従業員を巻き込むことで、食品安全を維持するための責任感とコミットメントを共有することができます。(例:社内に食品安全委員会の設置し、従業員に参加させる)
(実施例)
- 全従業員が、衛生的な食品の取り扱い、法令、食品安全に関する懸念事項の報告手順などについて、定期的なトレーニングを受けている。
- 人の行動を変える有用なツールである「ナッジ手法」を導入する。例えば、受付、ロビー、エレベーター、食堂などの共有スペースにシンプルで興味を引くメッセージを設置することなどが考えられる。
- 従業員に、フィードバックの機会を与えたり、社内委員会への参加を通じて、食品安全文化の確立に積極的な役割を果たすよう促す。
- 管理職が従業員と食品安全文化について定期的に話し合い、新しい取り組みについて最新情報を提供している。
- 「食品安全文化週間」を通じて従業員を巻き込む。このような取り組みには、トレーニングや関連したテーマの活動(クイズ、課題に取り組むなど)を含めることができる。
- さらなる改善のための提案をするよう動機付けることで従業員を参加させる。提案には提案箱やアプリを使用する。
- 消費者の視点に焦点を当てた事例を食品安全トレーニングに含める。例えば、コンプライアンス違反が消費者に与える影響を考えるケーススタディなど。これにより、従業員は食品安全の重要性と、消費者の信頼と自社製品への信用を維持するために重要な役割を果たしていることを理解することができる。
3.継続的な改善
強固な食品安全文化を維持するためには、継続的に改善を図る必要があります。これには、社内の方針や手順を定期的に見直し更新すること、新しい技術やベストプラクティスを取り入れること、従業員が改善のためのフィードバックや提案を行うことを促すことが含まれます。
(実施例)
- 新しい情報やベストプラクティスに基づき、食品安全文化の方針と手順を定期的に評価し、更新する。
- 従業員に自信を与え、仕事にやりがいを与える。
- 従業員が食品安全に関する事故や “ニアミス “を報告することを促し、改善が必要な箇所を見つける。
- 「トップダウン」だけでなく、「ボトムアップ」アプローチも実施し、全従業員が本当の意味で参加できる状態にする(例:従業員が食品安全に関する最低限のことでも提案をすることができる)
- 経営陣は、食品安全文化の実施状況のデータを定期的に見直し、改善すべき箇所を見つけ、進捗状況を把握する。
- 食品安全文化に関する自主監査や模擬訓練を行う。(例:間違った個人用保護具を装着している人に対し、監督者は間違いを指摘するか。)
4.是正処置
食品安全上の問題が確認された場合、明確で効果的な是正措置計画を策定することが重要です。これには、今後同様の事故が起こらないようにするための迅速な調査、文書化、是正措置の実施などが含まれます。
(実施例)
- 不適合を発見した場合、その根本原因を見つけだし、問題を排除し、再発を防止し、プロセスを正常な状態に戻すために必要な手順記した文書を作成し、保持しなければならない。事故発生後は、情報を共有すること。;
- 報告の奨励:全従業員が食品安全に関する問題を発見したら報告することを促し、報告方法を周知徹底する。安心して間違いを報告することができ、従業員が問題を報告することを恐れないような社内環境を作り上げる。
- 問題が報告された場合は、徹底的に調査して根本原因を特定し、対策を講じる。さらに、報告した本人、同僚や所属部署、場合によっては他部署や組織全体にも報告することが重要である。
- 是正処置の手順が効果的かつ最新のものであるよう、継続的に見直し、改善する。これには、手順の定期的な見直し、従業員研修、業績指標の継続的な監視が含まれる場合がある。
結論
ガイドラインは最後に以下のように述べています。
「食品安全文化はすべての食品事業者の中心にあるべきです。強力な食品安全文化の構築には、組織の全メンバーのコミットメントと積極的な参加が必要であり、常に改善することが必要です。
食品安全文化を最優先事項とすることで、食中毒や交差汚染、食物アレルギーのリスクを低減し、消費者の信頼と信用を築くことができます。したがって、安全で高品質な製品を顧客に提供し、長期的な成功を収めるためには、食品安全文化を最優先することが不可欠です。」
ガイドラインの紹介は以上になります。
食品安全文化のイメージはつかめましたか。
SNSの普及により、小さな問題であっても、あっという間に社会問題にまで発展し、企業の存続を脅かす恐れがあります。そのような時代だからこそ、強固な食品安全文化を自社に根付かせる必要があると思います。
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