

アイスクリームがリステリアに汚染されていてリコールされたというニュースを見たよ。冷凍の食品でそれほどリスクが高いとは思えないけど、リコールする必要はあるのかな?
アイスクリームがリコールされた理由が「食中毒菌に汚染されていたから」と聞いて、違和感を覚える方も多いのではないでしょうか。
冷凍で流通するアイスクリームは菌が増えないため、「安全な食品」というイメージが強く、日本では食中毒の原因としてあまり意識されていません。
しかし、海外ではアイスクリームに関連した食中毒が複数報告されており、死亡例を伴う重大な事例も発生しています。
なかでも、2010年から2015年の長期間にわたってアメリカで発生した事件は、アイスクリームでリステリア食中毒が起きることが、初めて大きく注目されたケースです。
この事例が特に重要なのは、単なる衛生管理の不備だけでなく、組織としての食品安全文化の弱さが背景にあった点があります。
そのため本事例は、行政担当者や食品事業者にとって、実務的にも多くの学びが得られるものとなっています。
この記事では、「Listeria monocytogenes Illness and Deaths Associated With Ongoing Contamination of a Multiregional Brand of Ice Cream Products, United States, 2010-2015」 (Clin Infect Dis. 2023)をもとに、アイスクリームを原因としたリステリア食中毒の概要と、その背景にある食品安全文化の問題について解説します。



リステリアについての基礎知識を確認したい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。




事例の全体像:5年間見逃されたアイスクリームのリステリア汚染
まずは食中毒の概要を紹介します。
| 患者数 | 10人(全員入院) |
| 死亡者 | 3人 |
| 患者年齢 | 42~83歳(中央値:71歳) |
| 患者の居住州 | 4州 |
| 発症期間 | 2010年1月~2015年1月 |
| 原因食品 | A社の複数工場で製造されたアイスクリーム |
| 原因菌 | リステリア・モノサイトゲネス |



本事例の特徴は、5年以上にわたり汚染が継続していたこと、患者の多くが入院患者であったことです。


探知されなかった散発事例(2010年〜2014年)
2010年から2014年にかけて、リステリア症患者が散発的に発生していました。
患者はカンザス州やテキサス州など複数州に分布しており、明確な共通点は見られませんでした。
ただし、多くが入院患者であったという特徴はありました。
この段階では、各症例は関連のない散発事例として扱われていました。
見逃されていた工場内汚染(2013年)
後の調査により、2013年の時点でA社は、オクラホマ州工場の設備や製品からリステリアを検出していたことが判明しました。
しかし、十分な対策は取られず、外部への公表も行われませんでした。
結果として、汚染は継続したまま製造が続けられていたことになります。



ちなみにA社は1907年創業の老舗企業で、2015年当時にはアイスクリームメーカーとして全米売上高第2位を誇っていました。
製品からの検出と食中毒の発覚(2015年2月)
2015年2月、サウスカロライナ州の流通センターで州政府が行った抜き取り検査により、A社のアイスクリームからリステリアが検出されました。この製品はテキサス州の工場で製造されたものでした。
また同時期、カンザス州の病院では複数のリステリア症患者が確認されていました。



ここで初めて、「製品」と「患者」の関連が認識されることになるのですね。
患者とアイスクリームの関連が明らかに
CDCは、過去の患者由来菌を解析し、複数の患者の菌株が、サウスカロライナ州の検査で検出されたA社製品由来の菌と一致することを確認しました。
さらに、カンザス州の病院における調査では、以下の事実が判明しました。
- 患者5人は同一病院に入院していた。
- 食事記録の分析により、4人が「A社製アイスクリーム」および「A社の個包装アイスクリームを使用した院内調製のミルクシェイク」を摂取していた。
- 院内のミルクシェイクの調理工程に衛生上の問題は確認されなかった。


また、A社のオクラホマ州にある工場でも、製品および環境からリステリアが検出され、患者由来株と全ゲノム解析(WGS)で一致しました。



アメリカでは、この事件の少し前から食中毒調査に「全ゲノム解析」(WGS)が本格的に用いられるようになっていました。
これにより、複数工場にまたがる汚染の存在が明らかになりました。
食中毒の断定とリコール(2015年3月~)
2015年3月13日、州政府およびCDC、FDAは、A社製アイスクリームと患者との関連を公表しました。


しかしA社の対応は段階的であり、
- 3月13日:一部製品の回収(正式リコールなし)
- 3月23日:オクラホマ州工場の製品のリコール
- 4月初旬:工場立ち入りにより複数の不衛生な状況が確認され、オクラホマ州工場の操業を自主的に停止
- 4月7日:リコール対象製品の拡大
- 4月20日:全製品の全面リコール、全工場の操業停止
と、対応は後手に回りました。
リコールおよび操業停止の影響は大きく、A社は全従業員の37%を解雇し、36%を強制的な一時休暇(無休)、残りの職員(清掃や修理など再開に必要不可欠な業務を担う)については、減給を行いました。
また 2020年 A社は有罪を認め、約1,930万ドル(当時の為替レートで約20億円)の罰金支払いに同意しました。
この事件の教訓
この事例は単なる食中毒ではなく、現代の食品安全管理の本質的な課題を示しています。
ここでは、特に重要な3つの教訓を紹介します。
① 全ゲノム解析(WGS)が食中毒の発見を変えた
本事例では、5年間にわたり断続的に発生していた患者が、全ゲノム解析(WGS)により初めて一つの食中毒として認識されました。
一方、従来の手法(血清型、PFGE)では、「地理的」・「時間的」に離れた患者を結びつけることは困難でした。



血清型やPFGEは 日本では現在でもスタンダードな手法ですが、これらの方法では患者を結び付けることができなかったのですね。
さらに、今回の発見のきっかけが「製品検査 → 患者の特定」という流れであった点も重要です。
通常の食中毒は、「複数の患者の発生 → 原因食品の特定」という流れをたどります。
ただし、リステリアのように潜伏期間が長く、患者数が少なく、製品が広域に長期間にわたって流通する場合、「複数の患者の発生 → 原因食品の特定」という流れで食中毒を探知することは困難です。
しかし本事例では、サウスカロライナ州による製品検査で偶然リステリアが検出され、そこからWGSにより患者との関連が明らかになりました。
もしこの検出がなければ、
- この事件は未解決のまま
- 過去の患者も結びつかず
- 汚染源も特定されない
という可能性がありました。
このように、WGSの導入により、食中毒の「見え方」そのものが変化しています。



日本においても、WGSの導入を進めることで、これまで見逃されていた食中毒が探知できるようになるかもしれないのですね。
② 低濃度汚染と規格基準の限界
従来、アイスクリームのような冷凍で流通する食品は、リステリアのリスクが低いと考えられてきました。
その理由は、
- 冷凍下では菌が増殖しない
- 汚染されても菌数が低い
ためです。
本事例では、行政機関が保管されていたアイスクリーム製品を検査したところ、製品の大部分(99%)がリステリアに汚染されていたにもかかわらず、その多くは低濃度(20 MPN/g未満)でした。また、100 MPN/gを超える製品はわずか0.2%であり、ほとんどが一般的な基準値内に収まっていました。



低濃度の汚染だったにもかかわらず、死亡例を含む食中毒が発生したのですね。
背景には、患者の多くが入院患者であった点があります。
妊婦、高齢者や免疫機能が低下している方(抗がん剤治療中やHIVエイズの方など)は、リステリア症の発症リスクが数十倍から数千倍と言われています。
そのため、これらのハイリスクグループは少量の菌でも感染リスクが高く、「低濃度=安全」とは言えません。



ここで重要なのは、規格基準や最終製品検査の限界です。
例えば日本の基準値(生ハム、チーズ:100cfu/g以下)に照らせば、本事例の99.8%の製品は「基準に適合していた」と考えられます。
また、出荷前検査を行っても、極めて低頻度の高濃度汚染製品を検出することはほぼ不可能です。
つまり、
- 規格基準を満たしていても食中毒発生のリスクがある
- 最終製品検査だけでは事故を防げない
ということです。
そのため、ハイリスクグループが食べる可能性のある食品では、基準の遵守だけでなく、環境モニタリングや「探し出して徹底的に除去する」(seek and destroy)などの「積極的なリステリア管理」が不可欠となります。
④ 技術ではなく「組織」が失敗していた
この事例の最も重要なポイントは、技術的な問題ではなく組織的な問題にあります。
A社には食品安全のルールや方針は存在していました。
しかし、2013年に工場内でリステリアが検出されていたことは、CEOは知っていましたが、取締役会にまで共有されていませんでした。
また、
- 汚染の根本原因の調査が行われなかった
- 限定的な対策で出荷が継続された
という状況が続いていました。
さらに、
- 事件発生前の2011年には、安全責任者が出荷前検査の導入を提案したが、CEOは最終製品検査は「信頼できない」「業界標準ではない」との理由で却下した
- 製品から菌が検出された後もCEOは小売店や消費者に「真の理由」を告げず、汚染の可能性がある製品を店舗の冷凍庫から撤去するよう従業員に指示していた
- 天井からの結露が直接生産ラインのアイスクリームに滴り落ちているなど、工場の不衛生状態が長期間続いていた
- 「冷凍だから安全」という思い込みがあった
といった問題も指摘されています。



トップが食品安全を重視していない、現場の声がトップに伝わりづらい、不衛生な状態が日常になっていた、声を上げても変わらない、という組織文化があったのですね。



ルールや方針は存在しており、リスクを示すサインが何度も出ていたにもかかわらず、組織として“止める判断”をしなかったため、これほど大きな事件となりました。
おわりに
以上が、アイスクリームを原因としたリステリア食中毒の事例です。
この事例では、リステリアは「突然現れた」のではありません。何年も前から工場内で検出され、警告となるサインは繰り返し示されていました。
それでも事故は防がれませんでした。
問題は、知らなかったことではなく、分かっていながら止められなかったことにあります。



食品安全文化は、まさにこの「止める判断ができるか」を問うものなのですね。



重要なのは、「異常が起きてから対応すること」ではなく、小さな違和感の段階で立ち止まり、判断できるかどうかです。
皆さんも、自分の施設で同じような状況になった場合にどのように判断するか、考えてみて下さい。









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