優良企業でなぜ最悪の食中毒が起こった?失敗事例から学ぶ食中毒対策

優良企業でなぜ最悪の食中毒が起こった?失敗事例から学ぶ食中毒対策

日本でリステリア食中毒が報告されていないから、どのような点に気を付ければいいのか分からないよ。

海外ではリステリア食中毒が多く報告されています。

そのため、過去の食中毒事例を踏まえたリステリア対策のガイドラインなどが数多くあります。

一方、日本ではリステリア食中毒の報告がないため、事例を踏まえたリステリア対策の資料はほとんどありません。

しかし、「報告がない=食中毒が発生していない」ではないため、日本の食品事業者もリステリア対策は行う必要があります。

そこで、この記事では過去に海外で発生したリステリア食中毒について、「なぜ発生したのか」を重点的に紹介します。

「なぜ発生したのか」を学ぶことで、自分の施設でも将来同じことが起きないよう具体的な対策を考える際の参考になります。

今回は、カナダで起こった最悪のリステリア食中毒の調査報告書「Report of the Independent Investigator into the 2008 Listeriosis Outbreak」を参考に紹介します。

目次

食中毒の概要

まずは食中毒の概要を紹介します。

 患者数57人(感染者の約80%が、老人ホームに住んでいたり、病院に入院していた)
 死亡者数22人(致死率:約40%)
 患者の発症日2008年6月3日~11月22日
 原因食品カナダのトロントにあったMaple Leaf Foods社の工場の8番と9番ラインで製造されたRTEの食肉製品
 原因菌リステリア

※「RTE」はReady To Eatの頭文字をとったもので、加熱や調理をせずにそのまま食べられる食品を意味します。食べる前に加熱工程がないため、一度リステリアに汚染されると、食中毒を防ぐことが難しい食品です。

流行曲線
患者の発症状況(:回復した患者、:死亡した患者)

この事件の時系列は次のようになっています。

2008年2月~

Maple Leaf Foods社工場での環境モニタリング検査から散発的にリステリアを検出

6月3日

最初の患者が発症

7月16日

同じ老人ホームでリステリア症が2例でたことから、トロントの保健所が老人ホームの調査を開始

7月18日

2人の患者から分離されたリステリアのDNA型が一致

7月21日

トロントの保健所が老人ホームにあった11個の食品サンプルを採取し、検査のため送付

8月4日

老人ホームの食品サンプルからリステリアを検出

8月7日

カナダ食品検査庁が調査を開始

8月12日

離れた場所に住む複数の患者から分離されたリステリアのDNA型が一致(広域な食中毒であることが示唆された)

8月13日

Maple Leaf Foods社が流通業者に「Sure Slice」ブランドの製品の留め置きを依頼

8月16日

カナダ食品検査庁がMaple Leaf Foods社のSure Sliceブランドからリステリアを検出

8月17日

カナダ食品検査庁が Sure Sliceブランドの製品を食べないよう注意喚起

Maple Leaf Foods社が Sure Sliceブランドの製品の自主回収を開始

8月20日

Maple Leaf Foods社が同工場での生産を停止、自主回収の範囲を拡大

8月23日

カナダ食品検査庁とカナダ公衆衛生庁が合同でプレスリリースし、Maple Leaf Foods社の製品を原因とするリステリア食中毒が発生し、患者が21人、4人の死亡が確認されていることを発表

8月24日

Maple Leaf Foods社が同工場で作られたすべての製品を自主回収すると発表

9月5日

調査の結果、Maple Leaf Foods社の工場のライン8と9で使用されていたスライサーがリステリアに汚染されていた可能性が高いことが示された。

政府に登録されているすべての施設は①スライサーは完全に分解し、洗浄し、環境サンプルを採取しリステリアの検査を行うこと、②洗浄・消毒の手順の妥当性を確認することが指示された。

9月17日

厳しい条件のもと、Maple Leaf Foods社の工場が再開

12月18日

3つの集団訴訟に対し、Maple Leaf Foods社は最大2,700万ドル(約42億円)を支払うことに合意

最初の患者が発症してから、原因が特定されるまで2か月以上かかかったのですね。もっと早くわかっていれば、被害の拡大が防止できたのに残念です。

食中毒が起こる前のMaple Leaf Foodsについて

Maple Leaf Foods社の工場は食中毒が起きる前から問題があった施設なのですか?

実は、周囲からは法令を遵守し、最新の衛生管理システムを取り入れた優良企業であると見られていました。そしてMaple Leaf Foods社自身も業界のリーダーであると自認していました。

Maple Leaf Foods社の工場は、政府の基準を常に遵守しており、行政による立ち入り検査で問題が指摘された際には、直ちに改善を行っていました。

また、同工場は1999年には法令に先駆けてHACCPを導入しました(法令で義務になったのは2005年から)。同社の食品安全計画は、食品を製造する建物、その周辺の土地、食品製造に用いられる機器など、予想されるあらゆる面をカバーしていました。

そして、必要な記録はきちんと保管し、従業員訓練を確実に行い、自社の食品安全計画を適切に実施しており、行政の検査官からは高い評価を受けていました。

さらに、同工場は規制要件を上回る毎年3,000件以上の環境モニタリング検査を実施し、製品検査も毎月行っていました。

そのため、この食中毒が発生するまでは、Maple Leaf Foods社は最新の食品安全管理システムを取り入れた優良企業であると見られていました。

なぜ食中毒が起こったのか

すごく頑張っていた企業なのに、どうして食中毒が起きたのだろう。

いくつかの要因が重なって、これほど大きな食中毒が発生することになります。

①環境モニタリングでのリステリアの継続的な検出

工場の製品検査ではリステリアは検出されませんでした。

しかし、食中毒が発生するずっと前から、環境モニタリング検査で断続的にリステリアが検出されていました。

リステリアが検出された際には、従業員は業界標準の消毒方法(Seek and Destroy)を実施し、リステリアが検出されないことを確認していました。

リステリアが陰性になったため、同工場のマネジメント層は、リステリアは管理できていると考えていました。

しかし、2~3週間後の環境モニタリングでは、再び同じ場所からリステリアが検出されることがありました。

ここでの問題点は、環境モニタリングの結果を単独のものと捉え、全体像を見ていなかったことです。

環境モニタリングのデータは収集されていましたが、それらの傾向を分析しておらず、「同じ製造ラインでリステリアが陽性・陰性になるパターンが繰り返されていた」ことを認識していませんでした。

また、リステリアが環境モニタリングで定期的に検出していたことを、行政の検査官に伝えていませんでした。(ただし、報告は義務ではありませんでした)

Listeria monocytogenes isolated on agar from a food sample.

②需要の拡大

この食中毒が起こっていた期間、Maple Leaf Foods社のRTE食肉製品の需要は急増していました。

販売先はホテル、レストランといった一般消費者向けの施設だけでなく、老人ホーム、病院といった「ハイリスクグループ」に食事を提供している施設もありました。

この需要の急増に対応するため、工場では稼働時間を長くし、2交代制を導入しました。

そして、真夜中シフトと朝シフトまでの間に製造ラインが止められ、消毒作業が行われました。

Cleaning in the factory
イメージ

食品に触れるすべての表面の消毒は毎日行われていましたが、工場全体の完全な消毒は週末にしか行われませんでした。そして、その際もすべての機器が完全に分解されていたわけではありませんでした。

スライサーを完全に分解し、徹底的に消毒してから再び組み立てるには、工場を3日間停止する必要があったようです。しかし、需要に応えるため、停止するという判断を行いませんでした。

食中毒発生後に行われた専門家による調査では、工場の製造ライン8と9で使用されていたスライサーを通じて食肉製品が汚染された可能性が高いと結論づけられました。

スライサーの奥深くに肉の残留があり、リステリアが繁殖する温床になっていたようです。

また、同社は製品の検査を行っていましたが、需要に応えるために検査結果を待たずに製品を出荷していました。

deli slicer
スライサーイメージ。当時工場には84の巨大なスライサーがあったようです。
当時のスライサーや洗浄の様子はこちらの記事をご覧ください。

③ハイリスクグループへの提供

先ほども書いたように、Maple Leaf Foods社の食肉製品は需要が急増しており、その販売先には老人ホームや病院といった「ハイリスクグループ」に食事を提供している施設が含まれていました。

実は、Maple Leaf Foods社は高齢者施設や病院をターゲットに「ナトリウム使用量を減らした食肉製品」を作っていました。

これらの施設からの需要は本当に高く、週20ケースだったのが、週2,000~3,000ケースになったと言われています。

しかし、食肉製品のナトリウム濃度を下げると、リステリアを含む食中毒細菌が増殖するリスクが高くなることが知られています。

Maple Leaf Foods社は、最新の衛生管理システムを取り入れていると自負していたため、慢心によりハイリスクグループに減塩した製品を販売するリスクについて十分に分析しなかったようです。

④従業員の声が会社のトップに届かなかった

工場の従業員は、環境モニタリングで定期的にリステリアが検出されていたことについて、工場のマネジメントを超えて、本社へ報告を行いました。

しかし、検出された際には業界標準の方法で消毒していること、その後の検査でリステリアが陰性になっていることから、本社においてもリステリアは管理できていると考え、この現場の声はCEOの耳には届きませんでした。

どうすれば食中毒を防止できた?

今見返してみると、上記の要因が複合的に影響しリステリア食中毒を引き起こした・被害を拡大したことは容易に想像できます。

それでは、どうすればこの食中毒の発生を防止できたのでしょうか。

「①環境モニタリングでのリステリアの継続的な検出」を例に考えてみましょう。

海外では過去の食中毒事例を踏まえた対策が進んでおり、食品事業者が参考にできる資料が豊富にあります。

ここではアメリカFDAのガイドラインから、リステリアの環境モニタリングの箇所を抜粋して紹介します。

環境モニタリングプログラムで得られた検証データを最大限に活かすためには、定期的にデータを分析し、工場全体の環境サンプル陽性率を下げることで、工場内の衛生環境を継続的に改善していくための傾向を把握することを推奨します。

この傾向分析によって、工場内のリステリアが適切に管理されていない(例えば、特定の場所に定着してしまっているなど)可能性を示す証拠が得られるため、適切な対策を講じることができます。リステリアの管理が不十分であることを示唆する傾向の例としては、以下が挙げられます。

  • 特定の場所やエリアで、環境サンプルの陽性が増加している。
  • 複数回(ただし連続ではない)のサンプリングで、同じ場所からリステリアが検出される(例えば、ある週は陽性、次の週は陰性となり、単発的な陽性に見える)。
  • 工場全体で、環境サンプルの陽性率が上昇している。

特定のエリアで陽性となった場所に対し、適切な対策を行ったとしても、その後も同じエリアで環境サンプルで陽性が繰り返し見られる場合は、特定されていない場所がリステリアの温床になっている可能性があります。データ分析によって特定のエリアで問題が継続している傾向が見られる場合は、追加の対策が必要かどうかを判断するため、より詳細な調査を行うことを推奨します。

Control of Listeria monocytogenes in Ready-To-Eat Foods: Guidance for Industry Draft Guidance. XV. Analysis of Data for Trends. A. Trends in Data Collected from Environmental Monitoring. FDA. 2017 January.

このガイドラインの内容を見てみると、Maple Leaf Foods社の工場内で起きていたことの何が問題だったかが明確になるのではないでしょうか。

従業員が通常行う洗浄消毒が届かない場所にリステリアが住み着いていており、それが作業台やスライサーに移行し、製品を汚染した可能性が推測されます。

本来であればこのガイドラインにあるように、環境サンプルの経時的な傾向を分析し、その結果に基づきさらなる調査、対策を講ずるべきでした。

Analyzing the trend

そのほかの要因についても、どうすれば食中毒を防止できたか、当時の担当者の立場に立って考えてみて下さい。自分は当時の状況で、果たして生産の停止を進言できたでしょうか。できないのであれば、何の情報が不足しているのでしょうか。

おわりに

以上がカナダにおける最悪のリステリア食中毒が「なぜ発生したのか」です。

過去の事例を学ぶことで、どのようにして食中毒が発生するのかという知識を身につけるだけでなく、「普段とは違う」、「何か変だ」という感覚も磨くことになると思います。


また、この食中毒は、食品安全文化の失敗事例としても紹介されることがあります。

強固な食品安全文化がある施設であれば、法令順守以上に自発的に食品安全に取り組み、リスクに対するアンテナが高いです。また、従業員の声もきっとトップに届いていたでしょう。


今回は、食品事業者(Maple Leaf Foods社)の原因を中心に紹介しました。

しかし、食中毒が起こった原因、拡大した原因を「食品事業者」だけのせいにすることはよくありません。

食品安全は、食品事業者だけでなく、規制当局、機械器具メーカー、サプライヤー、マスコミ、消費者など、食に関わる全ての人が協力して取り組まなければ達成できません。

その点を踏まえて、今回参考にした調査報告書では行政機関などの問題点も数多く指摘されています。

行政担当者の方にも、ぜひとも読んでいただきたい調査報告書です。

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • 定期的なリステリアのふき取り検査と製品検査はしていましたが、傾向分析まではしていませんでした。
    勉強になりました。
    どれくらいの頻度で、どのエリアで行うかは、FDAのガイドラインを見ると書かれているのですか。英語なので読み解くのが難しいそうです。
    ぜひ解説してください。

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