アメリカではリステリア食中毒が起きているけど、日本では1度も報告されていないと聞いたよ。食中毒が起きていないのなら対策は不要ですよね?
厚生労働省の食中毒統計では、日本で今まで「リステリア食中毒」が報告されたことはありせん。
そのため「日本ではリステリア食中毒が起きていないから対策は不要なのでは。」、「欧米のチーズやハムが原因だから日本には関係ない。」と思っている方もいるかもしれません。
しかし、「報告がない」=「食中毒が起きていない」ではありません。
そこでこの記事では、CDCのウェブサイトを参考に、アメリカの「リステリア食中毒を探知・調査するの仕組み」を紹介します。
この記事を読めば、なぜ食中毒が報告されていない日本であっても、リステリア対策が必要なのかが分かります。
リステリアを知らないという方は、まずは下の記事をご覧ください。
日本でリステリア食中毒が起きていないって本当?
そもそも日本ではリステリアに感染する人はいないの?
実は日本でも毎年多くの人がリステリアに感染しています。
例えばある病院では2021年~2023年まで毎年1例の妊娠中のリステリア症があったと報告しています。
日本のリステリア症の感染者数は人口100万人あたり「1.40人」と推測されています。これは、日本で年間200人程度がリステリア症と診断されているということです。(ちなみにアメリカは 2.6人/100万人 です。)
そして、リステリア感染の99%が食品由来であると考えられていることから、200人のほとんどが「リステリアに汚染された食品」を食べたことにより、リステリア症を発症したということです。
なぜリステリア食中毒の調査は難しいのか
200人も感染しているのに、食中毒が報告されていないのはどうしてだろう?
食中毒と断定されるには、下の図のように、多くの段階があります。しかし、どの食中毒であっても、①から⑦までたどり着き、保健所の調査で食中毒と断定されるのはごく一部です。
例えば、②で病院を受診しない、③で医療機関で便などの検査を行わない、④で検査方法の選択が誤っている、⑤で検出感度が十分でない、⑥で保健所に届出が行われないなどの理由で、そもそも保健所の調査が行われないことがあります。
そして、⑦で保健所の調査が行われたとしても、食中毒と断定されないことが多くあります。
特にリステリア食中毒は保健所の調査が難しいと言われています。理由をいくつか抜粋して紹介します。
発症までに時間がかかる
リステリア食中毒は他の食中毒と比べると、食べてから発症するまでに時間がかかります。
サルモネラの場合、症状が出始めるのに通常12時間~72時間かかります。一方、リステリアの場合、症状が出始めるのに3日から3か月間かかります。
症状が出始めてから、医療機関を受診し、検査を行い、結果が出てから保健所に届出されるため、保健所の調査が開始されるのはもっと時間が経ってからです。
保健所の調査では、患者が食べたものの聞き取り調査を行いますが、数週間前や数か月前に食べた食品を正確に思い出すことは、非常に困難です。
患者から聞き取り調査を行うことが難しい
リステリア症の入院率は約90%で、これはどの食中毒菌よりも高いです。また、致死率はサルモネラや腸管出血性大腸菌O157の0.5%に対し、リステリアは約21%です。
「入院していて話すことができない」や「すでに死亡している」ような状況では、患者から直接食べたものの聞き取りを行うことができないため、保護者や家族などから聞き取りを行うことになります。
自分自身が食べたものでさえ思い出すのが難しいのに、自分以外の人が数か月前に食べた物を思い出すのは、さらにハードルが上がります。
1事例あたりの患者数が少ない
リステリア食中毒は1事件あたりの患者数が少ない傾向にあります。
例えば、アメリカで2018年~2022年に発生した食中毒では、サルモネラが1事件あたり平均患者数26人だったのに対し、リステリア食中毒は平均患者数8人でした。
患者数が多い場合、多少記憶があいまいだったとしても、患者の間で共通する食品を特定することは比較的容易です。例えば「全員ではないがほとんどの患者がAブランドの生ハムを食べていた」でよいからです。
しかし、患者数が少ないと、患者の間で共通する食品を見つけ出すのが非常に困難になります。
このように、そもそも食中毒として探知されなかったり、調査しても食中毒と断定されないため、リステリア食中毒は統計上の数が0になります。
アメリカでの取り組み
このようなリステリア食中毒の課題を克服するため、アメリカでは20年以上前から国策として様々な取り組みが行われています。
医療機関の届出義務
アメリカでは「リステリア症」は、2001年から届出が必要な病気になりました。
そのため、医師がリステリア症と診断した場合、24時間以内に保健所へ届出しなければなりません。また、検出したリステリアの菌株や便についても、提出しなければなりません。
これにより、医療機関から保健所に確実に届出がされるようになりました。
ちなみに、日本では「リステリア症」は届出義務ではありません。
共通の聞き取り調査票
アメリカでは、医師から保健所にリステリア症の届出がされると、保健所が患者の聞き取り調査をすぐに行います。
その聞き取り調査に使う「調査票」が、2004年から全国共通のものになっています。
調査票は全17ページで、食べた物の聞き取りは10~17ページにあります。
過去にリステリア食中毒の原因となった食品を網羅しており、発症の4週間前の食事までさかのぼるため、かなりのボリュームです。
共通の調査票を使うことで、患者がどこに住んでいても同じ情報を得ることができ、データ解析が容易になります。
この調査票を使っても原因食品が特定できない場合は、トレーニングを受けた調査官がより詳細な内容を対話形式で聞き取ります。
日本の場合、腸管出血性大腸菌については全国共通の調査票がありますが、それ以外の食中毒菌については専用の調査票というのはありません。
会員カードの活用
保健所の聞き取り調査が行われるのが発症から数週間後のため、自分が食べたものに関する記憶はあいまいになってしまいます。
また、調査対象者から直接聞き取りを行えない場合、保護者や家族から聞き取ることになりますが、どうしても正確性に欠けます。
このような課題を解決するための手段として、アメリカでは「スーパーなどの会員カード」や「クレジットカードの情報」から得られる購入履歴のデータを使い、原因食品の追跡をよく行います。
これにより、患者の記憶だけでは分からなかった情報を、客観的に明らかにすることができます。
日本の場合、食中毒調査で会員カードなどから得られる購入履歴のデータは活用されていません。
最新の検査方法の導入
複数の患者からリステリアが検出されたとしても、それらの患者が同じ食品を原因とする食中毒集団の一部なのかどうかはわかりません。
そのため、分離されたリステリアのさらに詳細な分析が必要になります。
アメリカでは、この詳細な分析に「全ゲノムシーケンシング」(Whole-genome sequencing:WGS)が用いられています。WGSについては、下の記事をご覧ください。
アメリカでは2013年から患者、食品、環境中から分離されるすべてのリステリアに対しWGSがルーチン的に実施されるようになりました。
これにより、同じ食品を原因とするリステリア症患者と、そうでない患者を分けることが可能になり、原因食品の特定をより迅速に行えるようになりました。
(例)下の図の場合では、同じ時期に患者5人からリステリアが検出されました。しかし、共通食は何もありません(図左)。しかし、WGSを行ったところ、患者A、C、Dのリステリアが遺伝的に近く、患者B、Dのリステリアが遺伝的に近いことが判明しました(図右)。これにより、それぞれのグループの原因食品をメロンとアイスであると特定できました。
日本においては、ルーチン的なWGSは行われていません。
おわりに
以上がアメリカにおけるリステリア食中毒を探知・調査する取り組みの紹介です。
アメリカではこれらの取り組みにより、リステリア食中毒の探知・調査能力が向上しました。
そのため、より少ない患者数であっても、より多くのリステリア食中毒を断定できるようになりました。
最初にも説明しましたが、日本でもリステリアに汚染された食品を食べ、リステリア症になっている人が大勢います。
しかし、日本ではリステリア食中毒を探知・調査する能力が十分ではありません。
そのため、食品事業者の皆さんは、リステリア食中毒はすでに起きているという認識のもと、対策を行っていく必要があります。
また、行政機関においては、アメリカの長年にわたる成功事例を参考に、日本でもリステリア食中毒を探知・調査できる体制を整える必要があると思います。
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