食品安全文化が話題になってからだいぶ経つけど、企業のトップは食品安全文化についてどのように考えているのだろう?
「食品安全文化」がアメリカの今後10年間の計画やEU、コーデックスの基準に取り入れられてから、数年が経ちます。
また、2000年代から食品安全管理のスタンダードになっている「食品安全マネジメントシステム」についても、食品安全文化に関する要求事項が取り入れられるようになっています。
そして、「食品安全文化」と「食品安全マネジメントシステム」の両方において、トップマネジメント層(経営陣)の関与は必須の要素です。
それでは海外の食品企業のトップマネジメント層は、「食品安全文化」や「食品安全マネジメントシステムとの関係」について、どのように考えているのでしょうか?
そこでこの記事では、アメリカFDAが2024年11月に公表した調査報告書「Perspectives from Retail Food Organizations: Relationship Between Food Safety Culture and Food Safety Management Systems」を紹介したいと思います。
この報告書は、アメリカ食品業界の中の「小売業」のトップマネジメント層に対し、「食品安全文化」について聞き取り調査を行った結果になります。
「食品安全文化」については、規制当局や研究者、組織の担当者が発信する情報は多くありますが、企業のトップがどのように理解しているのかを知る機会はほとんどありません。
そのため、この報告書を読めば、アメリカ小売業のトップマネジメント層が「食品安全文化」についてどのように考えているかを知ることができ、大変参考になります。
自分の組織の幹部が同じ質問に対し、どのように回答するか考えながら読んでみて下さい。
この報告書が出された背景
まずはFDAがこの調査報告書を公表した背景を紹介します。
FDAは2020年7月に食品安全に関する今後10年の計画を発表しました。この計画には以下の4つの中心要素があります。
- 技術を活用したトレーサビリティ
- よりスマートなツールと手法を用いた食中毒の予防と対応
- 新しいビジネスモデルと小売業の近代化
- 食品安全文化
中心要素の4つ目に「食品安全文化」があることからも分かるように、アメリカでは食品安全文化が食中毒予防において重要であると考えられています。
そのため、FDAは食品安全文化を理解する、普及するために様々な取り組みを行っています。
また中心要素の3つ目には「小売業の近代化」があり、FDAは小売業の食品安全を向上するための方法を模索しています。
このような背景のもと、FDAは小売業における食品安全文化の取り組み、食品安全マネジメントシステムとの関係を理解するために調査を行いました。
この調査では小売業(スーパー、コンビニエンスストア、ファストフードの3業態)の食品安全に関するトップマネジメント層9人にインタビューを行っています。
いくつか質問がある中から、今回は以下の3つのポイントに絞って紹介します。
小売業トップマネジメント層へのインタビュー
- 「食品安全文化」とは何か。なぜ重要なのか
- 「食品安全文化」と「食品安全マネジメントシステム」の関係について
- 食品安全文化と食品安全マネジメントシステムの関係を強化するための方法、これまでの経験で得られた教訓や課題
1. 「食品安全文化」とは何か。なぜ重要なのか
まずは最初の質問についての回答の要約です。
- 食品安全文化とは、食品の安全性を高めるために、誰かに見られている時だけでなく、そうでない時でも、従業員一人ひとりが実践する行動、態度、考え方のことです。
- 食品安全文化は、組織文化に深く根付いています。
- 組織内のあらゆるレベル、あらゆる部門の個人が、組織の食品安全文化の一部であり、それに貢献しています。
- それぞれの企業の文化や価値観は複雑で特有のものであるため、食品安全文化を高めるための「万能の」解決策はありません。
- リーダーシップの役割は、組織の核となる価値観を明確にし、従業員の安全への取り組みを支援することです。
今まで私のブログでも紹介してきた内容のまとめのような回答になっています。
食品安全文化が組織文化に根付くことで、従業員は食品安全を実践する際に「やらなくてはならないからやる」や「やるように言われたからやる」ではなく、「自ら進んでやる」ようになります。
従来の「食品安全マネジメントシステム」では、教育や訓練を行い、従業員にその通りにやらせることに重点があったので、このような考え方の変化は新鮮ですね。
また、食品安全文化を高めるために、「どの組織でも一律で使える万能策はない」という考え方も、まさにその通りだと思います。
一律でないことを、一律の(標準化された)方法で評価しなければならない食品安全マネジメントシステムの監査員は苦労しそうですね。
2.「食品安全文化」と「食品安全マネジメントシステム」の関係について
次は「食品安全文化」と「食品安全マネジメントシステム」の関係についての回答です。
- 食品安全マネジメントシステムは、食品安全の目標を達成するために、組織が最低限行うべきことと、具体的な活動内容(例えば作業の手順、従業員への教育訓練、モニタリングなど)を定めたものです。
- 食品安全文化と食品安全マネジメントシステムは切り離すことのできない関係にあり、どちらか一方が欠けていては、うまく成り立ちません。
- 食品安全文化は「なぜ」食品安全が重要なのかを理解することを促し、食品安全マネジメントシステムは「どのように」その食品安全の目標を達成するかを示します。
組織の幹部が「食品安全マネジメントシステムだけをやっていれば大丈夫」と思っていない点がさすがですね。
食品安全文化と食品安全マネジメントシステムが両立することで、お客様に安全な食品を提供するという組織の目標を達成できるということですね。
3. 食品安全文化と食品安全マネジメントシステムの関係を強化するための方法、これまでの経験で得られた教訓や課題
それでは3つ目の回答のまとめです。
- 食品安全文化と食品安全マネジメントシステムは、常に進化し続けるものです。「成熟した」や「強固な」食品安全文化といった到達点があるわけではなく、それは絶え間ない進化の過程です。
- 食品安全文化と食品安全マネジメントシステムに取り組むにあたってのポイントは、新しいものや個別のものを導入しようとするのではなく、組織にある既存の文化、習慣、インフラを活用することです。
- 明確で強力なリーダーシップとの連携、リーダシップの賛同を得ることで、食品安全文化と食品安全マネジメントシステムは時間をかけて成熟していきます。
- 組織の成長は、従業員からのフィードバックやデータを活用して改善を図りながら、食品安全文化と食品安全マネジメントシステムを定期的に厳しく再評価する組織の意欲にかかっています。
- すべてのレベルの従業員の意見を聞き、すべてのレベルの従業員が積極的な関与することが、ポジティブな食品安全の行動を促進します。
- 成熟した組織は他者から学びます。特に食品安全は競争優位性ではないため、学び合いが重要です。
- 革新的で最新の技術を活用することは、食品安全文化と食品安全マネジメントシステムへの財政的な投資につながります。
- 食品安全を支えるためには、人材、プログラム、技術、その他の要素への投資が不可欠であり、それらの投資によって得られる収益を評価することも重要となります。
インタビューを行ったのは9人という少ないサンプル数ですが、「成熟した食品安全文化」という終点があるわけではなく、常に進化し続けなければならないこと、そして「成熟している」や「強固である」ことを明確に示す単一の評価基準はない、という意見は全員一致したようです。
また、「他者から学ぶ」もマネジメント層特有の視点のように思います。参加者の一人、コンビニエンスストアのトップマネジメントは以下のように回答しています。
「私たちは、食品安全は競争優位性とは捉えておらず、むしろ業界全体で取り組むべき課題だと考えています。そのため、競合他社を含めた様々な企業の優れた取り組み(ベストプラクティス)を参考に、自社の改善に役立てています。」
食品安全文化の失敗例の記事で書きましたが、1社が起こした食中毒が業界全体に影響することは珍しくありません。
食品安全は他者と競うのではなく、業界全体で協力して取り組んでいくこと大切なのですね。
おわりに
以上が、アメリカの小売業のトップマネジメント層が考える「食品安全文化」についてです。
さすが組織のマネジメント層なだけあり、回答は示唆に富むもので、「食品安全文化」の難しい概念を分かりやすい言葉で表現していますね。
FDAは今回紹介した調査報告書だけでなく、2021年から現在まで定期的に行っているウェビナーを通じた事例の共有、食品安全文化について書かれた現在までの文献のレビューを行うなど、食品事業者が活用できる情報を積極的に発信しています。
一方で、日本でFDAと同等の機関である厚生労働省は、食品安全文化について積極的に情報発信を行っていません。
そのため、食品事業者が利用できる日本語で書かれた食品安全文化の情報はかなり限られており、日本で食品安全文化の理解は進んでいないのではないでしょうか。
限られた日本語の情報の中、食品事業者の皆様の参考になるようにこれからも情報発信を行っていきたいと思います。
コメント
コメント一覧 (1件)
たしかに厚生労働省は食品安全文化について一切情報提供を行わないですね。なぜなんでしょうか。
食品衛生法の基準の元になっているコーデックスの基準にも取り入れられているのだから、日本でも考え方を浸透させていかないといけないと思います。
日本は昔から7Sを通じて自然と食品安全文化が取り入れられているという意見を見ますが、HACCPと同じで可視化できないと、海外に対しては説明ができないですね。