リステリア食中毒が危ないのはわかったけど、自分の施設は仕入れたハムなどを小分け、量り売りしているだけだから、リステリア対策は必要ないですよね?
実はアメリカでは、ハムなどの食肉加工品を仕入れて、量り売りしている施設が原因の「リステリアによる食中毒」が毎年のように発生しています。
1例を下に紹介します。
発生:2022年
原因食品:小売店で購入した量り売りの食肉製品とチーズ
患者16人、入院13人、死亡1人
小売店の作業場から採取された環境サンプルと、スライスされた肉からリステリアを検出
CDC
ハム、ソーセージ、サラミなどの食肉製品を原因とするリステリア食中毒のうち、83%が小売店でスライス・包装された食肉加工品に関連していると推定されています。
このように、小売店におけるリステリア対策は、食中毒予防において非常に重要です。
そこでこの記事では、USDA(米国農務省)のガイドライン(2023年6月発行)を参考に、小売り施設向けのリステリア対策を紹介します。
飲食店や対面販売の惣菜店、小売店などで、食肉製品やサラダを小分けしている施設が参考にできる内容ですのでぜひご覧ください。
ガイドラインの対象
このガイドラインの対象は「小売業のデリカテッセン」となっています。
デリカテッセン?
「デリカテッセン」(delicatessen)とは、日本の「対面販売している惣菜店」のイメージです。以下「デリ」と略します。
デリで扱われる食品はハム、ソーセージ、サラミなどの「デリミート」のほか、チーズ、パン、オリーブ、サラダなども扱っています。
デリでは仕入れたこれらの製品を、スライス、カット、小分けなどして小売販売します。
このガイドラインは、デリで販売されるRTE※食品によるリステリア食中毒対策を目的としています。
※「RTE」はReady To Eatの頭文字をとったもので、加熱や調理をせずにそのまま食べられる食品を意味します。デリでは食肉加工品(生ハム、ローストビーフなど)やサラダなどがRTE食品になります。食べる前に加熱工程がないため、一度リステリアに汚染されると、食中毒を防ぐことが難しい食品です。
リステリア菌について
まずはリステリア菌についての復習からです。
重症率が高い
リステリアに汚染された食品を食べることで「リステリア症」が引き起こされます。
リステリア症自体はまれな病気ですが、入院率、致死率が高いという特徴があります。
入院率は約90%で、これはどの食中毒菌よりも高いです。
また、致死率はサルモネラや腸管出血性大腸菌O157の0.5%に対し、リステリア症は約21%です。
アメリカでは、年間で人口10万人あたり「0.27人」のリステリア症が報告されています。そして、国策として2030年までにこの数字を「0.22人」とすることを目標にしています。
どのように食品を汚染するのか
リステリアは機械器具、冷蔵庫、従業員の手などの「食品接触面」を通じて食品を汚染します。
その逆も同じで、汚染された食品をスライスしたり、保管したり、手で触ることで、スライサーや冷蔵庫、従業員の手が汚染され、そこからさらに別の食品や施設全体に汚染を広げる恐れがあります。
リステリアはスライサー、カートの車輪、冷蔵ケース、作業台のひび割れ、冷蔵庫内の冷却ファンなど、洗浄が困難な場所に潜むことがあります。
デリで販売されるRTE食品は、食べる前に調理する必要がなく、冷蔵保存されます。そして、リステリアは、通常の細菌が増殖できない1℃という低温でも生存し増殖します。
そのため、RTE食品は一度汚染されるとリステリアが増殖するための理想的な環境となります。
デリが注意すべき重点ポイント
デリのリステリア汚染は、一つの対策や管理方法で防げるものではありません。
そのため、デリでは包括的なリステリア対策が必要となります。ガイドラインでは次のポイントを重点的に注意するよういっています。
汚染を防ぐ
RTE食品が汚染されると、加熱などの殺菌工程がないため、食中毒を防止することが難しくなります。そのため、デリでは、RTE食品をリステリア汚染から守ることが重要です。
- 不潔な、腐敗した、ぬるぬるした、変色した食品は、できるだけ早くデリのエリアから取り除く。
- 未包装のRTE食品に滴下する結露、食品接触面に付着した粉塵、破損した設備なども、RTE食品を汚染する恐れがあります。
- さらに、ハエ、ネズミの糞、カビ、汚れた表面など、作業場や販売場所に不衛生な状態がないようにします。
時間と温度の管理
デリの冷蔵庫は5℃以下に保つようにしましょう。そして、調理のために冷蔵庫から出した製品は、調理後すぐに冷蔵庫に戻しましょう。
これにより、デリで調理されたRTE食品を原因とするリステリア症を約9%を予防することができます。
また、リステリアは冷蔵状態でも増殖するため、RTE食品の期限管理も重要です。
開封され、調理され、そして24時間以上保管されるRTE食品には、開封日と廃棄予定日を明記するようにしましょう。
交差汚染の防止
デリ内の交差汚染のポイントをすべて取り除いた場合、デリで調理されたRTE食品を原因とするリステリア症を約34%が減少できると考えられています。
- 可能であれば、抗菌剤を含む原料を使用する。もし、RTE食品にリステリアの増殖を抑制する物質が配合されていた場合、デリでのRTE食品に起因するリステリア症の約96%を防ぐことができます。
- 高圧処理など、菌を減らすための処理がされた製品を使用する。
- RTE食品の取り扱いや保管、陳列の際は、生の原材料とは別の場所で行います。保管スペースが限られている場合は、RTE食品にラップをしたり密閉容器に入れ、保管スペースの上段に保管します。RTE食品を包装したり、包装をはがしたり、スライスしたりする際には、外側の包装紙や他の食品、作業台や調理器具からの二次汚染を防ぐよう注意してください。
洗浄・消毒
もしデリで適切な洗浄消毒が行われなかった場合、リステリア症のリスクが約41%増加します。
- 掃除用具は菌に汚染され、掃除の際に菌を拡散させる恐れがあります。そのため、掃除用具(ふきん、ブラシ、スポンジ、モップなど)を消毒する手順を作成します。もし、掃除用具を消毒しない場合は使い捨てのものを使用しましょう。
- 殺菌剤はメーカーの指示に従い、適切な濃度で使用します。また、食品残渣や汚れがあると殺菌剤の効果が弱くなるため、濃度をモニタリングし、必要に応じて交換します。
- 大きなRTE製品(ハム、魚介類、野菜など)のカット、スライス、サイズダウンに同じ器具を使用する場合は、製品ごとに製品の表面を洗浄・消毒します。
- RTE食品を加工する機器は、分解して洗浄・消毒します。スライサーで特に洗浄が難しい場所は、バックプレート、テーブル、ガード、ブレード、回収エリアです。(下図。FDAのポスターも参考になります。)
- リステリアは、時間の経過とともに環境に適応し、バイオフィルムを形成します。バイオフィルムは除去が困難であり、殺菌剤からリステリアを保護します。そのため、バイオフィルムの発生を防ぐため、洗浄時には表面をしっかりとこすり洗いします。
- 従業員が日常的に触る場所の洗浄・消毒をします。(例:オン/オフのスイッチ、スライサーの取っ手、陳列ケース)
- 手洗いは「手洗い設備」のみで行います。機械器具の洗浄に使用するシンクは、手洗いに使用してはいけません。手洗いをシンクで行うと、シンクを病原菌で汚染してしまい、その後シンクで洗浄した機械器具を汚染する恐れがあります。
工事によって発生した粉塵や粒子、気流、工事区域を移動する人や機器よってリステリアは施設内を移動します。
そのため、ここでは施設・設備について推奨されるポイントと、避けるべきポイントを紹介します。
推奨ポイント
- 工事を行う際は、製品や設備を保護し、工事後は洗浄・消毒してから作業します。
- テーブル、スライサー、その他の食品接触面は、容易に清掃できる状態を維持します。シール部分やガスケットはリステリアに汚染される可能性があるため、磨耗したり欠落したものは交換します。
- 床、壁、天井は、平滑で耐久性があり、清掃が容易で、良好な状態を維持します。
- 上部に置かれているものは、リステリアの温床となる可能性があります。そのため、結露が生じないように注意します。
- 洗浄する際には、低水圧を使用します。
避けるべきポイント
- 汚れたり、傷がついたりしたゴム製フロアマットなど床に置くものは、リステリアの温床となります。
- 未包装のRTE食品がある場所で工事を行うと、リステリアが埃と一緒に運ばれてる可能性があります。
- 床などの溜まり水は菌の温床となり、飛沫が食品や設備などを汚染する可能性があります。
- ハエ、ネズミの糞、カビ、汚れた表面などの不衛生な状態。
- 溶接部、ひび割れなどの粗い表面は、清掃が困難なため、菌が潜む場所を作る可能性があります。
- 高圧ホースでの洗浄は、菌をエアロゾル化し、周囲の表面を汚染する恐れがあります。
従業員の衛生的な取り扱い
従業員が作業中に使い捨て手袋を着用しない場合、デリで調理されたRTE食品を原因とするリステリア症が約5%高まるという報告があります。
そのため、従業員による交差汚染やリステリアの拡散を防ぐために、従業員の衛生的な取り扱いが重要です。
- RTE食品を取り扱う際は、手袋を着用する、または適切な器具を使用する。従業員が必要に応じて手袋を交換できるよう、使い捨て手袋を用意します。
- 従業員に衛生的な作業手順について訓練を行います。
- 責任者はリステリア管理について適切な知識を持っている必要があります。
- 従業員が適切に手を洗えるように、必要な設備(石鹸、ペーパータオルなど)を用意します。
- 体調不良の従業員は作業に従事しないようにします。
- デリにおける従業員の動線についてルールを作ります。例えば、従業員は原材料とRTE食品エリアの両方で作業すべきではありません。もし従業員が両エリアで作業する場合は、エリア間を移動する前に、外衣の交換、手洗い、履物を洗浄・消毒などを行います。
- 外衣(作業着、エプロンなど)の交換についてルールを作る。例えば外衣が汚れた場合の交換ルール、エリアに応じてどの外衣を着用するのかのルールなど。
自己点検ツール
以上、ガイドラインのポイントを紹介しました。
実はガイドラインには、これらのポイントをまとめた自己点検ツールも含まれています。
自己点検ツールを日本語に訳したものを作りましたので、参考にお使いください。
ガイドラインでは、3か月ごとにこのツールを使って自分の施設の状態を点検することを推奨しています。
おわりに
以上が、デリにおけるリステリア対策のガイドラインです。
日本語では飲食店、惣菜店、小売店向けのリステリア対策の資料がほとんどありません。
かといって、飲食店などの小規模な施設でリステリア食中毒が起きていないかと言うと、そういうわけではありません。
2023年に飲食店のミルクセーキを原因とするリステリア食中毒が発生し、3人が死亡しました(BBC)。
このガイドラインと自己点検ツールを参考に、小規模な施設であっても、継続的にモニタリングと計画通りに行えているかの検証を行い、リステリア食中毒の予防を行うようにしてください。
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