「水分が少ない食品=安全」はもう通用しない

「水分が少ない食品=安全」はもう通用しない

クルミが原因で食中毒が起きたというニュースを見たよ。木の実のような乾燥している食品は安全だと思ってた。
水分が少ない食品でも、食中毒が起きるのですか?

昔から細菌が増殖する条件として「温度」、「栄養」、「水分」が必要と言われてきました。

そして、この3つの条件のいずれかが欠けると、細菌は増殖できなくなります。

そのため、「水分」や「栄養」が多い肉や乳製品、魚介類は「リスクが高い食品」と言われてきました。

一方、細菌が自由に使える水分が少ない食品、つまり「水分活性が低い食品」は、細菌が増殖しないため、「食中毒リスクが低い食品」と考えられてきました。

walnuts

「水分が少ない食品」は、英語では「Low-moisture foods」と呼ばれます。そこで、この記事では英語の頭文字をとって「LMF」と略します。

それでは、現在でもLMFはリスクが低い食品と言えるのでしょうか。

日本では、LMFが原因の食中毒はほとんど話題になりません。( といった例外もありますが)

しかし、海外ではLMFによる食中毒が頻繁に発生しており、「LMFのリスク」が認識されるようになっています。

そこでこの記事では、LMFの食中毒の発生状況、なぜLMFで食中毒が起きるのか、その対策について、「Practice and Progress: Updates on Outbreaks, Advances in Research, and Processing Technologies for Low-moisture Food Safety」を参考に紹介します。

※ Journal of Food Protection Volume 86, Issue 1, January 2023, 100018

この記事を読めば、「うちが扱っている製品は水分活性が低いものしかないから食中毒の心配はない。」とは単純に言えないことが理解できると思います。

また、LMF以外の食品を製造している施設でも参考になる、気を付けなければならないポイントを紹介しますので、ぜひ読んでください。

目次

LMFの食中毒は増えている?

それでは、どのようなLMFが原因で、何の菌の食中毒が起きているのでしょうか。

下の表は、アメリカで1998年以降に発生した主なLMFの食中毒を抜粋したものです。

発生年原因食品原因菌患者数
1998オーツ麦シリアルSalmonella Agona209
2003–2004生アーモンドSalmonella Enteritidis29
2006–2007ピーナッツバターSalmonella Tennessee628
2008シリアルSalmonella Agona33
2008ピーナッツバターSalmonella Typhimurium714
2009赤・黒胡椒Salmonella Montevideo272
2011松の実Salmonella Enteritidis43
2011殻付きヘーゼルナッツEscherichia coli 
O157:H7
8
2012ドライドッグフードSalmonella Infantis53
2012ピーナッツバターSalmonella Bredeney42
2013タヒニ・ゴマペーストSalmonella Montevideo; 
Salmonella Mbandaka
16
2014アーモンド・ピーナッツバターSalmonella Braenderup6
2014オーガニック発芽チアパウダーSalmonella Newport; 
Salmonella Hartford; 
Salmonella Oranienburg
31
2015発芽ナッツバタースプレッドSalmonella Paratyphi B
variant L(+) tartrate(+)
13
2016小麦粉Escherichia coli O121; 
Escherichia coli O26
63
2016ピスタチオSalmonella Montevideo; 
Salmonella Senftenberg
11
2017大豆ナッツバターEscherichia coli 
O157:H7
32
2018タヒニSalmonella Concord8
2018シリアルSalmonella Mbandaka135
2018乾燥ココナッツSalmonella Typhimurium14
2019小麦粉Escherichia coli O2621
2019タヒニSalmonella Concord6
2021ケーキミックスEscherichia coli O12116
2022ピーナッツバターSalmonella Senftenberg21
2023小麦粉Salmonella Infantis14
2023ドライドッグフードSalmonella7
アメリカで発生した主要なLMF食中毒(出典:J Food Sci . 2024 Feb;89(2):793-810.の表2)

毎年のように様々なLMFが原因で食中毒が起こっていますね。原因菌としてサルモネラが多いのが特徴でしょうか。


次に全体の傾向を見てみましょう。

下のグラフは、アメリカ、カナダ、EU、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドで発生したLMFによる食中毒の5年ごとの報告件数です。

Distribution of outbreaks associated with low-moisture foods in five-year intervals
アメリカ、カナダ、EU、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドにおける
LMFの食中毒発生件数(参考文献の図1)

2010年までは1年に1回食中毒が起こるか起こらないか程度だったのが、最近では明らかに増加傾向にありますね。

これは実際の食中毒の件数が増えているというよりは、LMFでも食中毒が起きるという認識が高まったことにより、より多くの食中毒が発見されるようになったと考えるのが自然です。

小麦粉の例を見てみましょう。

消費者が小麦粉を生で食べたことで食中毒が起きる⇒小麦粉でも食中毒が起きると認識される⇒小麦粉のリスクに関する研究が進む、保健所が食中毒の調査の際に「小麦粉」についても聞くようになる⇒より多くの食中毒が探知、特定されるようになる⇒業界の自主的な取組が進む、政府による注意喚起、規制が行われる。

flour dough

このように、ある食品とある細菌の組み合わせで食中毒が起きることが認知されることで、今まで気が付かなかった食中毒も探知・特定されるようになります。

実際にアメリカで食中毒調査の際に保健所が使用する調査票には、現在多くのLMFが含まれるようになっています。


次の表2つは、上のグラフの2012年から2020年にかけてのLMF食中毒を食品分類と原因菌別にまとめたものです。

食品分類食中毒の件数自主回収の件数
シリアル、パン・菓子、穀物8100
ココア、コーヒー、紅茶230
ダイエット食品、サプリメント470
乾燥果物、乾燥野菜232
ハーブ、スパイス182
ナッツ、ナッツ製品、種子28944
その他の乾燥食品、混合食品766
ペットフード2335
合計541,659
カナダ、アメリカ、EU、ニュージーランド、オーストラリアにおける
LMFの食中毒とリコールの件数(食品カテゴリー別、2012~2020年、参考文献の表2)
原因菌食中毒の件数自主回収の件数
Bacillus spp.132
Brucella01
Clostridium spp.26
Cronobacter spp.07
Escherichia coli (STEC)774
Listeria monocytogenes0141
Salmonella enterica441,393
Staphylococci05
Streptococci011
合計541,659
カナダ、アメリカ、EU、ニュージーランド、オーストラリアにおける
LMFの食中毒とリコールの件数(原因菌別、2012~2020年、参考文献の表3)

近年の食中毒では、原因となったLMFとして「ナッツ、ナッツ製品、種子」が最も多く、全体の52%を占めます。そして、原因菌では「サルモネラ」が82%も占めています。

「ナッツ製品×サルモネラ」の組み合わせの食中毒と「小麦粉」の食中毒は下の記事でも紹介しています。あわせてご覧ください。

なぜLMFで食中毒が起きるのか

食中毒を引き起こす細菌は、一般的に水分活性が「0.85未満」であれば増殖できません。

しかし、細菌は「増殖」できなくても、かなりの期間「生存」することができます。

LMFの種類によっては数ヶ月から数年間生存する可能性があります。

そして、この「生存」が原因となり、LMFで多くの食中毒が起きています。

細菌の生存には、様々な条件が影響することが分かっています。ここでは「水分活性」、「温度」、「菌の種類」、「食品の成分」について簡単に紹介します。

生存への「水分活性」の影響の例
  • 水分活性が0.56の小麦粉を22℃で保管したところ、リステリアは約200 日間で 6.3 log CFU/g 減少した。一方、水分活性が0.31の小麦粉では 2.5 log CFU/g の減少だった。
  • 25℃でアルファルファ種子を52週間保存したところ、水分活性0.60のサンプルではサルモネラが4.5 log CFU/g 減少したのに対し、水分活性0.20のサンプルでは1.2 log CFU/g 減少した。

水分活性が下がると、それだけ菌は長生きするのですね。水分が少ない方が長期間生存するなんで、今までの感覚とは逆な気がします。

※「log CFU/g」は見慣れない表記かもしれません。log は「常用対数」で、CFUは「colony forming units」です。「3 log CFU/gの菌がいた」は「1g中に103 個の菌がいた」や「1g中に1,000個の菌がいた」ということです。

生存への「保管温度」の影響の例
  • 3パターンの水分活性(0.21、0.40、0.60)のアルファルファ種子中のサルモネラの減少は、5℃で52週間保管した場合、ほとんど同じだった(0.2~0.3 log CFU/gの減少)。
  • ショ糖にサルモネラを接種し5℃と25℃で保管したところ、5℃で52週間保存する間に水分活性0.26及び0.54のショ糖では 0.53~0.56 log CFU/g の減少だったが、25℃で保存したショ糖では4.18~4.25 log CFU/g以上の減少があった。

このように、冷蔵状態であれば水分活性の影響は少なく、菌が長期間生存することが報告されています。

LMFの場合、水分活性が低い、温度が低いとそれだけ菌が長期間生存できます。そのため、品質とのバランスもありますが、保管する場合は温度が高い方が望ましいと言えます。

生存への「菌の種類」の影響
  • アーモンド、ピスタチオ、ピーナッツ、ピーカンを常温で保存した場合、サルモネラが最も高い乾燥耐性を示し、次いで大腸菌O157:H7、リステリアが続いた。
  • Salmonella Oranienburg はサルモネラの他の血清型よりもココアバター油中で、5℃と21℃の両方で21日間にわたって高い安定性を示した。
  • リステリアの血清型1/2a株は、カカオリカーとピスタチオの両方で、168日間と336日間の保存で減少したが、血清型3a株と血清型1/2b株はそれぞれ増加した。

サルモネラは他の菌より乾燥耐性が高いのでLMF食中毒の原因菌になりやすいのですね

菌の種類だけでなく、同じ菌でも血清型によって、乾燥への耐性が異なるのが興味深いですね。

生存への「食品成分」の影響
  • 一般的にサルモネラは、アーモンド、アーモンドミール、ピスタチオのような脂肪分に富んだ食品マトリックス中の方が、粉ミルク中などに比べて、より乾燥に強い。
  • 室温で12カ月間保存した場合、サルモネラ菌は、水分活性0.25と0.45のアーモンドミールではそれぞれ0.8と1.5 log CFU/g減少したが、水分活性0.28の粉末乳児用調製粉乳では3.4 log CFU/g減少し、水分活性0.30のココアパウダーでは3.8 log CFU/g減少した。

このように菌の生存には様々な要因が影響するため、一概にこうなるとは言えません。

そのため、菌がどれくらいの間LMF中で生存するかは、水分活性、温度、対象とする菌、食品などによって個別に判断する必要があります。

LMFが原因となった食中毒事例

次にLMFが原因となった最近の食中毒事例を紹介します。

   患者数136人
   入院者数36人
   患者の年齢1歳未満~95歳(中央値:57歳)
   患者の発症日2018年3月3日~8月29日
   患者が居所36州
   原因食品ケロッグ社のハニースマックシリアル
   原因菌サルモネラ(Salmonella Mbandaka)
参考:Epidemiol Infect . 2022 Jun 20:150:e135.
Kellogg's Honey Smacks
画像:FDA

患者調査、原因食品の遡り調査を行い、FDAが原因となった工場に立ち入ったのは、最初の患者が発生してから3か月以上が経過した2018年6月14日~29日でした。

製造業者が実施した環境中のふき取り検査の記録をFDAが確認したところ、2016年9月~2018年5月の間に採取された81の環境サンプルからサルモネラが分離されていました。

ただし、サルモネラが分離されたサンプルは、食品に直接接触しない場所(例:排水溝や製造機器の表面)から採取されたものでした。

drain

環境サンプルからサルモネラを検出した際には、製造業者は第三者機関に依頼し、血清型の検査を行っていました。そして、そのいくつかは「Salmonella Mbandaka」で、患者から分離されたものとDNA配列が同じでした。

環境サンプルからサルモネラを検出した時の製造業者の対応はどうだったのですか?

環境サンプルからサルモネラが検出された際の製造業者の「是正措置」は、検出場所に対し洗浄・消毒を行うだけでなく、その周囲を追加でふき取り検査を行っていました。

しかし、追加のふき取り検査に関する記録は保管されていませんでした。

結果として「Salmonella Mbandaka」による食中毒が発生したため、上記の是正措置では不十分だったと言えます。

この事例では、製品へのサルモネラの汚染は「原材料が焼成された後の包装されるまでの間」に環境(建物、機器、ヒトなど)から起こったと考えられています。

先ほど紹介したように、LMF中で菌は長期間生存することができます。

そのため、この事例のような食中毒を防ぐためには、加熱などの菌を低減する処理(CCP)を行ってから包装するまでの間に製品を汚染しないことがポイントになります。

アメリカでは検証の一環として「環境モニタリング」(環境中のふき取り検査)を実施し、汚染が生じない製造環境であることの確認が求められます。

しかし、この事例を見ても分かるように、せっかく環境モニタリングを行っても、菌を検出した際の対応を誤ると食中毒が起きてしまいます。

環境サンプルから菌を検出したらどのように対応すべき

環境サンプルから病原菌を検出した場合、どのように対応すべきだったのでしょうか。

FDAが2025年1月に「水分活性が低いRTE食品向けの衛生プログラム及び是正措置のガイドライン案」を公表しました。この中で、環境モニタリングで菌を検出した際の対応について書かれています。少し長いですが紹介します。

汚染が起きたときにの是正措置において、「根本原因」の特定が重要です。汚染の根本原因が明らかな場合(例:食品加工機器に水が漏れていた場合)は、汚染箇所とその周辺、その工程以降を是正し、さらに水漏れの原因を特定して修理することで再発を防ぐことができます。

一方、汚染の根本原因を特定することが困難な場合もあります(例:定期的な環境モニタリング中に食品接触面から病原菌を検出した。検証のための最終製品の検査で病原菌を検出した)。

このような場合、汚染源を特定するために「根本原因調査」(Root Cause Investigations)を実施することを推奨します。

根本原因調査は状況によって時間がかかる場合があります。そのため、根本原因調査が完了するまで最適な是正措置が特定できない場合でも、初期の是正措置(汚染の可能性がある食品接触面の洗浄・消毒前の環境サンプルの採取・検査など)を遅らせてはいけません。

根本原因調査を通じて実施できる是正措置の手順にはいくつかのステップがあります。その中には、以下のようなものが含まれます。

  • 環境病原菌の潜在的な発生源を探すため、菌を検出した機器、菌を検出した場所の周囲をあらゆる角度で調べます。特に、菌が潜伏する可能性のある場所や、機器に直接接触した可能性のある物体・材料に注意を払います。
  • 環境表面(食品接触面と非食品接触面の両方)の集中的なふき取り検査を実施します。
    • 必要に応じて機器を分解し、汚染の影響を受けた可能性のある表面からサンプルを採取します。これには、「汚染源」の特定するために陽性となった場所から上流の製造工程のサンプル採取と、「汚染の範囲」を特定するために陽性となった場所から下流の製造工程のサンプル採取を含みます。
    • 環境サンプルを採取する際には、洗浄・消毒前のサンプルを採取し、その箇所が汚染に寄与したのかを確認します。そして、洗浄・消毒後のサンプルも採取し、洗浄消毒の効果を確認します。
  • 環境モニタリングと製品検査(中間製品の検査を含む)の記録を確認します。これにより、環境病原菌の潜在的な発生源となりうる場所に関する情報を得られる場合があります。
  • 原材料が汚染源である可能性を判断するために、原材料の検査します。
  • 機器の改造、修理に関する記録を確認します。機器の改造、修理により、汚染が引き起こされる場合があります。
  • 消毒、修理、生産担当者に聞き取り調査及び作業の観察を行い、適切な手順が守られているかどうかを確認します。
  • 汚染を防ぐために、生産、修理、消毒作業の手順や記録を見直し、必要があれば手順を変更します。
  • 人の流れ、機器のレイアウト、従業員の衛生手順の遵守状況を確認し、これらが汚染の原因になっていないか判断します。
  • 必要に応じて、製品の出荷前検査を行い、汚染が解決したことを確認してから出荷します。
  • 製造を再開した後も、汚染の可能性がある場所を重点的に検査(例:製造中に何度もサンプルを採取する)し、汚染がないことを確認します。
FDA, F. 2. Recommendations to implement corrective action procedures by conducting a root cause investigation to identify and correct problems and prevent recurrence

是正措置は、食品の種類、検出した菌、検出した場所などによって異なるため、「万能の解決法」というものはありません。

そのため、ガイドライン案に書いてあることを参考に自分で考えて実施する必要があります。

この是正措置の他にも、ガイドライン案には多くの有益な情報が書かれています。LMFを製造している方は、ぜひとも一度読んでいただきたいです。

「根本原因」という言葉を初めて聞いた方は下の記事もご覧ください。

おわりに

以上がLMFの食中毒の発生状況、なぜ食中毒が起きるのか、そしてその対策についての紹介です。

日本では食中毒がほとんど起きていないことから、依然として「LMFはリスクが低い」と考えられているように感じます。

そのため、加熱処理後の環境からの菌汚染を危害要因として捉え是正措置を設定しているガイドラインはなく、そもそもLMFを対象としたガイドラインもほとんどありません。

しかし、LMFのように、常温で長期間保管可能な食品が原因で食中毒が起きると、通常の食品が原因となるよりも患者の発生が長期間、広範囲にわたるという特徴があります。

そのため、LMFを扱っている食品事業者の方は、海外の事例を参考にして、菌の生存に注目して対策を取っていく必要があると思います。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 低水分食品でもサルモネラ菌などの食中毒リスクがあるとのことですが、市販の低水分食品(例えばナッツや粉ミルク)において、一般消費者がリスクを最小限に抑えるためにできる具体的な対策はありますか?

  • 水分が少ない食品でも食中毒のリスクがあることを指摘していますが、具体的な対策や予防策の詳細が不足しており、実践的な知識を得るのが難しいと思います。
    でも、全ての施設で同じような対策がとれるわけではないので、FDAのガイドラインのように一般的な考え方にならざる得ないのかもしれないですね。

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