

「ネギトロを食べるときはサルモネラ食中毒に注意」という記事を見たよ。魚なのにサルモネラに注意が必要なのかな?
魚介類の食中毒と聞くと、何を思い浮かべますか?
魚介類に付着している「腸炎ビブリオ」、多くの魚に寄生している「アニサキス」、手からの二次汚染で起きる「ノロウイルス」、スモークサーモンが原因の「リステリア」、不適切な温度管理による「ヒスタミン」などではないでしょうか。
一方で「サルモネラ」を思い浮かべる人はいないと思います。



実は日本ではほとんど報告がありませんが、海外では「水産製品」が原因のサルモネラ食中毒が度々発生しています。


そこでこの記事では、2012年から2021年にかけてアメリカで発生した「水産製品」を原因とする「広域のサルモネラ食中毒」の事例を紹介します。
※Journal of Food Protection, Volume 88, Issue 8, 21 July 2025, 100566
この記事を読めば、どのような水産製品でサルモネラ食中毒が起きているのか、その原因、対策について知ることができます。
こんなに多い!水産製品を原因とする広域食中毒
日本と同様に、アメリカでも魚介類は「健康に良い」ため、その摂取が推奨されています。
そして、魚介類の消費量が増加するにつれ、魚介類が原因の食中毒の発生も増加傾向にあります。
ここでは、2012年から2021年にかけてアメリカで発生した広域のサルモネラ食中毒の事例を一覧で紹介します。
年 | サルモネラの種類 | 原因となった水産製品 | 患者数 | 患者の居所 |
---|---|---|---|---|
2012 | ①Bareilly ②Nchanga | 冷凍マグロの中落ち(確定) | 425 | 28州+ワシントンD.C. |
2015 | ①Paratyphi B Var. L(+) Tartrate+ ②Weltevreden | 冷凍マグロ(確定) | 69 | 10州 |
2017 | Paratyphi B Var. L(+) Tartrate+ | 冷凍マグロの4つ割り及びポケ(疑い) | 35 | 7州 |
2019 | Newport | 冷凍ネギトロ(確定) | 15 | 8州 |
2019 | Paratyphi B Var. L(+) Tartrate+ | 冷凍マグロ(ネギトロ、柵、4つ割りなど)(疑い) | 12 | 6州 |
2020 | Thompson | マグロ、サーモン(疑い) | 34 | 9州 |
2020 | Potsdam | スモークした魚(疑い) | 7 | 4州 |
2021 | Weltevreden | 冷凍調理済みエビ(確定) | 9 | 4州 |
2021 | Thompson | 生鮮魚介類(確定) | 115 | 15州 |
今回参考にした論文は2021年までの食中毒を対象としていますが、それ以降も魚介類を原因とするサルモネラ食中毒は起きています。





アメリカで消費量が多い「マグロ」、「サーモン」、「エビ」が原因となることが多いのですね。どうして魚がサルモネラに汚染されるのでしょうか?
どのようにして魚介類がサルモネラに汚染されるのか
サルモネラは魚介類の常在菌ではありません。また、養殖環境に通常いる菌ではありません。
つまり、魚介類にサルモネラが存在するということは、どこかで糞便による汚染があったことを示しています。



それでは上の表で示したいくつかの食中毒について、「なぜ汚染が起こったのか」を見てみましょう。
2012年の「冷凍マグロの中落ち」が原因の食中毒(Salmonella Bareilly と Nchanga)
この食中毒では、マグロの中落ちを製造していたインドの工場に問題がありました。
FDAがこの工場に立ち入ったところ、「不衛生な状態」と「HACCPの不備」が確認されました。具体的には以下のような点になります。
- 魚に直接触れる氷を作る製氷装置が屋外に設置されており、装置内や上に鳥の糞、虫、その他の汚れが付着していた。さらに、氷を作るために使われた水について、病原菌のモニタリングを行っていなかった。
- 加工に使用する井戸水を貯蔵するタンクも外部の汚染から保護されておらず、目に見えるゴミ、汚れ、微生物汚染が確認された。
- 生食用マグロを切るのに使われる包丁の刃は、洗浄後も食品残渣やサビが見られるなど、適切に洗浄・殺菌されていなかった。
- 同社のHACCPプランには、製品の使用目的が「加熱後に消費されるもの」と誤って記載されており、製造工程中の「病原菌の適切な管理」が設定されていなかった。⇒サルモネラが増殖する機会があった。
- 同工場では自社製品の検査を行っていたが、サルモネラは検出されていなかった。しかし、同工場の検査方法は古く、また培地が適切に作成されていなかった。そのため製品中のサルモネラを検出できていなかった可能性があった。


2021年の「冷凍調理済みエビ」が原因の食中毒(Salmonella Weltevreden)
新型コロナウイルス感染症により渡航が制限されていたため、食中毒調査の際にFDAは原因となったインドの製造工場に立ち入ることはできませんでした。
その後、FDAが2022年3月になって工場に立ち入ったところ、食中毒発生からずいぶん時間が経っていたにもかかわらず、多くの不適切な状況が確認されました。
- 製造工程で使用されていた井戸水の塩素消毒システムとオゾン処理システムが適切に修理・稼働していなかった。
- 床に落ちたエビをボウルに拾い、殺菌剤で処理した後に通常製品に使用していた。
- 水、環境ふき取り、最終製品の微生物検査を自社の検査室で行っていたが、培地の品質管理が適切に行われていなかった、試薬の保管温度が不適切だった、培地や試薬が適切に表示されずに保管されていた。


2021年の「生鮮魚介類」が原因の食中毒(Salmonella Thompson)
患者が食べた生鮮魚介類の遡り調査を行ったところ、コロラド州にの加工業者が特定されました。
FDAがその施設に立ち入ったところ、複数の衛生管理上の不備が見つかりました。
- 13か所の環境拭き取りサンプルから患者から分離されたサルモネラと同じ菌を検出した。陽性となったサンプルは主に床、床の排水溝、床に関する場所(ほうき、作業台の脚、加工台の下の棚など)から採取された。
- 加工エリアを高圧ホースで洗浄していた。床からの跳ね返り水が加工台に飛び散り、その台からサルモネラが検出された。
- 氷運搬用の台車を、食品接触面が床に接触した状態で保管していた。さらに他の台車の車輪や底と重なるように積み重ねて保管していた。
- 製氷室のエバポレーター(冷却器)に結露が発生しており、それが新魚を保管する容器に滴下していた。
- 従業員が手袋をはめた手で、加工シンク下の排水溝から水を取り除いていた。その後、手袋を取り替えることなく、まな板や作業台に触れていた。
- 使用中の器具の保管に使用していた消毒液の濃度が0ppm であった。
- まな板、ゴミ箱、台車が摩耗していたため、適切な洗浄と消毒が難しい状態であった。
- シンク下の床の排水溝には約5cmの水がたまっており、足や台車の通行によって水が跳ね返り、食品を汚染する機会が生じていた。


上記のように水産製品の食中毒があった施設で、繰り返し見られる問題点として以下が挙げられます。
- 食品や氷の製造に使用する水の安全性
- 過剰な飛沫を発生させるホースの使用による汚染の拡大
- 不十分な洗浄と殺菌
- 食品接触面を交差汚染から保護しないこと
これらの問題は決して難しい話ではなく、「基本的な衛生管理」の失敗によるものです。
そのため、将来の食中毒を防ぐためには、「基本的な衛生管理」の徹底と、不備を発見した際には再発を防ぐための根本原因分析を行い、「問題の根本」を解決する必要があります。


水産製品が原因の食中毒の調査は難しい
続いて、「食中毒調査」の面から水産製品が原因のサルモネラ食中毒を見てみます。



食中毒の調査は、どのような食品が原因であっても多くの困難が伴います。その中でも水産製品に関連する課題をいくつか見てみましょう。
患者の聞き取り調査の難しさ
患者が体調が悪くなる前に「寿司屋」で食事をしていた場合を考えてみましょう。
患者は「いろいろな魚介類を食べた」と回答したり、ある料理に使われていた魚介類の種類を思い出せなかったりします。
このような記憶の曖昧さは、原因食品を追跡する上で大きな障害となります。
さらに、発症から聞き取り調査までに時間が経ってしまうと、特定の食品や料理の詳細を思い出すことがより難しくなります。


飲食店や小売段階での交差汚染
例えば「ネギトロ」がサルモネラに汚染され、広域流通していた場合を考えてみましょう。
飲食店で使用したネギトロが汚染されていた場合、ネギトロを通じて調理器具や手が汚染され、そこからさらにまったく別の食品が汚染される可能性があります。
交差汚染が起きると、問題となっている「ネギトロ」を食べた人だけでなく、食ていない人からも、同じサルモネラが検出されます。
この場合調査が複雑になり、原因食品を特定することが困難になります。


流通でのロット情報の保管
水産製品は、消費者が食べるまでに多くのポイントを通過します。例えば、飲食店、小売店、卸業者、流通倉庫、加工業者、輸入業者、製造業者、生産者などです。
そして、これらのポイントでは「ロット」が適切に管理されていないことが多々あります。
下の図は2015年に発生したサルモネラ食中毒の冷凍マグロの「さかのぼり調査」の結果を示したものです。


右側にあるマグロの加工業者D(Processor D)が原因施設で、輸入業者B(Importer B)から複数の流通業者へと流通していきました。
左側にある「Point of Service」というのは、患者にマグロを提供、販売した施設(飲食店や小売店)になります。



9カ所も「Point of Service」があって、マグロ以外にもいろいろな製品を同時に「さかのぼり調査」した場合、ものすごく複雑になりますね。
さらに、魚介類は日によって産地が変わったり、入荷した丸ごとの魚が加工業者で小さな切り身に加工されて流通する場合があります。
そのため、それぞれのポイントで適切にロット情報が記録されていないと、特定の供給元に遡ることが非常に難しくなります。


おわりに
以上が水産製品を原因とするサルモネラ食中毒の紹介です。



アメリカでは毎年のように「水産製品」×「サルモネラ」の広域食中毒が発生していること、そして水産製品の食中毒調査には様々な困難が伴うことが分かったと思います。
ここで紹介したような食中毒調査の課題を解決するために、アメリカではWGS(全ゲノムシーケンシング)の活用といった様々な取組を行っています。
一方、日本はまだ広域的なサルモネラ食中毒を探知する仕組みが十分ではないため、食中毒が起きていることに気が付いていなかったり、複数の「Point of Service」の事例を繋げることができていないかもしれません。
日本人の水産物消費量は減少傾向にありますが、それでも世界的に見ると多い方になります。また、魚介類の半分近くを輸入しています。
そのため、海外で起きている食中毒は日本でも起きているものと考え、水産製品を扱う事業者の方は「サルモネラ」を危害要因に含め、しっかりと対策を行う必要があります。
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