

生ハムがサルモネラに汚染されていたため自主回収しているというニュースを見たよ。健康被害の申し出はないとのことで、不幸中の幸いということなのかな。
ニュースによると、横浜市の保健所が製品のサンプリング検査を行ったところ、生ハムからサルモネラを検出したため、メーカーが自主回収を行っているとのことです。
そして現在のところ、この製品が原因の健康被害は報告されていないとのことです。



しかし、すでに約7万個が販売されていたことから、今後ニュースを見た消費者から体調不良の申し出があり、食中毒と判断される人もいるかもしれません。


このように「製品検査」がきっかけとなり、食中毒の調査が行われることは珍しくありません。
とくにアメリカでは「探知方法」、「検査方法」、「調査方法」などの進歩により、以前よりも「製品検査きっかけ」で食中毒が探知されることが多くなっています。
そこで、この記事では今回の日本の事例がアメリカで起こった場合に、どのように食中毒調査が行われるのかを紹介します。
日米を比較することで、日本のニュースにある「健康被害の申し出がない」がどういう意味なのか、理解が深まると思います。
日本で発生した事例の紹介



はじめに日本でニュースになっている事例を紹介します。
- 2025年4月22日に横浜市保健所が製造工場から「生ハム」を抜取検査したところ、サルモネラを検出した。(賞味期限が「25.5.21」のもの)
- さらに4月30日に横浜市が工場に保管されていた別ロット品(陽性となったロットと同じ輸入原料を用いて製造されたもの)を複数抜取検査したところ、同様にサルモネラを検出した。(賞味期限が「25.5.7」から「25.5.21」までのもの)
- 5月8日に横浜市が報道発表し、営業者が自主回収を発表したことで、多くのニュースで報じられた。
- 当該製品は全国の「カルディコーヒーファーム」で消費者向けに小売り販売されていたもの。
- 回収の対象となる製品が販売されていた期間は2025年4月11日から5月6日まで。販売数量は合計70,824個。
- 5月8日の時点では、消費者から健康被害の申し出は確認されていない。


横浜市の報道発表を見ても、いつ製造された製品を何個のサンプリングし、何個のサンプルからサルモネラを検出したのかが書かれていません。
そのため、どれくらいの範囲、程度で製品が汚染されていたのかは分かりません。
また、横浜市の抜取検査でサルモネラが検出された製品は「4月7日」から「4月21日」製造のものですが、いつから汚染が起きていたのかも不明です。



もしかすると、ずっと以前から汚染されていた可能性もあるのですね。
ただし、横浜市の報道発表によると6ロットからサルモネラを検出していることから、かなり幅広い汚染だったと推測されます。
そのため、現時点では健康被害は確認されていないようですが、体調不良になった人がニュースを見て、今後メーカーや保健所に健康被害の申し出が寄せられると思います。
アメリカではどのように調査が行われるのか



次に同じ出来事がアメリカで起こった場合に、どのように調査が行われるのかを紹介します。
※J Food Prot. 2023 Jun;86(6):100089. doi: 10.1016/j.jfp.2023.100089.
横浜市と同じように、FDAが生ハムの製造施設に定期的な立ち入り検査を行ったと想定します。


FDAが製造工場に保管されていた「生ハム」の製品を抜取検査したところ、サルモネラを検出
メーカーが問題となった製品の回収を開始
生ハムから検出したサルモネラについて「全ゲノムシーケンシング」(Whole-genome sequencing:WGS)が行われ、結果がデータベースにアップロードされる。



WGSは簡単に言うと、食中毒菌の全塩基配列を解析する方法です。従来の方法より、菌の類似性をより細かく区別することができる(解像度が高い)ことができます。


すでにデータベースに登録されている患者から検出されたサルモネラのWGSの結果との比較が行われる。
製品から検出したサルモネラと患者から検出したサルモネラが遺伝的に近いことが判明
患者に対し追加で生ハムの喫食についての聞き取り調査が行われる。また、すでに自宅に製品がなかったり、患者が食べたかどうか覚えていない場合は、スーパーの会員カード、クレジットカードの購入履歴などを照会する。
患者が生ハムを食べていたことが確認され、その製品のさかのぼり調査を行ったところ、FDAが立ち入った工場で製造されたものであることが判明
問題となった製品が市場からすべて回収されたこと、製品の賞味期限が過ぎたこと、そして新たな患者が確認されないことから、この食中毒が終了したことがFDAから発表される。



ここで「STEP4」について少し補足します。
アメリカでは患者からサルモネラを検出した場合、医療機関は保健所に届出する義務があります。
そして、届出された際に、保健所の職員が全国共通の質問票を使って食べた物などについて患者の聞き取り調査を行います。
また、患者から検出されたサルモネラは州政府などの衛生研究所に送られ、WGSが行われます。その結果はデータベースにアップロードされます。
このように、患者、製品、環境ふき取り検査などから検出された食中毒菌はすべてWGSが行われ、データベースにアップロードされます。
これにより、全国誰から、どの製品から、どこの場所から検出されたものであっても比較することが可能になります。
日本との違いについて



アメリカの場合はわかったけど、日本とはどのような違いがあるのですか?



多くの違いがありますが、ここでは「探知方法」と「検査方法」について注目してみます。
探知方法の違い
日本とアメリカでは、医療機関の検査で患者からサルモネラを検出した場合の対応が異なります。



アメリカの流れは上で説明したようになります。
日本の場合、患者から食中毒菌を検出した場合、医療機関から保健所への届出は、感染症法または食品衛生法に基づき行われます。
感染症法では、「サルモネラ感染症」は届出が必要な疾患ではありません。(ちなみに食中毒菌では「腸管出血性大腸菌感染症」は届出義務があります。)
食品衛生法では、医師は「食中毒患者またはその疑いのある者を診断したときは、ただちに保健所に届出する」となっています。
「飲食店を一緒に利用した複数の友人が体調不良になっている」や「結婚式に出席した人が複数人体調不良になっている」のような同じ場所、同じタイミングで複数の人が体調不良になっている場合は、食中毒を疑うことは比較的容易です。
一方で今回の事例のような「広域流通品」の場合、患者は時間的、地理的に散らばるため、医師が1人の体調不良者を診察したとしても、「食中毒」を疑うことは困難です。
そのため、日本ではそもそも医療機関から保健所に「サルモネラ感染症」の患者が届出されにくい状況です。


検査方法の違い
アメリカでは、患者からだけでなく、製品検査、環境ふき取り検査でサルモネラを検出した場合、WGSが行われます。
そして、その結果がデータベースにアップロードされることで、患者、製品、ふき取り検査から検出された菌の比較を行うことが可能になります。
もし患者と製品から検出された菌が遺伝的に近ければ、この製品が食中毒の原因である可能性が高いと言えます。
一方、日本の場合、サルモネラに対してWGSは行われていません。
もしかすると「パルスフィールドゲル電気泳動 」(Pulsed-field gel electrophoresis:PFGE)が行われるかもしれません。
しかし、PFGEはWGSに比べて解像度が落ちること、特にサルモネラに対する分離能力が低いことが指摘されています。



つまり患者と製品から検出されたサルモネラのPFGEの結果が一致したからと言って、「遺伝的に近い菌である」と断定することは難しいということです。
そのため、製品から検出されたサルモネラと患者から検出されたサルモネラの比較がそもそも行われない、または比較が行われたとしても遺伝的に近いと断定することは難しいかもしれません。



日本は広域流通品が原因のサルモネラ患者を探知することが難しく、探知したとしても、それを製品と結びつける検査体制になっていないということですね。
健康被害の申し出がない=だれも病気になっていない?
ここでもう一度、5月8日の横浜市の報道発表やメーカーHPにあった「消費者から健康被害の申し出は確認されていない」の意味を考えてみましょう。
一見すると「だれも体調不良になっていなくてよかった。日本の食品は安全だ。」と感じるかもしれませんが、実際は大きく異なります。


アメリカの場合は、「製品から検出したサルモネラと遺伝的に近いサルモネラがデータベースに登録されていないことが判明した。そのため、現段階ではこの製品を食べたことによる患者は確認されていない。しかし、サルモネラの感染、発症、検査には時間がかかることから、今後確認されるかもしれない。」となります。
一方日本の場合は、「この製品を食べてサルモネラに感染した散発患者がいたかもしれない。しかし、その患者と製品とを結びつけることができる体制にはなっていない。現段階ではメーカーや保健所に体調不良の連絡は来ていないが、ニュースを見て、そういえば体調不良があったという人から申し出があるかもしれない。」ということになります。
また、日米両方に言えることですが、問題となった製品を食べて体調不良になったとしても、医療機関を受診しなかったり、検便を実施しなかったりすると、サルモネラが検出されないことから、そもそも「患者」となりません。
そのため、最終的に報告される「患者数」はどうしても少なく見積もられることになります。
おわりに
以上が、日本で起きた「製品検査きっかけ」の食中毒がもしアメリカで起きた場合、どのように調査が行われるのかの紹介です。
比較により日本の食中毒調査の課題が明確になったのではないでしょうか。



「消費者から健康被害の申し出は確認されていない」は「食中毒が発生していない。」で終わらしてはいけないということが理解できました。



この事件については、患者をどのように確認するのか、汚染の原因は何だったのか、など今後の展開が私自身とても気になります。再発防止のためにも、横浜市やメーカーはぜひ詳細を公開してほしいです。
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