官学連携で食中毒を防ぐ!アメリカの「Win-Winな実践教育」とは

官学連携で食中毒を防ぐ!アメリカの「Win-Winな実践教育」とは

最近「食品安全分野の人手不足が深刻化している」という記事を見たよ。何か対策はあるのかな?

食品安全分野、特に保健所や都道府県の公衆衛生部局の人員が不足すると、飲食店や食品工場への立ち入り検査や食中毒が発生した際の調査がきちんと行われなくなります。

その結果、不衛生な施設が見過ごされたり原因が特定できないまま繰り返し食中毒が発生したりする恐れがあり、私たちの「食の安全」は深刻な脅威にさらされます。

こうした人手不足は日本だけでなく世界共通の課題で、その解決に向けさまざまな取り組みが行われています。

そこで、今回はアメリカの「官学連携」による課題解決の取り組み事例を紹介します。

この記事を読めば、どのように食の安全と人材育成の両立を実現しているのかが分かります。

目次

食中毒調査のカギを握る「患者聞き取り」

食中毒の原因を特定するためには、「患者が何を、いつ、どこで食べたのか」を詳しく聞き取ることが欠かせません。

そして、発症から時間が経つほど記憶が曖昧になるため、できるだけ早く患者から聞き取りを行うことが成功の鍵になります。

一方で、聞き取り調査には多くの時間と労力を要します。

聞き取り調査の現場が抱える課題

アメリカでは、医療機関で患者から食中毒菌が検出されると、その情報は保健所に届出され、すべての患者に対し聞き取り調査が行われます。

例えば、ミネソタ州の場合、2023年にはサルモネラ、カンピロバクター、腸管出血性大腸菌、リステリアなどで約4,000件の届出がありました。

そしてこれらすべての患者に対し、食べた物などの聞き取りが行われます。

ものすごい数ですね!1人の患者から聞き取りを行うのにどれくらい時間がかかるのですか?

聞き取り調査に最も時間がかかる「リステリア」の場合を見てみましょう。

リステリアが検出された患者への聞き取りに使われる調査票は17ページにも及び、1人あたりの聞き取りに約1時間かかります。患者が入院や死亡していたり、外国語対応が必要な場合では、さらに時間がかかります。

また、平日の日中では連絡がつかなかった場合や、患者が対応する時間がなかった場合には、夜間や週末にも電話をかける必要があります。

さらに、聞き取り後のデータ入力や確認作業を含めると、膨大な時間と人手が求められます。

そのため、人員が不足していると、こうした聞き取りが遅れ、調査全体の正確性とスピードが大きく低下してしまいます。

Exhausted male worker using computer in office

大学教育の現場では「実践」が不足

一方、食品安全の専門職を育成する大学(特に専門職大学院)にも課題がありました。

大学での講義では、知識の伝達がメインとなり、学生が教室で学んだことを実際の現場で応用し、実践力を磨く機会が圧倒的に不足していたのです。

これでは、社会に実際に出た際に活躍できるコンピテンシー(単なる知識やスキルだけでなく、思考力、判断力、表現力、主体的に学習する力といった資質・能力)を身につけることができませんでした。

学生の聞き取り調査チームの誕生

行政の人員不足、そして大学(学生)の実践教育の機会の不足。この2つの課題を同時に解決するために生まれたのが「学生聞き取り調査チーム」です。

州の公衆衛生部局が地域の大学と連携し、公衆衛生分野でのキャリアを目指す学生を有給で雇用し、「学生の聞き取り調査チーム」の一員として活動してもらいます。

Telephone survey

この取り組みには以下のように、行政の調査能力の向上と、学生の実践教育・キャリア形成を両立させるWin-Winの仕組みとなっています。

行政側のメリット大学・学生側のメリット
❶ 迅速性の向上:職員では手が回らない案件を「より早く」そして「大量に」調査できる。❶ 実践経験の習得:食中毒調査の最重要スキルである「聞き取り調査」のトレーニングと調査の実践経験を積める。
❷ 夜間・週末の対応力強化:通常の業務時間に縛られない学生が対応することで、連絡が取りにくい時間帯の調査も可能になる。❷ 卒業要件:調査や研修に参加することによる単位の取得、卒業研究プロジェクトに必要なデータや知見を得ることができる。
❸ 職員の負担軽減:学生が聞き取りを行うことで、職員はデータ解析や他機関との連携といったより専門的な業務に集中できる。❸ 採用に直結:健康局はチームを通じて優秀な学生を職員として採用前に評価でき、学生は就職のチャンスを得られる。

実は私自身も学生時代にこの「学生チーム」に参加していました。聞き取り調査だけでなく、広域食中毒のオンライン会議への参加やデータ分析プロジェクトにも関わり、机上の学びでは得られない貴重な経験を積むことができました。

【実例】学生チームが食中毒の拡大を防いだ事例

ここで、学生チームの活躍が食中毒の解決に不可欠だった具体的な事例を紹介します。

  患者115人(81%がコロラド州在住)
  入院者数20人
  患者の発症日2021年5月~2021年10月
  患者の居所15州
  原因食品ノースイースト・シーフード・プロダクツ社が加工・販売した魚介類
  原因菌サルモネラ
CDC

この食中毒では、患者は15州と広範囲にわたっていましたが、実は患者の81%(93人)がコロラド州在住でした。

最初の患者調査では、一般的な調査票を用いた聞き取りが行われましたが、その中で「魚介類」を食べたという回答が多くありました。

これを受け、魚介類に特化した「追加の質問票」が作成され、患者に対し再度の聞き取り調査が行われました。

このように初回の調査では標準的な調査票が用いられ、疑わしい食品が絞られた段階で、その食品に特化した調査票で再度聞き取りが行われるのは珍しくありません。

コロラド州では90人以上の患者に対して、再度聞き取り調査が行われたのですね。これはかなりの労力です。

通常の州健康局や保健所の人員では、これほど大人数への迅速な聞き取りは困難でした。

しかし、学生聞き取り調査チームの協力により、コロラド州健康局は特定のスーパーマーケットやレストランに関連した患者の集団を特定することができました。

この特定が決定的な手がかりとなり、汚染された製品の追跡調査が開始され、最終的な原因施設の特定に至りました。

Workers processing fish on an industrial conveyor line in a modern food factory Focus on safety hygiene and efficiency in food manufacturing and packaging operations.

実は、この食中毒の原因菌と同じサルモネラは前年の2020年にも患者から分離されていました。しかし、当時は原因食品を調査するのに十分な情報が得られず、原因施設を特定できていませんでした。

もし2021年の調査でも学生チームの協力がなく、迅速に原因を特定できていなければ、食中毒がその後何年にもわたって繰り返し起きていたかもしれません。

この食中毒については下の記事でも紹介していますので、ぜひご覧ください。

この事例の他にも、学生チームの協力により、原因食品の特定に至った事例は多く報告されています。

Students putting their hands together

おわりに

以上がアメリカにおける、官学連携による課題解決の事例紹介です。

このように行政、大学ともにWin-Winな取り組みですが、実は学生チームの運営に課題もあります。

  • 継続的なトレーニング:学生は数か月から1~2年で入れ替わるため、その都度、新しい学生へのトレーニングが必要
  • 管理・調整の負担:チームを効果的に運営するため、大学と公衆衛生部局双方に専任のコーディネーターや監督者が必要で、その管理にリソース(資源)が必要
  • スケジュールの調整:学生は学業を優先するため、緊急時の対応が試験期間などの学期スケジュールによって左右される可能性がある

しかし、これらの課題を上回るメリットがあるため、現在多くのアメリカの州や自治体で学生チームが積極的に導入されています。

日本における「行政」と「大学」の連携でこのような、健康局の監督のもと、給与を得て現場の重要な業務に長期的に携わるプログラムは聞いたことがありません。

食の安全と公衆衛生人材の育成。この二つの重要課題を解決する官学連携の取り組みが、日本においてもさらに深まることを期待しています。

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