

アメリカで、スーパーフードとして販売されていた「モリンガパウダー」がサルモネラ汚染のためリコールされているというニュースを見たよ。粉末食品は安全だと思っていたけど、食中毒が起きるのですか?
アメリカでは現在「モリンガ葉粉末」が原因のサルモネラ食中毒が発生し、調査が行われています。
それに伴い、原因となった製品はリコールされています。


この モリンガパウダー は「スーパーフード」と称して販売されていた製品です。



「スーパーフード」には明確な定義はありません。栄養成分や人の健康に有益であると考えられている化合物(抗酸化物質、食物繊維、脂肪酸など)が豊富な食品に対して用いられるマーケティング用語であり、健康上の効果が謳われています。
アメリカでは健康志向の高まりにより、このような「スーパーフード」や「ローフード(raw food:未加工又は最小限の加熱しかされていない食品)」の消費が増加しています。



日本でも「スーパーフード」のアサイーを使った「アサイーボウル」が人気ですね。


このような「スーパーフード」や「ローフード」は、「加熱により栄養素の一部が失活してしまう」という考えに基づき、加熱をしないか、たとえ加熱したとしてもその温度は食中毒のリスクを減らすのに十分でない場合がほとんどです。
また、日本では「粉末状の食品」は、「水分活性が低いためリスクが低い」と考えられており、微生物汚染のリスクが重要視されていないのが現状です。
しかし、水分が少ない食品は、サルモネラなどの菌が増殖はしないものの、長期間にわたって生き残り、食中毒を引き起こすという、特有の危険性を抱えています。
そこでこの記事では、北米で発生した「粉末状のスーパーフード」による食中毒事例を紹介します。
この記事を読んで、消費者の方は「スーパーフードや粉末食品でも食中毒が起きる」ことを、そして食品事業者の方は「殺菌工程がない低水分食品のリスク」を再認識していただければと思います。
発芽チアシード粉末によるサルモネラ食中毒
2013年から2014年にかけて「発芽チアシード粉末」を原因とするサルモネラ食中毒が北米で発生しました。


| 患者数 | 94人 |
| 入院率 | 21% |
| 患者の発症日 | 2013年12月~2014年7月 |
| 患者の居所 | アメリカ16州、カナダ4州 |
| 原因食品 | 発芽チアシード粉末(Sprouted chia seed powder) |
| 原因菌 | サルモネラ(Salmonella Newport, Salmonella Hartford, Salmonella Oranienburg, Salmonella Saintpaul) |





この製品は複数種類のサルモネラに汚染されていたのですね。
チアシードとは、シソ科の植物「チア」の種子で、食物繊維、タンパク質、オメガ3脂肪酸、抗酸化物質、ビタミン、ミネラルなどを豊富に含むスーパーフードの代表格として知られています。
心臓血管や消化器系の健康、血糖値と体重管理、慢性疾患の予防、不安やうつの改善に役立つ可能性など、さまざまな健康効果があるといわれています。
チア
保健所の調査の結果、複数の患者がベジタリアンや乳製品を食べないといった「健康志向の食事」を摂っていることがわかりました。
これを踏まえ、さらに詳細な聞き取りを行ったところ、患者の86%が「チアシード製品」を、73%が「チアシード粉末」を食べていました。
そして、患者が食べていた製品はカナダにある「企業Y」が製造した異なるブランドの製品に集約されました。


(Epidemiol Infect. 2017 Mar 20;145(8):1535–1544.の図3を筆者が訳、改変)



企業Yの製造工場に保管されていた製品サンプルを検査したところ、患者から検出されたサルモネラと同じサルモネラが検出されました。


商品名に「スーパーフード」と書かれている。
「発芽」「粉末」「スーパーフード」だからこその高いリスク
原因となった「発芽チアシード粉末」は、カナダにある製造工場(企業Y)で、以下の工程で作られていました。
南米から輸入した生のチアシードを発芽 → 乾燥 → 粉砕 → 包装
それではなぜこの製品でサルモネラ食中毒が起きたのか考えてみましょう。
①発芽のリスク
チアシードは発芽の前に、塩素などによる殺菌処理はされていませんでした。
そして、チアシードの発芽は温水で行われていたため、チアシードがサルモネラに汚染されていた場合、発芽工程はサルモネラにとって適度な「温度」と「水分」がそろった理想的な増殖環境となります。
その後、発芽した種子は、乾燥、粉砕されましたが、消費者の手にわたるまでに、サルモネラを死滅させる「十分な加熱」などの殺菌処理はありませんでした。



確かに言われていみると「発芽」は食中毒菌にとって、非常に増殖しやすい環境なのですね。



チアシードに限らず「発芽させた種子」(スプラウト)は、その発芽工程が病原菌の増殖に最適な環境を作るため、食中毒の重要な原因となることが指摘されています。


②スーパーフード、ローフードの特性
この製品のように「スーパーフード」や「ローフード」と称して販売される製品は、酵素や成分の失活を避けるため、意図的に高い温度での加熱や乾燥を避けます。
消費者もまた、これらの成分を活かすために「加熱せずそのまま食べる」、あるいは「加熱しない食品に加えて食べる」ことが一般的です。
このため、製品中にサルモネラが存在していた場合、菌が死滅する機会がなく、消費まで生き残ってしまうという問題が生じます。
特に「チアシード中のサルモネラ」は、他の種子と比べて乾燥状態での熱に対する耐性が高いことが報告されています。



つまり、今事例の「発芽チアシード粉末」は、特にリスクが高い食品だったというわけですね。
低水分食品の盲点
低水分で長期保存が可能な粉末製品は、「安全そう」と誤解されがちです。
しかし、低水分食品中ではサルモネラは増殖しませんが、食中毒を引き起こすのに十分な菌数で長期間生存し続けることができます。
実際に水分が少ない食品を原因とするサルモネラ食中毒は世界的に何度も発生しており、その管理は国際的な課題となっています。



水分活性が低い場合、菌は増殖しないけれど長期間にわたって生存できること。そして、これらの製品は一度汚染が発生すると菌を死滅させる工程がないため、特に食中毒のリスクが高いと言えるのですね。
④高度に加工された製品のような見た目
今回問題となった「発芽チアシード粉末」のような製品は、発芽後に乾燥、粉砕されているため、もはや生の農産物としての外観を保っていません。
そのため、消費者だけでなく食品事業者も「発芽製品」にあるにもかかわらず、リスクが低い製品であると誤認してしまう恐れがあります。



「ローフード」や「スーパーフード」に対する消費者の「安全なイメージ」、そして粉末食品を低リスクと見なす事業者の認識不足が明らかになった事例ですね。



この食中毒は2013年に発生したものですが、最近でもチアシード製品がサルモネラ汚染によりリコールされています。私たちが想像している以上に、実は汚染が起きているのかもしれません。
原材料や製品の検査だけでは不十分



「殺菌工程がない粉末製品」の食中毒対策としては、原材料や最終製品を検査して病原菌がいないことを確認すればいいのですか。



原材料や製品の検査で「陰性」を確認するだけでは、製品全体の安全性を保障することはできません。
例えば以下の主張が正しいかどうか考えてみてください。
- カナダ政府が、カナダ全土にある小売店から粉末製品828検体をサンプリングし検査した。その結果、サルモネラは828検体すべてで「陰性」であった。そのため、カナダで流通している粉末製品は安全である。
- ある粉末食品製造工場では最終製品のサンプリング検査を行っている。ロット内に汚染品が5%含まれていると仮定した場合、5個の製品を抜取り検査し、すべて「陰性」であれば、そのロット全体は安全である。
食中毒菌による汚染は、通常、製品のロット全体に均一に分布していません。さらに、汚染は特定の場所や時期、特定の製品単位に局所的に、低いレベルで発生する(スポット汚染)ことが多いです。
そのため、サンプルを採取する場所、時期にたまたま菌が存在しなければ、汚染があったとしても「陰性」という結果になります。



ちなみに2の例では、汚染品を検出できる確率はたった23%しかありません。逆に言うと、77%の確率で「陰性」としてロットを合格させて出荷してしまう恐れがあります。詳細は下の記事をご覧ください。


このように流通品や最終製品のサンプリング検査は、製造工程が適切に管理されているかどうかの「検証」や、重大な汚染が発生していないかの確認には有効ですが、それ単独では限界があります。



FDAが殺菌工程がない粉末食品のような「低水分RTE食品」の衛生管理に関するガイドラインを発表しています。参考になるので、その概要を紹介します。
- 衛生プログラムの確立
- 清掃と殺菌の手順、頻度、責任範囲を明確にしたプログラムを確立する。特に、食品接触面だけでなく、非食品接触面(床、壁、天井、配管など)も清潔に保つことが重要である。これは、環境中の菌が食品接触面へ移動するのを防ぐためである。
- 環境モニタリングプログラムの導入
- 製造環境が衛生的に維持されているかを環境ふき取り検査で継続的に確認する。 サンプリング場所: 菌が隠れやすい場所や、食品に汚染が広がる可能性のある場所(例:水が溜まりやすい場所、排水溝、機器の隙間など)をゾーニングし、定期的に病原菌の検査を行う。
- 汚染発生時の根本原因調査
- 環境モニタリングや製品検査で病原菌が検出された場合、汚染がどこから来たのか、どのように広まったのかを特定するために徹底した調査を行う。単に汚染された場所を清掃・殺菌するだけでなく、汚染が起きた根本的な原因(例:水分の侵入、換気システムの不備、従業員の衛生管理のミスなど)を特定し、排除する。
- 製品検査に過度に依存しない
- 食中毒菌による汚染は不均一であるため、製品検査で病原菌が検出されなかったとしても、そのロット全体が安全であることの保証にはならない。製品検査は、製造工程が管理されているかどうかの検証の一つに過ぎず、製品の安全性を保証する唯一の手段として用いるべきではない。
このように低水分のRTE食品の食中毒予防において最も重要なのは、製品が安全であるということを製品検査の結果に頼るのではなく、製造環境(特に環境モニタリングプログラム)を厳格に管理することで、汚染の侵入と拡散を未然に防ぐ「予防的なアプローチ」を徹底することです。
おわりに
以上が北米で発生した「粉末食品」を原因とするサルモネラ食中毒の事例紹介です。



粉末食品であっても、殺菌工程がないものはリスクが非常に高いことが分かりました。
日本では粉末食品は比較的「リスクが低い食品」と考えられており、この記事で紹介したような粉末製品は、「営業許可」ではなく「営業届出」で製造が可能です。



「営業届出」の場合、施設の基準がありません。そのため、衛生的に製造するための環境が整っていない場所での製造も可能です。
しかし、粉末食品が原因となる食中毒の多くはサルモネラによるものであり、そのリスクは原材料の汚染だけでなく、製造環境そのものの管理状況に大きく左右されます。
そのため、「殺菌工程がない粉末食品」を扱う食品事業者の方は、次の点を強く意識して頂きたいと思います。
- 「低水分だから安全」「菌は増えないから問題ない」と過信しないこと
- 最終製品の検査結果だけに頼らず、製造環境そのものを徹底して清潔に保つこと
- サルモネラをはじめとする食中毒菌の侵入と拡散を防ぐため、日常的な衛生管理と環境モニタリングを継続すること
粉末食品は、正しく管理されていれば便利で価値の高い食品です。
しかし、「見えないリスク」が存在することを理解し、検査だけに頼るのではなく、「汚染させない仕組み」を築くことこそが、最も重要な食中毒対策となります。










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