アメリカで寿司が人気だとニュースで見たよ。寿司の衛生管理はアメリカも日本も同じなのかな?
日本人にとってなじみ深い「寿司」ですが、「Sushi」として海外でも非常に人気です。
アメリカでも、スーパーマーケットでパックに入った寿司や寿司店自体を見ることはめずらしくありません。
このように、アメリカでも人気のある寿司ですが、衛生管理の取り組みは日米で同じなのでしょうか。
そこでこの記事では、日米の寿司の衛生管理の取り組みを比較したいと思います。
寿司の衛生管理の比較を通じて、日本のHACCP制度の課題を考えていきたいと思います。
アメリカの寿司の衛生管理のガイドライン
アメリカの寿司の衛生管理のガイドラインとして、「食品保護に関する会議」が発行した「Guidance Document for Retail Sushi HACCP Standardization」を紹介します。
「食品保護に関する会議」については下の記事をご覧ください。
自治体間でFDAの「Food Code」の解釈にばらつきがあり、寿司の衛生管理に関する指導が一貫していませんでした。そこで、行政指導の標準化を目的にこのガイドラインが作られました。
そのため、このガイドラインは Food Code のうち、寿司が関係する部分を解説した文書になっています。Food Code を知らない方はこちらの記事をご覧ください。
このガイドラインをすべて解説すると長くなってしまうため、今回はこのガイドラインに含まれる重要な3つのポイントに絞って紹介します。
①寄生虫対策
寿司には魚が使われます。そして、魚には寄生虫(アニサキス)がいます。
そのため、生で又は十分に加熱しないで魚を提供する場合には、寄生虫の対策が必要になります。
寄生虫の対策は、以下のようにFood Codeで決まっています。
3-402.11 寄生虫対策
(A) 本項の(B)に規定される場合を除き、十分に加熱しない魚は、すぐに食べられる形態で提供する前に、次のことを行わなければならない。
- 冷凍し、-20℃以下の冷凍庫で168時間(7日間)以上保管する。
- -35℃以下で硬くなるまで冷凍し、そして-35℃以下で15時間以上保管する。
- -35℃以下で硬くなるまで冷凍し、そして-20℃以下で最低24時間保存する。
(B) 本項(A)は以下の場合は適用されない。
FDA 2022 Food Code, 3-402.11 Parasite Destruction.
- 軟体動物貝類
- ホタテ貝柱
- まぐろ類(略)
- 養殖魚(管理された飼育環境で、寄生虫を含まないペレットなどを与えられていること)
- 魚卵
基本的に寿司に使われる魚は冷凍しなければなりません。
そして、実施した寄生虫対策については、記録が必要になります。
3-402.12 記録、作成、保管
(A) 3-402.11の(B)および本項の(B)に規定される場合を除き、十分に加熱しない魚を提供する場合、責任者は、魚を冷凍した温度および時間を記録し、提供から 90日間、記録を保存しなければならない。
(B) 流通段階で魚が冷凍されている場合、供給された魚が3-402.11に規定された温度および時間まで冷凍されていることの証明書があれば、本項(A)の記録の代わりとすることができる。
(C) 3-402.11 (B)(4)に規定される養殖魚を使用して、十分に加熱しないで魚を提供する場合、責任者は3-402.11(B)(4)に規定されるとおりに魚が飼育され、給餌されたことを証明する書類を入手し、提供後90日間、記録を保管しなければならない。
FDA 2022 Food Code, 3-402.12 Records, Creation and Retention.
上の2つの項目を要約すると以下の通りです。
- 魚を生で提供する場合は冷凍すること(例:-20℃以下で7日間)。
- 冷凍しない場合は、飼育管理された養殖魚を用いること。
- 冷凍の記録又は養殖魚がきちん飼育管理されていることの記録を90日間保存すること。
②温度管理
炊き立ての「ご飯」は、適切に管理しないと、黄色ブドウ球菌やセレウス菌といった食中毒菌が増殖するリスクが高い食品です。
そのため、ご飯や酢飯はFood Code内では「Time/Temperature Control for Safety Food」(安全のために時間/温度管理が必要な食品)と呼ばれる食品に該当します。
「Time/Temperature Control for Safety Food」は長いため、「TCS食品」と略します。
「TCS食品」は室温に放置すると微生物が増殖する恐れがある食品のことです。
そのため、TCS食品は「温度」か「時間」で微生物を管理する必要があります。(Food Code 3-501.16)
まず「温度」だけで管理する場合は、TCS食品は57℃以上または5℃以下で保管しなければならないと決まっています。
しかし、酢飯をこれらの温度で保管しておくことは現実的ではありません。
次に、「時間」だけで管理する場合は、調理されてから4時間以内であれば、温度管理を行わなくてもよいとなっています。(Food Code 3-501.19)
ただし、「時間」で管理する場合は、①事前にその手順書を作成する、②4時間後の時間をTSC食品に表示する、そして③4時間が経過したTSC食品は破棄する、必要があります。
「時間」だけで管理する方法は、寿司店のように酢飯を作ってすぐに寿司として提供する場合は実施可能ですが、小売店のように容器に入れた「寿司弁当」を販売する場合は現実的ではありません。
そこで、例外規定として、温度又は時間でTCS食品を管理する方法のほかに、pHで管理する方法があります。
具体的には、酢飯のpHを4.2以下にすることで、酢飯がTCS食品ではなくなります(Food Code 3-502.11)。
このpHで管理する方法では、HACCPプランを提出し、事前に保健所から適用除外の承認を得る必要があります(Food Code 8-103.11)。
以上の内容を要約すると下のようになります。
酢を風味付けの目的だけで加えて、pHをモニタリングしていない場合は、pHを管理していないため、酢飯はTCS食品のままです。
また、酢を加えてTCS食品でなくなった酢飯に、他のTCS食品を組み合わせて「寿司」となった場合は、寿司はTCS食品になり、再び時間/温度の管理が必要です。
③消費者への情報提供
3点目は消費者への情報提供です。
生又は十分に加熱しないで動物性食品(魚を含む。)を提供する場合は、消費者に対し、文書で情報提供しなければいけません(Food Code 3-603.11)。
具体的には、「動物性食品の名称」と「食中毒のリスクがあること」を、メニュー、チラシ、注文場所の看板、製品の表示などに記載する必要があります。
レストランのメニューの場合は、下のようになります。
以上がアメリカにおける寿司の衛生管理のガイドラインの一部紹介です。
アメリカでは飲食店や小売店はHACCPは義務化されていません。しかし、Food Codeのいろいろな箇所にHACCPの考え方が取り入れられています。
例えば寄生虫対策で言うと、CCPは魚の冷凍処理で、CLは-20℃以下で7日間、冷凍がきちんと行われたことをモニタリングする、という感じです。
そのため、食品事業者はFood Codeの基準を守ることで、HACCPの考え方を取り入れた衛生管理を自然と行うことになります。
日本の寿司の衛生管理のガイドライン
ここからは日本のガイドラインを見てみましょう。
日本では、ほぼすべての食品事業者がHACCPを行わなければならず、飲食店や小売店については「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」が義務となっています。
寿司については、厚生労働省が内容を確認した「すし店のHACCP制度導入の手引き」があり、この手引きを参考にHACCPに取り組めばよいとなっています。
そこで今回はこの手引きを見てみましょう。
アメリカとの比較のため、同じ内容(①寄生虫対策、②温度管理、③消費者への情報提供)について見てみます。
①寄生虫対策
日本の手引きでは、「寄生虫対策」は管理項目には含まれていません(手引きの52ページ)。
「調理の衛生管理に必要なその他のポイント」に、少しだけアニサキスについて触れられているので見てみましょう。
アニサキスの幼虫がサバ、イワシ、カツオ、サケ、イカ、サンマ、アジなどの魚介類に寄生していることがあります。これら寄生している魚介類を生で食べると、激しい腹部の痛みをともなう食中毒が発生することがあります。提供する際には、次のこと注意する必要があります。
- 新鮮な魚を選び、速やかに内臓を取り除く。
- 目視で確認し、薄くそぎ切りしてアニサキスの幼虫を除去する。
- 魚の内臓を生で提供しない。
- 冷凍(-20℃・24時間以上)または加熱(60℃・1分間、70℃以上で瞬時)する。
アニサキス対策が書かれていますが、これは「その他のポイント」であり、重要管理点には含まれていません。
どうして寄生虫対策は重要管理点(CCP)に含まれていないのだろう。
危害要因(手引書の10ページ)には寄生虫が挙げられています。しかし、その対策が重要管理点に含まれていない理由は、手引きには書かれていないため不明です。
行政からの指導は、手引きの範囲で行わなければならないため、保健所は寿司店に対してアニサキス対策を強制できません。
しかし、日本でアニサキスによる食中毒患者は年間2万人程度いると考えられており、重要な危害要因です。
重要な危害要因ですが、寄生虫対策を行うかどうかは、食品事業者の判断に委ねられているというのはHACCPの観点からすると不思議です。
②温度管理
手引きの52ページを見ると、すし飯は「加熱後、冷却するもの」のグループに分類されています。
そして、このグループの対策は、「加熱後、速やかに冷却し、冷蔵庫より取り出したらすぐに提供する」とあります。
日本の寿司店ではすし飯を冷蔵庫で保管しており、保健所はすし飯を冷蔵庫で保管するように指導していることになりますが、ご飯は固くならないのでしょうか。
また、「速やかに冷却」とありますが、特に冷却方法は書かれていません。(Food Codeでは冷却方法についても具体的に決まっています。)
手引きでは例として「30分以内に20℃以下、または60分以内に10℃以下に冷却」とあります(手引きのページ37)。
この通り冷却を行うことができれば、微生物はほとんど増殖しません。しかし、通常の飲食店では実現するのがかなり厳しい条件です。
手引きの管理方法が実態にあっていないように思います。
③消費者への情報提供
手引きを見る限り、生や十分に加熱しない魚を提供することについて、消費者に情報提供する義務はないようです。
比較から見えてくること
①寄生虫対策、②温度管理、③消費者への情報提供について、日米の基準を比較してみましたがいかがでしょうか。
アメリカのFood Codeに書かれていることのほとんどが、日本の手引きには書かれていませんでした。この差はもしかすると、寿司という「日本の食文化」を守るため、そして小規模な寿司店でも実施できるようにするために、ある程度規制を緩くしているのかもしれません。
しかし、HACCPが義務化された日本の衛生管理のやり方は、HACCPが義務化されていないアメリカで通用しないということです。
日本の寿司は「HACCPが義務化されているから安全だ。」とは言えません。
私の意見としては、食品安全はコストがかかるものであるため、必ずしも厳しければいいというわけではないと思っています。
しかし、HACCPを行うのであれば、危害要因(例:アニサキス)を対策をしない場合は、その理由(例:食文化を守るため)を明確にすべきです。もし、対策をとるがリスクが残る方法を選択する場合(例:目視で確認し、薄くそぎ切りしてアニサキスの幼虫を除去する)は、リスクが残ることを明確にすべきだと思います。
そして、最終的な判断を消費者が行うことができるよう、リスクについて情報提供すべきです。
そうでないと、危害要因があるのにもかかわらず対策を取っていない、リスクが高いにもかかわらず消費者は安全だと信じて食べることになります。
せっかくHACCPが導入されたのですから、訪日外国人の観光客から「このお寿司を食べて安全ですか?」と聞かれたときに、
「うちは昔からこのやり方でやっていて、過去30年一度も食中毒が起きたことはありませんので安心してお召し上がりください。」と答えるのではなく、
「うちの魚は-35℃で24時間保管しているので、寄生虫の心配はありません。寿司だねは5℃以下に保存し、すし飯は常温で保管していますが、4時間以内に使い切るので、細菌が増殖することもありません。それでも、リスクが高いお客さまには念のために加熱済みの寿司だねをお勧めしています。」
と答えられるようになりたいものです。
以上が、寿司の衛生管理の比較を通じて日本のHACCP制度の課題ついて私が感じたことです。
皆さんの考えはいかがでしょうか。ぜひご意見をお聞かせください。
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