アメリカでアイスを食べてリステリア食中毒になったというニュースを見たよ。
リステリア食中毒は日本では聞いたことがないけど、どういう食中毒なんだろう。
日本のニュースで、ノロウイルス、サルモネラ、腸管出血性大腸菌、アニサキスが原因の食中毒はよくみます。
それでは「リステリア」はどうでしょうか?
食品業界、特に食品工場などで働く人であれば聞いたことがあるかもしれません。しかし、それ以外の人にとっては、あまり馴染みがない食中毒の原因菌ではないでしょうか。
日本では全然知られていないリステリアですが、実は欧米ではその対策が非常に重要と考えられています。
「なぜリステリア対策が重要なの?」「どのような食品でリスクが高いの?」というような疑問をお持ちではないでしょうか。
この記事では、そのような疑問にお答えできるよう、リステリアのリスクについてCDCのウェブサイトを基にポイントを絞って解説します。日本の情報については厚生労働省や国立感染症研究所などを参考にしてください。
リステリア食中毒に対し注意が必要な人
リステリアは多くの食品を汚染する細菌です。そして汚染された食品を食べた人はリステリアに感染する可能性があります。
そこで「リステリア食中毒に特に気を付けなければいけない人」を紹介します。
- 高齢者(65歳以上)
- 65歳以上の人はリステリアに感染する可能性が他の人より4倍高い。
- 高齢になると、有害な細菌を認識し、体外に排出する能力が低下する。
- 高齢者の多くは糖尿病やがんなどの慢性疾患を抱え、免疫力を低下させる薬を服用している。
- 高齢になると胃酸が減少する。胃酸は病原菌を退治し、病気のリスクを減らすのに重要な役割を果たしている。
- 免疫力が低下している人(健康上の問題を抱えていたり、細菌や病気と闘う力を低下させる薬を服用している人)
- がんに罹患している人はリステリアに感染する可能性が10倍高い。
- 透析を受けている人はリステリアに感染する可能性が50倍高い。
- 妊娠中および新生児
- 妊婦はリステリアに感染する可能性が10倍高い。
- 感染すると流産、死産、早産を引き起こす可能性がある。
- 感染すると、新生児に重篤な病気を引き起こし、死に至ることさえある。
リスクが高い人が感染すると、約87%が入院を必要とし、約6人に1人が死亡します。
「リスクが高い人」以外の人もリステリアに感染する可能性はあります。しかし、重症化することはほとんどありません。
リスクが高い食品
CDCが過去の食中毒の状況を踏まえ、「リステリア食中毒に対し注意が必要な人」が避けた方がよい食品を示しています。
食べないこと | 代わりに選んだ方がよい | その理由 |
---|---|---|
未殺菌ソフトチーズ(ケソフレスコやブリーなど) デリでスライスされた未加熱チーズ | チェダーチーズ、パルメザンチーズなどのハードチーズ カッテージチーズ、クリームチーズ、ストリングチーズ、フェタチーズ、モッツァレラチーズ 中心が74℃またはしっかり加熱した低温殺菌ソフトチーズ デリでスライスされたチーズで74℃またはしっかり加熱されたもの | ソフトチーズはハードチーズに比べ水分が多く、塩分が少なく、酸味が少ない。これらの条件はリステリアの増殖を促進する。 未殺菌乳で作られたソフトチーズや、不衛生な環境で作られたソフトチーズは、汚染されやすい。 低温殺菌された乳で作られたチーズであっても、チーズ製造中に汚染される可能性がある。 |
非加熱のデリミート、スライスした冷製の調理済み肉、ホットドッグ、発酵又はドライソーセージ | 左のものを74℃まで再加熱したもの | デリで使用される器具、表面、手、食品の間でリステリアは容易に広がる。 そのため、デリでスライスされたものや調理されたものは、リステリア汚染の可能性がある。 冷蔵ではリステリア菌は死滅しない。 |
既製のデリ・サラダ(コールスロー、ポテトサラダ、ツナサラダ、チキンサラダなど) | 自宅で作ったデリ・サラダ | |
冷蔵品のパテまたはミートスプレッド | 常温保存可能な密閉容器に入ったパテやミートスプレッド | リステリアに汚染された施設で作られた場合、製品もリステリア汚染の可能性がある。 冷蔵ではリステリア菌は死滅しない。 |
要冷蔵のスモークフィッシュ | 開封前に冷蔵保存する必要のない、密封されたパッケージや容器に入ったスモークフィッシュ キャセロールなどの料理に含まれる調理されたスモークフィッシュ | リステリアに汚染された施設で作られた場合、製品も汚染の可能性がある。 冷燻工程ではリステリアは死滅しない。 冷蔵ではリステリアは死滅しない。 |
生または軽く火を通したスプラウト | しっかり加熱されたスプラウト | スプラウトは暖かく湿度の高い条件で生育される。この条件は、リステリアやその他の有害な細菌の増殖に最適である。 菌はスプラウトの外側でも内側でも増殖するため、洗ったとしてもすべての菌を除去できない 自家栽培のスプラウトも同じ条件で生育されるため同様のリスクがある。 |
2時間以上放置したカットメロン(ピクニックや暑い車内など、32℃以上の高温にさらされた場合は1時間) 冷蔵庫で1週間以上保存したカットメロン | カットされたばかりのメロン | メロンは酸度が低く、冷蔵庫で長期間保存される。これらの条件はいずれもリステリアの増殖を助長する。 |
未殺菌乳、未殺菌乳を使用したヨーグルトやアイスクリーム | 低温殺菌された乳、殺菌された乳を使用したヨーグルトやアイスクリーム | 未殺菌乳や、未殺菌乳を使ったアイスクリームやヨーグルトには、リステリアや有害な菌が含まれている可能性がある。 |
日本でも注意喚起がされているナチュラルチーズ ・生ハム ・パテ ・スモークサーモン以外にも、スプラウトやメロンなども含まれています。
また、具体的なチーズの種類や代替の食品を示している点も分かりやすいですね。
最近「えのき」を原因とするリステリア食中毒が発生しました。そのため、上の表にはないですが、CDCは「リスクが高い人」は、生のえのきを食べないこと、えのきを十分に加熱するよう注意喚起しています。
上の表でよく出てくる「デリ」(英語でdeli)は「デリカテッセン」(delicatessen)のことです。日本の「対面販売している惣菜店」のイメージです。
デリで扱われる食品はハム、ソーセージなどの「デリミート」のほか、チーズ、パン、オリーブ、サラダなども扱っています。
量り売りが多いですが、注文に応じてサンドイッチを作ってくれる店もあります。(Wikipedia)
リステリア食中毒の発生状況
それでは次に、リステリア食中毒がどれくらい発生しているか見てみましょう。
アメリカ
毎年10件前後のリステリア食中毒が発生し、50~100人の患者、50~100人の入院、10~30人の死亡がCDCに報告されています。
しかし、CDCによるとこの数は実際の患者数よりかなり少ないようです。推計では毎年およそ1,600人がリステリアに感染し、そのうち1,455人が入院、255人が死亡していると考えられています。
EU
2022年の報告では、リステリア食中毒が35件発生し、296人の患者、そのうち242人が入院し、28人が死亡しました。
日本
厚生労働省によると、日本ではリステリア食中毒は過去1件も報告がありません。しかし、リステリア感染症の患者数は年間200人ほどいると推定されています。
リステリア食中毒は発生件数が他の食中毒と比べて少ないです。しかし、入院率、死亡率が高いため、公衆衛生上重要な食中毒となっています。
リステリア菌の特徴は下の記事でも紹介しています。
リステリアを原因とする企業のリコール(自主回収)
次にリステリアに関連したリコール情報を見てみましょう。
企業がリコールした場合、FDAの「Enforcement Report」に情報が掲載されます。掲載される情報はFDAが規制する食品に限ります。また、すべてのリコール情報が含まれているわけではありません。
2022年1月1日から12月31日までの情報を検索してみると、1656製品のリコール情報がありました。そのうち、リステリアに関連したリコールは312製品とおよそ2割を占めました。
また、この記事を書いている2023年の12月にFood Safety News(食品安全専門のニュースサイト)に掲載されたリステリア関連のリコールを調べてみると、チキンチャーハン、えのき、核果(桃、ネクタリン、プラム)、袋詰めホウレンソウ、デリサラダ製品、もやし、ペットフード、大豆もやし、チーズがありました。
たった1か月の間に9件のリコールがありました。
食品の種類もさまざまですね。
通常、企業は製品からリステリアが検出されたためリコールすることが多いです。しかし、中には製品からリステリアが検出されなくてもリコールすることもあります。
2023年2月にあった事例では、企業が検査した環境サンプルからリステリアが検出されたためのリコールでした。このリコールによりサンドイッチ、サラダ、ヨーグルトなど400製品以上がリコールされました。
アメリカではRTE※食品については、「リステリアを検出してはいけない」(zero-tolerance)となっています。そのため、企業はリステリアに対して非常にシビアな対応を取っています。
※「RTE」はReady To Eatの頭文字をとったもので、加熱や調理をせずにそのまま食べられる食品を意味します。
リステリア食中毒の事例を紹介
最後にアメリカで発生したリステリア食中毒を1つ紹介します。
2014年に発生した「キャラメルアップル」を原因とした広域のリステリア食中毒です。キャラメルアップルは日本の「りんご飴」のようなものです。
食中毒の概要
患者数 | 35人(アメリカ)+1人(カナダ) |
入院者数 | 34人 |
死亡者数 | 7人 |
患者がいた州の数 | 12州+1国(カナダ) |
患者の発症日 | 2014年10月~2015年1月 |
聞き取り調査を行った31人中28人が病気になる前に市販のキャラメルアップルを食べていました。また、キャラメルアップルを食べなかったと回答した3人については、リンゴ又はスライスされたリンゴを食べていました。
この食中毒の注目すべき点は、工場で製造された、包装品のキャラメルアップルが感染の原因となったということです。
原因となったキャラメルアップルは3つの製造業者によって作られたものでした。
別々の製造業者が作っていたのに、食中毒になったの?
実は3つの製造者はすべてカリフォルニア州のリンゴ包装工場からリンゴを仕入れていました。
同じ工場からリンゴを仕入れていたのか💡
このリンゴ包装工場の食品接触面の環境検査を行ったところ、リステリアが検出されました。また、このリンゴ包装施設から出荷されたリンゴを検査したところ、同様にリステリアが検出されました。
このことから、この包装業者でリンゴがリステリアに汚染された、またはリンゴ自体が汚染されていたと考えられます。
リステリアの特徴
リステリア生育の最適条件は下のようになっています。
- 温度:30~37℃
- pH:4.5~9.6
- 水分活性:0.93以上
しかし、リステリアは -0.4℃、pH4.0という厳しい環境でも生き残り、増殖することができます。
通常の食中毒細菌は冷蔵庫の中では増殖できません。しかし、リステリアは冷蔵庫の中でも増殖できるのが特徴です。
リステリアのもう一つの特徴は「バイオフィルムを形成する」という点です。
食品工場では、機械や器具などの洗浄や消毒を行います。それにもかかわらず、リステリアは施設の中で長期間にわたって生存することができます。この主な理由のひとつは、「バイオフィルムを形成するため」と言われています。
バイオフィルムとは、排水口のヌメリのようなイメージです。ヌメリの中にいることで、殺菌剤などが効きにくくなります。
バイオフィルムにより、食品加工施設で行う洗浄・消毒に対しても、ある程度耐えることができます。そのため、リステリアは機械や器具、床などに長期間にわたって生存することができます。
キャラメルアップル中ではリステリアは増殖できないはず…
キャラメルアップルは「リステリアが増殖しづらい環境」であると考えられていました。
なぜかというと、リンゴは酸度が高くpHが4.0以下のため、リステリアは増殖できません。
また、リンゴの皮にリステリアがいたとしても、リンゴをキャラメルに浸す際の温度(約95℃)でリステリアは死んでしまいます。さらに、キャラメルの水分活性が低いため(通常0.80以下)、リステリアがキャラメル中にいたとしても増殖できません。
そのため、「キャラメルアップル×リステリア食中毒」は想定外の組み合わせでした。
なぜリステリアがキャラメルアップル中で増殖するのか
リンゴは酸度が高いし、キャラメルをかける過程でリステリアが死滅してしまい、キャラメル自体の水分活性が低いのに、どうして食中毒が起こったのだろう?
リンゴの汚染について
リンゴは丸ごと1個でも、スライスされたものでも、リステリアに汚染されている可能性があります。
農産物であるリンゴは、生育、収穫、輸送、貯蔵、洗浄、選別、ラベル付け、包装の各過程において、リステリア汚染の可能性があります。例えば、リステリアに汚染されたブラシ、コンベアベルト、木製の箱などを通じて、汚染が広がります。
3カ所の果物包装施設を対象に2年間行った研究では、食品が接触しない面(床、フォークリフト、ダンプタンクなど)のリステリアの検出率は17.5%でした。また、リステリアを最も多く検出したのは、湿った場所や果物の残骸がある場所でした。
包装ライン、特にスプレー洗浄、ファン乾燥、ワックスがけを行う場所での汚染率が最も高かったようです。
リンゴの果梗やがく片部(下図)は、リステリアが特に長く生存しやすい場所です。商業的な保管条件で実験したところ、果梗やがく片部にリステリアが5カ月以上生存しました。
また、リンゴを洗浄・消毒したとしても、ブラシや消毒液が果梗やがく片部の奥に届きにくいため、リステリアを除去することは困難です。
このようにリンゴは多くの過程で汚染され、リステリアが生存する可能性があります。
事実、リンゴはリステリア汚染の可能性により何度もリコールされています。最近のカナダの調査では、小売店でのスライスリンゴのリステリアの汚染率は2.5%でした。
リンゴ自体が汚染されていること、また汚染されていた場合、長期間リステリアが生存することが可能となります。
キャラメルアップルに特有の工程がリステリアの増殖に寄与した
上記のようにリンゴはリステリアに汚染されている可能性が高いことが分かりました。しかし、汚染されていたとしても、リンゴの表面や中ではリステリアは増殖することはできません。
それでは、どうやってリステリアがキャラメルアップル中で増殖し、食中毒を起こしたのでしょうか?
実は、キャラメルアップルを作る工程に原因がありました。
キャラメルアップルの製造工場では、リンゴの受け入れ
→ 洗浄・消毒・仕分け
→ スティックを刺す
→ キャラメルに浸す
→ 包装
→ 出荷
という作業が行われます。
洗浄・消毒・仕分け
の工程では先ほども言ったように、リステリアを完全に除去することは難しいです。場合によっては汚染を広げる可能性すらあります。
そして、リンゴにスティックを刺し、キャラメルに漬けると、リンゴ内部からリンゴ表面へと果汁の移動が促進されます(下図)。すると、リンゴとキャラメルとの間に、リステリアが増殖できる環境が形成されると考えられました。
本当にキャラメルアップル中でリステリアが増殖できるかどうかの研究も行われました。
まずリステリアを付着したリンゴを用意します。そして「①スティックを刺したリンゴ」と「②スティックを刺さないリンゴ」に分けます。
①と②それぞれをキャラメル(95℃)に浸し、25℃で保管しました。リンゴをキャラメルに浸すと、リステリアが10分の1程度減少しましたが、すべてのリステリアを殺すことはできませんでした。
すると、「①スティックを刺したリンゴ」では3日後にリステリアが1,000倍以上に増加しました。一方で「②スティックを刺さないリンゴ」では、1週間後でも10倍しか増殖しませんでした。
また、冷蔵(7℃で)保管したところ、「①スティックを刺したリンゴ」では28日後にはリステリアが38倍に増殖しました。一方で「②スティックを刺さなかったリンゴ」では増殖が観察されませんでした。
「リンゴ」や「キャラメル」単体ではリステリアは増殖できないのに、この2つが組み合わさることで、増殖できるようになったという興味深い事例です。
実はこの食中毒の後にも、キャラメルアップルを原因とした食中毒が2017年にも発生しています。(規模は小さく患者数3人)
そして、この2つの食中毒を踏まえ、リンゴやキャラメルアップルのリステリア対策について様々な研究が行われました。下の図が各段階で示された対策案です。
これらの食中毒が起こった2017年以降、キャラメルアップルを原因とする食中毒は発生していません。そのことから、リンゴ包装工場やキャラメルアップル製造工場での対策が有効に機能しているのかもしれません。
今回は、日本ではあまり聞きなれないリステリア食中毒を紹介しました。
日本においても、年間200人程度リステリアに感染していると推測されていることから、行政に探知されていないだけで、リステリア食中毒は発生していると考えられます。
しかし、食中毒と断定されていないため、何が原因食品なのかは不明です。
キャラメルアップルのように思ってもいない食品が原因となることもあります。
そのため、食品事業者の方はリステリアの特徴をよく理解し、海外の食中毒事例も参考にして、対策を行っていく必要があると思います。
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