不可能を現実に!アメリカの新たなサルモネラの基準を解説

不可能を現実に!アメリカの新たなサルモネラの基準を解説

アメリカで、鶏肉製品に新たにサルモネラの基準ができたとニュースで見たけど、どのような基準なの?

アメリカでは、鶏肉加工製品によるサルモネラ食中毒が度々発生し、問題になっています。

そのような状況を踏まえ、2024年4月26日にアメリカ合衆国農務省(USDA)は、鶏肉加工製品の規制を強化すると発表しました。

そこで、今回はこの発表内容を詳しく見ていきたいと思います。

この新たな規制から、日本の食品安全は何を学ぶべきなのでしょうか。

目次

鶏肉半製品にサルモネラの基準が設定

どんな鶏肉製品が対象になるの?

今回の規制の対象となる製品は「not ready-to-eat breaded stuffed chicken products」です。

具体的には、表面にパン粉をつけ、中に詰め物があり、生の鶏肉を含み、衣又はパン粉を付けるためだけに加熱処理された製品、そして食べるにあたって加熱調理が必要なものです。これらの製品はほとんどが冷凍で販売されています。

下の写真のようなイメージです。

以下この記事では「鶏肉半製品」と呼びます。

鶏肉半製品について、サルモネラ属菌が1グラムあたり1個(CFU)以上検出した場合、違反になります。

「サルモネラ属菌」には多くの種類が含まれますが、今回の基準では「全ての血清型が対象」です。

そして、この基準は2025年5月1日から開始します。

規制が行われた背景

CDCの推定では、アメリカでは毎年、135万人がサルモネラに感染し、26,5000人が入院しています。この感染のうち、23%以上が「鶏肉を含む食べもの」を原因としています。

サルモネラ食中毒に係る年間コストは41億ドルで、生産性の損失による経済影響は8,800万ドルにのぼると推計されており、個人だけでなく、経済全体へも大きな影響をもたらしています。

「鶏肉半製品」による食中毒はどれくらい起こっているの?

1998年以降、14件発生しています。最近では2021年にも発生し、少なくとも11州で36人の患者が確認されています。

鶏肉全体に占める「鶏肉半製品」の流通量は0.15%未満です。しかし、鶏肉半製品は鶏肉に関連した食中毒の約5%を占めます。

流通量よりもはるかに多い割合で食中毒が起こっているのですね。


過去に何度も食中毒が起きているのに、何も対応が行われなかったわけではありません。

2006年以前は、鶏肉半製品の多くが「電子レンジで調理可能な製品」として販売されていました。

しかし、その見た目から、消費者が調理済みであると勘違いしてしまい、電子レンジでの加熱をしっかりと行わず食中毒となる事例が多発しました。

冷凍品のため、中心部までしっかり加熱されなかったようです。

そのため、USDAは消費者に注意喚起をするとともに、2006年に鶏肉半製品のメーカーに対し、表示の改善を求めました

これを受けて、現在では製品パッケージに、「生肉であること」、「電子レンジで調理ができないこと」、「中心温度計を使って中心部が165℉(74℃)になるよう加熱すること」などが強調されるようになりました。

Serenade Foods Recalls Frozen Raw Breaded Stuffed Chicken Products due to Possible Salmonella Enteritidis Contamination
画像:USDA

しかし、消費者への注意喚起、メーカによる表示の変更が行われたにもかかわらず、2006年以降も鶏肉半製品による食中毒が引き続き発生しました。

その原因は依然と同様に、調理済みであると誤認したり、電子レンジで加熱を行ったり、中心部まで十分に加熱しなかったりしたためです。

消費者への注意喚起や表示の変更だけでは、食中毒を予防することができなかったわけです。

以上のような背景により、今回USDAは、実質「生の鶏肉」である「鶏肉半製品」に対し、サルモネラが 1CFU/1g 以上を検出してはならないとの厳しい基準を設けました。

ひき肉の腸管出血性大腸菌の規制

アメリカでは他の食肉に規制はあるの?

牛ひき肉の腸管出血性大腸菌があります。

1993年に発生したハンバーガーチェーン「ジャック・イン・ザ・ボックス」での腸管出血性大腸菌による集団食中毒を受け、ひき肉中の腸管出血性大腸菌O157が規制されるようになりました。

Two pounds of organic grassfed ground beef in package

さらに、2011年には血清型O26、O45、O103、O111、O121及びO145が追加され、計7つの血清型の腸管出血性大腸菌が規制されています。

ジャック・イン・ザ・ボックスの食中毒については下の記事でも紹介しています。

なお、日本ではじゃがいもの芽止めにしか認められていない放射線照射ですが、アメリカでは様々な食品に放射線照射が可能です。

ひき肉も照射可能な食品の一つで、スーパーで普通に放射線照射されたひき肉が売られています。

放射線照射により、ひき肉が殺菌されより安全になります。もしかすると、今後「鶏肉半製品」も放射線照射されるかもしれませんね。

日本の状況について

日本でも同じように生の食肉を含む製品にサルモネラの基準はあるの?

日本ではハムなどの食肉製品はサルモネラ陰性の基準があります。しかし、加熱工程がない生の食肉を含む製品にサルモネラの基準はありません。

しかし、鶏ミンチ肉の約50%がサルモネラに汚染されていること、その他の鶏肉加工製品(つみれ、肉団子)の一部の製品でサルモネラの高汚染があることが報告されているため、注意は必要です。


日本では鶏肉半製品が原因の食中毒は聞きませんが、似ている製品の食中毒では、平成28年に冷凍メンチカツが原因となった腸管出血性大腸菌による広域食中毒があります。

この時に食中毒の原因となった「冷凍メンチカツ」は、ミンチ肉や牛脂を加熱しておらず、表面にパン粉を付け冷凍した製品でした。そして、鶏肉半製品と同様に、消費者が冷凍食品と勘違いしてしまい、加熱を十分行わなかったため、食中毒になりました。

鶏肉半製品と同じように、生の食肉が使われた冷凍品だったのですね。

冷凍メンチカツの加熱実験
写真:厚生労働省

当時の行政機関の対応は、消費者への注意喚起、そしてメーカーに対し表示を見やすいものにする指導にとどまりました。

2006年のUSDAの対応と同じですね。


以上がUSDAの「鶏肉半製品」に対する新たな規制の解説です。

ところで、ビル・マーラー氏をご存じでしょうか。

マーラー氏は食中毒訴訟を専門とする弁護士で、「ジャック・イン・ザ・ボックス」の被害者訴訟を担当し、また、私の記事でも度々引用している「Food Safety News」の設立者でもあります。

マーラー氏は、以前から食肉中のサルモネラは規制されるべきだと主張しており、消費者団体と共同でUSDAに嘆願するなどの活動を行ってきました。マーラー氏の主張の一部を下に引用します。

Everyday Americans will bring a food product (poultry) into their homes that is likely teeming with Salmonella that the manufacturer – by law and with the USDA stamp of approval – knowingly can sell knowing that it may well be tainted with a pathogen that sickens over 1,000,000 yearly.  This is because USDA/FSIS does not consider Salmonella an adulterant.

Personally, as I said to the Los Angeles Times some time ago, “I think that anything that can poison or kill a person should be listed as an adulterant [in food].”

アメリカ人は毎日、サルモネラ菌に汚染されている可能性が高い食品(鶏肉)を家庭に持ち込んでいる。この食品のメーカーは、法律およびUSDAのお墨付きをもらい、年間100万人以上が感染している病原菌に汚染されている可能性があることを知りながら、販売しているのである。 なぜなら、USDAはサルモネラ菌を不純物とみなしていないからである。

個人的には、少し前にロサンゼルス・タイムズ紙で言ったように、「人を毒殺したり殺したりする可能性のあるものは、(食品中の)不純物としてリストに載せるべきだと思う」。

Marler Blog

食品メーカーだけでなく、行政が対応しないことに対しても痛烈に批判しています。

私自身、以前からマーラー氏の主張を知っていましたが、食肉に付着しているサルモネラを規制することは不可能だと思っていました。

というのも日本の場合を見て分かるように、生肉には菌がいるのが当たり前だからです。

それにもかかわらず、今回アメリカで「ほとんど生肉の状態の製品」にサルモネラの基準が作られたのは画期的だと思います。(マーラー氏の主張がどれほど影響したのかは分かりませんが)

この規制を受けて今後の食中毒の発生、経済への影響は気になるところです。

この規制は日本の食品安全についても、いろいろと考えさせられます。

日本では20年以上にわたりカンピロバクター食中毒が年200~300件(患者数2,000人程度)報告されており、その約9割は生又は加熱不十分な鶏肉の関与が疑われています。また、肉の生食をやめることで、大部分のカンピロバクター食中毒を予防することができると言われています。

chicken sashimi

そして、鶏肉中のカンピロバクターをゼロにすることはできないため、行政は以前から肉の生食はリスクが高いことを消費者に伝え、事業者には加熱をしっかりするよう指導してきました。

それにも関わらず、依然としてカンピロバクター食中毒が多く発生しています。

消費者の健康被害を優先するのであれば、USDAのように、鶏肉の生又は加熱不十分での提供に対して、より厳格な対応を行う時期なのかもしれません。

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