近くのお店で食中毒があって、保健所が調査をしているみたい。
食中毒の調査って、どのような目的で行われるの?
「〇〇レストランで食中毒が発生しました。」「〇〇を食べて食中毒」というニュースをときどき見ます。
食中毒があると保健所が調査する、というのは何となく知っているけど、実際には何をしているのかわからない、という人がほとんどだと思います。
そんな疑問にお答えできるよう、今回の記事ではCDCが2023年3月に公開した動画の内容を紹介します。
この動画は、行政向けの食中毒調査のトレーニング動画です。アメリカの話になりますが、保健所の視点を知ることができる内容ですので、参考になると思います。
この記事でわかること
- 食中毒調査には3人の専門家が関わる
- 食中毒が起こった要因と、その要因が起こった原因を突き止めることが食中毒調査の目的
- 原因を知ることが、効果的、継続可能な再発防止につながる
食中毒調査には3つの分野が関係する
食中毒の調査には、3つの分野の人が関わります。
- Epidemiology
-
Epidemiologyは「疫学」と訳されます。
疫学の専門家が、患者(Host)のデータを分析し、「だれが病気になったのか?」「いつ病気になったのか?」「なにを食べて病気になったのか?」の答えを見つけます。得られた患者のデータをもとに、疑わしい食品、施設を推測します。 - Laboratory
-
Laboratoryは「研究所」のことです。
研究所の科学者が、食品や患者の便などを検査して、食中毒の原因となった物質(Agent)を特定します。つまり、「なんの物質が原因で病気になったのか?」という問いに答えます。 - Environmental Health
-
Environmental Healthは「環境衛生」と訳されます。いわゆる保健所の職員のことです。環境衛生の専門家が食中毒が起こった施設の状況(Environment)のデータを集めます。
疫学の専門家と研究所の科学者から得た情報をもとに、食中毒の原因となった施設の調査を行い、「なぜ食中毒が行ったのか?」を解明します。
CDCのトレーニング動画では、Environmental Healthに注目して、食中毒調査の流れを解説しています。
現在を見る監視員から、過去を見る調査員へ
環境衛生の専門家(保健所の職員)は、食中毒の原因となった施設に立ち入り、調査を行います。その際に気を付けなければならないことが、監視員から、調査員になるということです。
監視員の視点
監視員は、通常時(食中毒が起こっていない時)にレストランやスーパーなどに定期的に立ち入り、施設の衛生状態を検査します。監視員として、施設に立ち入る際の視点は、「この施設は法令や基準の違反がないか」です。つまり、監視員が見ているのは、施設の現在の状況です。
調査員の視点
一方、食中毒の調査で施設に立ち入る際には、「調査員」にならなくてはいけません。
調査員として、施設に立ち入る際には、「法令や基準の違反がないか」を見るのではなく、「どのような問題があり食中毒が起こったのか?」「なぜその問題が起こったのか?」という、施設の過去の状況を調査しなければなりません。
食中毒調査では、なぜ施設の過去の状況を見るのですか?
それは、食中毒の調査で施設に立ち入るときは、食中毒が起こった後だからです。
そのため、施設の状況を見て、従業員に聞き取りを行い、食中毒が起こった当時の施設の状況を理解し、それをもとに適切な再発防止策を指導することが、調査員の使命になります。
このように、監視員から、調査員に意識を変え、それと同時に「視点」を変えることが大切です
食中毒が発生した要因とその原因を調査する
前のセクションであったように、環境衛生の専門家は「どのような問題があり食中毒が起こったのか?」と「なぜその問題が起こったのか?」を調査します。
動画では「どのような問題があり食中毒が起こったのか?」を「Contributing Factors(要因)」といっています。
また「なぜその問題が起こったのか?」は、「Underlying Root Causes(根本原因)」という言葉を使っています。
この「要因」と「根本原因」を解明することが、環境衛生の専門家の調査の目的です。
Contributing Factors(食中毒を引き起こした要因)
Contributing Factors(要因)には、次の3種類があります。
- Contamination(汚染)
-
例えば、肉を調理したのと同じ包丁やまな板を使って、サラダを調理します。すると、肉に付いていた微生物が、包丁やまな板を介して、サラダを「汚染」します。この他にも、汚れた人の手から「汚染」が起こることもあります。
- Proliferation(増殖)
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食品の中で病原体が「増殖」することです。
例えば、スープが不適切な温度に何時間も保管されていると、有害な微生物が「増殖」します。 - Survival(生存)
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加熱不十分などで、食品中に微生物が生き残ることです。
例えば、ハンバーガーのパティを中心部までしっかりと加熱しないと、病原菌が「生存」します。。
環境衛生の専門家は、食中毒を引き起こした「要因」を見つけるため、施設に何度も訪問し、責任者や従業員に聞き取りを行ったり、調理工程を観察したり、記録を確認したり、サンプルを採取したりします。
Underlying Root Causes(なぜその要因が起こったかの根本原因)
食中毒を引き起こした要因が分かったら、次になぜその要因が起こったのか(Underlying Root Causes:根本原因)を調査します。根本原因は、以下の5つに分類されます。
- People:人
- (例)下痢だった従業員が、上司に報告せず、調理作業を行った。
- Equipment:施設のレイアウトや設備
- (例)作業の動線がよくなかった、適切にメンテナンスされていない機械があった。
- Foods:食品固有の性質(pH、水分活性、食感、粘度など)
- (例)葉物野菜を洗ったが、その形状により細部までよく洗えなかった。
- Processes:工程(注:加熱、冷却といった実際の調理の工程ではない)
- (例)複雑な工程があり、微生物の汚染、増殖といった機会があった。
- Economics:コストと利益率
- (例)利益率が低いため、人員配置、トレーニング、設備のメンテナンスが不十分となってしまった。
ある施設でノロウイルスの食中毒が起こった場合を例に、「要因」と「根本原因」を考えてみます。
レストランで食事をした30人がノロウイルスに感染しました。
患者の聞き取り調査の結果、共通した食事は、そのレストランで食べたサラダしかありません。
保健所が立ち入り調査を行ったところ、食中毒を引き起こした「要因」は、ノロウイルスに感染した従業員が手をよく洗わず盛り付け作業したことがわかった(手から食品を「汚染」したので、要因は「汚染」)。
責任者や従業員に聞き取ったところ、従業員の教育が十分ではなく、下痢があったときに責任者に報告しなければならないというルールを知らなかったようだ(問題を引き起こした根本原因は「人」)。
別の場合として、従業員は下痢があったときは上司に報告しなければいけないことは知っていが、突然休むと代わりの従業員がいないため、無理して出勤してしまった、ということも考えられます(この場合、根本原因は「コストと利益率」)。
なぜ起こったのか(根本原因)を知ることが適切な対策につながる
なぜわざわざ「根本原因」まで調査する必要があるの?
根本原因(なぜその要因が起こったのか)を明らかにすることで、効果的かつ継続可能な再発防止の対策をとることができます。
先ほどの例をもう一度見てみましょう。
最初の例では、「人」が根本原因でした。この場合の対策として、従業員への再教育が考えられます。
一方、2つ目の例では、「コストと利益率」が根本原因でした。この対策としては、原材料の仕入れ先やメニューを見直すことで、利益率を上げ、追加の人員を確保できるようにする、ということが考えられます。
同じ要因で食中毒が起こった場合でも、その対策は「根本原因」によって異なるということです。
このトレーニング動画はアメリカでの保健所の話ですが、日本においても考え方は同じだと思います。
食中毒が起こった当時の施設の状況を理解し、それが「なぜ」起こったのかを調査する。
調査により得られた情報をもとに、必要に応じて短期的な対策(例:食材の破棄、営業停止)を取ります。
さらに長期的な対策(例:従業員教育)を指導し、同じような事故が再び起きないようにする、というのが食中毒調査の目的になります。
以上が動画の解説です。
行政の視点に立って自分の施設を見ることで、食中毒を起こしそうな要因やその根本原因に気づくことができるかもしれません。
この動画のほかにもCDCはさまざまな動画を公開しています。行政向けのトレーニング動画もいろいろあるので、別の記事で紹介したいと思います。
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