従業員教育をやっているけど、教えるだけになってしまい、従業員が積極的に学ぼうという姿勢になってくれないよ。従業員をやる気にさせる何かよい方法はないかな?
食中毒の発生を予防するために、食品企業は必死になって従業員教育を行いますが、食中毒は一向になくなりません。
そのため、「従来の知識を与える従業員教育だけでは食中毒を予防するのに不十分である」という認識が近年高まっています。
そこで、現在新たな従業員教育の方法として注目を浴びているのが「ゲーミフィケーション」です。
聞き慣れない言葉かもしれませんが、実は私たちの周りにはすでに多くのゲーミフィケーションが活用されています。
経済産業省においても、ゲーミフィケーションを人材育成に活用することを検討しています。
そこでこの記事では、現在活用が期待されている「ゲーミフィケーション」について、食品業界での事例をメインに紹介します。
ゲーミフィケーションとは
「ゲーム」ということはスマホやNintendo Switchでやる「コンピューターゲーム」のことなの?
ゲーミフィケーションはコンピューターゲームだけではありません。簡単に言うと「楽しくてハマってしまうゲーム要素を活用して、能動的に人を行動させる仕組み」(日本ゲーミフィケーション協会)です。
「ゲーミフィケーション」とは
ゲームのメカニズムやゲームデザイン要素をゲーム以外の分野に応用することで、ユーザーのモチベーションを高め、ロイヤリティーの強化し、その行動に影響を及ぼすこと。
株式会社セガ エックスディー
「ゲームの要素」とは、例えば下のようなものになります。
ゴール(目的) | 何のために行動するのかをユーザーに提示することで目的を明確にし、行動に対する動機付けを行うこと。 |
ミッション(課題) | ゴール(目的)にたどり着り着けるように、その過程で小さな課題を設定して行動を促すこと。 |
リワード(報酬) | 提示した条件をユーザーが達成した場合に提供する報酬全般を指します。報酬を設定することでモチベーションを向上させることができます。 |
ビジュアライズ(可視化) | ミッションや目標に対する自身の位置づけを可視化すること。バッジや称号、レベルやスコアなど。 |
コミュニケーション(交流) | 掲示板やSNSなどを通じて、自身の成長度合いの把握や競争によってモチベーションを高めること。 |
具体例を紹介すると、回転ずしチェーン「くら寿司」の「ビッくらポン!」が有名です。
食べたお皿を、テーブルに設置されている投入口に入れると5皿に1回ゲームに挑戦でき、「当たり」が出るとオリジナルの景品がもらえるため、子どもだけでなく大人にも人気です。
このように、ゲーミフィケーションはすでに私たちの生活に広く浸透しており、「顧客獲得」や「売り上げ向上」に広く利用されています。
しかし、ゲーミフィケーションの活用はそれだけではなく、実は「従業員教育」にも用いられています。
「行動に影響を及ぼす」ということは、使い方によっては顧客だけでなく「従業員」の行動にも影響することができるのですね。
日本においても、すでに大手飲食チェーン、スーパーマーケットなどにおいて、従業員研修にゲームを導入しています。
ゲーミフィケーションの基本的な考え方については、株式会社セガ エックスディーや日本ゲーミフィケーション協会が非常に分かりやすく解説してくれています。これらのサイトをぜひご覧ください。
次からは海外における具体的な事例を紹介していきます。
スーパーの責任者を体験する
世界最大のスーパーマーケットチェーンである「ウォルマート」では、早い段階からゲーミフィケーションを従業員教育に取り入れています。
「Spark City」はその1つで、ウォルマートが開発した従業員用のトレーニングゲームです。
2019年2月からウォルマートのトレーニングカリキュラムに組み込まれています。
ウォルマートの店舗を舞台に、実際に店舗で働くマネージャーが経験する業務(在庫管理、接客、商品補充、ベンダー対応、トラブルシューティングなど)を体験できます。
ゲーム感覚でトレーニングに取り組めるよう、ポイント制やレベルアップシステムが導入されています。そのため、従業員は目標達成に向けて楽しみながらスキルアップすることができます。
一般公開されており、英語ですがアプリはApp StoreとGoogle Playでダウンロードできます。小売店の責任者の役割を体験できる面白いゲームです。
手洗いをゲームにする
「手洗い」は食中毒予防において最も重要なことです。
そのため、責任者は毎日のように従業員に対し、手洗いの重要性を説明し、きちんと手洗いを行うよう教育をしています。
しかし、忙しい食品業界において、「適切な手洗い」の遵守率は決して高くありません。
2020年にイギリスの食品工場でカメラの録画映像を調べたところ、マニュアル通りに手洗いを行っていたのは、わずか2%でした。91.5%はマニュアル通りに行わなかったり、手順をスキップしたりし、そして驚くべきことに6.5%は手洗い自体を行っていませんでした。
このような手洗いの課題を解決するために、イスラエルの会社「Soapy Care」が考えたのが、ゲーミフィケーションを取り入れた手洗い装置です。
この手洗い装置は、蛇口などに手を触れることなく、適切なタイミングで適切な量の温水と石鹸が出てきます。また、上部のディスプレイには、手洗いの手順を説明するアニメーションが流れます。
そして、この装置のユニークな点は、無数のセンサーが取り付けられており、手洗いをきちんと行えたかどうかを評価してくれることです。
手洗い後に「スコア(0~100点)」が表示され、自分の手洗い方法の改善点を知ることができます。
これにより、直ちにフィードバックが行われる、点数を他の従業員と競うことができる、きちんと手洗いを行った従業員を褒めることができる、といったゲームの要素を取り入れることができます。
食品安全文化の醸成にもゲームを取り入れる
以前別の記事で紹介した「食品安全文化ツールキット」にも、従業員の「エンゲージメント」を高める方法としてゲーミフィケーションが紹介されています。
先ほど紹介したウォルマートのようなゲームの開発や手洗い装置の導入には、どうしても大きなコストがかかります。
しかし、食品業界の大多数を占める中小企業にとっては、多大なコストをかけてゲーミフィケーションを導入するのは、現実的ではありません。
そこで、この「食品安全文化ツールキット」では、中小企業がお金をかけずに食品安全文化を醸成するためのゲーミフィケーションの事例を多数紹介しています。
そのうちの1つ「Ready to Role」というゲームを紹介します。
このゲームは参加者がテーブルを囲って行う対話型のロールプレイングゲームです。必要なものはカード(紙)だけで、コストはほぼかかりません。
ゲームの目的は、ある食品会社における様々な問題を解決することです。
チームメンバーには普段の役割(Role)とは異なる役割が与えられ、その視点で問題解決を図ります。
役割の例
- 経理部長
- 製造責任者
- 製造の従業員
- 流通責任者
- 調達部長
- 品質管理担当者
- 機器の保守管理担当者
- 営業部長
問題の例
- 自社のイチゴジャムを販売している店に、製品の瓶を開けると「酸っぱい臭い」や「シンナーや接着剤のような臭いがする」との苦情が寄せられている。
- 自社も仕入れている果実の納入業者が販売したイチゴを食べた3人が「腸管出血性大腸菌」に感染したとの報告があった。
- ジャムのガラス瓶が加熱処理中に破裂した。
- ピーナツ・アレルギーがある子どもを持つ親から、自社製品を食べたところアレルギーの症状があったと問い合わせがあった。
このように、普段とは異なる役割で考えることで、問題解決に新たな視点を持つ、他者の立場を理解することができるなど、コミュニケーションが促進されます。
従業員の行動を変える必要がある「食品安全文化」と従業員の行動を変えることができる「ゲーミフィケーション」は相性が良いのですね。
食中毒調査にも活用されている
ゲーミフィケーションの活用は、食品企業だけでなく、行政分野でも行われています。
食中毒が発生すると保健所の職員が調査を行いますが、食中毒調査には様々な能力が必要になります。
(例:食品安全に関する知識、聞き取りスキル、観察力、様々なデータを統合して解釈する能力、刻一刻と変化する状況に対応する柔軟性)
このような能力は、通常職場での教育やOJTで身につけることになります。
しかし、食中毒自体があまり発生しないこと、食中毒調査に特化した教育訓練がないため、保健所の職員がこれらの能力を前もって身につけておくことが難しいのが現状です。
そのような状況を打破するために、アメリカのCDCが食中毒調査に必要な知識や技術を事前に訓練するオンラインツール「Environmental Assessment Training Series」を2014年に公表しました。
ユーザーは保健所の職員として、食中毒調査を疑似体験することができます。
実際の食中毒調査の流れ、対策、必要な知識や技術について、インタラクティブに学ぶことができるツールとなっています。
アカウントを作成すれば、だれでもプレイすることができます!
学生向け、子ども向けの教育ゲーム
CDCは他にもいくつかゲームを公表しており、その一つが「Solve the Outbreak」(アウトブレイクを解決する)です。
先ほど紹介した「Environmental Assessment Training Series」は食中毒調査に特化した内容です。
一方「Solve the Outbreak」は食中毒の他にも、感染症と感染症以外のアウトブレイクを含んでいます。
プレーヤーはCDCの職員となって調査を行い、「町を隔離する」、「病気の人から聞き取りを行う」、「より詳しい検査結果を求める」、「メディアに警告を発する」などを判断しなければいけません。
より良い回答をすることで、ランクを上げることができ、さらに難易度が高いアウトブレイクの調査を行うことができるようになります。
ウェブブラウザでだれでもプレイすることができます。様々なアウトブレイクを学ぶことができるため、公衆衛生を勉強したい学生におすすめです。
ニューメキシコ州立大学では教育用に何百ものアニメーション、ゲーム、アプリ、ウェブサイトを公表しています。
その中には、子ども向け、従業員向けの食品安全教育ゲームがあります。
下の画像は「ポットラック パニック」という子ども向けのゲームで、ウェブブラウザで無料で遊ぶことができます。
ゲームを通して食中毒予防の知識を身につけることができるようになっています。
スコットランド政府も同様に、子ども向けの食品安全ゲームを多数公表しています。
例えば下画像のゲームは「Allergy Meal Match」で、食物アレルギーがある場合の外食時の注文方法、そして食物アレルギーの種類を学ぶことができます。
ゲームで遊ぶだけでなく、それ以外の活動(クラスで話し合いするトピック、学習効果の評価方法)についても紹介されています。
おわりに
以上が海外における食品安全分野でのゲーミフィケーションの事例紹介です。
ゲーミフィケーションの導入により、通常の教育プログラムを強化することが期待されています。
これらの事例を参考に、自分の施設でも従業員教育にゲーミフィケーションを導入してはいかがでしょうか。お金をかけなくても、創意工夫で効果的な教育訓練が行えます。
注意点として、ゲーミフィケーションは導入すれば必ず効果が得られるわけではなく、導入の仕方次第では、ユーザーのモチベーションを下げてしまう場合があります。
今回紹介した事例でも、ゲーミフィケーションとして成功するものもあれば、失敗するものもあるかもしれません。
目的、ユーザーに合わせて注意深く設計する必要があるのですね。
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