ブロックチェーンは食品安全に革命をもたらす?アメリカの先行事例を紹介

ブロックチェーンは 食品安全に革命をもたらす? アメリカの先行事例を紹介

海外では「ブロックチェーン」を活用して、食品の流通に革命が起きているというニュースを見たよ。日本では全然聞いたことがないけど、どんな技術なのかな?

「ブロックチェーン」と聞くと、「仮想通貨に使われているのは知っているけど、何ができるのかよく分からない」という人がほとんどではないでしょうか。

日本の食品業界ではあまり聞かないブロックチェーンですが、海外ではその活用がかなり進んでいます。

そこでこの記事では、ブロックチェーンで何ができるのかについて、先行して活用しているアメリカの事例を紹介します。

参考にするのは、2018年に書かれた「ブロックチェーンによる食の透明性の新時代」という記事です。

これは、過去に何度もこのサイトで紹介している前FDAの副長官である「フランク・ヤーナス氏」がウォルマートの食品安全担当副社長の時に書いた記事です。

短い文書ですが、ウォルマート(世界最大のスーパーマーケット)がブロックチェーンに「なぜ取り組んだのか」、「どのように取り組んだのか」、「これからどのように推進していくのか」を学ぶことができる素晴らしい記事です。

目次

ブロックチェーンで何ができるのか

ブロックチェーンの技術的なことについては、私より詳しい人が解説している記事が多くありますので、この記事では省略します。

例えばこちらの動画を見てもらえると、基本的な考え方が理解できると思います。

食品業界においてブロックチェーンを活用する利点は、具体的には以下のようなものがあります。

  • トレーサビリティの迅速化
  • 流通の効率化によるコスト削減
  • 偽装の防止
  • 人的エラーを減らし、情報の正確性と最新性の確保
  • フードロスの削減
  • サステナビリティの推進

これらの具体例について、次から紹介していきます。

現代のサプライチェーンの課題

食品の農場から食卓までの流れを一続きの鎖に見立てて「サプライチェーン」と呼びます。

サプライチェーン
サプライチェーン

しかし、実際のサプライチェーンを見てみると、一本の鎖ではなく、多くのモノ、組織、人が相互に関係しあっている複雑なネットワークとなっています。

complex supply chain
実際のサプライチェーン

このような複雑なネットワークのおかげで、消費者は日々安価で、多くの種類の食品を購入することができます。

一方で、この複雑なサプライチェーンにも課題があります。それは、「トレーサビリティのための標準化された記録方法」がないということです。

これは、例えばある組織では紙で、また別の組織ではデジタルで流通の記録を保管しているということで、それぞれの記録データには互換性がありません

Incompatible data storage methods
それぞれの記録データに互換性がない

通常、トレーサビリティの規制は「one-up, one-back」と呼ばれるもので、前後1つの流通先の記録だけが必要です。

流通全体で記録に互換がなくても、前後の段階だけが分かれば大丈夫なのですね。

しかし、「one-up, one-back」では、食中毒や自主回収があった際に、それぞれ独立した記録をもとに遡っていかなければならず、原因食品の特定に非常に多くの時間を要します

traceback is time consuming

例えばロメインレタスを原因とする腸管出血性大腸菌の食中毒では、原因食品の特定に時間がかかったため、FDAは「すべてのロメインレタスを食べないように」という注意喚起を行いました。

これにより大量のロメインレタスが廃棄され、関係のない農家への経済的影響、生鮮野菜に対する消費者の信頼の失墜といった影響がありました。

現在のトレーサビリティは非常に複雑で、非効率なのですね。

ウォルマートの実証実験

以上のような課題を解決するため、ウォルマートはIBMと協力し、2016年にブロックチェーンの実証実験を行いました。

この実証実験では「①トレーサビリティ」と「②真正性」について検証を行いました。

①マンゴーを用いたトレーサビリティの実験

ウォルマートの食品安全担当副社長であったフランク・ヤーナス氏はアーカンソー州北西部にあるウォルマートの店舗でスライスマンゴーを購入しました。

super market

そして社内会議の場で、そのマンゴーがどの農場で生産されたものかを調べるよう指示しました。

【一般的なマンゴーの流通の流れ】

  1. 収穫されたマンゴーは選別され、コンテナ詰めされた後、トラックに積まれる。
  2. 国境を越える。
  3. マンゴーはさらに加工され、洗浄され、時にはスライスされ、容器に入れられ、パレットに積まれる。
  4. トラックに乗せられ、ウォルマートの店舗に出荷される。
  5. 店舗では、顧客がマンゴーを購入し、自宅で食べる。

ウォルマートの社員がサプライヤーに電話をかけ、流通を遡っていったところ、最終的にマンゴーを収穫した農園を特定するのに「6日と18時間26分」かかりました。

マンゴーというシンプルな食品なのに、特定するのにかなり時間がかかるのですね。

扱っている商品が少なければもっと早く特定できるかもしれません。しかし、ウォルマートの1店舗が扱うアイテムの数は食品だけで70,000にも上るため、サプライチェーンがかなり複雑です。

約7日間は業界標準からすると早かったようです。時には数週間、数か月かかることもあるようです。

一方、ブロックチェーンを用いた実験では、たった「2.2秒」で農園を特定することができました

まさに一瞬ですね!

このようにブロックチェーンのインフラを一度構築できれば、トレーサビリティの能力が劇的に向上し、危険な食品を迅速に特定することができます。


また、このマンゴーの実証実験で新たに分かったことがもう一点あります。それは、サプライチェーンの「スピードの可視性が向上する」という点です。

ブロックチェーンで流通全体が透明化されたことで、マンゴーがサプライヤーに届くまで4日間も国境(検疫)に置かれていたことが分かりました。

この4日間を短縮することができれば、マンゴーの品質向上と食品ロスの削減につながります。

ブロックチェーンを利用することで、サプライチェーンのどこで効率性を向上させることができるかの「事実」を知ることができるようになります。

②中国での豚肉の真正性の実験

ウォルマートが2016年にマンゴーの実証実験を行った前年、中国で食品偽装に関する大スキャンダルがありました。

国営メディアによると、中国当局は10万トン以上の密輸肉を押収した。

約4億8300万ドル相当と推定される冷凍肉は、全国的な取り締まりで押収され、中には1970年代から保存されていた肉も含まれていた。

何度も解凍と冷凍が繰り返された肉もあり、「臭くて、ドアを開けた瞬間吐きそうになった」と当局担当者は語った。

China ‘seizes 40-year-old meat in crackdown on smugglers’, BBC(2015年6月24日)

これ以外にも、2008年の粉ミルクへのメラミンの混入、2011年の普通の豚肉を有機豚と偽装、2013年のねずみなどの肉を羊肉と偽装など、当時の中国は食品偽装が蔓延していました。

「食品偽装」は「食の安全」と同様に、消費者の大きな関心事です。

ウォルマートでも、トレーサビリティの強化とともに、食品偽装対策が重要課題の一つでした。

そこで、中国の農場から同じく中国のウォルマートの店舗まで豚肉を追跡する実証実験を行いました。

実験前は、加工施設では豚肉の各ケースにラベルが貼られていましたが、そこには最低限の情報しか記載されていませんでした。

そのため実証実験では、各ケースにQRコードを追加し、そこから産地、バッチ番号、加工データ、土壌の品質や肥料、温度/湿度管理状況、出荷の詳細、位置情報などのデータを確認できるようにしました。

配送センターにいるウォルマートの従業員は、以前は紙で詳細を照合していたのが、ラベルをスキャンし、製品が正しい配送センターを経由していることを確認するだけで済むようになりました。

さらに、獣医師の証明書について、物理的なコピーを手渡ししていくのではなく、ブロックチェーン上に保管するようにしました。これにより、証明書の改ざんが実質不可能になるとともに、ウォルマートの従業員がいつでも、そしてすぐに証明書にアクセスできるようになりました。

この実証実験により、ウォルマートはアメリカ国外においても、製品のトレーサビリティと真正性を高めることに成功しました。

ブロックチェーンの発展には「協力」が必要

2つの実証実験の成功を受けて、ウォルマートはどのようにブロックチェーンを推進していったのですか?

ウォルマートは「独自のシステム」を構築すると同じ轍を踏むことに気が付きました。

ウォルマートが独自のシステムを構築した場合、市場の優位性を得られるかもしれません。

しかし、「それぞれのデータに互換性がない」という現在のサプライチェーンの課題がまた生じることになり、それは食品業界全体、そして消費者にとって不利益となります。

また、ブロックチェーン技術はまだ黎明期であり、この分野のイノベーションを抑制するのではなく、推進していく必要があると考えました。

ブロックチェーンをさらに発展し、強力なものにするためには、多様なステークホルダーが参加できる環境を整えることが重要と考えたわけですね。

そこで2017年8月、ウォルマートは世界的な食品企業9社(クローガー、ウェグマンズ、タイソン、ドリズコールズ、ネスレ、ユニリーバ、ダノン、マコーミック、ドール)とともに、ブロックチェーン・パートナーシップを締結し、さらなる実験を共同で行うことを発表しました。

この「協力(collaboration)」の重要性は、記事の中で以下のように述べられています。

No single food retailer can mandate better food traceability, food manufacturers in one country can’t do it alone, nor can any single country’s regulatory agencies. Better food traceability requires collaboration, and it must be people led and technology enabled.

単一の食品小売業者がより良い食品トレーサビリティを義務付けることはできず、一つの国の食品メーカーだけでそれを実現することも、単一の国の規制機関だけでそれを実現することもできません。より良い食品トレーサビリティには協力が必要であり、人々が主導し、テクノロジーによって実現されるものでなければなりません。

A New Era of Food Transparency Powered by Blockchain, Frank Yiannas (2018)

ブロックチェーンという新たな技術を使うのが目的ではなく、ビジネス上の課題を解決するために、新たな技術を検討するという視点も「なるほど!」と思いました。

その後もウォルマートのブロックチェーン対象製品は拡大し、2018年9月までには、5つのサプライヤーからの25以上の製品についても、製品の瓶やサラダの箱を手に取れば、その原材料が収穫された農場まで遡ることができようになりました。

そして、冒頭で紹介したロメインレタスを含めたすべての葉物野菜については、2019年に農場までのトレーサビリティが可能になりました。

おわりに

以上がウォルマートにおけるブロックチェーンの取り組み事例の紹介でした。

2016年という昔から導入に向けて取り組んでいたことには驚かされます。このような「新たな仕組みづくり」は欧米が強い点です。

著者であるフランク・ヤーナス氏はブロックチェーンにより食品の透明性が向上することで、食品業界、規制機関、NGOがその恩恵に預かることができ、そして最終的には「消費者の利益」になるといっています。

それではブロックチェーンは、現在消費者にどのような利益をもたらしているのでしょうか。

実は、商品のパッケージにあるQRコードをスマートフォンで読むだけで、その商品の流通過程をすぐに確認できる仕組みがすでにあります。

Scanning lettuce by smartphone

それだけではなく、「その商品がどの程度環境負荷の低減に取り組んでいるのか」といった情報(例:サステナビリティ、フェアトレード、オーガニック)も知ることができ、消費者は購入する際の判断材料とすることができます。

そしてこれらの情報は偽装することが難しく、信頼性が高いのですね!

日本では、牛肉については産地まで遡ることができる制度があります。

この制度はそれぞれの流通段階で異なる方法で情報が保管されているため、記録データに互換性がありません。そして、毎年のように偽装が起こっているため、信頼性はブロックチェーンに比べると高くないように感じます。

日本においても今後トレーサビリティと食品偽装の課題を解決するための仕組みが作られることに期待です。

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