

腸管出血性大腸菌に感染し入院したけど、感染経路は不明というニュースを見たよ。原因が分からないと、対策の取りようがないですね。
日本では毎年およそ3,000~4,000人が腸管出血性大腸菌に感染しています。
腸管出血性大腸菌の主な感染経路としては、「食品や飲料を介した経口感染」、「ヒトからヒトへの二次感染」、「動物との接触」、「水系感染(プールや浴槽など)」が知られています。
日本では、腸管出血性大腸菌感染のうち、保健所の調査で「食品が原因」と特定された割合は約8%となっています。
一方、専門家の推定では、腸管出血性大腸菌感染のおよそ78%が食品が原因と考えられています。



この「報告ベースの数字(8%)」と「推定ベースの数字(78%)」の差は「約70%」あります。
これはつまり、実際には食品が原因である可能性が高いにもかかわらず、約70%の感染(年間2,100~2,800人程度)は原因食品が特定されていないと考えられます。
腸管出血性大腸菌の感染では、発症までに数日かかることも多く、患者の記憶に頼る聞き取り調査だけでは原因食品の特定が難しい場合があります。
そして、原因食品が特定されないということは、食品事業者が改善の機会を得られないことでもあり、それは結果として、同じ食品が原因の感染が繰り返し発生することを意味します。
このような状況で、海外で発生した食中毒事例を学ぶことは、日本の食中毒調査や衛生管理を改善するうえで大きな参考になります。
そこでこの記事では、腸管出血性大腸菌の原因食品としてあまり意識されていない食品によって発生した海外の食中毒事例を2つ紹介します。
事例1:冷凍ピザが原因で発生した食中毒
1つ目の事例として、「Nationwide outbreak of Shiga toxin-producing Escherichia coli infections associated with frozen pizzas, France, 2022」(Euro Surveill. 2026)をもとに、フランスで発生した食中毒を紹介します。
| 患者数 | 59人 |
| 溶血性尿毒症症候群(HUS) | 50人 |
| 死亡者 | 2人 |
| 患者年齢 | 6歳(中央値) |
| 発症期間 | 2022年1月~4月 |
| 原因食品 | 冷凍ピザ |
| 原因菌 | 腸管出血性大腸菌O26 腸管出血性大腸菌O103 |



患者の多くが子どもで、50人がHUSを発症するという、非常に重症度が高い食中毒だったのですね。
保健当局は患者や保護者への聞き取り調査を行いましたが、初回調査では疑わしい食品を特定できませんでした。
そこで、スーパーマーケットの会員カードの購入履歴を分析し、その結果をもとに再度聞き取り調査を実施しました。
その結果、59人の患者のうち49人が同じブランドの冷凍ピザを購入していたことが判明しました。



原因となったのは、ブランドAの冷凍ピザでした。


その後の調査で
- 問題のピザはフランス国内のある工場で製造
- 患者宅の未開封製品から腸管出血性大腸菌O26およびO103を検出
- 工場にあった製品および使用した小麦粉からも同じ菌を検出
- 全ゲノム解析(WGS)で、これらの菌が患者株と遺伝的に一致
することが確認されました。
これを受け、メーカーは2021年6月以降に製造された当該冷凍ピザを自主回収し、最終的にこの工場は閉鎖されました。
行政視点での教訓
この調査では、スーパーの購入履歴が原因食品特定の重要な手がかりとなりました。
フランスの腸管出血性大腸菌の質問票には「小麦粉を含む未加熱・加熱不十分な食品」という項目があります。しかし、質問票には「ピザ」という具体的な食品名は含まれておらず、保護者もピザを未加熱小麦粉食品として認識していませんでした。
そのため、通常の聞き取り調査だけでは原因食品を特定できませんでした。
しかし、スーパーの購入履歴から特定ブランドのピザが疑われたことで、追加調査が行われ、原因食品の特定につながりました。
日本では、スーパーの購入履歴を活用した食中毒調査は一般的に行われていません。また、日本の腸管出血性大腸菌の質問票には、欧米の質問票に含まれている「小麦粉を含む未加熱・加熱不十分な食品」の項目もありません。
そのため、同様の食中毒を日本においても探知するためには、
- スーパーの購入履歴の活用
- 質問票への「小麦粉食品」「ピザ」などの追加
といった検討が必要になります。
事業者視点での教訓
小麦粉が病原菌に汚染されていることは広く知られており、未加熱または加熱不十分な「生地」が原因の食中毒は過去に何度も発生してます。


しかし、冷凍ピザが原因となった腸管出血性大腸菌食中毒はこれまで報告がありませんでした。
なぜなら、通常は「製造工程での加熱」「家庭での調理加熱」によって、菌は死滅すると考えられているためです。



それではなぜこの冷凍ピザでは食中毒が起きたのでしょうか。



今回の調査では、患者が「生のピザ生地を食べた」という報告はなく、明確な原因は特定されていません。しかし、いくつかの可能性が指摘されています。
この製品は、同ブランドで唯一、生地を製造段階で予備焼成していない製品でした。また、生地製造工程には35℃での発酵工程があり、菌が増殖しやすい条件でした。
そのため、一般的な冷凍ピザの家庭での調理条件は「オーブン200〜220℃で11〜14分」ですが、この製品は「オーブン240℃で15〜19分」のように比較的高温・長時間の加熱が推奨されていました。
しかし、家庭用オーブンではこの温度に到達しない、あるいは維持できない可能性があります。
さらにこのピザは「厚くふっくらしたクラスト」という特徴があり、一方で「トッピングは加熱済み」でした。
そのため、見た目には十分に焼けているように見ても、クラスト内部が十分な温度に達していない状態で食べられてしまった可能性が指摘されています。



表面がよく焼けたように見えたため、「中まで十分に加熱される前に食べてしまった」のかもしれないのですね。





この事例は、冷凍ピザの食中毒というだけでなく、「最終加熱に依存した食品設計」のリスクを示している可能性があります。
今回のピザでは、生地の十分な加熱が消費者の調理に委ねられていました。しかし、家庭のオーブン性能や調理条件は一定ではありません。
食品の安全性を消費者の最終調理に依存する設計では、想定どおりの加熱が行われなかった場合に、今回のような事故につながる可能性があります。



小麦粉や乾燥食品は日本でも日常的に使用されています。今回の事例は、海外特有の問題ではなく、日本でも起こり得るリスクとして考える必要があるのですね。


事例2:ドライフルーツが原因で発生した食中毒
2つ目の事例として、「An outbreak of Shiga toxin-producingEscherichia coli O26:H11 associated with dried fruit, UK 2023」(Epidemiol Infect. 2026)をもとに、英国で発生した食中毒を紹介します。
| 患者数 | 40人 |
| 溶血性尿毒症症候群(HUS) | 19人 |
| 死亡者 | 2人 |
| 患者の年齢 | 3歳(中央値) |
| 患者の発症日 | 2023年10月~2024年9月 |
| 原因食品 | ドライフルーツ(推定) |
| 原因菌 | 腸管出血性大腸菌O26 |
患者への聞き取り調査では、半数以上の患者が次の食品を食べていたと回答しました。
- 加熱調理された鶏肉
- 加熱調理された牛肉
- 殺菌済みチーズ、牛乳、ヨーグルト
しかし、これらは異なる小売店やブランドの商品であり、共通の供給源ではありませんでした。
そこで、5人の患者に対してより詳細な聞き取り調査を行ったところ、5人全員が「乾燥果実のマルチパック製品(製品X)」を食べていたことが分かりました。
そのため、その情報をもとに再度患者調査を行ったところ、「乾燥果実」が最も疑わしい食品として浮上しました。


製品Xのさかのぼり調査の結果、ヨーロッパ以外のある国の1つの業者が供給元として特定されました。
そして、患者の発症時期は製品Xの販売時期や賞味期限と一致していました。
さらに、全ゲノム解析(WGS)の結果、患者から分離されたO26の遺伝子型は英国で通常見られる型ではなく、国外由来の可能性が示されました。
これらの証拠を総合すると、輸入された乾燥果実製品(製品X)が最も可能性の高い感染源と考えられました。
ただし、今事例では、患者調査の証拠は強かったものの、
- 確定患者数が比較的少ない
- 製品から菌が検出されていない
- 製品Xは英国で年間6,000万個以上販売されている
といった状況から、リコールを実施するには証拠が十分ではないと判断されました。
教訓①:検査の限界



製品から問題となった菌は検出されなかったのですか?
市販品や患者宅に残っていた製品について検査が行われましたが、 腸管出血性大腸菌O26は検出されませんでした。



その理由として、いくつかの可能性が指摘されています。
まず、O157以外の血清型の腸管出血性大腸菌を食品から検出することは以前から難しいことが知られています。O157のように特定の菌を選択的に増殖させる選択増菌法が確立されていないためです。
また、腸管出血性大腸菌は感染に必要な菌数が非常に少ないため、食品中の汚染レベルが極めて低い場合、検査の検出限界以下となる可能性があります。
さらに、乾燥果実のような低水分環境では、細菌が VBNC(Viable But Non-Culturable:生存しているが培養できない状態) になる可能性が指摘されています。
この状態では、細菌は生きており感染能力を持っているにもかかわらず、通常の培養検査では検出できません。
教訓②:乾燥果実のリスク



乾燥果実は乾燥していて水分がほとんどないので安全そうですが、食中毒が起きるのですか?
乾燥果実は水分がほとんどない食品です。そのため、多くの人は「菌が増えにくく安全な食品」というイメージを持っています。
しかし、水分が少ない食品中で細菌は「増殖」できなくても、かなりの期間「生存」することができます。実際、海外では「水分が少ない食品」による食中毒が頻繁に発生しています。



日本ではあまり話題になりませんが、実は海外では「水分が少ない食品のリスク」が重要視されています。
乾燥果実は次のような場面で病原菌に汚染される可能性があります。
- 灌漑用水や動物の糞便を含む水による汚染
- 洪水などの極端な気象現象
- 収穫後の乾燥工程や包装工程での二次汚染
また、先ほど述べたように、食品中のO157以外の腸管出血性大腸菌を確実に検出する方法は十分に確立されていません。
そのため、食品事業者は販売前の検査だけで腸管出血性大腸菌のリスクを完全に把握することが難しいという問題があります。
今回のように製品から菌が検出されなかった場合でも、この食中毒調査の結果は、食品事業者が原料管理や製造工程のリスク評価を見直す際の重要な情報になります。
また、ドライフルーツのような低水分食品は日本でも日常的に消費されています。今回の事例は、海外特有の問題ではなく、日本でも起こり得るリスクとして考える必要があります。
おわりに
腸管出血性大腸菌感染症は、日本ではこの10年間大きく減少しておらず、感染源が特定されない事例も多く報告されています。
その背景には、まだ十分に認識されていない感染源が存在している可能性があります。
今回紹介した2つの事例では、いずれも腸管出血性大腸菌の原因として一般には強く意識されていなかった食品が感染源でした。
原料の汚染や製造工程、調理条件などの要因が重なることで、こうした食品でも食中毒が発生する可能性があります。



HACCPは食品安全管理のための優れた仕組みですが、「加熱するから安全」「乾燥食品は安全」といった思い込みや、想定されていない危害要因には十分に対応できない場合があります。
海外で発生した食中毒事例は、日本とは食品や食文化が異なる部分もあります。しかし、食品サプライチェーンが国際化している現在、そこから得られる示唆は決して小さくありません。
腸管出血性大腸菌による食中毒を防ぐためには、行政による監視や調査手法の改善、そして食品事業者によるリスク評価や商品設計の見直しなど、さまざまな視点から対策を考えていく必要があります。



食中毒は「危険だと知られている食品」だけでなく、「安全だと思われている食品」からも発生するのですね。









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