なぜHACCPでは防げなかったのか? コショウが原因となったサルモネラ食中毒

なぜHACCPでは防げなかったのか? コショウが原因となったサルモネラ食中毒

仕入れた原材料が汚染されていたために食中毒が起きたというニュースを見ました。自分の施設ではしっかりHACCPを行っていても、食中毒が起きてしまうのですね。

HACCPは世界中で導入されている優れた衛生管理の仕組みです。

日本でも2021年からHACCPに沿った衛生管理が制度化され、多くの食品事故や食中毒の予防に貢献していると思われます。

しかしその一方で、HACCPを適切に運用していた企業でも食中毒が発生しているのも事実です。

なぜそのようなことが起きるのでしょうか。

その理由の一つが「原材料由来のリスク」です。

どれほど自分の施設内の衛生管理を徹底していても、入荷した原材料そのものが病原菌に汚染されていた場合、HACCPだけではリスクを完全に排除できない場合があります。

そこで今回は、原材料として仕入れたコショウが原因となった食中毒事例を紹介します。

black pepper powder,Black pepper corns

この事例は、「HACCPを実施していれば十分」と考えることの危うさを示すとともに、食品安全をさらに向上させるために何が必要なのかを考えさせてくれる事例でもあります。

目次

2009~2010年 米国 サラミ製品によるサルモネラ食中毒

まずはアメリカで発生したサルモネラ食中毒の概要を紹介します。

      患者数272人
      入院者52人(26%)
      患者年齢1歳未満~93歳(中央値:37歳)
   居住地44州+コロンビア特別区
      発症期間2009年7月~2010年4月
      原因食品コショウがまぶされたサラミ製品
      原因菌Salmonella Montevideo
出典:Epidemiology and Infection 141(6): 1244–52
Assortment of salami on the wooden board

患者の探知

2009年8月から9月にかけて、複数の州でSalmonella Montevideo感染者が相次いで報告されました。

Persons infected with the outbreak strain of Salmonella Montevideo, USA, by state, 1 July 2009 to 14 April 2010 (n=272)
患者の居住州(文献の図1を筆者が訳)
Infection with the outbreak strain of Salmonella Montevideo in the USA, 2009–2010, according to week of illness onset
患者の発症週(文献の図2を筆者が訳)

患者への聞き取り調査では、56%の患者が発症前にサラミを食べてたと回答しました。しかし、多くの患者は購入したブランド名を覚えていませんでした。

そこで調査チームは、患者が利用していたスーパーの会員カード情報を解析しました。

すると、半数以上の患者がA社製サラミを購入していたことが判明したのです。

さらに調査を進めた結果、

  • 患者宅に残っていた開封済みA社製サラミ6検体
  • 小売店にあった未開封サラミ4検体

から患者と同じSalmonella Montevideoが検出されました。

A社のサラミ製品が食中毒の原因として強く疑われたのですね。

工場への立ち入り調査

患者調査の結果を受け、A社工場への立ち入り調査が行われました。

しかし、調査員を待っていたのは「ずさんな衛生管理」ではありませんでした。

工場はHACCPに基づいて管理されており、過去の査察でも重大な違反は確認されていませんでした。

サラミは発酵・熟成工程を経て製造され、この工程は病原菌を低減するための重要管理点(CCP)として管理されていました。

一部製品では、その後に「十分に加熱された豚脂」をまぶし、さらに「コショウ」でコーティングしていました。

A社では発酵工程終了後(つまりコショウをコーティングする前)のサラミについてサルモネラ検査を実施しており、その時点ではサルモネラは検出されていませんでした。

コショウを付着させた後に追加の殺菌工程がなかったのですね。

もっとも、A社も対策を取っていなかったわけではありません。

使用していたコショウは「蒸気処理済み」と表示されており、供給業者からは「病原菌を低減する処理が行われている」と説明されていました。

ところが調査の過程で、A社に保管されていた未開封のコショウから患者と同じSalmonella Montevideoが検出されたのです。

つまり、サラミが汚染されていたのではなく、製造工程の最後にまぶされたコショウが汚染されていたのです。

この食中毒を受けて、A社は約65万kgのサラミ製品を自主回収し、香辛料会社も約5万kgのコショウを自主回収しました。

なぜ食中毒が起きたのか

この事例で注目すべきなのは、サラミそのものではなく、製造工程の最後にまぶされたコショウが汚染源だったことです。

つまり、この食中毒は「CCPが機能しなかったために起きた」のではありません。

むしろ、病原菌を低減する工程が適切に管理されていたにもかかわらず、その後に使用された原材料によって病原菌が再び持ち込まれた事例です。

この事例が示している重要な教訓は2つあります。

  • 香辛料のような低水分食品でも食中毒の原因になり得ること
  • 原材料の安全性を確保することの重要性

なぜコショウが危険なのか

多くの人は、コショウのような乾燥した食品が食中毒の原因になるとは想定していないと思います。どうしてコショウでサルモネラ食中毒が起きるのですか。

実は香辛料はサルモネラ汚染が問題となる代表的な食品の一つです。

FDAの調査では、コショウは小売り段階で0.24%、輸入段階で6.7%がサルモネラに汚染されていました。

コショウには

  • 栽培や乾燥工程で汚染されやすい
  • 世界中の複雑なサプライチェーンを経由する
  • 加熱せずに使用されることが多い

といった特徴があります。

カンボジア、カンポットにあるグリーンペッパー農園

さらに厄介なのは、サルモネラが乾燥環境でも長期間生存できることです。つまり、コショウが一度汚染されると、長期間にわたってサルモネラは生存することができます。

そして、「汚染されたコショウ」がRTE(そのまま食べられる)食品に使用されると、病原菌がそのまま消費者に届いてしまいます。

HACCPではなぜ防げなかったのか

今回の食中毒は、HACCPが機能していなかった事例ではありません。

むしろ、A社工場では発酵や熟成といった重要管理点(CCP)が適切に管理されていました。

しかし、問題となったサルモネラはCCPの後に使用されたコショウによって持ち込まれました。

HACCPでは原材料の安全性も重要な要素ですが、多くの場合は「規格書(仕様書)の確認」「検査成績書の確認」「受入基準の設定」など、一般衛生管理(PRP)の中で管理されます。

確かにA社も「蒸気殺菌済みのコショウ」を仕入れ、「供給業者による病原菌検査実施済み」であることを確認していたようです。

それにもかかわらず、未開封のコショウから食中毒の原因となったサルモネラが検出されたのです。

つまり、「殺菌済み」「検査済み」という情報だけでは、原材料の安全性を完全には保証できなかったということです。

今回のコショウは複数の国を経由して流通しており、最終的にどの段階で汚染されたのかは特定できませんでした。

complex supply chain

HACCPは非常に有効な食品安全管理手法ですが、その中心は自社施設内の工程管理です。原材料の供給元まで含めて安全性を保証する仕組みではありません。

近年は食品原材料の国際流通が拡大し、サプライチェーンはますます複雑になっています。

そのため、原材料について病原菌低減処理が行われていることを確認するだけでなく、その処理が実際に有効であることをどのように確認するかも重要になっています。

言い換えれば、この食中毒の本質は、「製造工程の問題」ではなく、「サプライチェーンの問題」だったと言えるでしょう。

この事例は、自社のHACCPを適切に運用することに加え、原材料の調達先や供給業者の管理にも目を向ける必要があることを示しています。

アメリカでのHACCPを超えた取り組み

今回のような原材料由来の食中毒への対応として、アメリカでは2011年にFSMA(Food Safety Modernization Act:食品安全強化法)が制定されました。

HACCPが主に工程上の重要管理点(CCP)を管理するのに対し、FSMAではHACCPを拡張して「衛生管理」「アレルゲン管理」「サプライチェーン管理」「リコール対応」まで含めた管理が必要になります。

サプライチェーン管理」では、食品事業者が原材料の安全性を供給業者任せにするのではなく、自ら確認(検証)することが求められています。例えば、

  • 供給業者の監査
  • 微生物検査結果の確認
  • 食品安全計画のレビュー
  • 過去の違反やリコール履歴の確認
  • 第三者認証の評価

などを通じて、供給業者の管理状況を評価します。

重要なのは、「殺菌済み」「検査済み」という説明をそのまま受け入れるのではなく、その根拠まで確認することです。

今回のコショウの事例であれば、

  • どのような殺菌方法が使われていたのか
  • その方法の有効性は確認されているのか
  • 検査はどの程度実施されているのか

といった点まで確認することが求められます。

サプライヤーが危害を管理していることを科学的・文書的に検証することが必要なのですね。

おわりに

今回紹介した食中毒は、「コショウのような少量しか使用しない原材料でも、適切に管理しなければ大規模な食中毒の原因になり得る」ことを示した事例でした。

多くの食品事業者は、加熱や冷却などの重要な工程に注意を向けています。もちろん、それらは食品安全を確保するうえで欠かせない管理です。

一方で、この事例では問題は重要管理点(CCP)ではなく、その後に使用されたコショウにありました。

しかも、そのコショウは「殺菌済み」とされており、製造会社も特別にずさんな管理をしていたわけではありませんでした。

だからこそ、この事例は多くの食品事業者にとって他人事ではありません。

香辛料のサルモネラ汚染は以前から知られており、日本で流通する製品の多くも輸入に依存しています。そのため、日本でも同様のリスクが存在すると考えられます。

皆さんの施設ではどうでしょうか。

この事例を自社に当てはめて考えてみると、

  • 加熱後に使用する原材料はないでしょうか?
  • 香辛料や乾燥食品を「安全な原材料」と思い込んでいないでしょうか?
  • 仕入先の管理方法を十分に確認できているでしょうか?

今回の食中毒は、HACCPが機能しなかった事例ではありません。

むしろ、HACCPを適切に実施していても、原材料由来のリスクによって食中毒が発生する可能性があることを示しています。

このコショウの事例が、自社のHACCPプランや原材料管理について改めて考えるきっかけになれば幸いです。

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