

カナダで植物性ミルクが原因でリステリア食中毒が起きたというニュースを見ました。安全そうな植物性ミルクでも食中毒が起きるのですね。
リステリア食中毒と聞くと、多くの人は次のような食品を思い浮かべるのではないでしょうか。
- ナチュラルチーズ
- 食肉製品
- スモークサーモン


ところが2024年、カナダで発生したリステリア食中毒では、殺菌済みの植物性飲料が原因食品として特定されました。
「殺菌済みなのになぜ?」「植物性飲料でもリステリアが?」と思われるかもしれません。
私たちは、「卵と言えばサルモネラ」「魚介類と言えば腸炎ビブリオ」「加熱不十分な鶏肉と言えばカンピロバクター」のように、食品と食中毒菌を結び付けて考えがちです。
この考え方はリスクを理解する上で役立ちますが、「この食品だから、この菌だけ注意すればよい」という思い込みにつながることもあります。



今回の事例が教えてくれるのは、リステリアは食品を選ばないということです。重要なのは「どの食品か」ではなく、「どの工程で汚染されるか」という視点です。
本記事では、カナダで発生した植物性飲料によるリステリア食中毒事例※を紹介し、日本の行政担当者や食品事業者が学ぶべきポイントを解説します。
※Hobbs et al. A new suspect: Listeria monocytogenes outbreak linked to pasteurised plant-based beverages, Canada, 2024. Euro Surveill. 2026;31(24):pii=2500883.
植物性ミルクや植物性乳代替飲料とも呼ばれ、大豆、オーツ麦、アーモンド、ココナッツなどを原料とした飲料です。健康志向やヴィーガン需要の高まりを背景に、日本でも広く販売されるようになっています。


事件の概要
2024年、カナダで発生したリステリア食中毒では、殺菌済みの植物性飲料が原因食品と特定されました。



植物性飲料によるリステリア集団感染としては世界で初めて報告された事例であり、食品安全分野で大きな注目を集めました。
| 患者数 | 20人 |
| 入院 | 15人 |
| 死亡 | 3人 |
| 患者の年齢 | 7~89歳 |
| 発症期間 | 2023年8月~2024年7月 |
| 原因食品 | 植物性飲料 |
| 原因菌 | リステリア・モノサイトゲネス |


どのように原因が判明したのか
患者は2023年8月から確認されていましたが、患者数が少なく、感染源は長い間分かりませんでした。
調査を大きく前進させたのは、患者宅に残されていた開封済みのココナッツ飲料でした。保健所がこの残品をサンプリングし検査したところ、患者と同じ遺伝子型のリステリアが検出されたのです。
当時、カナダのリステリア患者調査票には「植物性飲料」の項目はありませんでした。これは「植物性飲料」が原因食品として想定されていなかったためです。
そこで調査票に植物性飲料を追加し、患者への聞き取り調査をやり直したところ、多くの患者が同じブランドのココナッツミルクを飲んでいたことが判明しました。



もし患者宅にあった飲み残しを検査しておらず、調査票が見直されていなければ、この食中毒は原因不明のまま終わっていた可能性もあるのですね。
工場までは特定、しかし根本原因は分からなかった
製品の流通経路をたどった結果、原因製品はカナダ・オンタリオ州の工場で製造されていたことが分かりました。
この製品は専用ラインで製造され、高温で加熱殺菌されていました。



調査でも加熱殺菌工程に問題はなく、「殺菌不足」が原因ではありませんでした。
また、殺菌後に原材料や添加物を加えるといった工程もありませんでした。
一方、工場では数百か所に及ぶ環境ふき取り検査が行われ、その結果、殺菌後工程の非食品接触面4か所からリステリアが検出されました。
| 調査結果 | 内容 |
|---|---|
| 環境ふき取り検査 | 数百か所で実施 |
| リステリア陽性 | 殺菌後工程の非食品接触面4か所 |
| 患者株と一致 | ①ケース包装機エリアの排水口 ②製造ラインの排水口カバー |
| 患者株とは不一致 | ③貯留タンクのふた ④製造ラインの排水溝 |
この結果から、リステリアは殺菌後の工程で環境から製品へ汚染した可能性が高いと考えられました。
しかし、「製品がどこでどのように汚染されたのか」という正確な原因までは特定できませんでした。


そのため、実際の製造工程や工場の状況とは異なります。
その後の対応
これらの結果を受け、2024年7月8日にメーカーは自主回収を開始しました。
回収対象はブランドA(ダノン)の植物性飲料18製品に加え、同じ製造ラインで製造されていたブランドB(ウォルマート)の植物性飲料にも拡大されました。
ブランドBで患者は確認されていませんでしたが、予防的措置として回収が行われました。


問題となった製造ラインは停止され、その後再稼働することなく、工場も閉鎖されました。
また、カナダ政府はこの事件を受けて3種類のココナッツ飲料を用いた保存効力試験(チャレンジテスト)※を実施しました。
※食品に食中毒菌を意図的に加え、保存中に菌が増えるかどうかを調べる試験
その結果、7℃で保管した3製品すべてでリステリアが増殖することが確認されました。
具体的には、
- 接種7日後には約100~1,000倍(約2~3 log)に増殖
- 接種68日後には1億倍以上(8 log超)に増殖



ココナッツ飲料はリステリアが増殖可能な食品だったのですね。



この事例は、「植物性飲料だから安全」という考え方ではなく、一度リステリアが混入すれば、要冷蔵の植物性飲料でも十分に増殖することを示した事例と言えます。
この事例から得られる教訓
この事例からは、行政担当者と食品事業者の双方にとって重要な教訓が得られます。
行政担当者への教訓① 食べ残し食品は重要な証拠になる
今回の調査では、患者宅に残されていた開封済みの植物性飲料から、患者と同じ遺伝子型のリステリアが検出されました。
これにより、それまで想定されていなかった感染源が明らかとなり、患者への再聞き取り調査や自主回収へとつながりました。
リステリア食中毒のように散発的に発生する事例では、原因食品の特定が難しいことも少なくありません。
そのため、患者宅に残されている食べ残し食品を回収・検査することは、原因究明の重要な手段になります。
行政担当者への教訓② 「低リスク食品」と決めつけない
植物性飲料は、それまでリステリア食中毒の原因食品とは考えられていませんでした。
また、加熱殺菌済み製品だったことから、患者調査票にも植物性飲料の項目はありませんでした。
しかし今回の事例では、「想定していなかった食品」が原因でした。
今後は、植物性飲料のように従来リスクが低いと考えられていた食品であっても、調査対象から安易に除外しないことが重要です。
食品事業者への教訓① 「殺菌済みだから安全」とは言い切れない
この事例で最も重要な教訓は、「殺菌済みだから安全」とは言い切れないことです。
リステリアは加熱殺菌で死滅します。しかし、その後の充填や包装などの殺菌後工程で混入すると、冷蔵保存中でも増殖する可能性があります。
また、リステリアは排水口や設備の隙間などに定着し、数か月から数年にわたって生き残り、製品を断続的に汚染する原因となることがあります。
そのため、殺菌工程だけでなく、殺菌後エリアの衛生管理や環境モニタリングが極めて重要になります。


食品事業者への教訓② 最終製品検査だけに頼ってはいけない
今回の食中毒では、患者宅に残っていた開封済み製品からはリステリアが検出されましたが、市販されていた未開封製品やメーカーの保存サンプルからは検出されませんでした。
これは、汚染がすべての製品で均一に起きていたのではなく、断続的に発生していた可能性を示しています。



つまり、最終製品を抜き取って検査するだけでは、汚染製品を見逃すことがあります。
だからこそ海外では、製品検査だけに頼るのでなく、製造環境中のリステリアを定期的に調べる環境モニタリングプログラム(Environmental Monitoring Program:EMP)が重視されています。
実際、この論文では、原因工場がカナダ政府のリステリア管理方針に基づく環境モニタリングや最終製品検査を十分に実施していなかったことも指摘されています。


筆者が感じたこと ― 第三者認証は万能ではない
今回回収された製品は、ダノンやウォルマートといった大手食品企業のブランド製品を製造していた工場で生産されていました。



このような工場では、一般的にGFSI(世界食品安全イニシアチブ)が承認した第三者認証を取得することが要求されます。
しかし、それでもリステリアによるアウトブレイクは発生しました。
第三者認証は食品安全レベルを向上させる有効な仕組みですが、「認証を取得しているから安全」ではありません。
重要なのは、認証を取得することではなく、その仕組みを日々の現場で確実に運用し続けることです。


今回の食中毒は、「植物性飲料だから危険」という話ではありません。
重要なのは、食品の種類ではなく、製造工程にリステリアが侵入・定着・増殖する機会があるかどうかです。



この視点は植物性飲料だけでなく、加熱後にそのまま食べられるすべてのRTE(Ready-to-Eat)食品に共通する教訓と言えます。
EUではリステリア対策が新たなステージへ
ここまで紹介してきたカナダの事例は、「どの食品か」ではなく、「どの工程で汚染されるか」という視点の重要性を教えてくれました。



一方、EUではさらに一歩進んだ考え方が取り入れられています。
それは、「工場にリステリアを入れない」だけでなく、「万が一製品に混入しても増殖させない」という考え方です。
EUではリステリア管理がさらに強化
EUでは2026年7月1日から、Ready-to-Eat(RTE:そのまま食べられる)食品のリステリア管理を強化する新たな基準が適用されました。
この基準では、賞味期限内を通じてリステリア・モノサイトゲネスが100 CFU/gを超えて増殖しないことを、食品事業者が科学的に示すことが求められます。
また、この責任は製造業者だけでなく、流通・保管・販売などサプライチェーン全体の食品事業者にも広がりました。
一方、「賞味期限内に増殖しない」ことを科学的に証明できない場合は、製品の保存期間を通じて25g中にリステリア・モノサイトゲネスが検出されないことを確認する必要があります。
つまり、「リステリアを検出しない」だけではなく、「仮に混入しても増殖しないこと」を重視する方向へ制度が進化しているのです。
研究者が提案する「STABILIZED」という新しい考え方
EUの制度改正に加え、デンマークの研究者らはさらに新しい考え方を提案しています。
それは、賞味期限内にリステリアが増殖しないことを科学的に証明した食品に、「STABILIZED(増殖抑制済み)」と表示できるようにするというものです。



これは現在のEU法ではなく研究者による提案ですが、実現すれば、消費者はリステリアが増殖しにくい食品を選びやすくなります。
特に、高齢者、妊婦、免疫機能が低下している人など、リステリア症が重症化しやすい人にとって有用な情報になると思われます。


「工場からなくす」だけではなく、「増殖させない食品」をつくる
デンマークの研究者らは、洗浄・消毒や環境モニタリングがリステリア対策の基本であり、その重要性は今後も変わらないとしています。
しかし、それだけではリステリア症の発生を十分に防げていないとも指摘しています。
そのため、
「工場からリステリアを完全になくすこと」
だけを目標とするのではなく、
「仮に製品へ混入しても、増殖できない食品を設計すること」
という新しい発想が必要であると提案しています。
その方法としては、
- 配合(レシピ)の見直し
- pHや水分活性(aw)の調整
- 保存条件の最適化(期限の短縮、冷凍流通)
- 製造工程の改善
などによって、リステリアが増殖しにくい製品を設計することが提案されています。
おわりに



海外ではリステリア対策の考え方が日本よりかなり進んでいることが理解できました。
今回のカナダの食中毒は、「どの食品か」ではなく、「どの工程で汚染されるか」を考える重要性を改めて教えてくれました。
一方、EUの新しい基準や研究者の提案は、その一歩先にある「製品そのものをリステリアが増殖しにくい設計にする」という考え方です。
もちろん、洗浄・消毒や環境モニタリングなど、従来の衛生管理が不要になるわけではありません。
しかし、それらに加えて「万が一混入しても増殖できない食品をつくる」という発想を取り入れることが、「リステリア食中毒を減らすために必要不可欠である」と考えられるようになってきているということです。



加熱後にそのまま食べられる食品を製造するすべての食品事業者にとって、「どの食品を作るか」だけでなく、「製品をどう設計し、どう管理するか」を改めて考えるきっかけになるのではないでしょうか。









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