アメリカで大規模な「リステリア食中毒」が起きて、多くのニュースで話題になっていると聞いたよ。どうしてそんなに注目を集めているのだろう?
アメリカでは「リステリア」による食中毒が毎年のように発生し、多くの食品が自主回収されています。
食中毒や自主回収になる度にニュースで報道されていますが、その中でも現在調査中の食中毒は、特に注目を集めています。
それはなぜでしょうか?
そこで、この記事では、現在調査中のリステリア食中毒について、その概要と「なぜ」それほどまでに注目されているのかを深堀して解説したいと思います。
日本で食品の営業をしていて、リステリア対策を全く行っていないという方は、ぜひこの記事を読んで参考にしてもらえればと思います。
最新ニュースを読むことで、アメリカで今現在起きていることを知ることができます。そして、アメリカで起きることは今後日本でも起きるため、参考にできる点が多いと思います。
リステリアを知らないという方は、まずは下の記事をご覧ください。
食中毒の概要
まずは今回発生しているリステリアによる食中毒の概要を紹介します。
患者数 | 57人 |
入院者数 | 57人 |
死亡者数 | 9人 |
患者の年齢 | 32~94歳 |
患者が住む州の数 | 18州 |
原因食品 | Boar’s Head社のバージニア州の工場で製造されたレバーソーセージ(食肉製品) |
患者の発症日 | 2024年5月29日~2024年8月16 |
患者数57人とそれほど多くはないですが、入院率100%、致死率16%と重症化率がすごく高いですね。
1~2人の患者が散発的に、広域に渡って発生しているのですね。
最初の患者が確認されたのは2024年5月29日ですが、そこから原因食品の特定まで2か月ほどかかっています。
リステリア食中毒は、発症まで数週間かかる、重症化しやすいため聞き取り調査を行うことが難しい、数週間前に食べた食事内容は覚えていないなど、原因食品の特定が非常に難しいという特徴があります。
7月18日にメリーランド州健康局が小売店にあったBoar’s Head社の未開封の「レバーソーセージ」をサンプリングし検査を行ったところ、リステリアを検出しました。
その菌のDNA塩基配列が患者から検出したリステリアと一致したため、この製品が原因食品であると強く疑われました。
これを受けBoar’s Head社は7月25日に「レバーソーセージ」とレバーソーセージと同じ日に同じ製造ラインで製造された他の製品の自主回収を開始しました。
その後、同社は2024年7月29日に自主回収を拡大し、バージニア州の工場で製造されたすべての製品(約3,200t)を回収の対象としました。
注目の理由その1:2011年以来 最大の食中毒
この食中毒が注目を集めている理由の1つは「規模の大きさ」です。
2000年以降に発生したリステリア食中毒で最大のものは、2011年にコロラド州の農家が生産したメロンを原因とする食中毒でした。
このメロンの食中毒では、患者数147人、入院者数145人、死亡者数33人が報告されています。
今回の「レバーソーセージ」の食中毒は、メロンの食中毒に次いで患者数が多いリステリア食中毒となっています。
そのため多くのニュースで下のような表現が使われています。
The CDC says this listeria outbreak is now the largest since one linked to cantaloupe in 2011.
(訳)CDCによると、今回のリステリア食中毒は、2011年にメロンに関連して発生したもの以来、最大規模だという。
CNN, 2024年8月29日
注目の理由その2:1年以上に渡って不衛生な環境で製造していた
この食中毒は現在調査中です。そのため、何が原因で製品がリステリアに汚染されたのかの詳細は不明です。
それではこの食中毒について何が注目を集めているのかというと、この施設の衛生状態が長期間にわたって酷いものだったことが明らかになったためです。
CBSニュースが、情報公開制度に基づきUSDA(米国農務省)の立ち入り検査の記録を請求しました。
その記録は、この施設の2023年8月から2024年8月までの立ち入り検査の結果で、69個もの「不適合」がありました。
不適合のうち、ごく一部ですが下に紹介します。
- 施設の周囲、部屋の中、手洗いシンクの周りなどにカビがいた。
- たまり水の中に、緑色の藻が繁殖していた。
- 結露が生じ、保管されていた製品に水が垂れていた。
- 検査官が水漏れを指摘したところ、従業員がふき取ったが、10秒以内に再度水漏れが生じた。
- 冷蔵庫の床に大量の血液が溜まっており、腐敗臭があった。
- 肉や脂肪の破片が壁、床、設備に付着していた。
- 虫については何度も発見されていた。
リステリアは、冷たく湿った場所や食品残渣がある場所を好みます。
そのため、上の不適合を見ただけで、いかにこの施設がリステリアの生育に適していたのかが想像できます。
食中毒専門の弁護士Bill Marler氏は、今まで見てきた数百件の立ち入り検査の記録の中でこの記録は「最悪」であると言い、この工場を「Listeria factory」(リステリアを製造する工場)と呼んでいます。
そして、これだけの不適合が観察されたにもかかわらず、1年以上に渡って継続して営業していたことに対し、Boar’s Head社だけでなくUSDA(米国農務省)にも批判が集まっています。
USDAのリステリアの基準では、加熱処理を行った後に加工や包装工程があるRTE※の食肉製品は、次の3つの方法のうちのいずれかでリステリアを管理する必要があります。(※「RTE」はReady To Eatの頭文字をとったもので、加熱や調理をせずにそのまま食べられる食品を意味します。)
- 殺菌処理及び抗菌剤処理を行う。
- 殺菌処理又は抗菌剤処理を行う。
- 衛生プログラムでリステリアを制御する。
「殺菌処理」はリステリアの減少や除去を目的に、「抗菌剤処理」はリステリア増殖の抑制を目的にしています。
管理方法としては、3が最も緩く、1が最も厳しくなっています。
Boar’s Headの工場では「3」でリステリアを管理していたようです。この場合、機械設備の適切な洗浄消毒、環境中のふき取り検査などが必要になります。
また、亡くなられた方の個々の物語がニュースで報道されていることも、この食中毒が注目を集めている理由の一つです。
食中毒で亡くなられた方の1人、モルゲンシュタインさんは88歳でした。
ドイツでのホロコーストを生き延び、アメリカで長年美容師として働き、家族だけでなく地元の人々に愛される人だったようです。
… his father was born to a Jewish family in Cottbus, Germany on June 29, 1936. “His parents hid him under floorboards,” Garshon said of his father’s experience surviving the Holocaust and eventually leaving Germany.
(訳)…彼の父親は1936年6月29日、ドイツのコットブスのユダヤ人家庭に生まれた。「彼の両親は、彼を床板の下に隠したのです」と、ホロコーストを生き延び、最終的にドイツを離れた父親の経験についてガルションは語った。
Working in the same locale for around 50 years as a master stylist, Morgenstein was described as a “completely extroverted person” who could “talk to anybody.”
(約)モルゲンシュタインさんは、約50年間、この地でトップスタイリストとして活躍してきました。誰とでも気軽に話せる、非常に明るい方でした。
USA TODAY, 2024年9月5日
亡くなられた方の家族は、被害者への補償と原因究明を求め、すでにBoar’s Head社に訴訟を起こしていています。
おわりに
以上がアメリカで現在調査が進んでいるリステリア食中毒の紹介でした。
原因となった工場の調査内容や汚染の原因、衛生プログラムの実施状況などは今後報告されると思いますので、その際にまたご紹介したいと思います。
この食中毒のニュースを読んで私が気になったのは次の2点です。
この記事をご覧になっている食品事業者の方で、自分の施設でも「不適合」の内容に思い当たるものがある方は注意が必要です。
日本では「まだ」リステリアの食中毒は報告されていませんが、今後自分の施設が第一号になるかもしれません。
そうならないようにするためにも、リステリアが生存、生育できない環境を作り、定期的なふき取り検査を行い、リステリア管理の妥当性を確認するようにしてください。
アメリカでは、行政による過去の立ち入り検査の結果が公表されることがあります。
過去の立ち入り検査の結果を公表するメリットの一つとして、行政による立ち入り検査がきちんと機能しているのかを第三者の目で確認することができることです。
そして、もし適切に機能していないようであれば、行政側を改善するきっかけになります。
一方、日本では大きな食中毒や事故が起こった場合、事後の立ち入り検査の結果は報告されますが、過去その施設で「どのような違反があったのか」が報道されることはほとんどありません。
今回もUSDAの立ち入り検査の結果が公表されたことで、不適切だったことが分かりました。これにより、将来の食中毒発生を予防するため行政側の立ち入り検査の体制を改善することができます。
行政機関の透明性の向上、説明責任という点から、過去の立ち入り検査の結果が日本でも公表される日がいつか来るのではないかと信じています。
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