最近、食品関係の記事やニュースで「食品安全文化」をよく見るけど、情報が多すぎて混乱してしまうよ。食品安全文化について、情報をまとめたものはないのかな。
コーデックスの基準にも「食品安全文化」の概念が導入されるなど、食品業界で働く人にとって食品安全文化を見る、聞く機会が増えました。
でも、いろんな組織、業界が「食品安全文化」について情報を発信をしているので、逆に「よくわからない」と感じることはありませんか。
この記事では、2022年2月に発表されたFDAの報告書「Food Safety Culture Systematic Literature Review」を参考に、
- 食品安全文化とは何か?
- 食品安全文化はどのように培われ、維持されるのか?
- 食品安全文化はどのように評価されるのか?
の3つの質問について、現在までの情報のまとめを紹介します。
食品安全文化についてFDAが調査を行った背景
まず、FDAが報告書を発行した背景から説明します。
FDAが「New Era of Smarter Food Safety (よりスマートな食品安全の新時代)」という考え方を示し、それを実現するための今後10年間の計画を2020年7月に発表しました。
「よりスマートな食品安全の新時代」については下の記事をご覧ください。
「よりスマートな食品安全の新時代」は、4つの中心的な要素を軸としています。その中心的要素の1つが「食品安全文化」です。
「よりスマートな食品安全の新時代」の4つの中心的な要素
- 技術を活用したトレーサビリティ
- よりスマートなツールと手法を用いた食中毒の予防と対応
- 新しいビジネスモデルと小売業の近代化
- 食品安全文化
このように、食品安全文化の支援、推進はFDAの重要な施策の一つとなっています。
そこで、FDAは食品安全文化に関する施策を実施していくにあたり、食品安全文化について書かれた現在までの文献のレビューを行いました。文献レビューとは、「あるテーマに関して既存の文献情報をもとにまとめた研究のこと」です。レビューの対象は2009年から2021年までに出版された食品安全に関する文献です。
この文献レビューの目的は、次の3つの質問に回答するためです。
文献レビューの目的
- 食品安全文化とは何か?
- 食品安全文化はどのように培われ、維持されるのか?
- 食品安全文化はどのように評価されるのか?
Q1 食品安全文化とは何か?
まず1つ目の質問「食品安全文化とは何か?」からです。
食品安全文化はどのように定義されているか
レビューされた文献の中で、最も頻繁に引用されていた定義は以下のものでした。
食品取扱環境内で行われる衛生行動に寄与する、一般的で、比較的一定な、学習され、 共有された態度、価値観および信念の集合体
British Food Journal, Vol. 112 No. 4, pp. 426-438.
定義を読んでも、よくわからないと感じるのではないでしょうか。それもそのはず、目に見えない「文化」という概念を定義しているので、抽象的になってしまいます。
例えば、「日本文化を定義してください」と言われても、わかりやすく一言で定義することは難しいですね。
食品安全文化はどのように概念化されていったのか
それでは次に、食品安全文化という概念がどのように形成されていったのか見ていきます。
安全な食品を提供するにあたっては、食品を取り扱う従業員のトレーニングが重要なのはご存じのとおりです。
しかし、1990年代後半には、食中毒の発生を減少するために、従業員トレーニングは必要ではあるが、十分ではないと認識され始めました。
例えば、ある調査では、ほとんどの従業員が自分がやるべき衛生的な取り扱いを理解していましたが、実際は3分の2近くが、常にそれを実践しているわけではないと回答しました。
この調査で回答者は、衛生的な取り扱いを行う上での障壁として、不十分な資源を挙げました。例えば、「二次汚染を防ぐには作業スペースが狭すぎる」や「シンクの位置が不便である」などでした。
これは、衛生的な食品の取り扱いを阻む障壁を取り除かなかったトップの判断が、その職場において「食品安全が優先されない」という雰囲気を作り出したと考えられました。
このような背景のもと、食品安全に関する研究は、従業員レベルの衛生的な行動から、それらの行動が行われる組織レベルへと焦点を移し始めました。
前FDAの副長官であるフランク・ヤーナス氏は自身が出版した本「Food Safety Culture: Creating a Behavior-Based Food Safety Management System」の中で、食品安全は企業文化に不可欠なものでなければならず、リスクを管理するための伝統的な手法であるトレーニング、検査、監視などのアプローチを超えるものでなければならないと主張しています。
フランク・ヤーナス氏は食品安全文化と食品安全マネジメントシステムを区別し、「食品安全マネジメントシステムとは、GMP、HACCPシステム、リコールといったプロセスのシステムである。食品安全マネジメントシステムを構築することは重要であるが、食品安全文化はプロセスを超えて人間の行動にまで目を向けるものである」と説明しています。
食品安全文化が、食品マネジメントシステムの部品以上のものであるとの認識は、世界食品安全イニシアチブ(GFSI)の2018年版白書にも以下のように反映されています。
「法の支配とは対照的に、文化は語られることのない直感的なもの、単純な観察、そして『これは正しいことだ』や『私たちは決してこんなことはしない』というような基本的な信念から力が引きだされる。ルールは事実を述べるものであり、文化は人間の経験を通じて生きるものである。」
このように「食品安全文化」は手続き的な食品安全マネジメントシステムを超えるものであり、食品の安全を確保するにはルールや法規制だけでは不十分であること、そして食品を扱う組織のリーダーや従業員は、安全な食品を確保することに関連する一連の価値観や信念を持たなければならない、という一定のコンセンサスがあります。。
Q2 食品安全文化はどのように形成され、維持されるのか?
次に2つ目の質問「食品安全文化はどのように形成され、維持されるのか?」についてです。
食品安全文化に寄与する要因
ポジティブな食品安全文化を組織内に形成し、維持するための方法は一つではありません。しかし、多くの文献により食品安全文化に寄与する要因が特定されています。主に以下のAからGがあります。
A リーダーシップ
食品安全文化はリーダーから始まり、下へ下へと流れていきます。これは、リーダーは組織にとって何が重要かを決定する力があるからです。
リーダーが、組織内で食品安全文化を学び・実践する環境を作り、促進することにより、従業員は初めて食品安全文化に基づき行動できるようになります。
リーダーは、従業員であっても話すことができ、その行動は人目につきやすく、組織内で一番の食品安全の推進者でなければなりません。
また、リーダーは、食品安全文化の形成における自らの役割と責任を知っていなければなりません。そして、ポジティブな食品安全文化を形成し、維持するためのスキルを管理職に教えていかなけければなりません。
B コミュニケーション
ポジティブな食品安全文化がある組織では、食品安全の重要性をすべての従業員に繰り返し伝えるという、明確なコミュニケーション戦略があります。
また、食品安全に関する情報を伝える際、様々な媒体や方法を用いるべきです。これにより、従業員に確実に情報が届くようにし、食品安全が組織の重要な一部であることを従業員に示すことができます。
また、リーダーは食品安全について単に従業員に話すだけでなく、従業員と対話すべきです。これにより、従業員は食品安全の取組についてリーダーにフィードバックしたり、意義を唱え議論したりすることができます。
さらに、食品安全に関するメッセージが従業員に届き、従業員の心に響いていることを確認するため、コミュニケーションの状況について、定期的に調査するべきです。(例:オ ンラインでの調査、従業員への聞き取り)
参考までに、下の一覧は効果的なコミュニケーションの特徴を示しています。
- 理解しやすい
- 具体的
- 説得力がある
- 迅速
- 関連性
- 信頼できる
- 繰り返し
- 多言語
- 異なる文化への理解
C 食品安全へのコミットメント
食品安全へのコミットメントとは、「組織が一貫して食品安全に価値を置き、優先して行うこと」です。
すべての全従業員は、 顧客と消費者が病気にかかるリスクを低減できるよう、自らの職務の範囲内で食品安全に関するあらゆることを確実に行うことに専心する必要があります。
コミットメントを示すために、組織は食品安全を重要な目標とし、組織のビジョン 、ミッション、価値を反映し、定期的に更新する必要があります。
D リスクの認識
リスクの認識とは、食品安全に関連する実際の及び潜在的なハザードとリスクについて、認識し、理解することです。
すべての従業員は、製造する製品に関連するリスクを知り、なぜリスク管理が重要なのかを理解し、それらのリスクを効果的に管理する必要があります。
そのため、従業員教育では、食中毒に関連する可能性が高い話題、作業、行動に重点を置きます。
E 環境
環境とは、適切な食品安全の取組を可能にする組織の構造、プロセス、活動のことです。(例:資源、設備、建物、スタッフ、トレーニング)
環境には、食品安全を管理し、食品安全の取組を阻害する障壁を取り除くための管理システム及び手順も含まれます。
環境は従業員の食品安全に関する行動に大きな影響を及ぼします。例えば、適切な設備が整えられていれば、従業員は食品安全は組織内で重視されていると認識されます。逆に適切な設備がなければ、食品安全は重要でないと認識されます。
持続可能な食品安全文化を育むためには、組織が、業界の最新情報(事故事例、新たな食品安全リスク、法の改正、重要な新技術など)を常に把握しておくことも重要です。
F 説明責任
説明責任とは、すべての従業員に食品安全に対する責任を認識させることです。
これには、従業員に対し、求められる食品安全パフォーマンスを設定し、文書化することが含まれます。要求する食品安全パフォーマンスは単純で、明確で、リスクに基づき、適切かつ具体的なものでなければなりません。
従業員のパフォーマンスに対するフィードバ ックは、タイムリーで、定期的に、バランスの取れた、一貫性のあるものでなければなりません。
フランク・ヤーナス氏はパフォーマンスに対する結果を伝えることは「適切な食品安全行動を形成・強化するための最も重要な方法のひとつ」と述べています。
一方で、否定的な結果を伝えることは 、従業員に否定的な反応を生み、やる気を失わせ、「罰の文化」を助長することになると警告する研究者もいます。
G 従業員の知識、態度、行動及び価値観
従業員の知識、態度、行動、価値観などの特性は、食品安全文化に影響を与えます。
食品安全が職場の仲間の間で社会的に構築される場合は、個人が食品安全に置く価値に強く影響する可能性があります。
食品安全とチームワークを重視する従業員は、同僚の食品安全行動にプラスの影響を与えます。
そのため、ポジティブな食品安全文化の形成には、食品安全への貢献に熱心で、権限を与えられた従業員の存在が不可欠です。
食品安全文化形成の課題と障壁
強力で効果的な食品安全文化を確立し、維持するための課題や障壁についても、いくつか紹介されています。
食品安全マネジメントシステムへの過度の依存
食品安全マネジメントシステムは組織内の食品安全において不可欠な役割を担っています。しかし、こうしたシステムは、食品安全に対する人の影響に十分に対処しておらず、良好な食品安全文化を保証するものではありません。
コスト削減と利益の優先
ポジティブな食品安全文化のライバルとして「コスト削減」が挙げられます
マイナスの食品安全文化によって引き起こされた事故は、組織に壊滅的な経済的損失をもたらす可能性があります。
例えば、ジョン・チューダー&サンズ社は、食品の安全性よりも利益重視の精肉業を営んでいたところ、ウェールズ最大の大腸菌食中毒を引き起こし、同社は倒産しました。
このように、食品安全文化は、組織内の他の目的や文化(節約文化を含む)よりも優先されなければなりません。
組織の大きさ
組織の規模が食品安全に与える影響については、明確ではありません。
ある研究では、小さな組織では、作業場が狭い、資源が不足しているなどの内在的な理由により、食品安全文化を改善するのが難しい可能性があることが示されました。
一方、大企業においても、組織内のさまざまな階層に多くの組織文化が存在するため、改善に困難が伴うことがあると指摘されています。
従業員の頻繁な退職
食品業界は、従業員の離職率が高いことが多く、そのため、新しく入ってくる従業員に対し、頻繁な研修と監督が必要となります。
このような従業員の継続的な離職は、リスクの認識や説明責任といった組織の食品安全文化に寄与する要因に悪影響を及ぼす可能性があります。
楽観バイアス
従業員によっては「楽観バイアス」を持っている場合があります。楽観バイアスとは「自分自身の行動や能力などを実情よりも楽観的にとらえ、危険や脅威などを軽視する心的傾向」のことで、これは食品安全に関する適切な行動の妨げになります。
食品汚染に対する想像力を高め、食品安全に対し価値を見出すことができない限り、従業員ははしばしば食品汚染に注意することに抵抗します。
食品安全文化の推進
食品安全文化を推進するためのベストプラクティスについても、いくつかの文献で示されています。
食品安全文化は、全従業員にとって必要かつ重要な経営課題として推進されるべきである
食の安全は、組織の特定のグループだけの目標ではなく、組織の各メンバーの最重要目標であるべきです。
しかし、食品安全文化を推進することは、「企業、経営者、労働者の相反する動機の間でバランスをとる行為」であり、容易ではありません。
組織は食品安全文化へのコミットメントをブランド化し、あらゆる場所でそれを推進すべきである
ブランド化には、休憩室、廊下、エレベーター、駐車場など、従業員が集まる場所に食品安全のメッセージを掲示し、従業員が忘れないようにすることも含まれます。
しかし、単に食品安全のポスター、貼り紙、シンボルを掲示するだけでは的外れになる可能性があります。
それが効果的であるためには、食品安全のメッセージはシンプルで、望ましい行動が何であるかを伝え、望ましい行動が起こるべき場所に設置し、十分な頻度で更新する必要があります。
食品安全文化は 「オーナーシップ(当事者意識)」の概念を用いて推進されるべきである
食品安全文化を推進する最終的な目標は、食品安全への期待を達成するために「人々に行動を変えるよう説得する」ことです。
従業員個人の態度や価値観を組織と一致させることは、大きな変化を要するプロセスです。そのため、組織の食品安全メッセージは、「私たち」という概念に基づいて構築されるべきです。
この集団的意識は、従業員に正しいことをし、自ら問題を解決するよう促します。また、消費者の安全とブランド保護を確保するための責任感(当事者意識)を育てることに役立ちます。
さらに、食品安全文化を推進する際、組織は従業員の言葉で話し、従業員の職務目標が食品安全とどのように関連すかを明確に示す必要があります。
食品安全文化は組織内だけでなく、そのサプライチェーンにおいても推進されるべきである
強固な食品安全文化は組織内にとどまらず、サプライチェーン全体において求められる必要があります。
このように、食品安全文化に寄与する要因、維持するための課題や障壁、そして推進するための方法が、多くの文献で報告されています。
Q3 食品安全文化はどのように評価されるのか?
最後の質問「食品安全文化はどのように評価されるのか?」についてです。まずは、どのような評価ツールがあるか見ていきます。
どのような評価ツールがあるか
現在ある食品安全文化の評価ツールの多くは、「リーダーシップ」、「インフラストラクチャーや資源」、「個人の態度や価値観」など、食品安全文化に寄与する要因で挙げられた項目を、さまざまな側面から評価する手法です。
これらの評価ツールの目的は、ほとんどの場合が「従業員が安全な食品取扱いを行う・行わない」理由を組織が理解するためです。
食品安全文化の評価ツールの多くは、すでにあった「組織文化の評価ツール」の考え方に対し、食品安全の枠組みを適用したものです。
この戦略を適用した評価ツールのうち、最も一般的であったのは、「Food Safety Climate Tool」と「Food Safety Climate Self-Assessment Tool」の2つになります。
細かな違いがあるものの、これらのツールが対象としている項目は、「リーダーシップ」、「コミュニケーション」、「リスクの認識」、「インフラストラクチャーや資源」、「個人の価値観やコミットメント」などです。
その他の多くのツールは、これら2つのツールに新たな要素を追加することにより成り立っています。例えば、「Food safety climate assessment tool」は、先程の「Food Safety Climate Self-Assessment Tool」に「知識」、「事業の優先事項」、「法令」の要素を追加しました。
規制当局が開発した評価ツールとしては、2012年にイギリスの食品基準庁が発表したツールだけでした。このツールの目的は、行政の監視員が安全文化、経営者の態度や行動を評価するのを支援するためです。しかし、このツールは複雑で、同じような内容が多く、従業員からのフィードバックが不足しており、非常に使いにくいものであると言われています。
このような評価ツールのほかに、食品安全文化を評価するための方法として、第三者監査、データの検証、フォーカスグループ、従業員の行動の観察などがあります。
食品安全文化はどのような結果をもたらすのか?
次に、良い・悪い食品安全文化がどのような影響をもたらすかについて、見ていきます。
3件の大規模な食中毒事例のケーススタディでは、「弱い食品安全文化」が食中毒の原因として考えられています。
会社名 | 発生年 | 事件の概要 |
---|---|---|
John Tudor & Son | 2005 | 南ウェールズで大腸菌O157:H7に汚染された食肉により157人(主に子供)が食中毒になった。 |
Maple Leaf Foods, Inc. | 2008 | リステリアに汚染された食肉加工品により57人が食中毒になり、23人が死亡した。 |
Peanut Corporation of America | 2009 | サルモネラに汚染されたピーナッツ製品により、700人以上の患者と9人の死亡者を出した。 |
これらのケーススタディでは、組織のリーダーは食品衛生をほとんど顧みず、食品の安全性よりもコスト削減を優先することが多かったようです。その結果、設備の清掃やメンテナンスが行き届かず、従業員の食品の安全な取り扱いに関する行動が不十分となりました。
これらのケーススタディから得られた知見に基づき、強力な食品安全文化の下では、従業員は食品安全基準をしっかり遵守し、その結果、食品の品質が向上し、食中毒発生のリスクが減少するという仮説が立てられています。
しかしながら、強い食品安全文化と食品品質の向上との間に直接的な関連性があるという根拠はまだありません。
また、食品安全文化と微生物の汚染状況、従業員の食品安全行動、経済的影響などとの関係を検証した研究は比較的少なく、これらのデータのほとんどは、自己報告式の調査でした(客観的なデータではない)。
そのうちの2件の研究では、食品安全文化の改善または食品安全文化に対するリーダーシップによる支援が、従業員の食品安全行動(手洗い、やる気など)を改善したと報告しています。
また、1件の研究では、食品安全文化が良好なレストランでは、食品安全文化が不十分なレストランに比べて、食品安全に関する違反が少なかったとのことです。
以上が食品安全文化の文献レビューの概要です
FDAの報告書は文献レビューのため、一つ一つの明確な回答を示すというよりかは、現在までの研究の概要をまとめたもの、になります。
それであっても、ここまでまとめられた報告書は他にありませんので、大変参考になります。もしより詳しい内容を知りたい場合は、報告書が引用しているそれぞれの文献を見るとよいでしょう。
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