【事例から学ぶ】食品安全文化の失敗により起こった食中毒

【事例から学ぶ】食品安全文化の失敗により起こった食中毒

食品安全文化の失敗が原因で食中毒が起こった事例はあるのかな?

食品安全文化の「重要性」や「何が求められるか」については、さまざまな記事で紹介されています。

それでは、企業内に強固な食品安全文化を醸成しなかったために起こった食中毒はあるのでしょうか。

実は、いくつかの文献で失敗事例が紹介されています。

そこでこの記事では、「食品安全文化の失敗により食中毒を起こしてしまった事例」を紹介します。

「失敗事例」からは、「成功事例」以上に多くのことを学ぶことができます。

皆さんも、失敗事例から、自分の施設の改善方法を考えてみてください。

目次

事例:Peanut Corporation of Americaの食中毒

紹介するのは、「Peanut Corporation of America社」(PCA)が2008年から2009年にかけて起こした食中毒です。

食中毒の概要

まずは食中毒の概要を見てみましょう。

患者数714人(23%が入院。9人が死亡)
患者の住む州の数46州(+カナダで患者1名)
発症日2008年9月1日~2009年3月31日
患者の年齢1歳未満~98歳(患者の21%が5歳未満)
原因菌Salmonella Typhimurium
原因食品ピーナツバター
CDC

全米で半年以上にわたって発生した食中毒です。

患者の流行曲線(エピカーブ)は下のようになっています。

epi curve
画像:CDC

最終的に患者としてカウントされたのは714人ですが、CDCは22,000人以上が感染していたと予測しています。

州ごとの患者数です。全米に患者が分布していることが分かります。

Patient map
画像:CDC

調査の経過

CDCの情報をもとに、調査の経過を紹介します。

2008年11月10日

CDCの職員が、13人の患者から分離されたSalmonella Typhimuriumが同じDNAパターンを持つことに気が付く。

2009年1月3日

患者調査の過程で、ピーナッツバターが原因と疑われた。

2009年1月9日

ミネソタ州の検査で、キングナッツ社製ピーナツバターの開封済み容器からサルモネラを分離した。当該製品は、ジョージア州にあるPCA工場で製造されていた。FDAがこの工場の調査を開始した。

2009年1月16日

ケロッグ社がPCAから仕入れた原料を使用した製品の回収を開始した。

2009年1月28日

PCAが、2007年1月1日以降にジョージア州の工場で加工されたすべてのピーナッツ及びピーナッツ製品の自主回収を発表し、この工場での生産を停止した。

2009年2月14日

PCAは米連邦破産法第7章の適用(つまり破産)を申請し、資産の整理を開始した。

PCAはピーナツバターだけでなく、様々なピーナッツを含む製品を販売しており、これらはクッキー、スナック、アイスクリームから犬のおやつまで幅広い製品に使用されていました。

そのため、この食中毒により影響を受けた企業の数は360社以上に及び、3,900種類以上の製品が回収の対象になりました。

この食中毒と自主回収の影響により、ピーナッツバターの売上は全体で24%減少し、業界の損失総額は約10億ドル(≒1,500億円)見積もられています

PCAと取引がなかった企業も影響を受けましました。

peanut butter

PCA工場の状況について

PCA工場の状況について、いくつか紹介します。

大手スナック菓子メーカーの元バイヤーが1980年代半ばにPCAのある工場を3度視察しました。そして、3度とも彼は落第点をつけました。

理由は、建物の様々な場所に埃が積もっており、屋根は雨漏りし、窓は開けっ放しで鳥が建物の中を飛び回っており、不潔な状態であったためです。「時限爆弾が爆発するのを待っているかのような状態だった。」とも述べています。

昔からPCAの施設は衛生状態が悪かったようです。

また、PCAは低品質で安価なピーナッツのみを購入し、従業員には法律で認められた最低賃金しか支払っていませんでした。

そして、この食中毒を受けて行ったFDAの立ち入り調査では以下の点が指摘されています。

  • 手洗い設備は、調理器具やモップの洗浄にも使用されていた(交差汚染の恐れ)。
  • 焙煎工程の機器の設定(例:焙煎温度やベルトの速度)が細菌を死滅させるのに十分であるかどうか評価をしていなかった。
  • 生のピーナッツと焙煎後のピーナッツが隣り合わせに保管されていたため、焙煎後の製品が汚染される可能性があった。
  • 建物に隙間があり、搬入口や屋根の空調用吸気口周辺から害虫が工場に侵入できるようになっていた。

このことから製品がサルモネラに汚染される複数の機会があったことが推察されます。

興味深い点として、上記のようにFDAが問題点を指摘しているのにも関わらず、PCAは第三者監査機関の監査では最高評価を維持していました。この事件の少し前の2008年3月に行われたAIBの監査では、「この施設の全体的な食品安全レベルは優れている」との評価を受けています

また、この食中毒前に立ち入った州政府の監視でも、重大な違反は発見されませんでした

FDAの立ち入りは食中毒発生後で、問題点を指摘しやすい状況でした。一方、AIBや州政府の立ち入りは食中毒発生前であり、重大でない問題しかなかった場合、未来を予見して工場の操業を停止させることは難しいです。

第三者監査は、その施設の衛生状態の評価において一定の効果はあります。しかし、限界があることも理解しておきましょう。

立り入り検査の限界については下の記事も参考にしてください。

食品安全文化の欠如

次に「食品安全文化」の視点で、この食中毒を見てみます。

組織内部の情報がすべて明らかにされているわけではありませんが、製品の検査でサルモネラが検出された後のPCAの対応に、食品安全文化の欠如が顕著に表れています。

  • 製品の検査結果が出る前に顧客に製品を出荷していた。出荷後に検査でサルモネラが検出されたことは顧客には伝えなかった。
  • 陰性結果が出るまで製品を再検査した多くの事例があった。
  • ピーナッツ製品に虚偽の分析証明書を添付して出荷していた。
  • スチュワート・パーネル(会社代表)は、PCAから納品された製品からサルモネラを検出したことを顧客から知らされた。その製品は、PCA社内の検査でサルモネラが検出されたが、顧客に出荷されたものであった。スチュワート・パーネルはこの顧客に対し次のようにメールを返信した。「今回の検査結果には唖然としました。このような事例を目にしたのは、26年以上この仕事に携わってきて初めてのことです。私たちは毎日、サルモネラ菌の検査をして証明書を発行していますが、サルモネラを検出したことは一度もありません。」
  • 従業員には、検査でサルモネラを検出していたことは、知らされていなかった。

このように、組織のトップの判断で、利益を優先するために、安全でない製品の出荷や検査成績書の偽造が行われていました。

食品安全文化の醸成には、経営者が食品安全に全力で取り組み、模範とならなければなりません(経営者のコミットメント)。組織のトップが食品安全より利益を重視する姿勢を取っていれば、それは企業文化として組織の従業員にも伝播します。

それでは強固な食品安全文化を確立することはできません。

この事例を基に、食品安全文化の記事を読み直していただき、どのような点に注意すればこの事故を未然に防ぐことができたか考えてみてください。

PCAのその後については、下の記事もご覧ください。


以上が、食品安全文化の失敗により食中毒を起こしてしまった事例の紹介です。

この記事では「Enhancing food safety culture to reduce rates of foodborne illness」を参考にしました。この文献ではPCAの食中毒の他に、さらに2つ事例が紹介されていますので、興味がある方はぜひ読んでみてください。

PCAの食中毒はアメリカの食品安全システムの信頼性を揺るがす大きな事件でした。そのため、この事件を含めたいくつかの食中毒事件が、2010年の「食品安全強化法(FSMA)」制定の推進役となったと考えられています。

FSMAにより、FDAは事故が起こってから対応するのではなく、より予防的な措置を取れるようになりました。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次