ウエルシュ菌の食中毒が発生したとニュースになっていたよ。加熱だけでなく、「冷却」にも注意しないといけないって言っているけど、なにを気をつければいいのかな?
飲食店での食中毒対策は?と聞かれると、一番初めに思いつくのが「加熱」です。「お肉はよく焼いて食べましょう!」とよく言われています。
多くの飲食店は「加熱」の重要性は知っており、調理する際にしっかり加熱するよう心がけています。
一方で、「冷却」について十分注意している飲食店は少ないのではないでしょうか。
というのも飲食店の場合、作ったものをすぐに提供するので、「冷却」がおろそかになりがちです。
しかし、最近は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、飲食店がテイクアウトやデリバリーで食品を提供する機会が増えています。つまり、調理した食品がすぐ食べられないということが多くなります。
その場合、食中毒予防に「冷却」が非常に重要になります。
「うちはすぐに小分けして冷やしているから大丈夫だよ。」という方でも、小分け容器の深さや、冷却時の温度と時間の確認まで行っている施設は少ないのではないでしょうか。
そこで、この記事ではアメリカのCDCのウェブサイトを参考に、適切な「冷却」について解説します。
なぜ冷却は重要なのか
アメリカで1998から2008年の10年間に発生した食中毒のうち、飲食店で発生した食中毒の504件は、冷却に問題があったため発生しました。
裏を返せば、適切に冷却を行っていれば、これらの食中毒は防ぐことができたかもしれないということです。
日本で同様のデータは見当たりませんでした。そこで、冷却が問題で発生するウエルシュ菌の食中毒を代わりに見てみましょう。
日本ではウエルシュ菌の食中毒が毎年30件ほど発生し、1事件あたりの平均患者数は84名と、大規模な食中毒になりがちです。そのため、適切な冷却により、毎年およそ2,500人(30件×84人)が食中毒になるのを防ぐことができるかもしれません。
このように、食中毒予防において、適切な冷却が重要なことが分かりますね。
アメリカでの飲食店向けの冷却の基準
それではここで、アメリカの食品安全規制のテキストであるFDA(米国食品医薬品局)の「Food Code」で冷却がどのように書かれているか見てみましょう。Food Codeをよく知らない方は、以下の記事をご覧ください。
冷却については、以下のように「冷却の温度/時間」と「冷却方法」について決まりがあります。
3-501.14 冷却
(A) 調理された食品は、(1)及び(2)を満たさなければならない。
(1) 57ºC から 21ºC まで 2 時間以内に冷却する。
(2) 57ºCから 5ºC以下まで合計 6 時間以内に冷却する。(B) 常温の原材料(ツナ缶など)を使って調理した場合、4 時間以内に 5℃以下に冷却しなければならない。
(C)、(D) (略)
2022 Food Code 3-501.14 Cooling.
(A) は考え方が少し難しいので補足します。
(1)はこの冷却プロセスの重要な点です。食中毒を起こす細菌の多くは20~50℃でよく増殖し、35~40℃で最も増殖が活発になります。そのため、必ず2時間以内に57℃から21℃まで冷却しなければなりません。
例えば、57ºC から 21ºC まで 1 時間以内で冷却した場合、そこから5ºC以下まで冷却するのに 5 時間の余裕があります。
一方、57ºCから 5ºC以下まで合計 6 時間以内で冷却したとしても、最初の21ºC までの冷却に 3 時間かかった場合、Food Codeの規定を満たしているとは言えません。(2022 Food Code, Annex 3 – 113)
次に「冷却方法」を見てみましょう。
3-501.15 冷却方法
(A) 冷却は、§3-501.14に規定される時間及び温度の基準に従い、冷却される食品の種類に基づき、以下の方法の一つ以上を用いて行わなければならない。(1) 食品を浅い鍋に入れる。
(2) 食品を小さく、または薄く分ける。
(3) 急速冷却装置を使用する。
(4) 食品を容器に入れ、それを氷水の浴槽に入れ、食品をかき混ぜる。
(5) 熱が伝わりやすい容器を使用する。
(6) 食品に氷を加える。
(7) その他の効果的な方法(B) 冷却又は保冷器に入れる場合、食品を冷却する容器は、以下の条件を満たさなければならない:
2022 Food Code 3-501.15 Cooling Methods.
(1) 食品を冷却する容器は、容器を通して熱伝達が最大になるよう機器内に配置する。
(2) 冷却中、食品の表面からの熱伝達を促進するために緩く覆うこと。または、頭上の汚染から保護されている場合は覆わないこと。
(A)の「(7) その他の効果的な方法」として、凍らせた棒(中に水が入っている)を使ってかき混ぜるという方法があります。日本ではあまり見ませんが「Cooling Ice Paddle」で検索すると出てきます。
(B)の(1)は「容器同士を近づけすぎたり、重ねたりすると、熱が逃げにくいのでダメですよ。」という意味です。
(B)の(2)は「上部からの汚染を防ぐため、容器に蓋をしなければならないが、蓋をしっかり閉めると熱が逃げにくくなるので、軽く覆うくらいでいいですよ。」ということです。
日本での冷却の基準
参考までに日本の基準はどうなっているか見てみましょう。
給食など、大量調理を行う施設(1回300食以上を調理)の場合は以下のようになっています。
4.原材料及び調理済み食品の温度管理
(3)
① 加熱調理後、食品を冷却する場合には、食中毒菌の発育至適温度帯(約20℃ ~50℃)の時間を可能な限り短くするため、冷却機を用いたり、清潔な場所で衛生的な容器に小分けするなどして、30分以内に中心温度を20℃付近(又は60分以内に中心温度を10℃付近)まで下げるよう工夫すること。
大量調理施設衛生管理マニュアル(平成29年6月16日)
大量調理施設向けのガイドラインだけあって、通常の飲食店を対象としたFood Codeより、かなり厳しい基準となっています。
それでは、通常の飲食店向けの基準はどうなっているのでしょうか。厚生労働省の飲食店向けのガイドラインを見てみましょう。
冷却する場合には、危険温度帯(10~60℃)に長く留まらないようにするため、すみやかに冷却する必要があります。
そのためには、小さな容器に食品を小分けしたり、食品の入った鍋のあら熱をとり、ふたをして鍋ごと冷蔵するなどして、冷却ムラを防ぐことが重要です。
HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書 (小規模な一般飲食店事業者向け)(平成 31 年 2 月改訂)p.26
とくに具体的な温度と時間は書かれていません。また、FDAの「Food Code」や「大量調理施設衛生管理マニュアル」を参考に実施するよう書かれています。
通常の飲食店が「大量調理施設衛生管理マニュアル」のとおり冷却することは難しいです。そのため、具体例が豊富なFood Codeの基準に従い実施するのがよさそうですね。
調査の結果わかったこと
ここでCDCが行った調査の結果から判明した事実を紹介します。
- 以下のように多くの飲食店で冷却方法に問題があった。
- 冷却の温度をモニタリングをしていない(温度の確認をしていない)。7軒に1軒の飲食店が5℃以上の冷蔵庫に食品を保存していた。
- 食品を7.6cmより深い容器に保存している。10軒に4軒の飲食店がこのような容器に熱い食品を入れていた。
- 食品の熱を逃がしていない。4軒に1軒の飲食店が、食品の熱を逃がし、汚染から守るために必要な「ゆるく蓋をする」をしていなかった。
- 責任者が食品安全に関する資格を有している飲食店やチェーン展開している飲食店では、適切な冷却方法を実施している傾向があった。
「食品を7.6cmより深い容器に保存している。」についての補足です。Food Codeでは容器の深さとして「7.6cm(3-inch)」という具体的な規定はありませんが、目安として用いられる数値です。
ただし、7.6cm以下の深さであれば大丈夫というわけではなく、文献によっては冷凍庫を使って冷却した場合でも「5.1cm(2-inch)」以下でなければならないとなっています。
しかし、冷却の速度は食品の種類や特性(例:粘度が高いカレーとスープのようなカレー)、容器の種類、機器の性能などによって異なります。
そのため、容器の深さという数字だけを見るのではなく、「自分の施設にある設備で、自分が調理した食品がFood Codeの規定を満たすことができるのか」を検証することが重要です。
適切な冷却の実現のために必要なこと
CDCの調査の結果、多くの施設でFood Codeが推奨している冷却の基準を満たしていないことが分かりました。
そのため、CDCによると行政や飲食店の経営者は以下の点に注意することで、施設の冷却方法を改善することができると言っています。
- (チェーン店ではない)個人経営の飲食店や小規模の飲食店に対し、監視を強化する。
- FDAのFood Codeの冷却方法に従う。
- キッチンの責任者に食品安全に関する資格を取得することを奨励または義務付ける。
1点目について
チェーン店や大規模施設の方が、個人経営店や小規模施設よりも、適切な冷却を行っている傾向がありました。その理由として、チェーン店や大規模施設は、「より多くの資源がある」、「より多くの(またはより良い)訓練を受けた従業員がいる」、「より標準化されたマニュアルがある」ことが考えられます。
また、「施設の面積が大きい」や「冷却設備に余裕がある」ため、冷却に割り当てるスペースが広い点も理由として考えられます。
そのため、こういった施設以外に監視の目を向けることで、効率的に「適切な冷却」を指導することができます。
2点目について
冷却の基準を満たすことが難しい理由として、多くの施設で、スペースが足りないことを挙げています。そのため、調理する量を自分の施設の限られたスペース及び設備で、適切な冷却ができる量に抑えることも重要です。
また、Food Codeの冷却方法に従っていることを確認するために、温度をモニタリングすることが重要です。モニタリングした温度の記録がなければ、適切に冷却ができていたかを責任者が確認することができません。
さらに、冷却方法の事前の検証、そして定期的な検証も重要です。自分の施設でやっている冷却方法がFood Codeの基準を満たすのか、事前に中心温度計やデータロガーを使い、確認する必要があります。
また、定期的に温度計の校正を行い、冷却が適切に行われているかも確認しなければなりません。
3点目について
日本では飲食店に食品衛生責任者の設置が義務付けられています(食品衛生法施行規則 別表第17)。そのため、この3点目の注意点は該当しないように思えます。
ただし、食品衛生責任者になるには6時間の講習を受けなければならないのですが、調理師、製菓衛生師、獣医師、歯科医師、薬剤師といった資格がある人は講習を受けなくても食品衛生責任者になることができます。ただし、このような有資格者は、「適切な冷却」に関する知識が必ずしもあるわけではないです。
そのため、有資格者が食品衛生責任者になる場合でも、冷却についてきちんと教育・訓練を行いましょう。
また、資格がない人でも6時間の講習を受ければ、だれでも食品衛生責任者になれます。更新の必要もありません。そのため、講習を受けた食品衛生責任者であっても、適切な冷却方法について、施設で定期的に教育・訓練を行うことが大切です。
以上が飲食店における適切な冷却方法の紹介です。
この記事を読んで、自分の施設の冷却方法が不十分だと感じた方は、今日から適切な冷却を実行してください。
実際にやってみると、Food Codeの冷却の基準であっても満たすことが、いかに難しいか知ることができると思います。でも挫折しないでください。
難しいことだと知ることができれば、さらに工夫をし、対策を取り、食中毒のリスクを下げることができます。
リスクを知らない状態から、知る状態になるだけでも、すばらしい一歩だと思います。
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