HACCPが義務化になって、飲食店でも「加熱」の記録を取らなければならなくなった。きちんと加熱できたかなんて、どうやって確認すればいいのかな?
「加熱」は食中毒予防において、だれもが行っている重要な工程の一つです。
飲食店においても、食材を日々きちんと加熱することで、安全な食品をお客様に提供しています。
しかし、日本では2021年からHACCPが義務化されたことに伴い、飲食店であっても加熱の状況を確認し、記録する必要があります。
職人の勘や経験だけでは、不十分ということです。
「加熱をきちんと行ったという確認はどうすればよいの?」や「肉の色が茶色に変わればいいの?」というような疑問を持っていませんか。
そこで、この記事ではアメリカの情報を参考に、適切な「加熱」について解説します。
日本の加熱の基準はどうなっているの
まず、日本における飲食店向けの「加熱」の基準はどうなっているのでしょうか。厚生労働省の小規模飲食店向けのガイドラインを抜粋しました。
HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書 (小規模な一般飲食店事業者向け)(平成 31 年 2 月改訂)p.24
- 食品の中心部が十分に加熱されたときの火の強さや時間、見た目(形状・色)、中心部の色などを確認しておき、日々の調理の中では、見た目などによって加熱が十分であることを確認しましょう。
- できれば食品の中心温度の確認も実施し、有害な微生物が殺菌できる温度まで加熱できているかどうかの確認を行いましょう。新しくメニューを考えたときなどに確認を行ってはどうでしょうか。
- (参考)食肉などに付着している多くの有害な微生物は、75℃で 1 分間以上の加熱で死滅します。そのため、中心部まで火を通すことが重要とされています。
事前に「食品の中心部が十分に加熱されたときの火の強さや時間、見た目(形状・色)、中心部の色などを確認しておくこと」となっています。
そして、事前に条件を確認しておけば、日々の営業は「見た目など」を確認すればよいとなっています。
しかし、「十分に加熱されたとき」というのが、何℃で何秒間加熱すればいいか書かれていません。
参考情報として、「75℃で1分間」という具体的な数字が出てきます。すべての食品で「75℃で1分間」の加熱が必要ということなのでしょうか。
また、十分に加熱されたときを「どのように確認するのか」についても書かれていません。中心温度計での温度の確認は、「できれば」や「行ってはどうでしょうか。」とかなり控えめな書き方となっていて、必ずしも中心温度計を使わなくてもいいように見えます。
それでは、中心温度計を使わずに、「十分に加熱されたとき」を確認する方法はあるのでしょうか。見た目や中心部の色で十分に加熱されたかを確認すればいいのでしょうか。
このガイドラインだけでは、「事前の確認」を具体的にどうやるのかが、少しわかりづらいですね。
自分で考えて実行するというのがHACCPの重要な点です。
しかし、専門知識や資源に乏しい個人経営店や小規模の飲食店では、このガイドラインを見ても、「事前の確認」をどうすればいいか、悩んでしまうかもしれません。
アメリカの加熱の基準はどうなっているの
ところで、アメリカの飲食店向けの基準はどうなっているのでしょうか。
ここで、アメリカの食品安全規制のテキストであるFDA(米国食品医薬品局)の「Food Code」で加熱がどのように書かれているか見てみましょう。Food Codeをよく知らない方は、以下の記事をご覧ください。
Food Codeで加熱は「3-401 Cooking」に細かく書かれています。かなりのボリュームがあるため、簡易版を下に示しました。
それぞれの食品の種類に応じて、決められた温度と保持時間で、食品のすべての部分を加熱するように調理しなければなりません。
食品の種類 | 最低温度 | 最低保持時間 |
---|---|---|
消費者の注文に応じ、すぐに提供する卵 商業的に飼育された狩猟動物 この表または¶3-401.11(B)に明記されていない魚、肉類 | 63℃ | 15秒 |
すぐに調理されない卵 みじん切り、フレーク状、粉砕、ミンチなどの方法で小さくされた魚、肉類(挽肉、ソーセージなど) インジェクション処理された肉類 テンダライズ処理された肉類 | 70℃ 68℃ 66℃ 63℃ | <1秒 17秒 1分 3分 |
家禽類 詰め物をした魚、肉類、パスタ 野生狩猟動物 | 74℃ | <1秒 即時 |
電子レンジで調理した食品 | 74℃ | 電子レンジから取り出してから2分間保持 |
このように食品の種類ごとに、細かく温度と時間が決められています。
こうして見ると、日本のガイドラインにあった「75℃で1分間」の加熱は、かなり厳しい条件だと言えます。わかりやすさを優先して、一番厳しい「75℃1分間」で統一しているのでしょうか?
Food Codeの加熱に関連した他の箇所も見てみましょう。
責任者の義務が以下のように定められています。
2-103.11 責任者
責任者は以下のことを確実に行うこと。
(A)~(F)(略)
(G) 従業員が、適切に管理された温度計を使用して、食品の加熱温度を日々モニタリングしているのを日常的に監督することにより、従業員が食品を適切に加熱していること。
(H)~(Q)(略)
FDA 2022 Food Code 2-103.11 Person in Charge.を筆者が一部改変
このように、責任者は従業員に温度計を使って温度を計るよう指示し、従業員が上記の温度と時間で適切に食品を加熱していることを、監督しなければならないとなっています。
Food Codeは日本のガイドラインよりもかなり具体的に書かれていますね。
「見た目で判断する」は可能なのか?
日本のガイドラインでは「見た目(形状・色)、中心部の色などを確認」とあったけど、本当に見た目で判断しても大丈夫なの?
実はアメリカでは「触った感じ」、「肉の色」、「肉汁の色」などで、肉が十分に加熱されたかどうかは分からないので、温度計で温度を計るよう助言がされています。
ワシントン州の健康局のウェブサイトで「食品安全に関する迷信」を紹介しています。一般消費者向けの内容ですが、加熱が十分に行われたかの確認は、温度計を使うように言っています。
【迷信】肉汁が透明になったら火が通っている。ハンバーグは真ん中が茶色になったら焼き上がりだ。
【事実】肉が安全な内部温度まで加熱されているかどうかを判断するのに、色で判断するのは良い方法ではありません。重要なのは、肉を中心までどれだけ加熱したかです。肉の中心が安全な温度まで加熱されたかどうかを知る唯一の方法は、温度計を使うことです。
アメリカで食肉の安全を管轄しているのはUSDA(アメリカ合衆国農務省)です。
USDAのホームページでも、食肉が十分に加熱が行われたかの確認を見た目で行わないよう、注意喚起しています。以下に内容の一部を紹介します。
- 多くの食品取扱者や消費者は、食品の色の変化など目に見えるサインが、その食品が安全に調理されていることの指標になると信じている。しかし、色や食感の指標は信頼性に欠けることが研究により明らかになっている。特に、カンザス州立大学が1995年に行った研究では、かなりの数の挽肉のパティが71℃に達する前に褐色に変色しており、焼き加減を色で判断することは信頼できないことが判明した。
- USDAが、全国各地から購入した挽肉でパティを作り、加熱調理した。その結果、4個に1個が71℃に達する前に色が茶色になった。
- 1997年6月にUSDAはプレスリリースを発表し、挽肉のパティを調理する際には中心温度計を使用し、肉の色で判断しないよう消費者に注意喚起した。
USDAのウェブサイトによると、様々な要因が肉の色に影響を与えるとのことです。具体的には、酸素との接触、解凍の有無、鮮度、pH、色素のレベル、脂肪分などがあげられています。
このように、少なくとも食肉については、見た目(肉を触った感じ、肉の色、肉汁の色など)は、十分な加熱が行われたことの証明にはならないことが分かりました。
ということは、アメリカではすべての飲食店が中心温度計でハンバーガーのパティの温度を計っているの?
温度計を使用すれば、必要な温度に達したことを確実に確認できます。しかし、実際はほとんどの飲食店で温度の測定はしていないようです。
CDCが行った調査では、77%の飲食店は、温度計を使った温度の測定をほとんど行っていませんでした。
また、ハンバーグの焼き加減の判断方法は、「ハンバーグの内側の色で確認することが多い」(49%)、「ハンバーグの外観(肉汁が透明など)で確認することが多い」(61%)、「ハンバーグの手触りで確認することが多い」(37%)と、温度以外の方法で確認している割合が高かったです。
このように、現実的には、飲食店で常に中心温度計を使うことは難しいようです。
HACCPに沿った「加熱」を行うために
忙しく、メニューが多い飲食店では、加熱するすべての食品の温度を計ることは現実的ではありません。
そのため、日本の飲食店向けのガイドラインにあったように「見た目」で判断することは、ある程度仕方がないことです。
しかし、アメリカの例を見て分かるように、食肉の場合、見た目だけで加熱の状態を判断することは危険なことが分かりました。さらに、食肉は腸管出血性大腸菌、カンピロバクターといった病原微生物に汚染されていることがあり、食中毒が多く発生しています。
そこで、少なくとも中心部まで火が通りにくい肉料理(例:ハンバーグ、焼き鳥)については、事前に中心温度計を使って、ほんとうに加熱できているか「検証」してみましょう。
自分が普段行っている方法で調理をして、一番温度が上がりにくい部分の温度を測定したときに、必要な温度と時間に達していれば、問題ありません。
その方法・条件を、マニュアルとして保管しておきましょう。
日々の営業では、そのマニュアルの通り実施していれば、適切な加熱を行うことができます。
ただし、食材の状態、気温、調理器具の老朽化など、加熱する条件は日々変わります。
そのため、施設の規模に応じて、1日に1度、1週間に1度など、定期的に検証を再度行い、継続して加熱が適切に行われていることを確認する必要があります。
この「検証の結果」、そして「日々の営業ではマニュアル通り行った」という記録を取っておけば、HACCPに対応した加熱ができていると言えます。
以上が適切な加熱についての解説になります。
中心温度計を使った温度の測定は、日本の飲食店ではあまり馴染みがないかもしれません。
でも、温度計を食品に刺すだけなので、思ったより簡単に行えます。
これを機会に、自身の施設でも中心温度計を購入し、温度を計ってみてください。
もしかすると、「今までやっていた加熱方法では不十分だった。」ということが分かるかもしれません。それを知ることができれば、改善に取り組むきっかけとなります。
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