第三者監査で優れた結果を得ている施設で大規模な食中毒が起きたという記事を見たよ。定期的な監査を受けているはずなのに、どうして食中毒が起きるのだろう?
現在、自社製品の安全性を客観的に証明するために、多くの食品企業が「第三者認証」を取得しています。
第三者認証を取得するためには、定期的な第三者による「監査」があります。
また、認証を取得していなくても、すべての食品事業者は定期的な保健所の「立ち入り検査」を受けます。
このような監査や立ち入り検査の際には、従業員の食品の取り扱い、施設の状態、記録、マニュアルなどがチェックされ、食中毒を起こさない施設であるかどうかを第三者の目で「検証」されます。
そして、バイヤーは監査報告書を参考に、その業者(サプライヤー)から食品を購入するかどうかを判断します。
それでは、このような「第三者監査」や「保健所による立ち入り検査」を受けた施設では、食中毒は起きないのでしょうか?
実際にはこれらの監査を受けた施設でも、多くの食中毒が起きています。
そこで、この記事では第三者監査の限界について、「Audits and inspections are never enough: A critique to enhance food safety」※をもとに、第三者監査の課題について紹介します。
※D.A. Powell et al. Food Control, Volume 30, Issue 2, April 2013, Pages 686-691
この記事を読めば、「第三者認証を取得している施設だから問題ないに違いない。」といった思い込みを見直すきっかけになると思います。
第三者監査を受けている施設でも食中毒は起きている
まず、第三者監査の失敗事例としてよく取り上げられる食中毒の事例を紹介します。
Peanut Corporation of America (PCA) のサルモネラ食中毒
患者数 | 714人(23%が入院。9人が死亡) |
患者の住む州の数 | アメリカ46州(+カナダで患者1名) |
発症日 | 2008年9月~2009年3月 |
患者の年齢 | 1歳未満~98歳(患者の21%が5歳未満) |
原因菌 | Salmonella Typhimurium |
原因食品 | ピーナツバター |
リコール | ピーナッツバター及びピーナッツを含む製品3900点以上 |
この施設ではAIBの監査を定期的に受けており、食中毒の直前に行われた監査では「この施設の食品安全レベルは総合的に優れている」という評価を受けました。
また、AIBの監査だけでなく、州政府の立ち入り検査でも軽微な問題しか発見されませんでした。
しかし、食中毒後にFDAが立ち入りした際には、食中毒を引き起こす様々な状況があったことが指摘されています(詳細は下の記事を参照してください)。
この事件以外にも、学校給食で起こったO157食中毒(2005)、ほうれん草を原因とするO157食中毒(2006)、メロンを原因とするリステリア食中毒(2011)など、第三者監査や立ち入り検査が機能せず、食中毒が発生したと指摘されている事件は数多くあります。
第三者監査の限界
食品安全以外の分野では第三者監査の有効性は証明されているの?
アメリカで行われた「鉄道の安全性」に関する10年間の調査では、「監査の点数」と「列車事故率」や「人身事故率」には相関がないことが分かっています。
そして、食品安全分野においても、立ち入り検査の結果と食中毒発生にあまり関係がないことが分かっています。
例えば、テネシー州で7年間にわたる保健所の立ち入り検査の結果(16万件以上)を調査したところ、「食中毒を起こした施設」と「そうでない施設」との間には、点数に差がないことが分かりました。
このように、第三者による監査は、現在の形では「食中毒予防」という点に関して限界があります。
これは、第三者監査が意味がないことを示しているのではなく、監査システムのどこかに問題があり、監査プロセスが有効に機能していないことを示しています。
具体的には下のような課題が指摘されています。
第三者監査の課題 | 説明 | 失敗例 |
---|---|---|
事業の一部分の切り取り | 監査は、事業のごく一部分の評価でしかない。 将来のパフォーマンスは保証できない。 多くの監査員は事業者から提供されるものしか確認することができない。 | PCAの食中毒発生後のFDAの調査では、ピーナッツ工場で2007年6月まで遡ってサルモネラ菌が混入していたことを示す検査記録などを発見した。 ⇒通常の監査では提示されなかった情報があった |
有効な監査基準への依存 | 監査は、有効な基準があってこそ有効である。 基準はエビデンスに基づくものでなければならず、製品固有のリスクと作業に対応するように設計されなければならない。 基準は業界の変化や新しい科学的知見が明らかになった場合に対応できるものでなければならない。 | 2011年7月にメロンを原因とするリステリア食中毒が発生した。メロンのリスクに関するそれまでの研究は「サルモネラ菌」に焦点を当てたものであり、監査の基準は「リステリア」のリスクに対処するには不十分だった可能性があった。 ⇒基準が新たなリスクに対応していなかった |
効果的な監査ツール | 監査ツール(チェックリストなど)は妥当でなければならない。 監査の品質と信頼性には高いばらつきがあり、監査ツールの長さ、複雑さ、スタイルも多種多様である。 監査に合格しても、リスクが残っている場合がある。 | 2010年、卵がサルモネラ菌に汚染され、2,000人が感染、5億個の卵が回収された。この施設の監査結果は「優」で、報告書は10~20ページにも及び、300以上の監査項目が含まれていた。 ⇒どんなに多くの監査項目があっても、それらの項目が妥当でなければ意味がない |
監査員の能力 | 監査に必要なのは単なるチェックリストではなく、注意力と思考力である。 監査員の個々の能力は、監査の結果に大きな影響を与える。 効果的な監査員は、提供された情報を統合して食品安全マネジメントシステムの有効性を判断できなければならない。 | PCAの食中毒発生後、監査員と監査会社双方の能力が批判された。PCAの施設を監査した監査員は、経験豊富であったが、生鮮食品の専門家であり、ピーナッツがサルモネラ菌に感染しやすいことを知らなかった。 ⇒ピーナツ工場を監査するには、監査員の能力が不十分であった |
監査範囲 | 監査範囲は、すべての業務、場所、製品をカバーしなければならない。 企業は、様々な価格の見積もりを提示された場合、最も安いものを選択することが多い。これは監査時間が短いものである可能性が高い。結果として、監査を依頼する企業にとってはコスト削減となるが、監査員が問題点を発見する可能性が低くなる。 | 2007年、スナック菓子が原因のサルモネラ菌食中毒が発生した。この工場は、監査で「優」の評価を受けていたため、監査員や監査の有効性について疑問が投げかけられた。実はこの監査範囲は、原材料のサプライヤーにまで及んでいなかった。 ⇒監査ですべてをカバーしているように見えても、実は一部分しか監査していないことがある |
利益相反 | バイヤーは、サプライヤーに監査費用を負担するよう求めている。 しかし、悪い監査結果を受けたサプライヤーは、次回の監査では同じ監査員を雇わないかもしれない。 そして、監査会社は、監査員の利益相反について、監査員の誠実さに頼らざるを得ない。 | |
フォローアップ | 監査員には法的権限はなく、記録を要求したり、製品の出荷を止めたり、営業停止にすることはできない。 監査員も監査を受ける企業も、法令違反を規制当局に報告する義務はない。 バイヤーが監査報告書を精査しない場合、サプライヤーに重大な不適合があったことを知ることができない可能性がある。 |
これらの例からも分かるように「サプライヤーが第三者認証を得ている」や「監査報告書を提出してもらう」だけでは、安全でない食品を仕入れている可能性があります。
監査の効果を向上させるには
監査に限界があるとして、監査結果を使う人(バイヤー)はどのように対応すればいいのですか?
監査は理論的には食中毒予防に役に立ちます。
しかし、理論は実践と異なることが多々あります。
過去の事例からも分かるように、監査員が提供するもの(事業の一部分の切り取り)と、バイヤーが信じているもの(製品とプロセスの完全な検証)との間には断絶があります。
それではこの断絶を埋めるにはどうすればいいのでしょうか?
監査報告書について、バイヤーがその内容を検討し、監査基準で扱われているリスクを理解し、その結果に基づいて意思決定を行う場合にのみ監査は有用になります。
それでは、監査員や監査の基準を作る立場の人はどうすればいいのでしょうか。
現在、監査の限界を解決するためのポイントとして「食品安全文化」が注目されています。
食品安全文化が浸透している組織では、監査員や保健所の職員がいない時でも、組織として自発的に食品安全に取り組みます。
さらに、強固な食品安全文化が根付いている組織においては、第三者監査の結果を積極的に改善の機会ととらえています。
食品安全に積極的な企業であれば、不利益になる情報を監査員に隠すこともないですね。
このように、食品安全文化が根付いている組織であれば、監査が「事業の一部分の切り取り」であったとしても、継続的に食品安全が向上していきます。
このような背景のもと、「食品安全文化」は第三者監査の基準に反映されるようになってきています。
しかし、基準を見ると、表面的なところしか評価しておらず、「監査の課題」の本質は解決されていないように見えます。新たな取り組みですので、有効性については今後検証されることを期待しています。
また、新たな監査手法の検討も行われています。
食品安全文化を評価する一番いい方法は、従業員が実際に行っている作業を観察することです。
そこで、JBS(食肉加工会社)は2010年にビデオカメラを使った監査の試験運用を開始しました。
設置されたカメラに録画された映像は、監査員が24時間体制で観察することができ、無作為に行われる監査は遠隔で実施されます。
これにより、問題のある行動に対し即時のフィードバックが可能になります。
さらに、従業員にとっては、自分たちの仕事ぶりを観察して学ぶことができるため、効果的なトレーニングツールになることが判明しました。
この試験運用の結果はすぐに表れ、改善は数ヶ月ではなく数日単位で見られ、法令順守率は常に99%を超えていました。
対面での監査では、従業員は特に「いい行動」を取りたくなります。そのため、カメラを使って普段の行動を観察するのは理にかなっていますね。
おわりに
以上が、第三者監査の限界とその解決策についての紹介です。
監査でよい結果を受けた施設でも多くの食中毒が起こっていることから、「第三者監査は意味がない」と思われる方もいるかもしれません。
しかし、それは間違いです。
監査に意味がないのではなく、その限界を理解し、どう使うかがポイントです。
監査結果を有効に利用するためには、今回示したような監査の限界を、サプライヤー(監査を受ける側)とバイヤー(監査結果を使う人)が理解して、監査結果をもとに積極的に改善していくことが重要です。
そして、第三者監査の結果はその施設の食品安全を判断するための一つの指標にすぎないことも忘れないでください。
第三者監査の結果に加え、微生物検査の結果なども入手し、さらに第二者監査を実施しサプライヤーと直にコミュニケーションを取ることなども、サプライチェーン全体の食品安全を向上するために重要となります。
コメント
コメント一覧 (1件)
個人的には、監査員の差がかなり大きいと思います。
そして、監査項目の背景を理解せずに、文字だけを解釈し、監査している人が大勢います。
そのような監査をされると、施設側もより良い成績を取ることが目的となってしまい、食品安全レベルの向上に繋がりません。