なぜ日本では食中毒調査の詳細が謎のまま?アメリカの透明性強化の取組から学ぶ

なぜ日本では食中毒調査の詳細が謎のまま?アメリカの透明性強化の取組から学ぶ

FDAが食中毒調査の「透明性」の強化に取り組んでいるというニュースと見たよ。日本ではあまり調査内容が公表されていない気がするけど、アメリカと比べるとどうなんだろう。

アメリカではFDAやCDCが、複数の州にまたがる「広域食中毒」が発生した際に、州の健康局、地域の保健所とともに調査を行います。

別の記事で紹介しましたが、FDACDCは「調査中」段階から、自身のウェブサイトで調査の細かな状況を公開しています。

さらに、「調査後」の食中毒についても積極的に情報公開を行い、透明性の強化に努めています。

そこでこの記事では、調査が終了した食中毒の情報公開について、日米の違いを紹介したいと思います。

この記事を読めば、日本の食中毒調査の透明性について課題が見えてくると思います。

目次

①Outbreak Investigation Reports

アメリカでは「調査が終了した食中毒」について、様々な形で情報が公開されます。まずFDAが公開している代表的な3つの報告書を紹介します。

「Outbreak Investigation Reports」は、食中毒の調査結果をまとめたもので、主な目的は「食中毒の原因究明」と「今後の再発防止策」を共有することにあります。

報告書は、次の3つの章で構成されています。

  • 調査の目的: なぜこの調査が行われたのかの背景を説明
  • 調査結果: 調査で何が判明したかが詳細に書かれています。これには、疑わしい食品のさかのぼり調査(生産元、流通過程など)や、食品や関連施設から採取したサンプルの検査結果、食中毒が発生した根本原因などが含まれます。
  • 改善案: 調査結果に基づいて、再発防止のために生産者や業界全体に対してどのような取組が求められるか、具体的な推奨事項が示されます。

行政担当者や食品事業者はこの報告書を読むことで、同じような問題を起こさないための具体的な対策を立てることができます。

食中毒の探知から原因究明、そして再発防止策が示されているので、私たちが一般的に想像する食中毒の報告書ですね。

ここでは例として、2020年に発生した桃を原因とするサルモネラ食中毒の報告書を紹介します。

peaches

9ページと長いため、要約だけを紹介します。

2020年8月から10月にかけて、FDAと複数の州・連邦機関が、ある大手の桃の生産者が包装・出荷した桃に関連するサルモネラ食中毒の調査を行いました。アメリカでは17の州で合計101人が感染したと報告されています。

調査の結果、この生産者の包装施設や冷却施設、果樹園が感染源の可能性があると考えられ、重点的に調べられました。

この調査では、採取されたサンプルから今回の食中毒の原因となったサルモネラ(全ゲノムシーケンス解析による)は発見されませんでしたが、果樹園から採取したサンプルからは多くのサルモネラが検出されました。これらの菌は、過去に鶏や牛から見つかった菌と似ていましたが、今回の感染とは直接関係していないものでした。

桃を出荷していた果樹園の位置情報と菌の遺伝子情報を分析した結果、近くの家畜施設(鶏舎や牛舎)から飛んできたホコリなどが原因で桃が汚染された可能性があると考えられました。

FDAは、人間、動物、植物、そしてそれらが共有する環境が相互につながっていることを認識しており、この問題に取り組むには、農業関係者(畜産事業者、農産物栽培者、政府機関、学術界など)の間で協力が不可欠です。

今回の件(樹木になる果物での事例)のように、畜産事業者をはじめとする関係者が協力することで、生鮮食品が人間の病原菌で汚染される可能性を減らすための対策を見つけて実行することが可能になります。

FDA:Factors Potentially Contributing to the Contamination of Peaches Implicated in the Summer 2020 Outbreak of Salmonella Enteritidis

②Executive Incident Summary (EIS) Abstracts

「EIS Abstracts」は、食中毒の調査が終了した際に、その概要をまとめたものになります。

この報告書の主な目的は、調査の発見事項、食品汚染の原因、そして公衆衛生上の対応を簡潔かつ迅速に公開することです。

EIS Abstractsの内容

  • 事件の概要: いつ、どこで、どのような種類の病原体や食品に関連する事件が発生したか。
  • 調査結果: 疫学的なデータや、食品・環境サンプルから得られた検査結果など、調査で明らかになった主な事実。
  • 対応: 調査の結果、FDAが行った措置や、再発防止のために業界や消費者に向けた勧告など。

この EIS Abstracts は、先ほどの「Outbreak Investigation Reports」よりも簡潔で、重要なポイントを素早く把握できるように作られています。

調査の結果、原因食品・施設が特定されなかった事例についても、公表されています。原因が特定できなかった事例からも多くのことを学べますね。


ここでは例として、2025年に発生したキュウリを原因とするサルモネラ食中毒のEIS Abstractsを原文のまま紹介します。

cucumber
Salmonella MontevideoCucumber2025 (ref #1304) - コピー
FDA

内容はよくわかりませんが、1ページに収まっており、最初の報告書よりも簡潔なので、対象は一般市民やメディア向けでしょうか。

③Foodborne Outbreak Overview of Data (FOOD) Reports

FOOD Reports」は、過去に食中毒が繰り返し発生している「食品」と「病原体」の組み合わせについて、過去の発生状況や傾向を分析したものです。

FOOD Reportsの特徴

  • 過去の事例について患者の発生状況、検査結果、食品のさかのぼり調査、実施された対策などを包括的に記載
  • 食品安全の施策や研究に役立つデータベース的な資料

将来の食中毒予防に役立てる目的でまとめられているため、行政担当者や研究者が参考にできる情報です。

ここでは、アメリカで度々発生している「タヒニ(加熱していないゴマペースト)」×「サルモネラ」の報告書をの概要を簡単に紹介します。

Tahini and sesame seeds on wooden table
  • 海外では、オーストラリア、ニュージーランドなどで食中毒の報告がある。
  • ドイツで行われた市販品のサンプリング調査では、9.4%の製品からサルモネラを検出した。
  • アメリカでは2011年から2025年8月までに、タヒニに関連するサルモネラ食中毒が4件発生し、計61人の患者が報告された。
  • 食中毒の原因となったサルモネラには、S. Bovismorbificans、S. Mbandaka、S. Montevideo、S. Concord などが含まれる。
  • 調査中に採取された69の製品サンプルのうち、17製品(25%)からサルモネラを検出した。
  • タヒニ製品のさかのぼり調査から、食中毒の原因となった製品の多くがトルコ、エジプト、イスラエルといった西アジアから輸入されていることが判明した。
  • さかのぼり調査における課題としては、文書翻訳のための言語サービスが必要であること、サプライチェーンにおける記録の不備などが挙げられる。
FDA: CORE FOOD 2 Report, Salmonella in Tahini (September 2025)

タヒニは日本でも多くの輸入品が販売されています。日本においても食中毒予防に活用できそうな報告書ですね。

査読付き論文での公表

最後に忘れてはいけないのが「査読付き論文」です。

多くの広域食中毒は、調査終了後にその調査内容、結果や考察が「査読付き論文」で発表されています。

※複数の専門家による厳密な審査(査読)を経て学術雑誌に掲載された論文のこと。第三者の目を通しているため、誤りや偏りが少なく信頼性が高い。

例えば最初の「Outbreak Investigation Reports」で紹介した「2020年に発生した桃が原因のサルモネラ食中毒」の場合、「Journal of Food Protection」に2025年に論文として発表されています。

発表までに数年かかることがありますが、前述したどの報告書よりも深い内容となっています。

peer reviewed journal

このように、アメリカでは様々な方法で食中毒の調査結果が公表されています。

食中毒が発生したということは、サプライチェーンのどこかに「不備」があったということです。

食中毒調査は、その不備が何であったかを究明し、改善と再発防止の対策を取るためのものです。

調査報告書は、食中毒予防において役立つ情報の宝庫なのですね。

この情報を公表することは、行政担当者が他の地域での発生傾向を把握し、効果的な予防策を立てるのに役立ちます。

また、食品事業者にとっては自身の工程を見直すための具体的な教訓となり、衛生管理の強化に繋がります。

さらに、消費者にとっては食品選択や衛生管理の意識を高める助けとなります。

食中毒調査の透明性を強化することは、食品安全のレベルを社会全体で底上げするために欠かせないことだと言えます。

日本の透明性の課題は?

日本で食中毒が発生した際には、食品衛生法第69条に基づき、違反者の情報が自治体のホームページに公表されます。

自治体によっては記者発表(プレスリリース)も行われ、迅速な注意喚起に貢献しています。

しかし、これらの公表は主に「違反の事実」を伝えることが目的であり、その内容に「調査の過程」や「食中毒が発生した根本原因」はほとんど含まれていません。

つまり、行政関係者や食品事業者が再発防止の教訓として活用できる情報が不足しているのが現状です。

ここでは8月に横浜市が発表した腸管出血性大腸菌O157食中毒の記者発表を例に、日本の発表の足りない点について考えてみましょう。

原因食品の「さかのぼり調査」について

横浜市の発表資料では「原因施設」が明記されていますが、「原因食品」については記載がありません。

このため、「原因食品が特定できなかった」のか、「特定されたが公表しなかった」のか、それとも「まだ調査中」なのかがはっきりしません。

腸管出血性大腸菌は、食品自体が汚染されている場合もありますが、感染した人が食品を取り扱って汚染してしまうこともあります。

ただし、今回の事例では従業員の検便検査でO157が検出されていないため、従業員が感染源である可能性は低いと考えられます。

そうすると、施設で提供された食品が感染源である可能性が高くなります。

アメリカでは、O157の食中毒が発生した際には、疑わしい食品について「さかのぼり調査」が行われます。

例えば、2018年に発生した「ロメインレタス」によるO157食中毒では、患者が発生した複数の飲食店や小売店(下の図の一番左にあるPoint of Service)を出発点に、商品の流通経路をさかのぼり、汚染源である農場や加工場を特定しました。

Romaine - Multi-state Outbreak Master Traceback Diagram
FDA

もしかすると、横浜市の事例も広域的な食中毒の一部で、汚染は農場や加工場で起きたかもしれないということですね。

日本でも、原因食品が何であったか、どのようなさかのぼり調査が行われたかについて、もっと詳しい情報があると、透明性の強化に繋がります。

遺伝子検査の内容について

横浜市の発表資料では「患者2人から検出された腸管出血性大腸菌O157の遺伝子パターンが一致しました。」とありますが、この遺伝子検査がどのような方法なのかが書かれていません。

遺伝子検査にはいくつかの方法があり、代表的なものに PFGE、MLVA、MLST、WGS などがあります。

それぞれに特徴がありますが、欧米では識別能力が最も高い WGS(全ゲノムシークエンス)が主流です。

一方、日本では MLVA が一般的に使われています。

今回は患者数が2人と少ないため、より慎重な対応が求められます。

そのため、MLVAに加えてWGSも行われた可能性があります。

WGSを使えば、菌の遺伝子パターンの一致に高い信頼性が得られます。他の手法は識別能力が低いため、偶然の一致を完全に否定できず、追加の強力な疫学的証拠が必要になります。

さらに、アメリカではWGSを活用して、全国の患者から分離された菌と比較できる体制が整っています。

例えば、先ほど紹介したロメインレタスの食中毒事件では、複数の州に住む患者から見つかったO157が、WGSで遺伝的に同一と判明しました。これにより、関連する飲食店や小売店(Point of Service)を起点としたさかのぼり調査が可能となりました。

横浜市の事件に関しても、発表された2人の患者以外に、全国でO157に感染した人から分離された菌の中で、同じ遺伝子パターンを持つ菌があったかどうかが非常に気になるところです。

患者の食べた物の調査について

横浜市の発表資料では「患者2人の共通食は当該施設に限られ、他に共通の感染経路はありませんでした。」とあります。

腸管出血性大腸菌は潜伏期間が長く、症状が出るまでに最長で10日間かかることがあります。

そのため、患者が問題の食品を食べてから保健所が聞き取り調査をするまでに、3~4週間ほど経過している場合も珍しくありません。

例えば、昨年アメリカで発生した食中毒では、ハンバーガーに入っていた「タマネギ」が原因でしたが、3〜4週間前に食べた食事の中に何が入っていたかを、正確に思い出せる人はほとんどいません。

そのため、患者の記憶だけを頼りに聞き取り調査を行うと、誤った結論に至るリスクが高いため、注意が必要です

Quarter Pounder hamburger

アメリカでは、患者の記憶を補うために、クレジットカードの利用履歴やスーパーの会員カードの購入記録などを活用し、外食や買い物の履歴を客観的に確認する方法が一般的に用いられています。

今回の横浜市の発表には、どのようにして「他に共通の感染経路がない」と確認したのか、その具体的な調査手法の説明がなく、不明な点が残ります。


このように日本の発表内容には情報が十分に含まれていないことがよくあります。

これは誤解を避けるために補足しておくと、日本では調査結果の公表の主な目的が「違反の事実を伝えること」にあるためです。

そのため、発表内容は違反の有無や行政処分に焦点があてられ、調査の詳細や「なぜ食中毒が起きたのか」という根本的な原因の説明はあまり含まれていません。

これは必ずしも問題ではなく、迅速な情報提供を重視している結果とも言えます。この点は、アメリカの「EIS Abstracts」に似た性質を持っています。

ただし、調査が終わった後に、より詳しい報告書が広く公開されるケースはあまり多くありません。

例えば、厚生労働省の審議会での報告や、IASR(感染症発生動向調査)、自治体の報告書など、一部では公表されていますが、一般の人がそれらを探し出すのは簡単ではありません。

きっと詳細な調査が行われているはずなのに、その情報があまり積極的に公表されていないのはもったいないですね。

おわりに

以上が日本とアメリカの食中毒調査結果の公表方法の違いについての比較です。

日本の公表は、違反の事実をいち早く伝えることに重点を置いており、その点で一定の役割を果たしています。

Press Release

しかし、調査の透明性や科学的な裏付けを示すという面では、アメリカの報告書のほうが情報量が豊富で、行政担当者や食品事業者が具体的に活用しやすい内容となっています。

そのため、アメリカのように調査の途中段階から積極的に情報を公開し、調査終了後も詳細な報告書や概要を広く公表する仕組みは、日本でも取り入れる価値が十分にあると言えます。

食中毒について「発生した事実」を伝えるだけでなく、「なぜ起きたのか」や「どう防ぐか」をみんなで共有することで、社会全体の食品安全に対する意識を高めることにつながると思います。

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • 日本の食中毒の発表について、大変参考になる考え方でした。
    私もいつも食中毒のニュースを見るたびに、具体的にどうして食中毒が起きたのかが公表されていなくて、どう情報を活用すればよいのか分かりませんでした。
    厚生労働省?が、段階に分けて、まとめて公表してくれると分かりやすいですね。

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