コリアンダー(パクチー)、バジル、ラズベリーに共通する食中毒リスクは?

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アメリカでサイクロスポラの感染者数が急増していて、FDAが調査しているというニュースを見たよ。日本では「サイクロスポラ」は聞いたことがないけど、どのような食中毒なんだろう

サイクロスポラ症は、寄生虫「Cyclospora cayetanensis」(サイクロスポラ) に感染することで起きる感染症で、主に激しい水溶性の下痢の症状があります。

Cyclospora cayetanensis oocysts
サイクロスポラ
Emerging Infectious Diseases, Volume 17, Number 10, October 2011 Figure 1)

日本ではこの寄生虫による「食中毒」の報告はなく、これまでの感染例は東南アジアといった流行地域への旅行者限られています

また、患者を診断した医師による届出義務もありません。

このような状況のため、日本では「サイクロスポラ」をHACCPの危害要因として管理している施設はほとんどないのではないでしょうか。

一方、アメリカではサイクロスポラ症は届出対象疾患であり、毎年のように多くの感染が報告されています。

そこでこの記事では、日本ではあまり知られていない「サイクロスポラ食中毒」について、アメリカの食中毒発生状況とその予防への取り組みを紹介します。

この記事を読めば、「なぜ食中毒が報告されていない日本においてもサイクロスポラ対策は必要なのか」が理解できます。

なお、サイクロスポラの基本的な特徴については、日本語でも多くの情報が公開されていますのでそれらを参考にしてください。(例えば「日食微誌 Vol. 29 No. 4 2012」、「愛知県衛生研究所」、「食品安全員会」など)。

目次

アメリカの感染状況

アメリカでは毎年、数千人規模の感染者が報告されています。

たとえば 2025年は、5月から9月の間に990人の感染、そして93人の入院が報告されました。

990人には流行地域への海外旅行者も含まれるのですか?

これらの感染者は発症14日前に海外渡航歴はありません。つまり、アメリカ国内で消費した食品や水が原因で感染したと考えられています。

また、医療機関を受診しない人や、受診しても適切な検査が行われないことがあるため、実際の感染者数は報告よりもはるかに多いと推定されています。

サイクロスポラ食中毒の原因食品は?

どのような食品がサイクロスポラ食中毒の原因となるのですか?

アメリカでは、これまでに下のような「生鮮農産物」が原因として報告されています。

  • ハーブ類(バジル、コリアンダー)
  • ベリー類(ラズベリー、ブラックベリー)
  • スナップエンドウ
  • レタス
  • ミックスサラダ
fresh blackberries and raspberries

以下の表は、アメリカで2000年~2019年に発生した主なサイクロスポラ食中毒事例をまとめたものです。

患者数原因食品産地
200019ラズベリー又はブラックベリーグアテマラ
200054ラズベリーのフィリングを
含んだウェディングケーキ
グアテマラ
200139不明不明
20013不明不明
2001~200222ラズベリーチリ
20028不明不明
200214不明不明
200495 不明不明
200412不明不明
200496さやえんどうグアテマラ
2005582バジルペルー
20056不明不明
200574不明不明
200530バジル不明
200614不明不明
200620不明不明
20063不明不明
20084スナップエンドウグアテマラ
200845ラズベリー又はブラックベリー不明
200934不明不明
20098ブラックベリー及びラズベリー不明
201112不明不明
201188不明不明
201216不明不明
2013162サラダミックスメキシコ
2013270コリアンダーメキシコ
20138ベリーサラダ不明
201414不明不明
2014227レタスメキシコ
2014304コリアンダーメキシコ
201413不明不明
2015546コリアンダーメキシコ
20166コールスロー中の人参又はキャベツ不明
20176ベリー類不明
201738ネギ不明
201729不明不明
20174不明不明
20173不明不明
20173不明不明
2018250野菜盛り合わせ(ブロッコリー、カリフラワー、ニンジン、ディルディップソース)スーパーマーケット
2018511ロメインレタスと人参ミックスファーストフード レストラン
20188 バジル不明
201853コリアンダーメキシカンスタイル レストラン
20191,696バジルメキシコ
アメリカで発生した2000~2019年までのサイクロスポラ食中毒(Almeria S. et al. Cyclospora cayetanensis and cyclosporiasis: An update.(Microorganisms. 2019;7:317)Table2を筆者が訳、分かりやすくするために一部改変)

なぜ原因が特定できないのか?

アメリカではサイクロスポラ食中毒が毎年のように発生しているけど、多くの「不明」があります。どうしてでしょうか?

表にあった過去の事例だけでなく、最近発生した事例でも同じように原因が分からないことが起きています。

例えば、2023年には4件の大きな集団感染が発生し、患者は40州に2,272人が報告されました。

これらの患者の中で発症前14日間に海外渡航をした人はいませんでした。つまり、国内で流通した食品や水を介して感染した可能性が高いということです。

そして、2023年11月末にCDCは感染の終息を発表するとともに、「原因は特定されなかった」と報告しました。

つまり、2,000人以上が感染したにもかかわらず、どんな食品が原因だったのか今も分かっていないのです。


実はサイクロスポラ食中毒の原因食品や汚染源を特定するには、通常の食中毒調査以上に多くのハードルがあります。代表的な理由として下のようなものがあります。

【サイクロスポラ食中毒の調査が難しい理由】

  • 潜伏期間が長い
    • 感染から発症まで平均1週間ですが、2日から2週間と幅があります。そのため、患者が食べた物を正確に思い出すのが難しくなります。
  • 原因食品の消費期限が短い
    • 「生鮮農産物」が原因となることが多いため、調査が始まる頃には、問題の食品がすでに市場にないことがほとんどです。
  • 複数食材の中から汚染源を特定するのが難しい
    • たとえば「ハーブ類」は料理の飾りや香りづけとして少量ずつ使われます。複数の食材が混ざった料理の中から、どの食材が感染源だったのかを突き止めるには、非常に複雑な疫学調査が必要です。
  • 輸入農産物が原因の場合、さかのぼり調査が困難
    • 輸入品が原因の場合、国際的な情報共有が不可欠になります。また、現地の生産・流通記録が不十分なケースもあり、汚染源までたどるのは容易ではありません。
  • 寄生虫のため培養できない
    • サイクロスポラは「寄生虫」であり、「細菌」のように検査室で培養できません。つまり、食中毒細菌で通常使われる高い感度、解像度がある遺伝子検査(例:WGS)を行うことできないということです。そのため、患者調査から得られた疫学情報だけに基づいて、原因食品や汚染原因の調査しなければなりません。

また、原因食品が特定できたとしても、上記と同じ理由により「なぜ」、「どこで」汚染が起きたのかを解明するのが難しいのが実情です。

例えば上の表で紹介した2018年に起きた2件の大規模食中毒では、

  • 最初の食中毒は6月に確認されました。この食中毒では、患者は3つの州で250人報告されました。調査の結果、小売店で販売されていた野菜盛り合わせトレイが原因と考えられ、納入業者は自主的にこの野菜トレイを回収しました。
  • 次の食中毒は7月に確認されました。この食中毒では、患者は11州で511人報告されました。調査の結果、マクドナルドで提供されていたサラダが原因と考えられました。マクドナルドは疑わしいサラダミックスを加工していた施設の製品を受け取っていた14州の約3,000店舗で、自主的にサラダの販売を停止しました。

どちらの事件も多くの感染者がおり、FDAが汚染原因の「さかのぼり調査」を行いましたが、「なぜ汚染がおきたのか」や「どこで汚染が起きたのか」を特定することはできませんでした。

農産物はどれくらい汚染されているのか

市場に流通している製品は、どれくらいサイクロスポラに汚染されているのですか?

FDAは 2017年から2021年にかけて輸入・国産の「ハーブ類」(未加工の生鮮農産物の状態)を対象にサイクロスポラのサンプリング検査を行いました。

結果の概要は以下のとおりです。

【ハーブ別のサイクロスポラ検出率】

  • バジル:120検体中11件(9.2%
  • コリアンダー:553検体中7件(1.3%
  • パセリ:139検体中0件(0%

【国産と輸入の比較】

  • 国産:412検体中4検体(0.97%
  • 輸入品:400検体中14検体(3.5%

特にバジルが約10%と高い検出率となっています。また輸入品だけでなく、国産からも検出されていることが分かります。

輸入品だけでなく、国産品でも汚染が起きているのですね。

ちなみに日本で流通している農産物のサイクロスポラ汚染状況を調査した文献は見つけることができませんでした。

農産物は汚染されやすい

どうして生鮮農産物がサイクロスポラに汚染されるのでしょうか?

サイクロスポラは感染者の糞から排出されます。

Cyclosporiasis Life Cycle
サイクロスポラの生活環(CDCの画像を筆者が訳、分かりやすくするため一部改変)

この便に含まれるオーシスト(卵のような形態)が水や土壌を汚染し、その水で洗浄したり、農作物に水を与えることで、食品に付着します。

ハーブ類は地面に近い場所で栽培されるため、水やり時に土壌からの跳ね返りで汚染されやすいという特徴があります。

basil

さらに、手洗い不足による二次汚染もリスク要因となっています。

ハーブ類は機械収穫では葉が傷つくため、手作業での収穫が多いのが特徴です。この「手の介入の多さ」が、汚染リスクを高める要因と考えられています。

また、1株から複数回収穫することも多く、そのたびに作業員や機器が畑に入ることで、交差汚染のリスクが高まります。


サイクロスポラのオーシストは抵抗性が強く、水・土壌・農産物中で長期間生存します。そして、通常の飲料水に使われるレベルの塩素濃度では不活化できません。

有効な対策としては、以下が知られています。

  • 70℃以上での加熱
  • −15℃で24時間以上の冷凍

農産物を生で食べる場合は加熱できないので、洗浄しか対策がなさそうでうね。

確かに農産物の洗浄は、感染リスクを下げるための手段として通常推奨されています。

しかし、サイクロスポラは他の寄生虫や細菌よりも強く食品に付着しているため、リスクを完全に除去できるわけではない点に注意が必要です。

実際にアメリカだけでなく、カナダやヨーロッパでも、「すぐに食べられる(RTE)」野菜や包装済み製品からサイクロスポラが検出されています。

通常の農産物の洗浄・消毒は、目に見える異物や細菌を除去することを目的としているので、サイクロスポラを完全に除去しきれていない可能性があります。

アメリカの新たな取り組み

サイクロスポラの感染者数の増加と、国産の農産物からもサイクロスポラが検出されている状況を受け、FDAは2019年に「サイクロスポラ・タスクフォース」を設立しました。

FDAとCDCから様々な分野の専門家が集まって作られたこのタスクフォースは、次の3点について取り組みを進めています。

  1. 農産物が原因のサイクロスポラ食中毒を予防する
  2. 食中毒が起きたときの対応を強化する
  3. サイクロスポラの未解明な部分の研究を進める

3の例を1つ見てみましょう。

2020年に690人がサイクロスポラに感染し、患者調査の結果「包装済みのサラダ」が原因と疑われた食中毒が発生しました。

Packaged salads

FDAはさかのぼり調査の過程で、農産物を作るのに使われていた水からサイクロスポラを検出しました。

しかし、サイクロスポラは細菌とは異なり培養できないため、通常の食中毒調査の際に用いられる遺伝子検査を行うことができませんでした。

そのため、遺伝的類似性を比較することができず、水から検出されたサイクロスポラが、患者に感染したものと「同じである」と最終的に断定することはできませんでした。

「水からサイクロスポラを見つけたけれど、それがサラダの汚染の原因だったとは言い切れない」ということですね。

食品や環境中のサイクロスポラは量が非常に少なく、 従来のサイクロスポラの検査法では検出できないか、検出できたとしても細かく分類するのに十分なデータが得られませんでした。

そこで新しく開発されたのが、「ターゲット・アンプリコン・シーケンシング」(Targeted Amplicon Sequencing) という遺伝子検査法です。

これは、 食品・環境・患者検体すべてに適用でき、少ない量のサイクロスポラでも検出が可能となり、より細かい遺伝子の違いまでも見分けられる検査方法です。

FDAは、2022年のサイクロスポラの集団発生の際に、食品および環境サンプルに対して初めてこの検査法の使用を開始しました。

新たな手法により、「異なる地域に住む感染者が同じ食品を原因とする食中毒の一部であるかどうか」や「食品や環境中から検出されたサイクロスポラが患者から検出されたものと同一であるか」などが確認できるようになることが期待されています。

日本でサイクロスポラ食中毒は発生していない?

アメリカで多くの食中毒が発生していることは分かりましたが、日本ではサイクロスポラ食中毒は発生していないのでしょうか?

発生していないのか、それとも起きていることを探知できていないのかは、分からないのが現状です。

日本の場合、医師が食中毒の疑いがある患者を診察した場合の保健所への届出は「感染症法」または「食品衛生法」に基づき行われます。

感染症法では、「サイクロスポラ症」は届出が必要な疾患ではありません。

食品衛生法では、医師は「食中毒患者またはその疑いのある者を診断したときは、ただちに保健所に届出する」となっています。

「飲食店を一緒に利用した複数の友人が体調不良になっている」や「結婚式に出席した人が複数人体調不良になっている」のような同じ場所、同じタイミングで複数の人が体調不良になっている場合は、食中毒を疑うことは比較的容易です。

一方で「広域流通品」の場合、患者は時間的、地理的に散らばるため、医師が1人の体調不良者を診察したとしても、「食中毒」を疑うことは困難です。

また、サイクロスポラ症の症状は、次のようなものがあります。

  • 水のような下痢(最も一般的)
  • 食欲不振
  • 体重減少
  • 腹痛(けいれん)
  • 腹部の膨満感
  • ガスの増加(おならが多くなる)
  • 吐き気
  • 倦怠感(疲れやすさ)

これらは一般的な感染性胃腸炎でも生じる症状です。

そのため、海外渡航歴がある場合を除き、医師がサイクロスポラを疑い、サイクロスポラの検査を行うことはあまり考えられません。

日本ではそもそも医療機関から届出も出されないし、医療機関でサイクロスポラの検査も行われないのですね。アメリカでは検査されているのですか?

アメリカでは、2014年に「消化管パネル(Gastrointestinal Panel)」がFDAの承認を受けました。そして、この消化管パネルの使用が増加したことにより、感染者数の報告が増加しました。

「消化管パネル」は、糞便サンプルから 胃腸炎症状を起こす多数の細菌・ウイルス・寄生虫を同時に高感度、かつ迅速に調べることができます。

以前こちらの記事で紹介した「CIDT」と同じです。

消化管パネルの一例として、「BioFire® FilmArray® Gastrointestinal Panel」の場合、人に胃腸炎を起こす22種類の細菌、ウイルス、寄生虫を1時間程度で判定できます。

日本でも同様の消化管パネルは一部の医療機関で実験的に利用されていますが、保険適用されていないため、利用は進んでいないのが現状のようです。

おわりに

以上が、アメリカにおけるサイクロスポラ食中毒の現状とその予防への取り組みについての紹介でした。

食中毒を探知・調査する能力が優れているアメリカでさえ、サイクロスポラはまだまだ未解明な部分が多く、食中毒の実態を把握できていないのが現状です。

そして、日本では食中毒の報告がないことから、HACCPを導入している施設でも、サイクロスポラを危害要因として想定しているケースは少ないのではないでしょうか。

日本では、これまで国内発生の食中毒事例は確認されていません。しかし、それは「存在しない」からではなく、「探知されていない」可能性も否定できません。生鮮農産物の国際流通が進む中で、リスクについて知っておくことは重要です。

アメリカでは頻繁に発生していることから、食品事業者は日本でも発生しているものとして対策を取っておかないといけないということですね。

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • サイクロスポラは今まで気にしたことがなかったので、すごく参考になります。日本は患者を探知する能力が、他の先進国に比べて弱いのですね。有料級の記事をいつもありがとうございます。

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