この間、アメリカとの会議に参加をしたら、「CIDTが増えてきて困っている。」と議論していたよ。
「CIDT」って初めて聞いたけどいったい何のことだろう?
みなさんは「CIDT」という言葉を聞いたことがありますか。
日本では全くと言っていいほど話題にならないCIDTですが、アメリカの行政担当者の間では、「CIDTの増加」がアメリカの食品安全の重要な課題である考えられています。
そこでこの記事では、CDCのウェブページを参考に、食品安全の専門家なら知っておくべき「CIDT」について解説します。
この記事を読んで分かること
- CIDTは患者検体から病原体を検出する検査方法
- CIDTは、従来の培養法よりも迅速、簡便、安価に使用することができる
- 培養法と比べて、CIDTでは限られた情報しか得ることができない
CIDTを一言でいうと
まずは「CIDT」について説明します。
正式には「Culture-Independent Diagnostic Tests」のことです。日本語に直訳すると「培養非依存性診断検査」となるようです。
なんのことかよくわからないですね。ここで一つCIDTの例を紹介します。
新型コロナウイルス感染症の流行時に、自宅でコロナウイルスが検査できるキットが薬局で販売されました。
このキットは、サンプル(唾液など)中の新型コロナウイルスの「抗原」を検出するものです。
キットに唾液を滴下して10分ほど待ちます。キットにラインがでれば「陽性」、ラインがでなければ「陰性」と判定します。
この検査キットのように、病原菌やウイルスを培養しないで検出する検査法のことを「CIDT」といいます。CIDTは特定の病原体が持つ遺伝子や抗原を検出することで、陽性か陰性かを判定します。
一方、病原菌やウイルスを培養して検出する検査法を「培養法」といいます。
下の写真のように、培地にサンプルを塗り培養すると、増殖した菌を目で見ることができます。
つまり、CIDTの日本語訳「培養非依存性診断検査」は言い換えると「培養に依存しない(培養しない)検査」ということです。
アメリカではCIDTの利用が増加している
CIDTがどういったものなのかが分かりました。次にCIDTの利用状況の変化を紹介します。
結論から言うと、アメリカではCIDTの利用が急速に増加しています。腸管出血性大腸菌の場合を例に見てみましょう。
2012年 | 2019年 | 増減 | |
培養法だけ実施した検査機関の割合 | 45% | 14% | -31% |
CIDTだけ実施した検査機関の割合 | 18% | 43% | +25% |
このように、培養法だけ実施する検査機関が減少している一方で、CIDTだけを実施する機関が増加しています。この傾向は、サルモネラ菌、カンピロバクター、ビブリオなど、他の食中毒菌でも同様です。
CIDTの利用が増加し始めたのは、2013年にFDAが「Syndromic panel」というCIDTを承認したためと考えられています。
胃腸炎、呼吸器疾患などの病気は、ある病原体の特定の症状というよりは、様々な病原体が同じような症状を引き起こします。
そのため、どの病原体が原因で胃腸炎や呼吸器疾患が起こっているのかを知るためには、多くの病原体の検査を行わなければなりません。
そこで「Syndromic panel」を使えば、ある症状に関連した病原体を一度の検査でまとめて検査をすることがきます。
例えば、下痢の症状を引き起こす病原体は数多く存在します。医療機関で患者を診断する際に、病原体1つ1つを検査していたのでは、時間がかかり非効率です。
そこでSyndromic panelの製品を使えは、胃腸炎に関連する22の病原体を一度に検査することができ、約1時間で結果が得られます。下痢の原因となっている病原体が何なのかが分かれば、医師が迅速に患者の治療を行うことができます。
このように、医療機関にとっても、患者にとっても利点があることから、CIDTの利用が拡大しました。
CIDTの長所と短所
CIDTの利用が増加していることはわかりましたが、なぜCIDTの利用が増加すると食品安全の危機なのでしょうか?
患者を素早く診断でき、メリットしかないように思えます。
食品安全の課題を理解するために、ここではまずCIDTの主な長所・短所を見てみます。
- CIDTは従来の培養法よりも早く、簡単で、安価に病原体を検出することができる。
- 多くのCIDTは培養法よりも感度が高いので、病気の原因となる病原体を特定できる可能性が高くなる。(事実、CIDTの普及に伴い、患者からの病原菌の検出が増加しました。)
- 1度の検査で数多くの病原体を検査することができる。
- CIDTでは病原体の分離株を得ることができない。
- 死んだ菌と生きている菌を区別できない。
短所にある「CIDTでは病原体の分離株を得ることができない」というところがポイントです。
通常、便などのサンプルには、無数の微生物が存在します。その中から目的とする菌だけを分離したものを「分離株」と言います。培養法では培養することで、分離株を得ることができます。
分離株は「全ゲノム配列決定(Whole Genome Sequencing:WGS)」を行う際に必要になります。WGSにより病原菌固有の「DNAフィンガープリント(病原菌の指紋)」が分かります。
食中毒調査の際には、様々な病原菌のDNAフィンガープリントを比較して、他の食中毒と関連があるかどうかの判断や原因食品の特定などを行います。
また、WGSを行うことで、その病原菌の血清型、病原性、薬剤耐性などの情報も知ることができます。
つまり、CIDTで陽性になっても分離株がない→WGSを行えない→食中毒調査に使う重要な情報を得ることができない、ということです。
WGSやDNAフィンガープリントについては以下の記事を参考にしてください。
CIDTの食中毒調査への影響
このようにCIDTでは分離株を得ることができないため、WGSを実施できません。
WGSが行えないと、食中毒の患者間の関連性を迅速に特定できないため、原因食品の特定により時間がかかります。
原因食品が特定できないと、対策を取るのが遅れ、汚染された製品が小売店や家庭の棚に置かれたままになり、さらに多くの人々が食中毒になります。
また、原因食品が特定できなければ、再発防止策を取ることができません。そのため、また同じ問題で食中毒が起きてしまう恐れがあります。
このような理由により、アメリカでは現在CIDTの増加が食品安全の重要な懸念事項になっています。
どのような解決策があるか
いくら食品安全に懸念があると言っても、CIDTの使用は医療機関、そして患者にとって大きな利益があることから、使用を中止させることはできません。
しかし、CIDTの使用は増加傾向にあるため、CIDTの課題に対し何らかの対策を取る必要があります。
主な対策として以下のものがあります。
- CIDT陽性後に検査機関で患者サンプル(便など)の培養を行い、分離株を得る。
- 検査機関がCIDTが陽性となった患者サンプルを、州の公衆衛生研究所に送付する。公衆衛生研究所で患者サンプルを培養し、分離株を得る。
- 患者サンプルから直接WGSを行うといった、従来の培養法に依存しないでも病原体の情報を得ることができる方法を開発する。
1については、医療機関に金銭的インセンティブがなければ、医療機関に過度な負担となってしまいます。
2については、州の公衆衛生研究所が追加で培養を行わなければなりません。すでに人的、経済的資源が乏しい州の場合、かなりの負担となってしまいます。
また、患者サンプルの輸送方法に不備があったり、患者サンプルを採取してから培養するまで時間がかかりすぎると、培養しても正しい結果を得ることができません。
ただし、州によっては検査機関に1や2を義務づけしているところもあります。
また、医療機関に対し、分離株の重要性について教育を行っている州もあります。このような教育により、患者サンプルを公衆衛生研究所に送ることを優先する医療機関や、CIDTに加えて培養法を実施する医療機関もあるようです。
3については、まだ研究段階で、実際に利用できる技術はありません。
このように解決策はありますが、なかなか一筋縄にはいかないようです。
CIDTが食中毒調査にも貢献している
上で紹介したようにCIDTの増加は食品安全に懸念があります。
一方で、CIDTが食中毒調査の進展に貢献している事例も多くあります。
- ①原因の特定に貢献
-
ミネソタ州でレストランを原因とする集団食中毒が発生した。患者の症状に関する情報だけでは、どの病原体が原因であるかを特定するには不十分であった。
CIDTを実施することにより、複数の病原体を同時に検査することができ、病原体が「非定型腸管病原性大腸菌」であることを特定することができた。
- ②食中毒の探知に貢献
-
ウィスコンシン州のある病院では、下痢症患者の診断にCIDTを使用し始めた。それにより、以前は検査をしていなかった病原体である「サイクロスポラ」に9人が感染していることを発見した。
もし病院の検査室がCIDTを使用していなければ、この集団食中毒は発見されなかったかもしれない。
- ③情報の迅速化に貢献
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サウスカロライナ州の保育園で集団胃腸炎が発生した。公衆衛生研究所ではCIDTを用いて、サポウイルスを速やかに同定した。
これにより、迅速に集団胃腸炎の原因を施設に伝えることができ、不安を和らげることができた。CIDTを実施しなければ、検査室は何日もかけて数多くの病原体の検査を行う必要があった。
おわりに
以上がアメリカにおけるCIDTの実態の解説になります。
CIDTには課題もある一方、有益な点も数多くあります。
日本においても、医療機関でCIDTの利用が増加すると、同じような課題が出てくるかもしれません。
その際にはアメリカの対策が参考になりそうですね。
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