EUは食品安全文化をどう監査しているのか――加盟国アンケートから見える評価の難しさ

EUは食品安全文化をどう監査しているのか――加盟国アンケートから見える評価の難しさ

EUでは食品事業者は「食品安全文化」が義務となっていると聞きました。行政側は食品安全文化をどのように立入検査しているのでしょうか?

最近、日本でも「食品安全文化(Food Safety Culture)」という言葉をよく耳にするようになりました。

「食品安全文化」は日本ではまだ法令上の義務ではありませんが、実はEUでは2021年から食品事業者への義務化がスタートしています。

ここで気になるのが、”目に見えない「文化」を、行政はどうやって監査・評価しているのか?” という点です。

温度管理や清掃記録のように、記録や数値で確認しやすい項目とは異なり、食品安全文化は、組織の風土や従業員の意識、日々の行動の中に表れるものです。

そのため、行政が立入検査の中で食品安全文化をどのように確認し、どのような視点で評価しているのか不思議に思うのも当然です。

A crowd of wooden figures Gripped by measuring tape. Information statistics, measurement of the number, trends of population growth. Social Sciences. Promotion of ideas for weight loss, lifestyle

そこでこの記事では、まずEUで義務化された食品安全文化の内容を紹介します。

そして、欧州委員会が2025年に加盟国を対象に実施したアンケート調査の結果をもとに、各国の行政機関がこの“見えない文化”をどのように監査・評価しようとしているのかを見ていきます。

この記事は、行政担当者にとっては、従来のHACCPの確認では捉えにくい組織風土や行動面を、どのように立入検査の中に落とし込むかの参考になります。

また、食品事業者にとっては、「食品安全文化をどのような観点で見られるのか」「教育やコミュニケーション、経営層の関与をどう説明・示していけばよいのか」などを考えるヒントになります。

「そもそも食品安全文化とは何か」を基礎から確認したい方は、まず下の記事をご覧ください。

目次

法令上、食品事業者に何が求められているのか

EUで食品安全文化が法令上の要件となった背景には、国際的なルールの見直しがあります。

2020年9月、コーデックス委員会は「食品衛生の一般原則」を改正し、新たに「食品安全文化」の考え方を盛り込みました。

※コーデックス委員会:食品の安全性や品質に関する国際的な基準を策定している機関。これらの基準は、世界的な食のルールの基礎となっています。

コーデックスの「食品衛生の一般原則」は、世界各国の食品衛生制度の基礎となる文書です。日本の食品衛生法にも取り入れられています。

EUはこの改正を受け、2021年3月に「食品衛生に関する規則」を改正し、食品安全文化に関する新たな規定を追加しました。

これによりEUでは、食品事業者は単にHACCPの手順や衛生管理のルールを整備するだけでなく、食品安全を重視する考え方や行動が組織の中に根付いていることまで求められるようになりました。


なぜEUは食品安全文化を義務化する必要があったのでしょうか?

EUが重視したのは、「食品安全マネジメントシステムは、手順書や記録があるだけでは十分に機能しない」という点です。

現場で安全な行動が実際にとられ、問題が共有され、改善が続くためには、経営層の姿勢や従業員の意識、職場内のコミュニケーションといった「文化的な要素」が欠かせない――そう考えられたのです。

言い換えれば、食品安全文化は、食品安全マネジメントシステムを現場で機能させるための土台だといえます。

Many documents on the employee's desk with selective focus

EUの「食品衛生に関する規則」では、食品事業者は適切な食品安全文化を確立し、維持し、その実施を示す証拠を備えなければならないとされています。

具体的には、次の5つの要素が求められています。

  1. コミットメント
    経営層だけでなく、現場の従業員を含む全員が、安全な食品を製造し、提供することに責任と自覚を持って取り組むこと。
  2. リーダーシップ
    経営層や監督者が、安全な食品づくりに向けて方向性を示し、従業員を食品安全の取り組みに巻き込むこと。
  3. リスクの認識
    すべての従業員が、食品安全上の危害要因(ハザード)を理解し、食品安全や衛生管理の重要性を認識していること。
  4. コミュニケーション
    同じ部署や作業内だけでなく、前後の工程も含めて、必要な情報がオープンかつ明確に共有されていること。特に、逸脱やトラブル、守るべき基準や期待される行動が、現場で適切に伝わっていること。
  5. 十分な資源
    食品を安全かつ衛生的に取り扱うために、必要な人員、時間、設備、教育・訓練、手順書などの資源が確保されていること。
食品衛生に関する規則((EU) 2021/382)のCHAPTER XIaの内容を筆者が訳、一部改変

ここで重要なのは、これらが単なる理念ではなく、食品事業者が「実際に取り組んでいることを示す必要がある」要件だという点です。

つまり、行政機関の立入検査では、事業者はこの5つの要素について説明や証拠の提示を求められ、行政側はそれを検証しなければなりません。

食品安全文化をどう評価するのか―EUが示したツール

食品安全文化は、手洗い設備や記録書類のように目で見てすぐ確認できるものではありません。

「経営層が本当に食品安全を重視しているか」「従業員がリスクを理解しているか」「現場で問題を言い出せる雰囲気があるか」といった要素は、どうしても見えにくいものです。

そこでEUは、規則の改正に続き、2022年9月に「欧州委員会通知」を改正し、食品安全文化を評価するための考え方やツールを示しました。

この通知は、行政の監視員や食品事業者に対して、「食品衛生に関する規則」を実務上どのように運用すべきかを具体的に示した文書となっています。

ここでポイントなのは、EUが食品安全文化を「雰囲気」や「精神論」として扱うのではなく、確認可能な証拠や行動に落とし込んで評価しようとしている点です。

通知では、アンケートやチェックリストを用いながら、できるだけ客観的に食品安全文化を把握する考え方が示されています。

Online Survey Questionnaire Poll Form On Computer

通知が示す主な検証方法

欧州委員会通知では、監視員が食品安全文化を確認する方法として、主に次のようなものが示されています。

  • アンケート調査の確認
    事業所や企業グループ内で実施された食品安全文化に関するアンケート結果を確認し、従業員が食品安全をどう理解し、どう感じているかを把握する手がかりとします。
  • 従業員への聞き取りと現場の観察
    監査員は、従業員への聞き取りや現場の観察を通じて、従業員が食品安全の重要性を理解しているか、実際の行動が食品安全を重視したものになっているか、経営層の姿勢や部署間のコミュニケーションが現場に伝わっているかなどを確認します。
  • 資源や職場環境の確認
    食品安全文化を支えるには、人員、時間、設備、教育などの資源が必要です。そのため、過度な納期圧力や人手不足によって「食品安全より生産優先」になっていないかといった点も確認の対象になります。
  • 客観的データによる裏付け
    監視員の印象だけで判断しないため、実際の衛生管理の実施状況、教育訓練の記録、管理者と従業員の情報共有の記録、内部監査結果、微生物検査結果、不適合への是正措置の記録なども確認します。

また、小規模事業者については、大規模工場のようにアンケートや記録が十分に整っていない場合もあるため、通知では現場観察や従業員への聞き取りを中心に評価することも可能とされています。


通知では、食品安全文化を評価するための具体的なツールとして、次の2つが示されています。

①行政向け 食品安全文化のチェックリスト

1つ目は、行政の監視員が使うことを想定した食品安全文化のチェックリストです。

Table 1 Example of checklist on Food Safety Culture for competent authorities
行政向け食品安全文化チェックリストの例(欧州委員会通知のTable 1を筆者が訳、一部改変)

このチェックリストは規則に定められていた5つの要素――コミットメント、リーダーシップ、リスクの認識、コミュニケーション、十分な資源――が、そのまま監査・評価の観点として落とし込まれていますね。

このチェックリストは単に○×をつけるための表というよりも、「食品安全文化を評価するときに、どの観点から証拠を確認すべきか」を示すガイドラインとして理解するのが適切でしょう。

②従業員向け 食品安全文化のアンケート

2つ目は、従業員の認識や職場の雰囲気を把握するためのアンケートツールです。

これは食品事業者自身が事業所内や事業所間での評価に使うこともできますし、監視員が立入検査の際のガイドとして活用することもできます。

Appendix 3 Example of indicators of the food safety culture assessment tool
従業員向け食品安全文化のアンケートの例(欧州委員会通知のAppendix 3を筆者が訳、一部改変)

このアンケートの特徴は、単に「衛生管理のルールがあるか」を問うのではなく、従業員がそのルールをどう受け止め、実際に職場文化として根付いているかを確認しようとしている点です。

つまりEUは、HACCPや衛生管理が“存在している”ことだけではなく、それが現場の人の理解や行動につながっているかまで見ようとしているのです。

そして、このアンケートでも、規則で定められた5つの要素がそのまま質問項目の土台になっています。


ここまで見てきたように、EUでは食品安全文化を単なる理念として掲げるだけではなく、法令上の要求事項として位置づけたうえで、経営層の姿勢、従業員の認識、コミュニケーションの実態、教育記録や監査結果といった複数の証拠を組み合わせることで、食品安全文化をできるだけ客観的に把握しようとしています

それでは、こうした考え方やツールを加盟国の行政機関は、実際に現場でどうやって運用しているのでしょうか。次に、欧州委員会が加盟国を対象に行ったアンケート調査の結果を見ていきます。

食品安全文化の監査・評価の難しさ

欧州委員会が2025年に加盟国に対して行ったアンケート調査では、多くの国が食品安全文化の監査・評価は難しいと回答しました。

理由は、食品安全文化が温度管理や施設設備のように目で見てすぐ判断できるものではなく、「価値観」「行動」「職場の雰囲気」といった見えにくい要素を含んでいるためです。

加盟国からは、主に次のような課題が挙げられています。

  • 客観的に評価しにくい
    食品安全文化は、アンケートや聞き取りなど質的な手法で評価されることが多く、誰が見ても同じ結論になるような基準を作りにくい。
  • 行政負担に見合う効果が見えにくい
    立入検査に時間がかかる一方で、それがどれだけ食品安全の向上につながるのかを示しにくい。
  • 違反時の対応が難しい
    施設の破損や温度逸脱のような明確な不適合と違い、「文化が不十分」と判断した場合に、どこまで法的に是正を求めるかが難しい。
  • 職員に新しいスキルが求められる
    従来の文書や衛生状態を確認するスキルに加え、従業員の行動観察や聞き取り、経営層の関与の見極めといったより幅広いスキルが必要になる。

つまり、食品安全文化の監査・評価が難しいのは、“文化”という見えにくいものを、限られた行政資源の中で、客観的かつ一貫して評価しなければならないためだといえます。

確かに、文化が「正しい」か「間違っている」かを誰がやっても同じように判断するのは、現在ある評価方法やツールだけでは難しいように感じます。

それでも現場では何を見ているのか

それでは、加盟国の行政機関は実際に何を見ているのでしょうか。アンケートでは、次のような確認方法が報告されています。

  • 管理職や現場従業員への聞き取り
    HACCPチームや現場スタッフに聞き取りを行い、食品安全への理解や責任の認識を確認する。
  • 文書の確認
    手順書、教育記録、是正措置記録などを確認し、必要に応じて苦情や通報情報も参考にする。
  • 現場の観察
    作業手順が現場で実際に守られているか、衛生管理やHACCPが日常業務に根付いているかを観察する。
  • 経営陣の関与の確認
    不適合が見つかったときに迅速に是正しているか、行政とのやり取りに誠実に対応しているかなどを確認する。

ここで重要なのは、食品安全文化の立入検査では「方針や記録がある」だけではなく、「現場で実際に現れる行動」が評価されるという点です。

例えば研修であれば、単に実施回数を記録で確認するのではなく、その研修が従業員の行動や職場の文化の改善につながっているかまで見ようとします。

このように、食品安全文化の立入検査では、“文書を作ること”だけではなく、“現場で安全な行動が自然に行われる状態をつくり、その証拠を示すこと”がポイントになります。

おわりに

以上、EUにおける食品安全文化の法令化と、加盟国が直面している監査・評価の難しさを見てきました。

EU加盟国は、目に見えにくい「文化」を、アンケート、聞き取り、現場観察、文書確認などを通じて、現場で確認できる仕組みに落とし込もうとしているのですね。

この動きは、日本にとっても無関係ではありません。

現在、日本の行政による立入検査は、一般衛生管理やHACCPに関する文書やそれらの記録の確認が中心です。

もちろん、こうした確認は食品安全の基本として欠かせません。

しかし、欧米で食品安全文化が重視されている背景には、文書や記録が整っているだけでは、必ずしも現場で安全な行動が続くとは限らないという認識があります。

たとえば、

  • 経営者が食品安全を本当に優先しているか
  • 現場で問題や違和感を報告しやすい雰囲気があるか
  • 教育や訓練が、単なる実施記録ではなく、実際の行動改善につながっているか

といった点は、手順書や記録だけでは見えにくい部分です。そして、まさにそこを見ようとしているのが「食品安全文化」の立入検査です。

食品安全文化はすでにコーデックスの「食品衛生の一般原則」に盛り込まれています。

そのため、HACCPがそうであったように、今後10年、20年の中で、日本でも食品安全文化が法制化され、立入検査の中に取り入れられる可能性は十分にあります。

だからこそ、日本の行政機関や食品事業者にとって今大切なのは、「義務化されるかどうか」を待つことではなく、欧米の先行事例を参考にしながら、日々の立入検査や衛生管理の中に食品安全文化の視点を少しずつ取り入れていくことだと思います。

この記事が、「経営者の姿勢は現場に伝わっているだろうか」「従業員は問題を報告しやすいだろうか」「教育は本当に行動の改善につながっているだろうか」などを考えるきっかけになれば幸いです。

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