アメリカで複数の州にまたがった食中毒発生のニュースをよく見るよ。
面積が日本の26倍あるけど、どうやって食中毒が起こっているのが分かるんだろう?
アメリカではよく「ロメインレタスを原因とする食中毒が25州で発生した。」「小麦粉製品が原因の食中毒が9州に渡って発生している。」といったニュースを見ます。
アメリカは日本よりはるかに広いです。そのため、一人ひとり患者が遠く離れたところに住んでいます。このような場合。いったいどのようにして食中毒を探知し、調査を行っているのでしょうか。
そんな疑問にお答えできるよう、今回の記事では、アメリカで複数の州にまたがる食中毒が発生した際の調査の流れを紹介します。
全体の流れ
複数の州にまたがる食中毒の場合、多くの行政機関が連携をして調査を行います。この記事では、CDCのウェブページの内容をもとに説明します。
調査の流れは、大まかには下の7つのステップからなります。必ずこの順番で行われるわけではなく、いくつかのステップが同時に行われることもあります。
病原菌の検出が増加しているかモニタリングする。
だれを食中毒に含めるかを定義する。他に対象となる患者がいないか探す。
患者が病気になる前に食べたものの聞き取り調査を行い、仮説(なぜ食中毒になったのか)を立てる。
患者が食べたものと、患者でない人が食べたものを比較し、仮説を検証する。
患者から聞き取った情報、遡り調査、検査データを用いて、食品がいつ、どこで汚染されたのか特定する。
汚染された食品の回収、食品施設の閉鎖、消費者や企業へ注意喚起を行い、食中毒の拡大を阻止する。
新たな患者が発生せず、汚染された食品が流通しなくなった時点で食中毒が終息したと判断する。
ステップ1:複数の州にまたがる食中毒を探知する
複数の州にまたがる食中毒の場合、CDCは以下の2つのルートで食中毒を探知します。
- PulseNetを通じて探知
- 地方や州の保健所、FDAやUSDAのような政府機関が探知し、CDCに報告
PulseNetを通じて探知
複数の州で発生した食中毒は、通常「PulseNet」 によって探知されます。
PulseNetは1996年にCDCにより開始された検査を行う施設のネットワークです。
それぞれの施設で実施した病原菌の検査結果を共有しています。
これにより、全国どこで検査された結果であっても、似ている菌かどうか確認できます。
遠く離れた場所に住んでいる患者同士であっても、似ている菌が検出された患者は、同じ「汚染された食品」を食べて病気になった可能性があります。
体調が悪い人が病院を受診する→患者の便を検査する→便から病原菌が検出される→病原菌の情報がPulseNetを通じて共有される、という流れになります。
アメリカでは現在病原菌を検査するときに「全ゲノム配列決定(Whole Genome Sequencing)」と呼ばれる方法を使っています。
この方法は簡単に言うと、病原菌のDNAの全塩基配列を調べる方法です。このDNAの全塩基配列の情報を「DNAフィンガープリント」といいます。フィンガープリントは「指紋」のことです。
ヒトの場合、指紋を使って個人を識別します。それと同じで、病原菌のDNA塩基配列の情報を指紋のように使うわけです。例えば、サルモネラが2種類いて、指紋が一致すれば、同じ起源をもつサルモネラの可能性が高いと言えます。一方、指紋が一致しなければ、関係のないサルモネラの可能性が高くなります。
もし同じ時期に、同じようなDNAフィンガープリントをもった病原菌が複数の患者から検出された場合、同じ「汚染された食品」を食べて病気になった可能性があります。
このような患者のグループを「クラスター」といいます。クラスターが検出された場合、さらに詳細な調査を行います。
地方や州の保健所、FDAやUSDAのような政府機関が探知し、CDCに報告
地方や州の保健所、FDAやUSDAのような政府機関も、病気の患者や医療機関から、食中毒の連絡を受けることがあります。このような連絡を受けると、CDCに報告するとともに、集団食中毒の可能性があるかどうか調査します。
ステップ2:症例定義と患者の探索
正確な数の患者を見つけることは、食中毒の規模や深刻度を理解するうえで重要です。そのため、食中毒調査の担当者は、調査している食中毒の対象となる患者を定義します。これを症例定義といいます。
また、この定義を使って、他に食中毒に含まれる患者がいないか探します。
症例定義
症例定義とは「誰を調査の対象に含めるのか」、「誰が集団食中毒の対象なのか」を決めることです。複数州にまたがる食中毒の場合、次のような情報に基づき、症例定義を行います。
- 原因となった病原菌は何なのか(例:腸管出血性大腸菌、サルモネラ菌)
- 病原菌のDNAフィンガープリント(例:DNAの指紋がどれくらい一致するか)
- 病気になった時期(例:9月1日~9月15日)
- 病気の症状(例:下痢、発熱)
症例定義の例を1つ紹介します。2019年にアメリカで発生したロメインレタスを原因とする腸管出血性大腸菌O157の食中毒です。
「発病が2019年9月20日から2019年12月31日の間で、全ゲノム配列決定によりDNAフィンガープリントが非常に近い腸管出血性大腸菌O157が検出された患者」と定義されました。
他に症例に合う人がいないか探す
症例定義を行った後、調査担当者は、定義に合う患者が他にいないか、以下のような方法で探します。
- PulseNetの情報を確認する。
- 地域の医療機関に、疑わしい患者が発生したらすぐに報告するよう依頼する。
- 救急治療室の記録を調査し、類似の症例がないか確認する。
- レストランやイベント会場で感染した可能性のあるグループを調査する。
- 周辺地域の保健所に、関連する可能性のある患者を探すよう依頼する。
ステップ3:発生源に関する仮説を立てる
仮説とは、手元にある情報に基づき、病気の発生源について推測することです。
調査の初期段階では病気の原因が、「汚染された食品」なのか、それとも「動物との接触」なのか、などはっきりしません。そのため、患者の情報をまとめたり、患者から情報を得るために聞き取り調査を行います。
このようにして、何が原因で病気になったのかを推測します。
人、時間、場所
「誰が」「どこで」「いつ」病気になったのかという患者情報は、感染源を絞り込むのに役立ちます。
(人)患者の情報です。例えば2019年のロメインレタスを原因とする食中毒の場合、患者の年齢は1歳未満から89歳まで幅広く、年齢の中央値は27歳でした。また患者の64%は女性でした。
(時間)調査担当者は、流行曲線(エピカーブとも呼ばれます。)を用いて、患者の発生時期を見ることができるようにします。
(場所)地図を使って患者がどこに住んでいるかを示し、流行がどのように広がっているかを確認します。
患者の発生時期や広がりは、食中毒の原因と考えられる食品について様々な情報を与えてくれます。例えば「賞味期限が短いか長いか」、「食品が地域的または全国的に流通しているか」などです。
下の図は、2019年にアメリカで発生したロメインレタスを原因とする食中毒の「流行曲線」と「地図」です。
この例では、患者が短期間に増えており、多くの州で患者が発生していることから、「賞味期限が短い食品」で「全国に流通している」ということが推測されます。
患者の聞き取り調査
食中毒はさまざまな食品が原因として考えられます。そのため、調査担当者は、患者が病気になる前に、どこで何を食べたかの聞き取り調査を行います。
聞き取り調査では、以下のような内容について質問します。
- 病気になる前に食べた食事
- 食品の買い物習慣
- 過去に食中毒を起こしたことがある食品を食べたかどうか
- 旅行
- 食事制限
- 食事が提供されたイベントへの参加
仮説を立てる際の課題
聞き取り調査は、病気になってから数週間後に行われることがあります。そのため、患者が何週間も前に何を食べたか覚えていないことがあります。
また、汚染された食品が卵、香辛料、ハーブなどの場合、自分が食べた食品の具体的な材料を知らないことが多いため、思い出すことが難しくなります。(例:食べたサラダの中にハーブが含まれていたことを気づかなかった。)
このような課題により、調査者が迅速に仮説を立てることが困難になります。また、新たな仮説を立てる際には、再度聞き取り調査が必要となる場合があります。
そのため、患者の家の冷蔵庫の中の食品を調べるという方法も有効です。また、患者から許可をもらって、スーパーの会員カードやレシートなどの購入記録から情報を得る場合もあります。
ステップ4:仮説の検証
前のステップで食中毒の原因となりそうな食品を数種類に絞り込んだら、その仮説が正しいかどうか検証します。
仮説の検証には様々な方法があります。多くの場合、患者とそれ以外の人とで、特定の食品を食べる頻度を比較します。患者の方が、特定の食品を食べる頻度が高ければ、その食品が原因である可能性が高いという証拠になります。
健康な人の調査
調査担当者は、患者が報告した特定の食品を食べる頻度を、すでに存在している健康な人のデータと比較します。
この時に、健康な人のデータとして、「FoodNet Population Survey」が用いられます。このデータは、2018~2019年に実施された調査で、38,743人の成人・子どもから食習慣の聞き取りを行いました。このデータには、食習慣に関する情報に加えて、年齢、性別、人種などの情報も含まれています。
調査担当者は、患者が疑わしい食品を食べた頻度が、健康な人の頻度よりも高いかどうかを判定します。
このような既存のデータとの比較は、正式な疫学調査を実施するよりも早い段階で行われる場合が多いです。
疫学調査
上記の既存のデータとの比較でも疑わしい食品が分からなかった場合は、疫学調査を行います。疫学調査には。下にあるようにいくつかのタイプがあります。
- 症例対照研究:患者(症例)と患者でない人(対照)から情報を収集し、症例が対照に比べて特定の食品を食べる頻度が高いかどうかを調べる。
- コホート研究:あるイベントに参加した人や同じレストランで食事をした人全員からデータを収集し、特定の食品を食べた人と食べなかった人の間で病気の発生頻度を比較します。ある特定の食品を食べた人が、その食品を食べなかった人よりも発病する頻度が高かった場合、その食品が食中毒の原因であるという証拠になります。
例えば、2019年にアメリカで発生したロメインレタスを原因とする食中毒の場合、症例対象研究が行われました。調査の結果、患者のうち83%が発症前の1週間にロメインレタスを食べたと報告しました。これは健康な人の47%と比較して有意に高かったため、ロメインレタスが原因と推測されました。
仮説検証の課題
仮説の検証を行っても、下のような理由により原因となる食品を特定できないことがあります。
- 最初の調査で検証すべき有力な仮説を立てることができなかった。
- 患者数が少なすぎて、統計的に分析することができなかった。
- 患者に聞き取り調査をすることができなかった。(例:患者が調査を拒否、患者がすでに亡くなっていた。)
- 他の食材と一緒に食べられることが多い食材が疑わしい場合。(例:トマトはサラダ、パスタ、ピザ、サルサなど様々な食品の材料になる。)
ステップ5:食中毒の発生源の特定
調査担当者は食品の発生源を特定するために以下の3つのデータを使用します。
- 疫学調査のデータ
- 食品の遡り調査のデータ
- 食品・環境の検査のデータ
「疫学調査」は前のステップで得られたデータです。疫学調査の結果、疑わしい食品が見つかった場合、「食品の遡り調査」と「食品・環境の検査」が行われます。
これらの情報は、どの食品が食中毒の原因かを確認するのに役立ちます。さらに、これらの情報を使って、汚染がどこで発生したのかを突き止めることができます。
汚染は、栽培中、収穫中、輸送中、加工中、製造中、調理中など、どこででも起こりえます。汚染がどこで発生したかを突き止めることは、適切な「食中毒の対策」を取るのに重要です。
食品の遡り調査
食品の遡り調査は、患者が食べた食品を、流通、加工、製造の各段階をさかのぼって追跡し、その出所を特定することです。
複数の患者から報告された食品が、食品流通の中で同じポイントを共有している場合、その食品が食中毒の原因であると言えます。この場合、汚染は共通のポイントで起こったか、またはそれ以前に起こったことが考えられます。
例えば、複数の患者が、同じ施設で包装された異なるブランドのサラダを買って食べていた場合を考えてみます。この施設の作業中にサラダが汚染されたか、または汚染された原材料を使用して、サラダが作られたことが推測されます。
食品・環境の検査
人々を病気にした病原菌と同じ DNAフィンガープリントを持つ病原菌を、食品や栽培・製造環境から見つけることができれば、食中毒の原因と判断する証拠になります。
そのため、調査担当者は、患者宅、レストラン、食料品店などに食品の残品がないか調査します。
また、遡り調査の結果、特定の工場や農場が原因と考えられた場合、環境サンプルを採取し検査します。例えば、農場の土、水、動物のフンなどです。
食中毒の発生源特定の課題
下のような理由により、食品の遡り調査が困難になります。
- 食品事業者間で、食品の流通記録がなかったり、不十分だったりする。(例:どこから仕入れたか分からない、どこに販売したかのデータがない。)
- 患者が発病する前に、同じ食品を複数回食べていた場合、どの食品が原因かを追跡することが難しい。(例:毎日サラダを食べていた場合、どのサラダが原因で病気になったのかが分からない。)
- 遡り調査を開始するのに十分な情報がない。(例:患者が食べた食品の具体的なブランドやロットの情報がない。)
また、食品・環境の検査にも様々な困難が伴います。
- 疑わしい食品があったとしても、製品の賞味期限が短い場合、同じロットの食品を見つけることが難しい。(例:サラダの賞味期限は短いため、疑わしい食品に挙げられた段階で、すでに同じ製品が流通していない。)
- 食品の残品を検査する場合、開封済みの容器に残っていた食品には様々な成分が混じっており、正しい検査結果を得ることが難しい。
- 大量に流通している食品のごく一部が汚染されていた場合、疑わしい食品を1つ見つけて検査したとしても、陰性になる可能性がある。
ステップ6:食中毒の拡大防止の対策
食中毒の発生源が特定されたら、患者がさらに発生することを防ぐため、調査担当者は迅速に対策を取らなければなりません。
汚染された食品をレストランの厨房、家庭の棚から取り除かなければ、さらに多くの人々が病気にかかるためです。
調査担当者は、入手可能な情報に基づいて対策を選択します。
食中毒の拡大防止の対策
- 食品を自主回収する。
- その食品を食べたり、売ったりしないよう注意喚起する。
- その食品を安全に食べられるようにするための方法を伝える。(例:加熱して食べる。)
- レストランや工場を一時的に閉鎖する。
- 食品の取り扱い方法を改善させ、汚染が生じないようにする。
調査担当者は、発生源に関する疫学調査データだけに基づき、食中毒を食い止めるための対策を取ることもあります。つまり、遡り調査や食品・環境の検査のデータがなくても対策が取る場合があるということです。
また、新たな情報を得るにつれ、対策や注意喚起の内容を変更したり、集中したり、拡大したりすることがあります。(例:食品を自主回収したが、患者が減らないため、同じ工場で作られた他の製品についても回収を拡大する。)
食中毒対策の課題
対策について、以下のような課題があります。
- 汚染された食品、自主回収された食品に関して、消費者に注意喚起を行います。しかし、その情報がすべての人に届くとは限らず、知らずに汚染食品を食べてしまう人もいます。
- 食中毒が起こっていることが分かっていても、汚染食品を特定することが難しい場合があります。例えば、タマネギや鶏肉の自主回収の場合、それらの食材を使用した他の多くの製品(ピザやサラダなど)も、自主回収の対象になる可能性があります。
ステップ7:食中毒が終わったと判断する
新たな患者が発生しない、汚染された食品が入手できない、汚染された食品が家庭からなくなると、食中毒が終了したと判断します。
新たな患者が発生しない
ステップ3で紹介した「流行曲線」は、新たな患者が発生していないことを確認することにも使われます。調査担当者は対策後、数週間、新たな患者が発生していないことを監視し続けます。これによって、対策が効果的であったことを確認します。
患者数が再び増加した場合、調査を再開します。これは、対策が不十分で発生源が完全に除去されなかったか、2度目の汚染が発生したことを意味します。
汚染食品が入手できない
調査担当者は、汚染された食品がまだ販売されているか、人々の家庭で保管されているかどうかも検討します。判断にあたっては、製品の賞味期限、使用期限、冷凍保存の可否などを考慮します。
また、食品の汚染源が、他の製品も汚染する可能性があるか、過去に生産された・未来に生産される食品が汚染される可能性があるかどうかも検討します。
食中毒が終わったと判断するにあたっての課題
- 食中毒の原因特定、対策を取るのには時間がかかるため、食中毒が本当に止まったのかどうかを知ることは難しい。
- 病原菌によっては、常に患者が発生しています。そのため、特定の食中毒の患者が新たに発生していないと判断することが難しい。
- 汚染された製品が完全に市場に出回っていないことを確認することが難しい。
以上が食中毒調査の流れになります。最後に実際に調査にかかる時間を紹介します。
ある人が汚染された食品を食べてから、ステップ1が終わるまで3~4週間かかります。そこからステップ2から7まであるため、1つの集団食中毒が終わったと宣言されるのに、数か月かかることも少なくありません。
例えば、2019年のロメインレタスによる食中毒の事例では、最初の患者発生から終息まで、4か月近くかかりました。
以上が複数の州にまたがる食中毒の調査の流れになります。一つのニュースの裏で、これほど多くのことが行われているんですね。
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