飲食店で低温調理が流行っていると聞いたけど、私のお店でもやってみようかな。
いま飲食店で低温調理が非常に人気です。
高級レストランだけでなく、居酒屋、ラーメン店、カレー店など、様々な飲食店で低温調理で料理を提供しています。
低温調理は、適切に温度と時間の管理を行えば、通常の加熱より安全に食事を提供することができます。
しかし、インターネットで低温調理のレシピを調べるとかなりの数があり、中には自己流のやり方で危険なものがあります。
そして、低温調理した食品が原因の食中毒も発生しています。
「安全に低温調理をするにはどうすればいいの?」「どのような点に気を付ければいいの?」というような疑問はお持ちではないでしょうか。
この記事ではそのような疑問に答えるため、アメリカの飲食店における低温調理の基準について紹介します。
なお、この記事では「低温調理」と「真空調理」を合わせて「低温調理」と呼びます。
日本の真空調理の基準
まず、日本における飲食店向けの「低温調理」の基準はどうなっているのでしょうか。
厚生労働省の小規模飲食店向けのガイドラインには特に低温調理について書かれていません。そのため、何℃で何分間加熱しなければいけないの?調理後はどれくらい保管しておいていいの?など悩むところです。
一方、様々な行政機関が低温調理について情報提供しています(参考:食品安全委員会、群馬県、東京都)。群馬県のチラシに具体的な数字が書かれていますので引用します。
肉の低温調理で食中毒菌を殺菌するのに必要な温度と時間は次のとおりです。
肉の中心部の温度が63℃で30分間以上、70℃で3分間以上、75℃で1分間以上
お湯の温度ではなく、肉の中心部の温度です!
63℃未満では十分な殺菌はできません。必ず63℃以上を保ってください。
分かりやすくまとめてくれているので、このチラシを読めば日本の基準はバッチリですね!
また、低温調理のリスクとして、時間と温度を適切に管理しないと加熱不十分になり「カンピロバクター」や「腸管出血性大腸菌」による食中毒の危険性があるとも書かれています。
Food Codeにおける低温調理の定義
次にアメリカの飲食店の基準として、アメリカの食品安全規制のテキストであるFDA(米国食品医薬品局)の「Food Code」で低温調理がどのように書かれているか見てみましょう。
Food Codeをよく知らない方は、以下の記事をご覧ください。
低温調理は英語で「Sous vide」と呼ばれます。Food Code内を「Sous vide」で検索すると、「Sous vide packaging」(低温調理包装)という言葉が出てきます。
Food Code内で低温調理包装は「Reduced oxygen packaging」(低酸素包装)の方法の一つと定義されています。
そこで、まず「低酸素包装」の定義を見てみましょう。
(1) 「低酸素包装」とは以下のことを言う。
(a) 酸素を除去する、酸素を置換し他の気体若しくは気体の組み合わせで置換する、又はその他の方法で酸素含有量を通常大気中に存在するレベル(海抜で約 21%)未満に制御することにより、包装材中の酸素量を減少させること。
(b) (a)に規定される工程であって、最終包装形態で危害要因であるボツリヌス菌又はリステリア菌の管理が必要となる食品を含むもの。
FDA Food Code 2022 Chapter 1. Purpose and Definitions.Reduced Oxygen Packaging.
Food Codeでは上記の(a)及び(b)に該当するものが「低酸素包装」になります。
次に「低温調理包装」の定義です。
(2) 「低酸素包装」には以下のものを含む。
(a) ~ (d) (略)
(e) 低温調理包装(Sous vide packaging)
生又は部分的に調理された食品を、不浸透性の袋に真空包装した後に、袋の中で調理し、急速に冷却し、冷蔵(低温で育成可能な病原体の増殖を抑制する温度)する方法。
FDA Food Code 2022 Chapter 1. Purpose and Definitions. Reduced Oxygen Packaging.
調理後すぐ食べられるのではなく、調理→冷却後に「冷蔵保管される」点がポイントです。
「低酸素包装」の定義のところで、ボツリヌス菌とリステリア菌の管理が出てきました。実は、ボツリヌス菌やリステリア菌は冷蔵状態でも増殖することができます。そのため「冷蔵保管」する際に、ボツリヌス菌とリステリア菌の管理が必要になるわけです。
低温調理包装を行うにはHACCPプランが必要?
次に、低温調理包装にどのような基準があるかを見てみましょう。
3-502.11 適用除外の要件
FDA Food Code 2022 3-502 Specialized Processing Methods
食品施設は、ボツリヌス菌及びリステリア菌の増殖が「3-502.12」に基づき管理されている場合を除き、低酸素包装を用いて食品を包装する前に、「8-103.10」及び「8-103.11」に基づき、規制当局から適用除外の許可を得なければならない。
文の後半に「「8-103.10」及び「8-103.11」に基づき、規制当局から適用除外の許可を得なければならない。」とあります。
「適用除外の許可を得る」とはどういうこと?
基本的に飲食店の営業者は、Food Codeに書かれている内容を順守しなければなりません。
もし、Food Codeに書かれている方法以外のやり方で行いたい場合は、事前に規制当局から適用除外の許可を得る必要があります。
適用除外を申請するにあたっては、代替のやり方でも危害要因を管理することができる根拠を示さなければなりません。また、場合によってはHACCPプランの提出が必要になります。
次に、文の前半部分の「食品施設は、ボツリヌス菌及びリステリア菌の増殖が「3-502.12」に基づき管理されている場合を除き」の「3-502.12」を見てみましょう。
3-502.12 適用除外の許可を得ないで低酸素包装を行う際の基準
(A) 3-502.11に定める適用除外の許可を得た場合を除き、低酸素包装を用いて食品を包装する食品事業者は、ボツリヌス菌及びリステリア菌の増殖を管理しなければならない。
(B) 本節の(F)に規定される場合を除き、低酸素包装を用いて食品を包装する施設は、8-201.14 (C)及び(D)に規定される情報を含み、かつ以下を含む HACCP プランを実施しなければならない。
(C)~(E) 略
FDA Food Code 2022 3-502.12 Reduced Oxygen Packaging Without a Variance, Criteria.
- (F) 食品施設が以下のことを常に行う場合はHACCPプランは義務ではない。
(1) 製造した日時が包装に表示されている。
(2) 冷蔵保管中、5℃以下に保たれている。
(3) 包装後 48 時間以内に当該施設内で包装から取り出される。
引用が多く規定が複雑なので要約すると、以下のようになります。
飲食店で低温調理包装をする場合、(1)製造した日時を包装に表示し、(2)5℃以下に冷蔵し、(3)製造後48時間以内にその飲食店で使用すれば、HACCPはやらなくてもよい。
それ以外の場合はHACCPをやらなければならない。
(1)、(2)、(3)を守っている限り、ボツリヌス菌とリステリア菌は人に危害を与えるほどには増殖しないため、HACCPまでは求めないということです。
アメリカの飲食店はHACCPは義務ではない
低温調理について、日本では加熱不十分による「カンピロバクター」や「腸管出血性大腸菌」が危害要因となっていました。
一方、アメリカのFood Codeでは調理後の冷蔵保管による「ボツリヌス菌」と「リステリア菌」が危害要因となっていました。
この差はなぜなの?
先ほども書いたように、アメリカの飲食店はFood Codeの内容を守らなければいけません。そのため、低温調理をする場合であっても、加熱についてはFood Codeの加熱の項目に書かれている部分を守る必要があります。冷却についても同様です。
低温調理包装をする場合は、加熱や冷却はすでにきちんと行われているという前提なので、これらに関連した危害要因は問題にはなりません。
そのため、調理後の最終包装品の冷蔵管理のリスクについてだけ書かれているのです。
加熱の不備は加熱項目の違反であって、低温調理包装の違反ではないということです。
そして、もし加熱や冷却をFood Codeに書かれている方法以外で行いたい場合は、先ほども書いたように規制当局に事前に適用除外を申請し、許可を得なければなりません。
そして、適用除外の申請には、代替法でも安全である根拠、そして内容によってはHACCPプランの提出が必要になります(Food Code 8-201.13 When a HACCP Plan is Required.)。
以上がアメリカの飲食店における低温調理包装の基準です。
アメリカでは低温調理を行う場合、やり方によってはHACCPを行わなければならないことが分かりました。
どのような場合に「HACCPをやらなくてもよい」のかが明確でしたね。
日本の飲食店では、低温調理を行った後の食品の保管方法はどうなっているのでしょうか。
「すぐ食べなければならない」や「保管は何℃以下で何時間までとする」など、ルールが決まっていない場合は、ルールを作りましょう。
低温調理のリスクは「カンピロバクター」や「腸管出血性大腸菌」だけではないことを覚えておいてください。
低温調理は、適切に行えば安全な調理方法です。しっかりと科学的な根拠に基づいて行うようにしましょう。
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