

最近アメリカで食中毒が発生し、患者が一般の人よりキュウリをよく食べる習慣があったから、キュウリが原因と疑われたという記事を見たよ。アメリカにはそのようなデータがあるの?
アメリカで、2025年4月から5月にかけて「キュウリ」を原因とするサルモネラ食中毒が発生しました。


ここで調査内容について、CDCのウェブサイトを一部抜粋して紹介します。
Of the 27 people interviewed so far, 24 (89%) reported eating cucumbers. This percentage was significantly higher than the 50% of respondents who reported eating cucumbers in the FoodNet Population Survey. This difference suggests that people in this outbreak got sick from eating cucumbers.
現在のところ聞き取りを行った27人のうち、24人(89%)がきゅうりを食べたと報告しています。この割合は、FoodNetの住民調査できゅうりを食べたと報告した回答者の50%と比較して、有意に高いものでした。この違いは、今回の食中毒の患者はキュウリを食べたことにより病気になったことを示唆しています。
Investigation Update: Whole Cucumbers Outbreak, May 2025 (CDC)



ここで出てくる「FoodNet Population Survey」を聞いたことがありますか。
日本の食中毒調査では使われない方法のため、知らない方がほとんどだと思います。
しかし、アメリカの食品安全において「FoodNet Population Survey」は非常に重要な役割を果たしています。
そこでこの記事では、食中毒調査で活用されている「FoodNet Population Survey」と、「キュウリによる食中毒」について紹介します。
この記事を読めば、日本においても「FoodNet Population Survey」のような取組が必要だということが分かります。
「FoodNet Population Sruvey」とは



「Population Sruvey」は「住民調査」のことだと思うのですが、「FoodNet」とはそもそも何なのですか?



「FoodNet」は食中毒の情報収集を行っている、アメリカの行政機関のネットワークのことです。
FoodNet は「Foodborne Diseases Active Surveillance Network」(食中毒のアクティブ サーベイランス ネットワーク)のことです。
FoodNetは、CDC、FDA、USDA(米国農務省)、そして10州※の健康局が協力して運営しています。
※①コロラド州、②コネチカット州、③ジョージア州、④メリーランド州、⑤ミネソタ州、⑥ニューメキシコ州、⑦オレゴン州、⑧テネシー州、⑨カリフォルニア州、⑩ニューヨーク州


FoodNet がカバーする地域(上の画像の濃い緑色部分)は、アメリカ総人口の16%(約5,400万人)を占めています。
各FoodNetの拠点にいる担当者は、自身の地域の医療機関や検査機関に日常的に連絡を取り、食中毒の情報を収集しています。



積極的に情報収集しているから「アクティブ サーベイランス」と呼ばれるのですね。
つまり「FoodNet Population Survey」は、「FoodNet」が行う住民調査のことです。
FoodNet がカバーする地域に住む住民(アメリカ総人口の16%)の中から、無作為に選ばれた人々を対象に定期的に電話又はオンラインで聞き取り調査を行っています。
そして、FoodNet の聞き取り調査の結果を、いわゆる「一般的なアメリカ人の回答」として利用しています。





どのようなことを調査しているのですか?



調査対象者に対し、以下のような項目について質問を行います。
FoodNetの住民調査で聞き取る内容
- 年齢、性別、人種などの基本的な情報
- 下痢や嘔吐の経験、そのような症状があった際の医療機関の受診
- 食習慣、食品の取り扱い方法
- 飲み水、プールや温泉の利用
- 動物との接触
- 最近の旅行歴
上記のを質問することで、調査対象地域に住む人々が、どのくらいの頻度で食中毒のような症状になっているのか、医療機関を受診しているのか、そして食中毒の要因となるもの(食品、水、動物、旅行)にどのくらいの頻度で暴露されているのか、を知ることができます。
2018~2019年に行われた調査では、38,743人の大人と子供に聞き取りを行いました。



住民調査の結果は何に使われるのですか?



主に以下の2つの目的に利用されます。
調査結果の活用方法
- アメリカの「食中毒患者数の推定」を行う際のデータとして利用する。
- ある要因が食中毒の原因である可能性を評価する際に利用する。
1は、別の記事で紹介した「食中毒患者数の推定」の際に使われるデータとなります。
2は、食中毒調査の際に、原因食品の推定を行う際に使われます。詳細については、後ほど解説します。
「FoodNet Population Sruvey」を使ってみよう



言葉だけだと分かりづらいと思います。そこで、CDCが「FoodNet Population Sruvey」の結果をツールとしてを公開していますので、実際に触ってみましょう。
上のリンクをクリックすると下のウェブサイトになります。


Survey Questions
とDemographic Group
の2カ所について、知りたいことをプルダウン(赤い矢印部分)から選べば、該当するデータが自動で現れます。
今回は試しに「キュウリ」の食習慣について調べてみましょう。
Survey Questions
のプルダウンから「In the past 7days, did you/your child eat cucumbers?」(過去7日間に、キュウリを食べましたか?)を選択します。Searchボックスに「cucumber」と入力すると早いかもしれません。





キュウリの食習慣以外にも、いろいろな項目があるのですね。
Demographic Group
では「Select all demopraphic groups」を選びましょう。これですべての結果を見ることができます。


入力するのは以上です。結果は画面の下部に自動で表示されます。



結果を少し見てみましょう。


「Percentage 50.1%」となっていることから、「一般的なアメリカ人」は過去7日間で約50%の人がキュウリを食べることが分かります。これは冒頭で紹介したCDCのウェブサイトの内容と一致します。
そのほか、年齢別、地域別、人種/民族別、季節別の結果が一目で分かるようになっています。








もし、食中毒の調査対象者の89%が「病気になる前の1週間の間にキュウリを食べた。」と証言した場合、一般的な50%と比べてかなり高いことが分かります。



どうして全員(100%)キュウリを食べたと回答していないのですか?
食中毒調査の際、保健所が患者の聞き取りを行うのは、体調が悪くなってから2~3週間後に行われることも珍しくありません。
そのため、体調が悪くなる前に食べた物を正確に思い出せないということはよくあります。
また、バインミーやカリフォルニアロール、サルサといったメイン料理の一部にキュウリが入っていた場合、気が付かずに食べてしまうこともあります。



100%でなくても、「一般的な回答」と比較してかなり高い場合は、キュウリを疑わしい食品の候補として、さらなる詳細な調査を行う価値があるということです。


ここで「FoodNet Population Sruvey」ツールを使ったクイズです。
次の1と2に該当する「一般的なアメリカ人」の割合はどれくらいでしょうか。
- 食品用温度計(例えば肉用のもの)を持っている人
- この1年の間に、肉類をローストする際や大きな塊肉を調理する際に必ず食品用温度計を使用した人
答えはこちら
①「Do you have a food thermometer, such as a meat thermometer?」:77.8%
②「Over the past 12 months, did you always use a thermometer when cooking roasts or other large pieces of meat?」:33.3%
意外と高い割合です。FDAとUSDAが温度計を使うよう常に呼びかけているので、その成果でしょうか。日本ではいったいどれくらいの人が家に食品用温度計があるのか気になりますね。
頻発するキュウリが原因の食中毒
「Population Sruvey」から少し話が脱線しますが、今回紹介したキュウリが原因のサルモネラ食中毒についても見てみましょう。
患者数 | 45人 |
入院者数 | 16人 |
死亡者数 | 0人 |
年齢 | 2~84歳(中央値:50歳) |
患者の発症日 | 2025年4月2日~5月10日 |
患者の居所 | 18州 |
原因食品 | フロリダ州にある Bedner Growers が栽培したキュウリ |
原因菌 | サルモネラ(Salmonella Montevideo) |




2025年4月に FDA の調査官が、原因となったキュウリを栽培した「Bedner Growers」の農場に立ち入り検査を行いました。



ただし、この立ち入りは2025年に発生した食中毒の調査のためではありませんでした。
実はこの農場は2024年に発生したキュウリを原因とするサルモネラ食中毒の原因施設の一つだったのです。
- 患者は2024年3月~7月にかけて報告され、34州+ワシントンDCに居住
- 患者数は合計551人で、155人が入院
- 原因菌は「Salmonella Braenderup」と「Salmonella Africana」で2025年の原因菌とは異なるサルモネラだった。
2024年に食中毒を起こしたため、FDAはそのフォローアップのためにこの農場に立ち入りを行っていたのです。
立ち入った際に環境サンプルを採取したところ、そこからサルモネラが検出され、既にデータベースに登録されていた患者から分離されたサルモネラと一致したため、2025年の食中毒が探知されました。
その後、流通センターに保管されていたキュウリの在庫を検査したところ、患者から分離されたサルモネラと同じサルモネラを検出しました。



去年の食中毒のフォローアップで立ち入った際に環境サンプルを検査したことで、今回迅速にキュウリと患者を結びつけることができたのですね。
2024年の食中毒では、キュウリの栽培に使用していた未処理の運河の水から「患者から検出したものと同じサルモネラ」を検出しており、この水を通してキュウリが汚染された可能性が指摘されています。


ただし、野菜が原因の食中毒は収穫がすでに終わっているなど調査が難しいため、根本原因の特定まではできなかったようです。



2025年の調査結果がどうなるのか気になるところです。
このように野菜が原因の食中毒で「水」が汚染原となることが多くあります。
そのためFDAは、2011年に成立した「食品安全強化法」(FSMA)の一環で、農場で使う水について新しいルールを定めました。(大規模農場については、2025年4月から施行)
以前のルールでは「水の微生物検査」に重点が置かれていました。
新しいルールは、使用する水と農場の状況によって、どのような「危害要因」が農産物にもたらされるのかを事前に評価し、そのリスクをどうすれば管理、低減することができるかを判断する「システムの構築」が必要になります。



最終製品の検査から、工程管理に重点を置いた「HACCP」のようなイメージですね。


おわりに
以上が「FoodNet Population Survey」と「キュウリを原因とするサルモネラ食中毒」の紹介です。
「FoodNet Population Survey」は、広域食中毒の調査の初期段階で、疑わしい食品の目星をつける際に使われることが多い手法です。



アメリカでは広域食中毒を探知するために、様々な手法が使われているのですね。
日本では「FoodNet Population Survey」のようなデータはありません。
また、下の記事でも書きましたが、日本では医療機関の届出義務がないこと、共通の聞き取り調査票がないこと、会員カードが活用されていないこと、最新の検査方法が導入されていないことなどから、どうしても広域食中毒を探知する能力が低くなってしまいます。




探知できないということは「食中毒患者がいない」ということになり、食品事業者の改善の機会も失われてしまいます。



広域食中毒の探知能力向上のため、日本版「FoodNet Population Survey」が行われる日が来ることを願っています。
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