

フランスでサイバー攻撃が発生し、スーパーの冷蔵庫の温度が50℃まで上昇して、大量の食品が廃棄されたというニュースを見ました。サイバー攻撃で食品が危険になることがあるのですか?
最近、不正アクセスによって個人情報が漏洩したり、企業のシステムが停止したりするニュースを頻繁に目にします。
サイバー攻撃というと、「個人情報の漏洩」や「企業活動の停止」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。



実際、以前のサイバー攻撃についての記事では、食品企業への攻撃による個人情報の流出や、物流の混乱について紹介しました。
しかし、今回フランスで発生した事件は、これまでとは少し違います。
サイバー攻撃によって冷蔵・冷凍設備が不正に操作され、食品を安全に保存するための温度管理そのものに異常が生じたのです。


近年、食品工場や物流倉庫、コンビニやスーパーマーケットでは、IoTやAIを活用した設備管理が進んでいます。
こうした技術は食品安全の向上に役立つ一方、外部から攻撃されると、食品安全を守るための仕組みが、逆に弱点になる可能性があります。
今回は、フランスで発生した事件をもとに、サイバー攻撃が食品安全にどのような影響を与えるのか、そして食品安全の担当者はどう対応すべきなのかを考えたいと思います。
冷蔵庫が50℃に?フランスで何が起きたのか
2026年10月12日、フランスの複数の大手スーパーマーケットで、冷蔵・冷凍設備を標的とした大規模なサイバー攻撃が明らかになりました。
この攻撃によって、冷蔵・冷凍設備の温度が50℃まで上昇し、一部では80℃に達したとの報告もあります。
| 発生時期 | 2026年10月11日夜~12日未明 |
| 発生場所 | フランス各地の複数の大手スーパーマーケット |
| 被害規模 | 約700店舗との報道 |
| 攻撃対象 | 冷蔵・冷凍設備の制御システム |
| 発生した異常 | 設備の温度が50℃まで上昇。一部では80℃との報告もある |
| 主な被害 | 大量の食品廃棄、火災の報告 |
| 経済的損失 | 数千万ユーロ(数十億円)規模に達する可能性 |
例えば、被害を受けた大手小売チェーン「Intermarché」では、約150店舗が影響を受け、一部の設備では約6時間にわたり50℃という異常な温度になったと報じられています。
それでは、なぜサイバー攻撃によって冷蔵・冷凍庫の温度が上昇したのでしょうか。


スーパーマーケットの冷蔵・冷凍設備には、複数の冷却装置をまとめて管理する制御システムが使われています。
このシステムをインターネット経由で操作できれば、設備の保守業者は店舗に行かなくても、温度設定を変更したり、異常を確認したりできます。
非常に便利な仕組みですが、外部から不正にアクセスされると、攻撃者に設備を操作される危険があります。
今回の事件では、攻撃者が制御システムに不正にアクセスし、温度設定や霜取り(デフロスト)機能などを操作したと報じられています。
霜取り機能とは、冷却装置に付着した霜を取り除くため、一時的に冷却を停止したり、ヒーターを作動させたりする仕組みです。
この機能が不正に操作されると、冷蔵・冷凍設備の温度が異常に上昇する可能性があります。



つまり、食品に直接触れることなく、冷蔵庫を操作するだけで、大量の食品を廃棄せざるを得ない状況を引き起こしたのです。
サイバー攻撃は食品安全にどのような影響を与えたのか
今回の事件で注目したいのは、食中毒などの健康被害が報告されていないにもかかわらず、大量の食品が廃棄されたという点です。
食品安全において、温度管理は基本的かつ重要な管理手段の一つです。
例えば、冷蔵食品の温度が上昇すると、食品の種類や温度、経過時間によっては、腐敗が進んだり、食中毒菌が増殖したりする可能性があります。
また、冷凍食品が解凍されれば、品質が低下するだけでなく、その後の保存条件によっては食品安全上の問題につながることもあります。
もちろん、今回の事件で冷蔵・冷凍設備の温度が50℃まで上昇したからといって、すべての食品が50℃になったわけではありません。また、食中毒菌が実際に増殖したと確認されたわけでもありません。
しかし、正常な温度管理ができなくなったことで、保存されていた食品の安全性を十分に確認できない状況が生じました。
そのため、食中毒などの健康被害を未然に防ぐため、大量の食品が廃棄されたのです。
ここで重要なのは、食品に有害物質を混入させたり、食品そのものに直接手を加えたりしなくても、食品の安全性を脅かすことができるという点です。



今回の事件は、食品を安全に管理するための設備を攻撃するだけでも、食品安全に影響を及ぼし、大量の食品廃棄につながり得ることを示しています。
なぜ冷蔵・冷凍設備が攻撃されたのか
今回の攻撃では、デンマークのDanfoss社などが供給する冷蔵・冷凍設備の制御システムが標的となりました。
問題として指摘されたのは、古い「ファームウェア」の使用に加えて、インターネットから設備にアクセスできる状態になっていたことや、パスワードによる保護が不十分だったことです。
「ファームウェア」とは、冷蔵庫などの機器に組み込まれた制御用プログラムのことです。
例えば、冷蔵庫内の温度に応じて冷却装置を動かしたり止めたりする役割があります。
古いファームウェアにセキュリティ上の弱点が残っていると、外部から不正に操作される危険性があります。
専門家は今回の攻撃について、高度な技術を必要とするものではなかったと指摘しています。
インターネット上からアクセスできるDanfoss社製の制御装置の中には、サポートが終了した古いファームウェアが使われ、パスワードによる保護も不十分なものがあったとされています。
つまり、特別に高度な攻撃技術がなくても、適切に保護されていない設備が狙われる可能性があるのです。
ただし、今回の攻撃で具体的にどの弱点が悪用されたのかについては、断定できない部分もあります。



今回の事件から分かるのは、冷蔵・冷凍設備のような身近な機器でも、ソフトウェアの更新、外部からのアクセス制限、パスワード管理などが不十分であれば、サイバー攻撃の標的になり得るということです。
IoTやAIの普及で食品安全管理はどう変わるのか
近年、食品工場や物流施設、コンビニやスーパーマーケットでは、IoTやAIなどのデジタル技術を活用した設備管理が進んでいます。
例えば、IoTを活用すれば、冷蔵・冷凍設備の温度を離れた場所から確認したり、異常が発生した際に自動的に警報を出したりできます。
また、AIを活用して、設備の故障を予測したり、運転条件を最適化したりすることも可能です。
こうした技術は、従業員の負担を軽減し、食品安全の向上にも役立ちます。



しかし、デジタル化が進むことで、新たな問題も生じます。
これまで人が直接操作していた設備を、インターネットを通じて外部から操作できるようになると、その便利さがサイバー攻撃の侵入口にもなり得るのです。
また、自動化が進むほど、食品安全を管理するうえで、システムが正しく動いていることへの依存も大きくなります。
そして、この問題は冷蔵・冷凍設備だけに限りません。
サイバー攻撃はHACCPにも影響するのか
食品工場では、加熱殺菌、原材料の配合、異物検出など、さまざまな工程がコンピューターによって自動制御されています。
もし、こうしたシステムが不正に操作されると、HACCPで管理している重要な工程が正常に機能しなくなる可能性があります。
例えば、次のようなリスクが考えられます。
| 管理工程 | サイバー攻撃による影響の例 | 食品安全上の危害 |
|---|---|---|
| 加熱殺菌 | 温度記録が改ざんされ、加熱不足を見逃す | 食中毒菌の生残 |
| 原材料の自動調合 | 配合設定が変更され、添加物の過剰添加やアレルゲンを含む原材料の誤投入が起こる | 化学的危害・アレルゲンによる健康被害 |
| 冷蔵・冷凍設備 | 温度設定が変更され、警報も正常に作動しなくなる | 食中毒菌の増殖 |
| 金属検出・X線検査 | 検出設定や排除装置が不正に変更される | 異物の見逃し |
この表を見て、「実際にそんなことが起こるのだろうか」と思う人もいるかもしれません。
しかし、今回のフランスの事件では、実際に冷蔵・冷凍設備が遠隔から不正に操作され、食品の温度管理に影響が生じました。
もちろん、加熱殺菌や異物検出などの工程が同じように攻撃されたわけではありません。
それでも、食品安全を守るための設備がサイバー攻撃の対象になり得ることは、もはや単なる仮定の話ではないのです。


HACCPだけでサイバー攻撃に対応できるのか
それでは、このようなリスクにはHACCPで対応すればよいのでしょうか。
HACCPは、食品の製造・取扱工程で発生し得る生物的、化学的、物理的な危害要因を分析し、それらを予防・低減するための仕組みです。
一方、サイバー攻撃は、悪意を持った人が意図的にシステムを操作するものです。



そのため、通常のHACCPによる危害要因分析に加えて、別の視点からの対策も必要になります。
例えば、外部からの不正アクセスを防ぐためのソフトウェア更新やアクセス権限の管理は、HACCPだけで対応できるものではありません。
そこで重要になるのが、「サイバーセキュリティ」「フードディフェンス」「HACCP」の連携です。
| 分野 | 主な役割 |
|---|---|
| サイバーセキュリティ | 不正アクセスやシステムの改ざんを防ぐ |
| フードディフェンス | 意図的な攻撃が食品安全に及ぼすリスクを評価し、対策を講じる |
| HACCP | 食品安全上の危害を管理し、管理措置が適切に機能しているか確認・検証する |
それぞれの役割は異なりますが、目指すところは共通しています。
「食品を安全に製造・提供し続けること」です。
重要なのは、HACCPプランにすべてのサイバーセキュリティ対策を盛り込むことではありません。
設備の不正操作を防ぐことと、万一攻撃を受けた場合にも食品安全を守ること。
この両方を、関係部門が連携して考える必要があるのです。
食品事業者が取り組むべき3つの対策



それでは、食品事業者は具体的にどのような対策を取ればよいのでしょうか。
米国のサイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁(CISA)は、食品・農業分野を含む重要インフラのサイバーセキュリティ対策を支援しています。
CISAは、「食品・農業分野向けのチェックリスト」や、「ストップ ランサムウェアガイド」などを公表しています。
こうした取り組みを参考に、食品安全の視点から考えると、特に次の3つが重要です。
① インターネットに接続された設備を把握し、適切に管理する
まず、冷蔵・冷凍設備などがインターネットに接続されているか、誰が遠隔操作できるのかを把握することが重要です。
そのうえで、不要な外部接続を制限し、パスワードの適切な管理やソフトウェアの更新を行います。
また、設備の遠隔操作が必要な場合も、アクセスできる人を限定するなどの対策が必要です。
今回のフランスの事件は、食品事業者が普段あまり意識していない設備のセキュリティ対策が、食品安全に直結することを示しています。
② システムに異常が生じても、食品の安全性を確認できるようにする
サイバー攻撃を完全に防ぐことは困難です。
そのため、攻撃を受けた場合にも、食品安全を守るための備えが必要です。
例えば、次のような対策が考えられます。
- 自動監視システムとは独立した温度計などで、温度を確認できるようにする。
- 温度異常やシステムの不正操作が疑われた場合の連絡体制を整える。
- 温度管理ができなくなった食品について、隔離・安全性の評価・廃棄の判断基準を決めておく。
- 設備の復旧後、設定値や監視機能が正常に戻っていることを確認する。
特に注意したいのは、温度を制御するシステムと監視するシステムが、同じネットワークや機器に依存している場合です。
この場合、攻撃によって両方が影響を受け、温度管理ができなくなるだけでなく、その異常を発見できなくなる可能性もあります。



そのため、自動化されたシステムにすべてを任せるのではなく、別の方法でも正しく機能していることを確認できるようにしておくことが重要です。
例えば、冷蔵庫の温度が自動記録されていても、独立した温度計の測定結果と定期的に比較することで、記録の異常に気づける可能性があります。
また、温度異常が発生した際に警報が正常に作動するか、システムが停止した場合に誰がどのように対応するかを、事前に確認しておく必要があります。
自動化されたシステムが機能しなくなった場合にも、異常を発見し、食品の安全性を判断できる仕組みが必要なのです。
③ サイバーセキュリティと食品安全管理を連携させる
サイバーセキュリティは、食品安全担当者にとって必ずしも専門分野ではありません。
しかし、だからといって、すべてをIT部門だけの問題として扱うわけにはいきません。



例えば、冷蔵設備がサイバー攻撃を受けた場合を考えてみましょう。
IT部門は、不正アクセスを遮断し、システムを復旧させることを優先するでしょう。
一方、食品安全担当者は、温度管理ができなくなった食品の安全性を評価し、必要に応じて販売停止や廃棄を判断しなければなりません。
さらに、設備管理部門は、冷却設備そのものが正常に動いているかを確認する必要があります。
システムが復旧したからといって、保存されていた食品の安全性まで回復するわけではありません。
そのため、IT部門、設備管理部門、食品安全管理部門が、それぞれの役割と緊急時の対応を事前に確認しておくことが重要です。
さらに、サイバー攻撃の影響は、一つの施設だけで完結するとは限りません。
日本でも、2026年7月にニチレイグループがサイバー攻撃を受け、冷蔵倉庫の入出庫業務や冷凍食品の出荷業務に影響が生じました。
その影響は、外食チェーンやスーパーマーケット、学校給食などの取引先にも波及しました。
この事例では、フランスの事件のように冷蔵庫の温度が不正に操作されたわけではありません。
しかし、一つの企業へのサイバー攻撃が、食品サプライチェーン全体に影響を及ぼし得ることを示しています。
自社の設備だけでなく、取引先や設備の保守業者、情報システム業者とも連携したリスク管理が必要なのです。
おわりに



食品安全を守るために導入された設備やシステムそのものが、攻撃の標的になり得るということが分かりました。
これまで食品安全管理では、従業員が決められた手順を守っているか、設備を正しく操作しているかといった「人の行動」が重視されてきました。
しかし、IoTやAIによる自動化が進むことで、これからは「システムそのものが正しく機能しているか」という視点も、ますます重要になります。
例えば、冷蔵庫の温度が自動記録されていても、その記録が不正に変更されていれば、私たちは異常に気づけるのでしょうか。
HACCPでは、従来から管理措置が適切に機能しているかを「検証」することが求められています。
今後は、こうした検証に加えて、デジタルシステムの信頼性や、記録が改ざんされず正確に保存されているかという「記録の完全性」にも、より注意を払う必要があります。
自動化によって人の作業を減らすことと、食品安全に対する人の責任をなくすことは、同じではありません。



今回の事件は、食品安全管理のデジタル化が進む中で、「その設備や記録が正しいと、何を根拠に判断しているのか?」という、HACCPにおける「検証」の重要性を改めて考えさせる事例だと思います。









コメント