食品への放射線照射を行えば、155件の食中毒を防げたかもしれないというアメリカのニュースを見たよ。食品への放射線照射はあまり行われていないの?
日本では、食品への放射線照射は、「ジャガイモの芽止め」と「工程管理(異物検査に使うX線検査など)」にしか認められていません。
それでは、海外の状況はどうなのでしょうか。
日本と同じように、ジャガイモの芽止めだけに許可されているのか、それとも他の食品、他の目的でも使用することができるのでしょうか。
多くの食品を輸入に頼っている日本にとって、他国の状況は無視できません。また、放射線照射の新たな活用法の参考になる事例があるかもしれません。
そこで、この記事ではアメリカの食品照射の状況について紹介したいと思います。
アメリカでの食品照射の状況について
食品照射の目的
アメリカ食品医薬品局(FDA)のウェブサイトをもとに、まずは「食品照射を行う目的」から紹介します。
目的 | 効果 |
---|---|
①発芽と熟成の遅延 | 発芽を抑制する(ジャガイモなど)。果実の熟成を遅らせて日持ちを良くする。 |
②病害虫対策 | 輸入される熱帯果実に含まれる昆虫を駆除する。 |
③保存 | 腐敗や変敗の原因となる微生物を破壊または不活化し、食品の保存期間を延ばす。 |
④食中毒の予防 | サルモネラ菌や大腸菌など、食中毒の原因となる微生物を効果的に除去する。 |
⑤滅菌 | 食品を滅菌し、冷蔵せずに長期間保存できるようにする。また、滅菌された食品は、免疫が低下している患者の食事としても有用である。 |
照射は、低線量、中線量、または高線量レベルの放射線を用いて行われます。
低線量(2kGy未満)は、野菜の発芽や果物の老化を遅らせるために、中線量(1~10kGy)は、病原微生物の汚染レベルを下げるために、高線量(10kGy以上)は、滅菌に使用されます。
照射可能な食品
次にアメリカで照射が可能な食品を紹介します。
- 牛肉・豚肉
- 家禽類(鶏肉、七面鳥など)
- 殻付き卵
- 甲殻類(ロブスター、エビ、カニなど)
- 貝類(牡蠣、はまぐり、ムール貝、ホタテ貝など)
- 生鮮果物、野菜
- レタス、ほうれん草
- スプラウト用の種子(アルファルファスプラウト用など)
- スパイスと調味料 など
ジャガイモの芽止め以外にも様々な食品、用途で照射が行われているのですね。
どうやって照射されるの?
食品が照射を行う施設に運びこまれると、食品はベルトコンベアに乗せられ、照射室の中を通ります。(画像:CDC)
照射室から出ると、食品中の細菌はほとんど死滅するか、増殖できなくなります。
ただし、照射後の食品であっても、交差汚染があると汚染されてしまうため、通常の食中毒対策は他の食品と同様に重要です。
照射された食品の表示
照射された食品には、「Treated with radiation」または「Treated by irradiation」という文字とともに、「Radura(ラデュラ)マーク」を表示しなければいけません。
どれくらいの食品が照射されているのか
アメリカでは年間約120,000トンの食品が照射されています。
主なものとしては、スパイス(80,000トン)、ペット用おやつ(20,000トン)、生鮮食品(14,000トン)、ひき肉(8,000トン)などです。
しかし、量が最も多いスパイスでも、スパイス全体の約3分の1程度しか照射されていません。
また、輸入される果物、野菜、肉では、0.1%未満しか照射されていません。
照射があまり行われていない理由としては、照射の固定費が高いこと、そして消費者の認識(購入したがらない)があげられています。
しかし、大規模な食中毒の発生や生鮮食品の需要の増加により、今後食品照射のマーケットは拡大していくと予想されています。
照射を行っていれば どれくらいの食中毒を防止できた?
アメリカでも実際にはそれほど照射はされていないんですね。
もっと照射が行われていたとしたら、どれくらいの食中毒の発生が防止できていたのかな?
ここでアメリカで行われた調査を紹介します。
まず研究者は、2009年~2022年にアメリカで発生した食中毒の報告から「カンピロバクター」、「サルモネラ」、「大腸菌」、「リステリア」によるものだけを抽出しました。これらの細菌はアメリカでもメジャーな食中毒菌で、放射線照射によって殺菌することができます。
これらの細菌による食中毒は2009年~2022年の間に2,153件あり、そのうち482件に、食品の加工方法について記述がありました。
食品の詳細について記述があった482件の食中毒うち、155件が「放射線照射が可能な食品」が原因となっていました。
155件の「放射線照射が可能な食品」の上位3位は、「鶏肉」(52件)、「牛肉」(31件)、「卵」(29件)でした。
そして、この155件の食中毒により、3,512人が感染し、463人が入院、10人が死亡しました。
もし、この原因となった食品が照射されていれば、およそ3,500人の感染が防げたかもしれないということです。
病害虫対策にも活用されている
上述のとおり、食品照射はさまざまな目的で行われます。
食中毒の予防以外の活用事例も見てみましょう。
国際連合食糧農業機関(FAO)は、気候変動下での安定的な食糧供給、そして「病害虫対策」のため、食品照射を推進しています。
病原虫対策は、農産物を輸入する国だけでなく、輸出する国にとっても大きな問題です。青果物のコンテナからチチュウカイミバエが1匹でも検出されれば、即座に輸入禁止となり、輸出国にとって大きな経済的打撃となります。
病害虫対策として、人や環境に有害な可能性がある化学薬品を用いた「くん蒸」があります。一方で、放射線照射は、品質を損なわず、消費者へのリスクがなく、大量の食品を処理することができます。そのため、農産物輸出国では、放射線照射の利用が拡大しています。
以上がアメリカ、そして一部輸出国における食品照射の状況の紹介です。
食中毒の予防にも期待ができるのですね!
それでは、日本での食品照射の今後の見通しはどうでしょうか。
2012年に禁止された牛レバー刺しについては、安全性確保のため放射線照射が検討されましたが、現在のところ実現していません。
それ以外の食品では、アメリカと同様にスパイスへの照射について要望が出されていますが、進展はないようです。
日本でもし食品照射が拡大すれば、どのようなベネフィットがあるか考えてみましょう。
例えば、日本で食中毒が多いカンピロバクターやノロウイルスについては、食品照射の有効性が報告されています。
そのため、鶏肉や牡蠣などに照射が行えるようになれば、これらの関連する食中毒は減るかもしれません。
一方、食中毒発生件数が常に上位のアニサキスについては、放射線照射に対する抵抗性が高く、冷凍に替わるものではないと報告されています。
このように、放射線照射はなんでも解決できる万能薬ではありません。しかし、他の技術と併用すれば、日本における多くの食中毒予防に貢献できると思います。
病害虫対策に関しては、より多くの輸出国が「放射線照射」を利用した場合、日本への輸出ができなくなります。
照射を行った場合のリスクだけを考えるのではなく、行わない場合の健康被害、経済への影響について、もっと議論が進むとよいですね。
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