アメリカと日本の「食中毒ニュース」の違いとは

アメリカと日本の「食中毒ニュース」の違いとは

アメリカと日本で、食中毒のニュースの内容に違いはあるのかな?

日本でも「食中毒が起こった」というニュースを見ます。

ニュースを見ると、「〇〇の施設で食中毒が起こった。」、「〇人が食中毒になった。」、「原因菌と原因食品は〇〇だった。」、「保健所は営業停止にした。」というような内容が書かれています。

それでは、食中毒のニュースはどこの国でも同じような内容なのでしょうか。

実は海外のニュースでも、先ほど挙げたような食中毒の概要(原因食品、原因菌、患者数など)は、同じように報道されています。

しかし、いくつか日本の記事と異なる点もあります。

そこで、この記事ではアメリカと日本の食中毒ニュースの違いを紹介します。

目次

日米の食中毒ニュースの違い その① 現在と過去

【アメリカ】 現在進行中の食中毒が報道されることが多い。

【日本】 終わった食中毒が報道されることが多い。

future and past

どうして、このような違いが起きるのでだろう?

アメリカでは、食中毒調査のリアルタイム性と透明性が重視されており、調査中の食中毒であっても、行政機関が積極的に調査状況を公表しています。

そのため、原因食品がまだわからない状況であったり、食品の種類はわかっていても、メーカーや産地、ロットがわかっていない状況であっても、行政機関が情報を公表し、ニュースになります。

調査中の食中毒がニュースになることで、消費者が自宅の冷蔵庫に汚染された食品があった場合、食べないように注意喚起することができ、被害の拡大防止に繋がります。


一方、日本の場合、証拠がある程度そろってから行政機関が発表することが多いようです。

そのため、消費者の感覚だと「終わった食中毒」がニュースになりがちです。

「このような食中毒が起こったのだから気を付けよう。」という意味での注意喚起にはなりますが、もう終わった事件のため、情報を知っても「この食中毒」に対する対策を取れません。

リアルタイム性と透明性という面では、アメリカの方が進んでいますね。

また、最近日本では先にSNSで話題になり、その後しばらくしてから行政が発表するというパターンが時々あります。

SNSでは虚偽や誤った情報が拡散されやすく、何が本当の情報なのかが分からなくなります。そのため、行政機関の発表が遅れると、伝えるべき人に伝えたい情報が届かなくなる恐れがあります。

日本の行政機関も、よりスピーディーな、そして透明性のある発表が求められるようになっているのかもしれません。

日米の食中毒ニュースの違い その② 推定値と報告値

【アメリカ】 食中毒の「推定値」が使われることが多い。

【日本】 食中毒の「報告値」が使われることが多い。

「推定値」と「報告値」ってどういうこと?

別の記事でも書きましたが、行政機関の調査で食中毒と断定されるのは、「実際の食中毒患者数」のうちごくわずかです。

foodborne illness burden pyramid

上の図の①が汚染された食品を食べて病気になった「実際の食中毒患者数」で、⑦が保健所の調査で食中毒と断定される「統計上の食中毒患者数」です。

①から⑦へは多くの段階があり、⑦まで到達するのはごくわずかです。菌の種類にもよりますが、①と⑦の差は、数倍~数千倍になります

例えば、カンピロバクター食中毒の「実際の食中毒患者数」が1,000人いても、保健所の調査で食中毒と断定される「統計上の食中毒患者数」は1人しかいないということです。

アメリカのニュースでは、食中毒の推定値として①の値が用いられます。一方、日本のニュースでは食中毒の報告値として⑦の値がよく用いられます。


それでは、まずアメリカのニュースを見てみましょう。

下の記事2本は、2023年10月に発生したメロンによるサルモネラ菌食中毒の記事の抜粋です。

Salmonella infections are common. The bacteria causes about 1.35 million human infections and 26,5000 hospitalizations in the US every year, according to the CDC.

Such infections are also costly. Foodborne salmonella infections cost the US $4.1 billion annually, according to the US Department of Agriculture.

(筆者訳)

サルモネラ菌感染症は珍しくない。CDCによると、米国でサルモネラ菌に毎年約135万人が感染し、26万5000人が入院している。

感染に伴い、社会への経済的負担も生じる。米国農務省によれば、サルモネラ菌食中毒による経済コストは年間41億ドルに上る。

CNN (2023/12/7)

この記事で使われている感染者数、入院者数、そして経済コストもすべて推定値です。

The true number of people made sick by this outbreak is “likely much higher than the number reported” because many people recover without medical care, the CDC says.

Public health officials estimate that salmonella causes about 1.35 million illnesses, 26,500 hospitalizations, and 420 deaths in the U.S. every year.

(筆者訳)

CDCによると、多くの人が治療を受けずに回復するため、この食中毒によって病気になった人の本当の数は「報告されている数よりもはるかに多い可能性が高い」とのことである。

公衆衛生当局による推定では、サルモネラ菌は米国で毎年約135万人の発病、26万500人の入院、420人の死亡の原因となっている。

NPR (2023/12/1)

「報告されている数よりもはるかに多い可能性が高い」という表現もアメリカのニュースでよく使われます。

他の食中毒の記事も見てみましょう。

2018年10月に発生したロメインレタスによる腸管出血性大腸菌食中毒の記事の抜粋です。

Foodborne illness hits one in six Americans every year, the CDC says, estimating that 48 million people get sick due to one or another of 31 pathogens. About 128,000 people end up in the hospital and 3,000 die annually.

(筆者訳)

CDCによると、毎年アメリカ人の6人に1人が食中毒になるという。推定では、31の食中毒菌のいずれかに年間4,800万人感染し、そのうち約12万8000人が入院し、約3,000人が死亡している。

CNN (2018/11/21)

この記事では食中毒全体の推定値を示しています。

「毎年アメリカ人の6人に1人が食中毒になる」や「年間3,000人が死亡」というのは衝撃的な数字ですね。

このように、アメリカのニュースでは食中毒の推定値がよく使われます。


それでは、次に日本のニュースを見てみましょう。

令和4年の食中毒発生件数は962件で、平成30年以来4年ぶりに増加したことが31日、厚生労働省のまとめで分かった。

4年は件数は増えたものの、大規模発生が前年より少なく、患者数は前年比4224人減の6856人だった。

施設別件数は飲食店が約100件増え380件に上り、全体の4割近くを占めた。家庭は130件、学校は13件だった。

産経新聞(2023/3/31)

これらの値はすべて、保健所の調査で食中毒と断定された⑦の「統計上の食中毒患者数」です。

アメリカの年間4,800万人に比べると、日本の食中毒患者数6,856人はかなり少なく感じますね。

なぜアメリカでは食中毒の推定値を用いるの?

⑦の「統計上の食中毒患者数」は保健所によって断定された数のため、信頼のおける数字です。

一方で、ほとんどの食中毒は保健所によって断定されません。そのため、先ほど書いたように「①推定値」と「⑦報告値」の間には数倍~数千倍の差があります。

「⑦報告値」をベースにしてしまうと、食中毒のリスクが過小評価されてしまいます。

例えば、「⑦報告値」ベースの日本の食中毒による死亡者数は年平均4人です。(令和1年~令和5年)。(ちなみにアメリカの死亡者数は推定値で3,000人です。)

一方、交通事故の死亡者数は年2,678人(令和4年)、落雷による死亡者数は年平均3.2人です。

この数字だけで比べると、食中毒のリスクは交通事故よりはるかに低く、落雷とほとんど変わりません。

「食中毒で死亡するリスクは落雷とほとんど同じです。」と言われたら、多くの消費者は食中毒を積極的に注意しようとは思わないですし、行政や民間事業者が対策を行う上でも、優先順位が低くなってしまいます。

落雷

しかし、アメリカのように「推定値」を用いたり、患者数は「報告されている数よりもはるかに多い可能性が高い」ということをニュースでしっかり伝えてもらうことで、食中毒のリスクを正しく消費者に理解してもらい、行政・民間事業者がしっかりと対策を行う必要性の根拠になります。

食中毒は、他の事件や事故と比べて、その性質上どうしても行政の報告値が低くなってしまいます。

日本の報告値ベースの仕組みでは、食中毒の重要性が消費者に正しく伝わりにくいのではないでしょうか。

そのため、日本の行政機関は「報告値」だけを伝えるのではなく、あわせて「報告値の限界」を伝えたり、推定値を用いたり、他の指標を用いることで、食中毒の正しいリスクを伝えていく必要があると思います。


この記事では、アメリカと日本の食中毒ニュースの違いについて紹介しました。

同じ点もあれば、異なる点もあるんですね。

今後、アメリカや日本の食中毒ニュースは、現在または過去の話なのか、出てきた数字が報告値なのか、推定値なのか、などにも注意して読んでみてください。

私が気が付いた点以外にも、日米の食中毒ニュースに違いがあることに気づいたら、ぜひともコメントしてください。

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